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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
34/208

32 鷹は雪原に舞う①

 ロック山脈の最西端。

 山岳から吹き抜ける冷気によって年中雪が降る町、それがロックベルだった。


 夜になると家々の窓からもれる灯りが暗闇を照らし出す。


 町の中央には王直属4軍“紺碧の鷹(ブルーホーク)”の本部が設置されている。

 最上階の執務室で椅子に腰掛ける女が1人。


 副団長のエマ・カクタスである。

 亜麻色の長い髪に、青と白の軍服を着ている。

 氷魔法と聖魔法の使い手だ。

 今は軍団長が王都に出張しているため、留守を預かっていた。


 ロックベルは国境の町だ。

 敵国や魔物から町を防衛するため、町の外周に壁と堀が作られている。

 それに加えて、王軍は町の中心から外周に向かって同心円状の結界を張るという、特殊な役割を果たしていた。


 結界は、現軍団長シグマが就任した後、つくられた。

 雪国には魔物イエティ、サスカッチ、アイスエレメンタルなどの強力な魔物が多く存在する。

 軍人ならともかく、一般市民や商人では太刀打ちできない。

 この結界は、表向きは魔物対策として生み出された。しかし、真の目的は別にある。


 人対策だ。

 結界内に王軍に対して敵意をもった人間が存在した場合、術者が瞬時に把握することができる。

 町全体を遥かに超える大きさの結界をつくることができるのは、シグマの魔力量が膨大だからだ。彼の魔力量は王軍で最大とも言われている。

 そのため、ロックベルはエディン領でもっとも治安が安定していた。


 「はぁ…」


 エマは、ついため息をこぼした。

 軍団長不在の折に結界を維持する役目も、副団長の役目だったが、すでに6日間も結界を持続させている。

維持するだけで、途方もない疲労感が蓄積されていくのだ。

 あと何日かこの状態を維持しなくてはいけないと思うと、憂鬱になってしまうのも無理はない。


 (会議が終わったのが2日前だから、もう数日かかるわね…)


 執務をこなしつつ、巨大な結界を張っていることで気が滅入っていた。


 「ん…?」


 エマは不穏な気配を感じとった。

 たった今、馬車に乗った一行がロックベルに到着した。

 その一団のうちの1人は、不穏な気配をまとっている。

 商人の馬車に不審な者が紛れたと思われる。


 (これは調査する必要があるわね)


 エマは“念話の指輪”に魔力を込め、軍団長と連絡をとった。


 (こちらエマ、ロックベルに不審者が侵入しました)

 (私の留守中にくるとはな。対処できそうか?)

 (感じとれた魔力は微量でしたので、問題ないかと。ただ気になる点が)

 (なんだ?)

 (叛意はないのですが、1人、魔力が膨大な者がいます。こちらも気をつけた方がよいかと)

 (了解した。件の者たちの足どりをつかんでおいてくれ。急いで戻ろう)


 エマは報告を終え、軍用コートを羽織った。

 なんだかとんでもないことが起こる予感がする。

 エマは部下を数名連れ、ロックベルの南口方向へと向かった。



 「すまないが、ここで失礼する」


 報告を聞いたシグマは軍用馬車を降りた。


 「え?まだ砂漠のど真ん中ですよ」


 手綱を握る部下が疑問を口にする。


 「急いで帰る必要ができた。馬車だと遅い」


 シグマは瞑目して魔法を詠唱した。


 ≪氷翼(アイスウィング)


 パキパキと音を鳴らし、シグマの背中から薄い氷が重なり合いながら生えてくる。

 氷でつくられた大鷹のような翼がうまれた。


 「では、一足先にロックベルへと戻っている」

 「あ!団長!」


 部下の声を背に聞きながら、シグマは飛び立った。

 砂漠に巨鳥のような影をつくりつつ、雲の高さまで登っていく。

 気流を利用しながら高速で北上をはじめた。



 「しまった…」


 ナツキは小さくこぼした。

 結界に察知されたと気づいたのだ。

 ロックベルに来るのは2度目。前回訪れた時には存在していなかった。

 賢眼を発動させておけば気付けただろうが、油断していた。

 まさか町全体を覆うほどの強力な魔法を展開しているとは。


 「どうしたのよ」


 ミユが質問してきた。


 「俺たちが町に来たことは王軍にバレたと思っておけ」

 「え、早すぎない!?」


 ナツキはミユとギーメルに結界のことを説明した。


 「なんて町なの…悪さできないじゃない」

 「するつもりだったのかよ」

 「そうじゃないけど、元盗人としては背筋が凍る思いよ。寒いのは気温だけにしてほしいわね」

 「まァ、騒ぎ起こさなければいいんだろ」


 またギーメルがふざけたことを言っている。


 (おまえが1番心配なんだよ…)


 ナツキは今道中、何度目かの頭を抱えた。

 “紺碧の鷹”軍団長が来る前ならば、ことが露見する前にさっさと仕事を終わらせることができると考えていた。

 王軍を少し侮っていたようだ。


 本当は生活費を稼ぐために行商などもしたかったが、余裕はなくなった。

 とにかくやるべきことを行動に移さなくてはならない。


 「いいか、これから二手に分かれる」

 「どうして?」

 「牢屋に捕まっているだろうギーメルの家族を救出することと、町をすぐにとんずらするために物資を集めるチームが必要だろう」

 「そうとう慌てているな」

 「まァな。正直、ここの軍と戦闘するのはまずい」

 「あなたがそこまで言うとはね」


 ミユからしたら、五星ギルドのサブ・マスターを倒せるなら、そこまで警戒しなくてもいいだろうということだろうか。


 「“紺碧の鷹”の軍団長とだけは戦うな。もしも出くわしたら、逃げることだけ考えろ」


 いつになくナツキは真剣な顔でうったえる。


 「逃げるなんて嫌だぞ」


 ギーメルは不平をもらした。


 「バカ言うな。絶対だ。約束しろ」


 今度は睨みつけた。

 真剣さが伝わったのか、2人とも真剣な顔つきになった。


 「わかった。逃げることを優先する。私はそれにかけては自信あるからね」

 「できるだけそうするさ」


 2人とも了承してくれた。

 ナツキは懐から薬草の入った袋を取り出す。

 2枚の草を袋から出し、魔法で氷漬けにした。


 「これを胸につけておいてくれ」


 それをミユとギーメルに渡した。


 「なんだよ、コレ」

 「こんなブローチ全然かわいくない…」


 本当に緊張が伝わっているのか疑問になる返事だ。


 「オシャレのために渡したわけじゃない。念のためだ。絶対に肌身離さず持って、目立つところにつけておけ」


 ナツキが渡したのは薬の原料になる“ナツクサ”だった。


 「いいか、作戦を言う。問題児のお前らに任すのは不安だが、物資の確保は任せる。王軍の捕虜収容所への調査は俺がやる」

 「え!?」

 「な!!」


 2人とも驚きの声をあげた。


 「おい。収容所へは俺に行かせてくれよ!」

 「ちょっと!なんで私がこいつと一緒にいなきゃいけないのよ。隠密は私の得意分野よ!」


 色々と不満を言われる。

 こいつらが問題を起こさないわけがない。特にギーメル。

 なにか問題が起こる場合、町の中ならまだどうにかなるだろう。

 最悪なのは王軍の建物内で騒ぎになった時だ。

 それは危険すぎる。


 (それなら俺が一人でやったほうがましだ)


 ナツキは小さくため息を吐いた。


 「うるさい。黙ってうごけ」


 ナツキは2人の愚痴を右から左へ聞き流しながら、ロックベルの町へと入っていった。

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