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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
32/208

30 暗中飛躍①

 サリー砂漠のど真ん中。

 魔物ナーガの大群に囲まれている集団がいる。


 ナツキたちは馬車を背にして、魔物からかばうように戦闘していた。


 ナーガは人面の頭に蛇の体。

 上位種になると四肢から手が生え、武器を扱ってくる。

 男性の人面は毒をもった牙で噛みつき攻撃をしかけ、

 女性の人面は“ナーガレディ”とよばれ、後方から魔法で攻撃してくるのが厄介だ。


 「もぉー!急な旅だったから戦闘用の水があまりないのに」


 ミユが愚痴を吐いていた。


 (勝手についてきたくせに文句を言ってやがる…)


 ナツキは冷静に魔法式を展開しつつ、心の中でぼやいた。


 「これ使え」


 ナツキは懐から水筒をとりだし、ミユに投げ渡す。


 「ありがとね!」


 ミユが水筒を片手で受け取り、蓋を開けた。

 左手で水筒を垂直に振り上げ、水を縦にぶちまける。


 (おい!捨てることないだろ)


 突っ込もうとしたその時、縦に流れた水が固まっているのが見えた


 ≪水固定(アクアセット)


 水の下部が柄のように形を変えて、ミユはそれを右手で持っている。

 水筒の水は空中で、剣の形状で固まっていた。


 (水剣(アクアソード)ってとこか。応用力のある能力だな)


 ミユは剣でナーガに斬りつける。


 「ギィエエ」


 切り裂かれたナーガか呻いている。

 怒った別のナーガが接近して攻撃してきた。

 ミユは剣を持っている手をナーガの方へとむける

 水は縮まりミユの体を覆う巨盾と変化した。


 (なんでもありだな。術者が望んだ形になる武器か0


 「やるな、お前、俺も負けんぞぉぉ」


 触発されたギーメルが突如動き出した。


 「あ、おい!」


 ナツキの制止もむなしく、ギーメルは後方から氷玉(アイスボール)を連撃してくるナーガレディ達に突進した。

 防御魔法が使えないギーメルが、集中砲火されたらまずい。

 ナーガをギーメルに任せて、俺が後衛のナーガレディを撃破するのが最善手だ。

 しかし、良い意味で予想は裏切られた。

 ギーメルは妖刀で氷玉を切り裂いていく。

 飛んできた青白い玉は切り裂かれたあと消えてしまった。


 (そうか…魔力吸収能力をもった妖刀なら、接触した魔法を無効化するのか)


 「どりゃあああ」


 ギーメルは飛んでくる複数の玉を次々と斬り、突進する。


 ザシュッ


 ついに、ナーガレディを間合いに捉えた。

 しかし、相手の皮が厚く、ダメージがあまり通っていない。


 「ちょっと、無謀すぎよ!」


 ミユが文句を言っている。完全に正しい。

 ギーメルは、相手の後衛に食い込みすぎて、敵に囲まれる形になってしまった。集中砲火されたら刀じゃ捌き切れない。


 「くッ、うっせぇ、見とけ!」


 ギーメルは刀に炎を走らせる。

 炎術だ。ずっと練習に付き合っていたので、炎付加(エンチャント)ならもう1人でできる。


 ブウォン!


 炎が激しく揺らめく音をさせつつ、ギーメルの刀がナーガ達を斬りつけた。

 今度は体を真っ二つにしている。威力は比較にならんな。

 しかも、飛んできた魔法を切り裂きつつ、魔力を補充している。

 こうなってみると、かなり相性のいい装備に思える。


 「やるじゃない」


 ミユとナツキで、前衛のナーガを全て撃破した。

 ギーメルは1人で後衛のナーガレディ5体を倒している。


 「へへへ、余裕だったな」

 「おい。勝てたからよかったが、俺が後衛をやっつけたほうが楽だったんだぞ」


 ナツキはやや苦笑気味に、ギーメルをたしなめた。


 「うるせぇな、俺は昔から魔法を撃つやつに優先的に斬り掛かっていたから、こっちのほうが動きやすいんだ」


 (そうか。こいつは破魔の刀を持っているから、“黒夢”では後衛撃破を優先して動いていたのか)


 今回は打ち合わせなしで戦闘になってしまったので、彼なりの戦略にしたがっていつも通りに動いたということだろう。


 「まったく、口論はやめなさいよ」


 あきれた顔をしながら、ミユが水を水筒に戻していた。


 (くそ…、お前らには言われたくないぞ)


 …


 幸い、商人や馬車の荷に被害は出なかった。戦闘を終え、また馬車で砂漠を進む。


 ロックベルに近くにつれ、冷気と雪による湿気で、地面の砂が黒々としてきた。

 前景は段々と、砂と雪が混じるようになってきた。


 「昼でも寒くなってきたわね…」


 ミユが防寒着に身を包みながら震えている。


 「根性がねぇなー」


 ギーメルはなぜか薄着で強がりを言っている。


 「服を着ろ」


 体調を崩してもめんどうだ。つまらない意地は捨ててもらう。

 もうすぐロックベルに到着する。

 ナツキは即座に目的を達成したいと考える。


 (チンタラしていたら、町には“あいつ”が戻ってくる…)



 王都タペルの魔法ギルド本部が立ち並ぶ最南端。

 木製の大門が仰々しく構え、左右の端には鬼の銅像が設置されている。

 五星ギルド「オーガレギオン」、“鬼組”の本部である。

 地下の会議室には長机に15の椅子が並べられている。

 片側の椅子は4つ。反対側には11が並んでいる。

 11の椅子は空席となっているが、4つの椅子はすでに埋まっていた。


 1人はギルドマスター鬼ノ助であった。

 周りに3人のサブ・マスターが腰をかけている。


 「来たか」


 鬼ノ助が小さく呟く。

 扉は開いていない。ノックする音も、廊下を歩く音もしない。


 「どういうことですか?」


 サブ・マスターの1人が疑問を口にする。

 その疑問は鬼ノ助が口を開く前に明らかになった。

 椅子の影が膨らみ、人が出てきた。

 空席の椅子の前に10人の黒頭巾の男、中央立つのは鋭い眼光の男。

 “死影”のギルドマスター、カイであった。


 「待たせたな」

 「まぁ、座れよ」


 全員が椅子に腰かける。

 カイとともに訪れたのは“十影”と呼ばれる精鋭たちだ。

 全員が揃っているのをみるのは、“鬼組”にとって初めてである。


 サブ・マスターたちは緊張していた。

 これからこの場所では五星会議をうけた2ギルドの会談が開かれる。


 「今回の提案は残念だったな」

 「ふん、あの臆病者共にはがっかりだ」

 「国政全体を動かす提案とはいえ、“絶対者(アブソリュート)”までもが頑なに反対するとはな」


 鬼ノ助もカイも、ジョセフとチェルシーが反対するのは予想の範囲内だった。

 セシルの立場次第でどうなるかわからない、といった読みをしていた。

 しかし、当のセシルは、議論の余地がないほど強固な反対の立場であった。

 “最強の魔法使い”の二つ名を持つ男が、戦争に消極的だったことが意外だった。


 「今の五星体制である限り、ドルトを滅ぼすなど不可能だろうな」

 「うむ。そもそも敵国と戦う意志があるのか疑問を持ったぞ」


 五星会議に参加したマスターの2人は同じ感想を抱いていた。


 「さすがに、戦う意志がないということなんて、あるのでしょうか」


 サブ・マスターの1人が質問する。


 「くくく。俺も会議前ならそう思っただろうけどな」

 「あぁ、建前では交戦中だと言うだろうが、あいつらは本気で戦う気はないな」

 「民のため、戦力をつけてから、などと言ったところで意味はない。こっちが準備をしたら、相手も同じだけ強くなるのだからな。結局、どこかで総力戦をやるのが1番いいのさ」

 「その意志が皆無だったな。それにこういった提案が600年一度もなかったことが、そもそもおかしい」


 五星会議の議事録は、王立図書館の公文書庫に保存されているおり、五星ギルドであれば、過去の決定について閲覧することができる。

 議事録を遡っても、今回のような提案は一度もなかったのだ。

 戦争中の国の会議とは思えないほど、内政に関わる決定ばかりで、対ドルトへの軍事的な攻勢については議論されていなかった。

 “過激派”などと言われる“鬼組”と“死影”だが、そもそも自分たち以外の五星ギルドが軍事路線に消極的すぎる。おかしいと思うのは当然であった。


 「俺たちは五星ギルドになって4年間、調べてきたことがあるんだが、まったく分からないことが1つある」

 「なんだそれは?」

 「この戦いの起源だ」

 「ほう、面白い。どういうことか聞かせろよ」


 鬼ノ助は漢民族出身者である。

 民族の復権などは考えていないが、エディンの魔法学校で教えている国史に疑問をもったのだ。


 「この国は600年間戦争しているが、その始まりがいくら調べてもわからんのさ」

 「漢民族に残された歴史ではどうなっているんだ」

 「それがよくわからん。俺が昔聞いたのは、そもそもこの島に侵略にきた国家は1つだったということだ」

 「ほう」

 「その国がどこだったのかは不明だ。ただ、魔法と兵器によって攻められたという記録がある。そんな国家は、近辺だと海の向こうにある“アディス”しかない」


 アディスとはゴディス島の南方に位置する軍事国家である。

 一度も侵略されたという記録は残っていない。


 「漢民族の間で語り継がれている通史では、侵略され、島の端に押しやられた、とある。エディンとドルトの二国統治は、いつのまにかはじまっているのさ。俺はこれが何故かわからなかった。五星になったら流石にわかると思っていたが、宛てが外れたな」


 鬼ノ助は足を組みながら椅子に身を預け、煙草に火をつけた。

 カイは暫し思考しているようだ。


 「これまで考えたことのなかった話だな。国家と戦争の起源か」

 「まァ、公開されている文章は調べ尽くした。あとは機密文書が残されているなら、そいつを見なきゃいけないが、そのためには王軍のトップになる必要がある。俺みたいな異民族の人間にとっちゃ、無理な話だ」

 「別に王軍で昇りつめる必要はないだろ」

 「どういうことだ」

 「くくく。お前は目の前にいるのが誰かわかっているのか?オレたちに行けない場所はない」

 「おいおい、バレたらやべェだろ」

 「()()()()な。くくく。俺と“十影”が調査してやる」


 カイは鬼ノ助の問題提起をうけて、国家機密の調査をすることにしたのだった。


 「そりゃありがてぇ話だ。分かったことは教えてもらえるんだろうな」

 「勿論さ。お前たちには面白いことを教えてもらったしな」

 「国史に対する疑問を呈した程度で、そこまで動くとはな」

 「なァに、大したことじゃない。オレがお前に提案しようと思っていたことに比べたらな」


 カイが邪悪に笑う。

 鬼ノ助以外の“鬼組”の一同は、背筋が冷たくなるのを感じた。


 「なにを言うつもりだったんだ」

 「簡単さ。オレとお前のギルドの部下たちを組織して新魔法ギルドをつくり、五星ギルドの椅子をもう1つ奪いとる提案さ。来年のギルド大戦でな。そうすれば、オレの提案は来年通るだろう」

 「お前はとんでもねェな」

 「くくく。では、早速動くとしよう。情報がつかめたら、連絡を入れる」


 “死影”の面々は再び影の中へと吸い込まれるように消えていった。


 「マスター…。あいつら信用に足るのですか」


 サブ・マスターたちが慌てふためいて質問をしてきた。


 「みっともねェこと言うな。面白くなりそうじゃねェか」


 鬼ノ助は静かに笑っていた。

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