30 暗中飛躍①
サリー砂漠のど真ん中。
魔物ナーガの大群に囲まれている集団がいる。
ナツキたちは馬車を背にして、魔物からかばうように戦闘していた。
ナーガは人面の頭に蛇の体。
上位種になると四肢から手が生え、武器を扱ってくる。
男性の人面は毒をもった牙で噛みつき攻撃をしかけ、
女性の人面は“ナーガレディ”とよばれ、後方から魔法で攻撃してくるのが厄介だ。
「もぉー!急な旅だったから戦闘用の水があまりないのに」
ミユが愚痴を吐いていた。
(勝手についてきたくせに文句を言ってやがる…)
ナツキは冷静に魔法式を展開しつつ、心の中でぼやいた。
「これ使え」
ナツキは懐から水筒をとりだし、ミユに投げ渡す。
「ありがとね!」
ミユが水筒を片手で受け取り、蓋を開けた。
左手で水筒を垂直に振り上げ、水を縦にぶちまける。
(おい!捨てることないだろ)
突っ込もうとしたその時、縦に流れた水が固まっているのが見えた
≪水固定≫
水の下部が柄のように形を変えて、ミユはそれを右手で持っている。
水筒の水は空中で、剣の形状で固まっていた。
(水剣ってとこか。応用力のある能力だな)
ミユは剣でナーガに斬りつける。
「ギィエエ」
切り裂かれたナーガか呻いている。
怒った別のナーガが接近して攻撃してきた。
ミユは剣を持っている手をナーガの方へとむける
水は縮まりミユの体を覆う巨盾と変化した。
(なんでもありだな。術者が望んだ形になる武器か0
「やるな、お前、俺も負けんぞぉぉ」
触発されたギーメルが突如動き出した。
「あ、おい!」
ナツキの制止もむなしく、ギーメルは後方から氷玉を連撃してくるナーガレディ達に突進した。
防御魔法が使えないギーメルが、集中砲火されたらまずい。
ナーガをギーメルに任せて、俺が後衛のナーガレディを撃破するのが最善手だ。
しかし、良い意味で予想は裏切られた。
ギーメルは妖刀で氷玉を切り裂いていく。
飛んできた青白い玉は切り裂かれたあと消えてしまった。
(そうか…魔力吸収能力をもった妖刀なら、接触した魔法を無効化するのか)
「どりゃあああ」
ギーメルは飛んでくる複数の玉を次々と斬り、突進する。
ザシュッ
ついに、ナーガレディを間合いに捉えた。
しかし、相手の皮が厚く、ダメージがあまり通っていない。
「ちょっと、無謀すぎよ!」
ミユが文句を言っている。完全に正しい。
ギーメルは、相手の後衛に食い込みすぎて、敵に囲まれる形になってしまった。集中砲火されたら刀じゃ捌き切れない。
「くッ、うっせぇ、見とけ!」
ギーメルは刀に炎を走らせる。
炎術だ。ずっと練習に付き合っていたので、炎付加ならもう1人でできる。
ブウォン!
炎が激しく揺らめく音をさせつつ、ギーメルの刀がナーガ達を斬りつけた。
今度は体を真っ二つにしている。威力は比較にならんな。
しかも、飛んできた魔法を切り裂きつつ、魔力を補充している。
こうなってみると、かなり相性のいい装備に思える。
「やるじゃない」
ミユとナツキで、前衛のナーガを全て撃破した。
ギーメルは1人で後衛のナーガレディ5体を倒している。
「へへへ、余裕だったな」
「おい。勝てたからよかったが、俺が後衛をやっつけたほうが楽だったんだぞ」
ナツキはやや苦笑気味に、ギーメルをたしなめた。
「うるせぇな、俺は昔から魔法を撃つやつに優先的に斬り掛かっていたから、こっちのほうが動きやすいんだ」
(そうか。こいつは破魔の刀を持っているから、“黒夢”では後衛撃破を優先して動いていたのか)
今回は打ち合わせなしで戦闘になってしまったので、彼なりの戦略にしたがっていつも通りに動いたということだろう。
「まったく、口論はやめなさいよ」
あきれた顔をしながら、ミユが水を水筒に戻していた。
(くそ…、お前らには言われたくないぞ)
…
幸い、商人や馬車の荷に被害は出なかった。戦闘を終え、また馬車で砂漠を進む。
ロックベルに近くにつれ、冷気と雪による湿気で、地面の砂が黒々としてきた。
前景は段々と、砂と雪が混じるようになってきた。
「昼でも寒くなってきたわね…」
ミユが防寒着に身を包みながら震えている。
「根性がねぇなー」
ギーメルはなぜか薄着で強がりを言っている。
「服を着ろ」
体調を崩してもめんどうだ。つまらない意地は捨ててもらう。
もうすぐロックベルに到着する。
ナツキは即座に目的を達成したいと考える。
(チンタラしていたら、町には“あいつ”が戻ってくる…)
◆
王都タペルの魔法ギルド本部が立ち並ぶ最南端。
木製の大門が仰々しく構え、左右の端には鬼の銅像が設置されている。
五星ギルド「オーガレギオン」、“鬼組”の本部である。
地下の会議室には長机に15の椅子が並べられている。
片側の椅子は4つ。反対側には11が並んでいる。
11の椅子は空席となっているが、4つの椅子はすでに埋まっていた。
1人はギルドマスター鬼ノ助であった。
周りに3人のサブ・マスターが腰をかけている。
「来たか」
鬼ノ助が小さく呟く。
扉は開いていない。ノックする音も、廊下を歩く音もしない。
「どういうことですか?」
サブ・マスターの1人が疑問を口にする。
その疑問は鬼ノ助が口を開く前に明らかになった。
椅子の影が膨らみ、人が出てきた。
空席の椅子の前に10人の黒頭巾の男、中央立つのは鋭い眼光の男。
“死影”のギルドマスター、カイであった。
「待たせたな」
「まぁ、座れよ」
全員が椅子に腰かける。
カイとともに訪れたのは“十影”と呼ばれる精鋭たちだ。
全員が揃っているのをみるのは、“鬼組”にとって初めてである。
サブ・マスターたちは緊張していた。
これからこの場所では五星会議をうけた2ギルドの会談が開かれる。
「今回の提案は残念だったな」
「ふん、あの臆病者共にはがっかりだ」
「国政全体を動かす提案とはいえ、“絶対者”までもが頑なに反対するとはな」
鬼ノ助もカイも、ジョセフとチェルシーが反対するのは予想の範囲内だった。
セシルの立場次第でどうなるかわからない、といった読みをしていた。
しかし、当のセシルは、議論の余地がないほど強固な反対の立場であった。
“最強の魔法使い”の二つ名を持つ男が、戦争に消極的だったことが意外だった。
「今の五星体制である限り、ドルトを滅ぼすなど不可能だろうな」
「うむ。そもそも敵国と戦う意志があるのか疑問を持ったぞ」
五星会議に参加したマスターの2人は同じ感想を抱いていた。
「さすがに、戦う意志がないということなんて、あるのでしょうか」
サブ・マスターの1人が質問する。
「くくく。俺も会議前ならそう思っただろうけどな」
「あぁ、建前では交戦中だと言うだろうが、あいつらは本気で戦う気はないな」
「民のため、戦力をつけてから、などと言ったところで意味はない。こっちが準備をしたら、相手も同じだけ強くなるのだからな。結局、どこかで総力戦をやるのが1番いいのさ」
「その意志が皆無だったな。それにこういった提案が600年一度もなかったことが、そもそもおかしい」
五星会議の議事録は、王立図書館の公文書庫に保存されているおり、五星ギルドであれば、過去の決定について閲覧することができる。
議事録を遡っても、今回のような提案は一度もなかったのだ。
戦争中の国の会議とは思えないほど、内政に関わる決定ばかりで、対ドルトへの軍事的な攻勢については議論されていなかった。
“過激派”などと言われる“鬼組”と“死影”だが、そもそも自分たち以外の五星ギルドが軍事路線に消極的すぎる。おかしいと思うのは当然であった。
「俺たちは五星ギルドになって4年間、調べてきたことがあるんだが、まったく分からないことが1つある」
「なんだそれは?」
「この戦いの起源だ」
「ほう、面白い。どういうことか聞かせろよ」
鬼ノ助は漢民族出身者である。
民族の復権などは考えていないが、エディンの魔法学校で教えている国史に疑問をもったのだ。
「この国は600年間戦争しているが、その始まりがいくら調べてもわからんのさ」
「漢民族に残された歴史ではどうなっているんだ」
「それがよくわからん。俺が昔聞いたのは、そもそもこの島に侵略にきた国家は1つだったということだ」
「ほう」
「その国がどこだったのかは不明だ。ただ、魔法と兵器によって攻められたという記録がある。そんな国家は、近辺だと海の向こうにある“アディス”しかない」
アディスとはゴディス島の南方に位置する軍事国家である。
一度も侵略されたという記録は残っていない。
「漢民族の間で語り継がれている通史では、侵略され、島の端に押しやられた、とある。エディンとドルトの二国統治は、いつのまにかはじまっているのさ。俺はこれが何故かわからなかった。五星になったら流石にわかると思っていたが、宛てが外れたな」
鬼ノ助は足を組みながら椅子に身を預け、煙草に火をつけた。
カイは暫し思考しているようだ。
「これまで考えたことのなかった話だな。国家と戦争の起源か」
「まァ、公開されている文章は調べ尽くした。あとは機密文書が残されているなら、そいつを見なきゃいけないが、そのためには王軍のトップになる必要がある。俺みたいな異民族の人間にとっちゃ、無理な話だ」
「別に王軍で昇りつめる必要はないだろ」
「どういうことだ」
「くくく。お前は目の前にいるのが誰かわかっているのか?オレたちに行けない場所はない」
「おいおい、バレたらやべェだろ」
「バレたらな。くくく。俺と“十影”が調査してやる」
カイは鬼ノ助の問題提起をうけて、国家機密の調査をすることにしたのだった。
「そりゃありがてぇ話だ。分かったことは教えてもらえるんだろうな」
「勿論さ。お前たちには面白いことを教えてもらったしな」
「国史に対する疑問を呈した程度で、そこまで動くとはな」
「なァに、大したことじゃない。オレがお前に提案しようと思っていたことに比べたらな」
カイが邪悪に笑う。
鬼ノ助以外の“鬼組”の一同は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「なにを言うつもりだったんだ」
「簡単さ。オレとお前のギルドの部下たちを組織して新魔法ギルドをつくり、五星ギルドの椅子をもう1つ奪いとる提案さ。来年のギルド大戦でな。そうすれば、オレの提案は来年通るだろう」
「お前はとんでもねェな」
「くくく。では、早速動くとしよう。情報がつかめたら、連絡を入れる」
“死影”の面々は再び影の中へと吸い込まれるように消えていった。
「マスター…。あいつら信用に足るのですか」
サブ・マスターたちが慌てふためいて質問をしてきた。
「みっともねェこと言うな。面白くなりそうじゃねェか」
鬼ノ助は静かに笑っていた。




