02 ある少年の憂鬱②
真っ赤な夕日を背にした男は、薬屋と名乗った。
ぼろいローブ
ボサボサの髪の毛
夕焼け色の丸眼鏡
不敵に笑う口元
ジョージは信用していいのか分からないといった表情で見つめる。
「困ったときはお互い様さ」
「下町の薬屋って頼りになるの?」
「頑張ってみるさ。頼りになるかは君が判断してくれ」
「なんだよそれ」
「それより病状を詳しく知りたいんだが──」
理解不能だ。さっきまで金を持っていないことで苦しんでいたジョージにとってはにわかには受け入れがたい。
見た目も怪しすぎる。信じろと言う方が無理だった。
(あとで莫大な金を請求されたらどうしよう…)
ジョージは不安をかかえつつ、他に妙案もうかばないので、母親の病状を説明した。
「ほう、魔法過労か。おそらく初期症状の自覚はあったろうが、働き続けたんだろうな。我慢強い人だ」
「…治る?」
「今日倒れたばかりならなんとかなるさ。手持ちの薬で効くだろう」
「ほんと!?」
「あぁ、使ってくれていいよ」
「え?いいの?」
ジョージは驚いた。
「まぁこっちも商売だ──」
やはりか、そんなうまい話あるわけないのだ。
「お前の生活に余裕ができたら、一杯おごりな」
「え」
「なんだよ。高いか?言っとくが格安だぞ。その薬は貴重で手に入りにくいんだ。ちょうどそれが最後の1つだからな」
そうではない。安いどころか出世払いでいいというところに驚いたのだ。
「いや、それでいい…」
ジョージは感謝した。
(こんな人もいるんだ…)
「1つ言っとくことがある。魔法疲労で倒れたなら、その薬を患部に塗って、3日くらいは安静にしたほうがいい。しかし、お前の母親は頑張りすぎるだろうから、また再発する危険性がある」
「そんなッ…」
「あわてるな。それで俺はこれから薬の原料をとりに出かけることにする。どうしても往復で1日はかかるから、絶対に明日は休むようにしてくれ」
ジョージは自然と笑顔になり
「本当にありがとう」
心から言えた。
見た目がうさん臭くなければもっと早く言えただろうに…とも思ったがそれは言わないでおいた。
「じゃあ、俺は出かけて──」
薬屋がそう言って店をたたんで立ち去ろうとするので
「あ、まって!」
呼び止めた。まだ名前も聞いていないのだ。
「僕はジョージ。あなたの名前は?」
「おっと、うっかりしていた。名乗るなんてめったにしないから忘れてたぜ。すまんな」
そんなことを言いながら、その薬屋は笑いかけながら名乗った。
「俺はナツキ。旅の薬屋さ」
◆
やった。これで母さんは大丈夫だ。ジョージは駆け足で家に向かう。
(それにしても…不思議な薬屋だったな…見た目はめちゃくちゃ怪しいのに)
ナツキと名乗った青年のことを考える。また薬をもらえるらしいし、その時に色々と聞いてみよう。
そんなことを考えていた。
「お、ジョージじゃないか」
(!?)
最悪だ。ポール先生に会ってしまった。ブラウン家に仕える魔法使いの護衛まで連れて歩いていた。早く母に薬を持っていきたいのに。
「なんか嬉しそうにしているじゃないか。その紙袋にそんなにいいものが入っているのか」
「今は急いでいるから、かまわないでください」
「はァ?下民の分際で生意気な。それを俺によこしてもらおうか」
「先生が持っていても使い道はないよ。これは母のために必要だから渡せない」
事情を説明している時間すら惜しい。さっさとこの場をあとにして家に帰らなくてはいけないのだ。
ポールが自分を呼び止めるなんて気まぐれでしかない。話を聞いたところでいじめられるだけだ。
「下の下であるおまえが意見するな。いいからよこせ」
「あ!」
抵抗したが力ずくでとられてしまった。
「返してくれ!それがないと困るんだ!」
必死に懇願する。自分のことなら我慢する。しかし、今回は母のために必要なのだ。しかもナツキから遅れたら処置が難しいという話を聞いている。ジョージは焦っていた。
「…フンッ」
ポールは蔑む表情を浮かべながら鼻で笑った。
そしてーー
≪炎玉≫
ポールが魔法の詠唱をした直後、右手に人の頭ほどの大きさの黄色い玉がうみだされた。
段々と玉は黄色から赤へと変色する。
ボォォと音をたてながら燃えはじめた。
「なにをする!?」
ジョージは必死にとめようとした。
ポールは左手に持っていた紙袋を炎玉の中へと投げ込んだ。
またたく間に紙袋が燃え上がり、黒く焦げた紙が散らばる。
「ああぁぁぁあああ!!」
「俺の魔法は綺麗だろう。よかったな。高貴な俺の課外授業を受けることができて」
「…くそぉ…」
「なんだ?不満でもあるのか?ハハハハ」
「許さない…」
「は?」とポールが声を上げるのと同時にドゴッ…という音が鳴り響いた。
ジョージはポールの顔面に殴りかかった。人を殴ることは初めてだった。母の仕事を手伝うために手だけはケガをしないように心掛けていた。
しかし、理性は吹き飛んだ。
(許さないッ…!コイツだけは…!)
2発目を殴ろうとしたら、その手は護衛の魔法使いに抑えられた。
≪束縛≫
護衛兵が魔法を詠唱する。
トパーズ色の光がジョージの体の周りを包む。
その光から無数の細い刺のような光が地面にむかって刺さる。
バチンッ
ゴムが切れたような音をさせながら、ジョージを包む光が黄色い拘束具のような形状へと変化した。
(動けない… うッ…くそお…)
必死に体を動かそうとしてもダメだった。地面に刺さった光のせいで歩くことさえもできない。
「貴様ァ!俺を殴るとは!!」
それからポールは怒りが収まるまでジョージを殴り続けた。
束縛魔法のせいで痛くても体を抑えることができない。倒れたくても地面に身を伏せることもできない。魔法が使えない自分では逆らうことすらできない。
そして、ジョージは殴られ続け、だんだんと意識が遠のいていった…。
◆
「さて、そろそろ行くか」
ナツキは下町の商店街で素材収集に出かけるために必要な物をそろえていた。
薬草を大量に入れるためのカバンと往復分の食料だ。
早く帰ってきたい気持ちもあるが、とりあえず1回分の薬は渡した。収集活動に行った場合でも魔物や盗賊との戦闘が勃発することがある。トラブルが起きたら数日とられるかもしれない。そんな時のために非常食の干し肉も購入した。
ジョージには1日で帰ってくると言ったが、常人ならば3日はかかる距離だ。1日で帰ってくるには馬車が必要だ。当然、ナツキはそんなもの持っていない。しかし、幼少時代の過酷な修行のたまもので、足には自信があった。
(久々に気合入れて走るか)
下町から北上し、大通りに出て、デール西側へ向かう。
そこで異変に気付く。
…
……
人が集まってざわざわと会話している。
なんかもめ事か。
近づくにつれ声がはっきりと聞こえてくる。
「おい、ボウズ、しっかりしろ」
「うわぁ…こりゃ酷い。いったい何が」
「さっきまでいた貴族に殴られていたんだ」
ナツキは人ごみの中心で暴行をうけた少年をのぞき込んで驚いた。
「なッ……」
つい先程別れたジョージだった。
急いで駆けよる。
「おい!ジョージ、意識はあるか!?」
声をかけたら痣だらけの顔のジョージが片目を開けてこっちを見る。
もう1つの目は瞼の上が腫れ上がって開くこともできないようだ。
「ぁ…ナツキさん…」
小さくそう呟いたのが聞こえた。
「よかった。少しまってろ今──」
ナツキが話しているのを遮るように、ジョージが涙を流しながら喋りだした。
「ごめんなさい…せっかくの薬を、燃やされちゃった…。悔しくて殴りかかったら、このザマだ…バカだった…これじゃ母さんの看病もできない…俺はバカだ。ナツキさんホントごめん」
殴られて腫れた顔をぐしゃぐしゃにして話している。
「…悔しかったな」
ナツキは回復薬をジョージに飲ませた。打撲で腫れているところには塗り薬を塗って包帯を巻いた。
「すまん。俺は薬屋だから応急処置しかできん。聖魔法でも使えればよかったんだが…」
「いや…ありがとう…」
ぼろぼろすぎて自分で帰ることもできないだろう。夕方に渡した薬は燃やされたと言っていた。母親の病状も心配だ。とにかくジョージを家に送ることにした。
◆
ナツキはコンコンと扉を叩く。
「誰ですか」
ジョージの母が玄関の扉を開けた。
「こんばんは。ジョージくんを送り届けにきました」
「これはッ!?」
母がぼろぼろになった息子を見て驚いた。
「母さんごめん…俺…」
母は息子の状態に驚き、ジョージは母親に迷惑かけてしまうことを悔やみ、2人とも震えていた。
「まァ、とりあえず2人とも体調が悪いので楽な体勢にしましょう」
ナツキは担いでいたジョージを椅子へ。母を寝台へと誘導する。
深刻そうな表情の2人。いったい明日からどうやって生きていこうと考えているようだった。
「ジョージ、絶望するな」
「そんなこと言ったって…」
「まァ見とけ。お母さん、俺は薬屋のナツキと言います。お子さんから魔法過労だと伺いました。ちょっと症状を見てもよろしいですか?」
「息子に心配かけて、無理をさせてしまったみたいですね…」
色々と思い悩んでいるようだったが、魔法過労によって腫れた両腕を見せてもらった。
(これは相当無理をしたな…)
発症初期でなければ危なかっただろう。腫れているのは肘先わずかなので、これならば治療できそうだ。
「これなら俺がどうにかできます」
「でも薬を作るには1日かかるんだろ?」
「いや、今治す」
2人の顔がキョトンとしている。
ナツキは腫れた腕をつかみーー
≪流気»
体が白い光に包まれる。
光は流水のように形を留めずにたゆたっている。
段々と光は母の両手に集まっていく。
ナツキは患部の触れている部分から、魔力を流水のように送り込んでいく。
「これは…」
彼女が感覚が戻ってきたことに気付いたようだ。指先を動かしたり、掌を開いたりしている。
「もう少しかかるから待っててくださいね」
ナツキは回復薬ポーションの入った瓶の蓋を開けた。
≪魔法結合»
回復薬の液が光になり、ナツキの体を包む光と混ざるように舞い上がる。
回復薬が混ざった部分の光だけ水色になっている。
白と水色の光がナツキの体の周りを泳ぐように回っている。
水色の部分が少しずつ患部へ流れていく。
魔力が包んだ箇所から両腕の腫れが引いてきた。
さっきまで肘先が普段の倍ほども腫れていたのに、今では僅かに腫れている程度になっている。
「信じられない。魔法過労に回復薬を使っても無駄と聞いていたのに」
「確かにそう思われているでしょうね。飲んでも、ぶっかけても効き目はないから」
「一体なにをやったの?」
ナツキは明るく説明した。
魔法過労は魔法の酷使と不慣れが重なり、使用し続けると引き起こされる症状だということ。
体内にある魔力が流れる魔道がぼろぼろなった時に症状がでること。
魔道に穴が大量に開き、魔力を送っても使用できない状態なり、無理やり魔力を込めると腫れてしまう等々。
そこでナツキは母の魔道に自分の魔力を流し込み、穴だらけになっていた魔道を補強した。割れた道路の穴を粘土で塞ぐようなイメージだ。
ちなみに魔法過労に回復薬も回復魔法も効き目がないのは、この穴から外へ効力が逃げてしまうからである。穴の開いた水道管に水を流そうとするようなものだ。
そして、穴を塞いだあとに、腫れを回復するために回復薬を使った。腫れていた腕と傷ついた魔道も回復させたかったので、回復薬を魔法で状態変化させ、母の魔道へ直接流し込み、一気に回復させた。
再発防止のために、織物機を動かすために必要な魔法式を母の腕に組み込んでおいた。
説明を聞いた二人がどこから驚いていいか分からないといった表情をしている。
「魔法使いだったの?」
ジョージが唖然とした顔をしながら質問をしてきた。
「薬屋とは言ったが、魔法を使えないとは言っていないだろ」
「そうだけど…そんな高度な魔法を使えるのに、なんで薬屋なんてやっているんだよ」
「まず、言い忘れていることがないか?」
「ありがとう…」
「ははは。強いて言うならその言葉を言われたいからかな」
ジョージのポカンとした顔が、思い悩む表情へと移り変わる。
「僕も魔法をちゃんと勉強しなきゃ」
ぼそっと呟いた。
「ん?勉強嫌いだったのか?」
「どうしてもやる気でなくて、覚えられなかった。でも、魔法で人を救えると分かったし」
「そいつはよかった。技術や知識は教えることができるが、やる気ってのは教えてどうにかできるもんでもないしな」
「俺は音楽くらいしか得意科目がないけど、魔法もこれから頑張ってみる」
「得意科目があるなら誇ったらいいさ。魔法だけしか見ないやつは、魔法も見えなくなるぞ」
「そんなこと言っても、音楽なんかできたって役に立たないさ。でも魔法は物事を変える力がある」
ふーむ…と言いながらナツキは考える。魔法は魔力を使って様々な奇跡を起こす。その在り方は無数にあり、いろんな角度から考察・研究することで、より大きな変化が生まれるようになっていく。なので他の分野が培った知識が生きることは多々あるのだ。
その可能性を切り開けるなら、音楽が得意というのは素晴らしいと思う。
ここで論争しても意味はないが、考えるきっかけだけは言っておこう。
「ジョージ、音楽に世界を変える力はあると思うか?」
「あるわけないだろ」
なにを当たり前のことを言っているんだという顔で見てくる。
「確かに1つの歌、1つの曲で世界を変えられるかと言ったら馬鹿げた話さ。しかし、音楽がまったくない世界になったらどう思う?」
「…想像するのは難しいけど、なんとなく、暗い世界になる気がする」
「その通りだ。つまり音楽全体は世界を変えているのさ。現実に存在しているものに力はあるんだよ。それが得意なら誇っていいさ」
ジョージの顔が笑顔になった。
……
…
治療も終わったし、そろそろ帰るか。
「ジョージまたな」
「ホント、ありがと」
「ありがとうございます。なにからなにまで、なんと御礼を申したらよいか」
親子の感謝の言葉を聞きながら、ナツキはその場を後にした。生活に余裕がなくて支払について心配していたアンナには「とれるとこからとるから大丈夫」と言っておいた。
(さて、もう1つケリをつけないといけないことがあるな)
細いつり目が丸眼鏡の奥で光っていた。
次話は明日アップします