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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
29/208

27 星は集う④〜再会〜

 王宮の会議室の円卓に再び5人のギルドマスターと、議長のイザベラが腰をかけていた。


 「では、議事を再開いたします」


 五星会議でマスター達が頭を悩ます議題は初日に集中する。

 貴族が好き勝手な提案をしてくるからだ。

 2日目は自分たちが提案した議題がのぼるため、比較的穏やかな空気になることが常だった。

 3日目は国王への上奏事項を取りまとめるため、再び緊張感を取り戻す。


 しかし、今回は2日目とは思えぬ緊張感に包まれていた。

 当然、それは“破滅(カタストロフィ)”カイの提案によるものであった。


 「で、答えを聞かせてもらおうか」


 円卓に両足を乗せ、寛ぎながらカイがマスターたちへ投げかける。


 「カイ様、議題は私から述べますわ」

 「いいだろ別に。この緊張感のまま、穏やかな議題を話し合いたいってか?」


 イザベラは瞼を閉じ、一瞬の間ののちに目を見開く。


 「よろしいでしょう。では昨日提案のあった、エディンの全軍を持ってドルトへ攻め入る件について議論いたしましょう」


 カイが我が意を得たり、とばかりにニヤッと笑った。


 前日に賛意を示した鬼ノ助は両腕をくんで様子を見ている。


 重苦しい空気が会議室に流れる。後ろに控えるサブ・マスターたちの額には、冷汗が流れていた。


 「ワシは反対じゃ」


 ジョセフが口火を切った。


 「くくく。ジジイ、お前のとこは戦力強化されるんだろう。腑抜けている場合か?」


 「抜かせ。我がギルドは民衆の命を最優先とする。万が一敗北を喫した場合、国土は蹂躙されるであろう」


 「俺らが蹂躙すればいいのさ。もう相手が歯向かう気さえ起こらないくらいにな。心配するな、前線は俺たちが担うからよ」


 カイとジョセフの間に見えない火花が散るようだった。


 ジョセフは明確に反対の立場であった。

 貴族出身者の多いグランドロッドでは、考え方が基本的に保守的だ。

 現状の財産を維持すること、国内に戦火が及ばないことを第一とする。

 敵国を滅ぼして戦争を終結するよりも、リスクを回避し、現状維持を優先するものが趨勢を占めていた。


 2人の議論は当然のように平行線を辿った。


 「私も反対するわ」


 チェルシーも議論に加わった。


 「卒直に言って戦力不足ね。五星が2つも入れ替わった直後でしょ。王軍も動かすには五星の力が足りないわね」

 「おい。オレたちが前の五星に劣っているとでも?」

 「そう言っているわけじゃないわ。続けて入れ替わったことで、信用が落ちているって言ってんの」

 「詭弁だな。実際の力を示せばいいのだろう」

 「ほんと過激ちゃんね!ノスタルジアとしては、もっと強力な魔法の開発を進めてからでも、遅くはないって立場をとるわ」


 ジョセフと論点は違うが、チェルシーも総力戦には反対の立場をとった。


 ドンッ


 重量感のある音が会議室に響く。


 鬼ノ助が、背負っていた大剣を円卓になぎ下ろしていた。


 「軟弱なやつらめ。俺は昨日も言った通り賛成だ。くだらん戦争なぞもう終わりでいいだろ。お前ら何百年やるつもりだ」


 鬼ノ助は賛成の立場を改めて表明する。


 「ちょっとぉ、乱暴な態度やめなさいよー」

 「お前らはホンマに過激じゃのう」

 「ふんッ」

 「くくく」


 4ギルドの立場が出そろった。天球儀に灯る星の数は2つ。意見が拮抗している。

 あとは“絶対者(アブソリュート)”セシルだ。

 彼の立場によって過半数が決定する。


 会議参加者全員の視線がセシルに向いた。


 「…」

 「おい、絶対者さんよ、なにか言ったらどうだい」


 鬼ノ助が水を向ける。


 「提案に反対する。議論する価値もない」


 天球儀に灯る星は、2つのままだった。

 緊張していたサブ・マスターたちに安堵の表情が浮かぶ。

 セシルの実力なら、総力戦に賛成することもあり得るのでは、と不安に思っていたようだ。


 「やっぱそうよね」

 「そうじゃろうな」


 チェルシーとジョセフは元からそうだと思っていた、と言わんばかりに発言する。


 「おい、“最強”の称号を持ちながら日和見か?」


 カイがセシルを睨みつける。


 「お前たちだけ躍起になったところで、すでに過半数は決した。俺は立場を変えるつもりはない。来年、同じ議題を持ってきても、無意味だぞ」


 これで議論は決着した。


 カイの額には青筋が浮かび、鬼ノ助は寡黙に腕を組んでいた。


 「では、次の議題へとうつります。ノスタルジアから提案された、魔法学校の生徒による研修制度についてですわ――…」


 議事はそのまま進行した。

 カイと鬼ノ助はその後一言も発することなかった。

 会議では議題こそ穏やかなものの、異様な緊張感に包まれていた。



 「やっと着いたなー」


 五星祭2日目の午後、ナツキとギーメルはようやくタペルに到着した。


 「うおおお!建物がでけぇー!」


 ギーメルが驚きながらキョロキョロしている。

 王都にくるのは初めてだったようで、大はしゃぎしている。


 (ふざけたやつだが、なんだか憎めん)


 「こりゃ金持ちが多そうだ。盗賊として腕がなるってもんだ」


 「おい。ふざけんな。目的地に着く前に捕まりたいのか」


 前言撤回。

 こいつは本当に油断ならん。


 「冗談だっつの」

 「お前の場合、本当にやりそうなんだよ」


 (不安だ。トラブルの予感がする。こういう予感はだいたい当たるんだよな)


 絶対ギーメルから目を離さないようにしないといけない。


 とりあえず、賑わっている屋台の並ぶ通りへ行き、2人で食べ歩いた。


 「うめぇー!」

 「最高だな」


 ギーメルの両手は食べ物でふさがっていた。タップスというタペル名物の白身魚のフライやひき肉のパイ包みだった。

 ナツキは片手に麦酒、片手にアツアツの豚の串焼きを持っていた。


 久々の町で食べるものは格別にうまく感じる。並んだ甲斐があった。


 「で、ここからどうするんだ?」

 「とりあえず、ロックベルまでは馬車で5日ほどかかる。その間必要な食料と、防寒対策のアイテムをいくつか買う必要がある」


 王都の北側には栄えた商店街と、サリー砂漠に向かう馬車が集中しているはずだ。

 まずは周辺の商店で保存食を仕入れよう。その後、北側へ向かおう。


 ナツキはこのあとの段取りを考えながら、ギーメルをつれて王都の北に向かうのだった。



 賑わう王都の北地区。


 出店が多く立ち並ぶ道の端にベンチが設置されている。

 そのベンチに腰かけて、疲れた顔をしている女が1人。


 「やっと売りさばけたけど、人が多くてうんざりだわ…」


 頬杖をつきつつ、ぐったりした様子だ。


 ミユであった。


 ミユは、ウィルソン邸で盗んだ宝石を五星祭で売りさばくためにタペルを訪れていた。

 デールの闇市場で売ったら、足がつく恐れがあったためだ。


 そこで、五星祭で各地から商人が集まる機会を利用し、王都へとやってきていたのだった。


 人混みの中、いくつかの店を渡り歩き、2日目の午後にやっと仕事を終えたところだった。


 (せっかくのお祭りだけど、なんだか退屈ね…)


 憂鬱な気分に包まれる。


 盗人家業をやめてから約一月。


 自分にできることはないか考え続けているが、答えはでない。

 心の中にあるモヤモヤした渦が大きくなるばかり。


 しかも、ふと、あの怪しい不敵な笑顔の男について考えてしまう。


 “――なにができるか考える時間も大切さ。俺も今、そんな時間を過ごしている――”


 (…なによ、偉そうに。自分でなにをやるか決めてないやつが、考えろとか言ってさ…)


 “――笑いたいやつは笑えばいい。だが、必ず見つけてみせる――”


 (腹の立つ男…)


 しかし、暇な時間ができると、あの薬屋の言葉が頭に浮かんでくるのだ。


 そして、


 “――あなたの名は?名乗りもせず消える気か

 

  …ナツキ――”


 あの時、肩越しに名乗った姿が脳裏に浮かんでしまう。


 「あああああぁー!うざったいいいい!!!」


 ついつい叫んでしまった。


 「どうしたのお嬢さん。なにかお困りかな?」


 上質なローブに身を包んだ優男が話しかけてきた。


 「なによ、あなたは?」


 うんざりした顔を浮かべて返事をする。


 「俺は魔法ギルド“ドリーマー”のロズさ。あんた可愛いね」


 「それはどうもー…」


 「暇しているなら、俺と祭りを見て回らないかい?」


 (またか…)


 いわゆるナンパだ。ミユは昨日から、鼻の下を伸ばした男たちに話しかけられまくっていた。

 断るのも一苦労なので、デートの誘いを受けては、宝石を買い取らせ、さっさとトンズラを決め込む。

 売る手間は大幅に省けたが、精神的疲労もすごかった。もう宝石は売り捌いたので、付き合うこともないだろう。


 興味のない男など、1秒でも一緒にいたくないという気分だった。


 「悪いけど、他をあたって」


 「つれないなー、俺は上位魔法ギルドの幹部だよ。一緒にいたらいい思いもさせてやるぜ?」


 (うざい…)


 なぜ肩書きを並べてデートに誘う男が多いのだろう。そんな上等な人間なら、もっとお上品なお嬢さんを誘えばいいのだ。


 消えろ…と言おうとしたその時、ミユのスキル“盗賊の鼻”が反応した。


 (ん…?祭りだからお宝の気配はずっとあるけど、不思議な雰囲気がするわね。なんだか邪悪な気配というか…)


 以前、“召喚の鍵”を発見した時と似たにおい。

 あの時ほどの邪悪さは感じないが、祭りの雰囲気に似つかわしくない気配だ。


 ミユはロズと名乗った男を無視し、においのする方へ、向かった。


 「あ、おい、待てよ」


 背中から追いかけてくる男の声は、聞こえなかったことにした。


 距離にして20メートルほど歩いただろうか。

 不思議な気配は、塩漬け肉や乾燥パンなど保存食などを売っている食料品店の中からする。


 ガチャッ


 扉が開き、人相の悪い茜色の髪の男が出てくる。

 宝の気配はあいつの腰からする。どうやら持っている刀がお宝らしい。


 (どうする…一般人が持っていていいような代物じゃなさそうだ。盗もうか…?)


 しかし、盗人はもうやめると約束してしまっている。

 守る義理などないが、なんだか破ったらあの男に負けた気分になるので、決行できずにいた。


 「おい、もっとマシな保存食を買おうぜ。いい加減干し肉は飽きたぞ」

 「うっせぇ、金がないんだ。我慢しろ」


 後ろにいる男と会話している。

 言葉遣いが下品だが、なんだか声に聞き覚えがある気がした。



 (え…?)


 ミユは目を見開いた。


 人相の悪い男の後ろを歩いていたのは、あの薬屋ナツキだった。


 2人はこちらに気づいていないが、こそこそと商店街の北側に向かって行った。



 (なんで、あいつがこんなところにいるの?てっきり国外逃亡したと思ったわ)


 「……よしッ」


 色々と考えがめぐったが、逸る気持ちが口をついて出て、ミユは2人の向かった方へ歩みを進めた。


 さっきまでの退屈に満ちた表情は消え、口元には笑みが浮かんでいた。



 ナツキはすこぶる機嫌が悪かった。


 原因はおもにギーメルである。

 トラブルを起こさぬようにずっと気を張っているので、せっかくの祭りも楽しめない。

 ギーメルはそんな俺の気も知らずに、傍若無人にふるまいつづけていた。


 先ほども旅用の保存食を買っていたら、「それはまずい」「もっと美味いもんを買え」とうるさかった。

 金がないと言いふくめても、二言目には「なら盗めばいい」とか抜かしやがる。


 店の中で犯罪宣言するんじゃない。


 ギーメルは冗談じゃなく、本当にやりかねないから困る。

 こんな町中で盗みがばれたら悲劇だ。

 あっと言う間に上位魔法ギルドのやつらと警察に囲まれてしまう。

 馬車を調達できないままサリー砂漠に逃亡したら、もっと酷い目にあってしまう。


 (もう手持ちの金が全然ない。これだと馬車に乗せてもらえるかわからんぞ…)


 ナツキはいつもより軽くなった財布を持ちながら項垂れていた。


 「こら、盗人」


 !!


 後ろから声がする。

 背筋が凍った。


 (いや、まだなにもしてないぞ)


 「はァ?なんで知ってるんだ?」


 ギーメルが最悪の返事をしている。


 「あっははは。本当に盗人なの。そんな返事が来るとは思わなかったわ」


 振り返り、笑い声の主に目をむけた。


 「げッ!お前は」



 ミユだった。


 なんでこんなところにいるんだ。


 (こいつの爆笑する姿なんて初めてみたぞ。以前出会ったときには、ずっと睨まれていたしな)


 「久しぶりね。なにやってんの、こんなところで」

 「旅の途中さ。お前こそなんでいるんだよ」

 「私は盗品を売りにきたの」

 「なんだよ。結局盗みはやめてなかったのか…」

 「違うわよ!やめる前に盗んだやつよ」

 「なんだァー?こいつも盗賊か?」


 ギーメルがひとり不思議そうな顔を浮かべて、ミユを見ている。

 確かにミユは一見盗人に見えない。


 どうやらミユはウィルソン邸で盗んだ宝を売りさばいて、偶然俺たちを見つけたらしい。

 しかし、ミユからは盗賊家業を奪ったことと、召喚の鍵をいただいた過去がある。

 めんどくさい話になる前にさっさと立ち去りたい。


 「いやぁー、久しぶりに会えて嬉しかったよ。じゃあ、達者でな。俺たちは急ぐんだ」


 踵を返し、逃げようとするナツキ。


 「ちょっと待ちなさいよ!どこいくのよ」

 「追われる身の人間が行き先を言うわけないだろ」

 「私にはいいじゃない。私にしたこと忘れてないわよね」

 「くッ…」


 二度と会うと思っていなかったから、色々意地悪したので、なにかと後ろめたい。


 「…ロックベルだよ。サリー砂漠を渡るために王都に寄ったんだ」


 ナツキはあっさり降参して、白状した。


 「そういうことだったの。五星ギルドの魔法使いがうようよしている所にいるから、逃げ疲れて自らお縄になりにきたのかと思ったわ」


 「なんかお前、生意気だな」

 「あんたこそなによ」

 「おい、ギーメル喧嘩売るな」


 そう言えば問題児と一緒に動いているんだ。

 ギーメルとミユが一緒にいたら絶対なにか問題がおこる。

 ナツキはさっさと行こうと決断した。


 「じゃ、またな」

 「こら!何度も言わせないで。待ちなさい」

 「なんだよ。別に用件なんてないだろ」


 「私も連れて行きなさい」


 「…はァ!?」


 驚いた。


 (なにを言うんだこいつ…)


 「冗談にしては笑えないね」

 「冗談じゃないわよ。さて!サリー砂漠に行きましょ」

 「おいおい。お前、デールでの生活はどうする。俺は特に行く先のない、気ままな旅だぞ」

 「別にいいわよ。酒場での店員なんて未練ないわ」


 困った。

 絶対に一緒に行きたくない。

 しかし、話を聞く気配がない。


 「それにあなた、“できることを考えろ”とか偉そうに言っていたでしょ。私今決めたわ。あんたと旅をする。自分で考えろって言ったんだから、責任持ってね」


 「は!?なんだそりゃ!!」


 理不尽だ。


 「おい、足手纏いはごめんだぞ」


 ギーメルがいらぬ口を挟んでややこしいことになっている。


 「なに言ってんの?あんたなんかより私の方が強いわ」

 「ほう、やってやろうか?」


 「待て待て待て!」


 王都の往来で、こんな人ごみの中で喧嘩するな。問題がさらに増える。


 (しかし、俺と一緒に旅をすることを決めただと?なにができるか考えろとは確かに言ったが、そういうことじゃないんだよな…。まァ…いいか)


 騒がれて警備兵に目をつけられるのも面倒だ。

 ナツキは渋々受け入れることにした。


 「まぁ、好きにしろ」

 「そうさせてもらうわ。楽しみね」


 こうして、“盗賊”パーティーが3人に増えたのだった。

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