26 星は集う③〜開幕〜
キィ…
“宵闇の間”の扉が開いた。
三角帽子に褐色の髪、眠そうな目を擦りながら女が入室した。
「ノスタルジア」の“創生”チェルシーである。
「私が1番乗りなの。ほらぁ、もっとゆっくり来てもよかったじゃない」
後ろに控える、サブ・マスターの腕章をつけたマリーに小言を言った。
チェルシーはぶつぶつ言いながら、議長席の右隣に腰をかけた。
「イザベラちゃんお久しぶり〜。あなたはホント、何年たっても変わらないわね」
イザベラが軽く会釈だけした。
ギィ…
再び扉が開く。
白い顎髭に手を当てながら、ジョセフが入ってきた。
グランドロッドからは、サブ・マスターのレオとアーデルが参加していた。
「久しぶりね、ジョセフさん。なんだか苦労しているみたいね。私たちに援軍要請してくれたらよかったのに」
ジョセフはチェルシーの座る席に目を向ける。
「なんじゃ。ノスタルジアは今回チェルシーとマリーのみの参加か?」
「ソフィアちゃんがサブを降りるんでしょ。ジョセフさんのとこだけ、サブ・マスターが欠けてたら可哀想じゃん」
「耳が早いな。心遣い痛み入る。てっきり、面倒くさくて1人しか連れていないのかと思ったわい」
「ちょ!なに言ってんの!そんなわけないじゃん」
チェルシーは慌てふためき、ジョセフは目尻を下げた。
「でもさぁ、五星会議にサブ・マスターを全員連れてくるのが慣例だったのは5年前までじゃない。今ではマスターのみでくるギルドも珍しくないわよ」
「それもそうじゃの」
ジョセフは会話をしつつ、議長席の左隣に腰掛けた。
ゴォッ…
突如会議室に風が吹き、扉と反対方向にある大窓が派手な音を立てて開いた。
ベランダから風とともに入室する男が1人。
「飛んできたの?相変わらず人を驚かすのが好きね」
チェルシーが話しかける。
男は空席となっている席に一瞬目をやった。
「まだ揃っていなかったか。飛んでくる必要もなかったようだな」
ギルド「ヘブンズゲート」“絶対者”セシルであった。
身体を浮かせるほどの風魔法を身に纏うことができる魔法使いは、エディン広しといえども数えるほどしかいない。
強力な風魔法を自身に向けながら、それを相殺する防御魔法で身を包むことにはとりわけ高度な魔力の扱いが要求されるからだ。
セシルは議長席の正面に座り、瞑目する。
「相変わらず無愛想で、常識破りな魔法を使う人だねぇ」
チェルシーが苦笑いをしながら軽口を叩いている。
会議開始時間は過ぎたが、まだ会議室には3人のギルドマスターしか揃っていなかった。
「欠席の報は届いておりませんので、しばらくお待ちください」
議長のイザベラが時計を見ながら発した。
しばし、会議室に沈黙が広がる。
カツ…カツ…
静寂の中、重量感のある足音が廊下側から響いてくる。
バンッ
乱暴な音をさせて扉が開いた。
黒髪に、「鬼」という文字の刻まれた額当て。
背中に背丈ほどもある大剣を背負った男が入ってきた。
その姿に、部屋に揃ったギルドマスターたちは思い思いの一瞥をよこす。1人は興味ありげに、1人は興味なさげに、1人は憎しみを込めた目をむけていた。
「チッ…すまんな。遅れちまった」
ギルド「オーガレギオン」の鬼ノ助であった。
「新参者の分際で遅れるとは随分じゃのう」
ジョセフが苦言を呈す。
鬼ノ助には旧友であった前五星のギルドマスターを殺されたため、ジョセフはオーガレギオンとは浅からぬ因縁があった。
「相変わらず面白い見た目だわねぇ。魔法使いとは思えないわね」
チェルシーが陽気に絡んでいる。
鬼ノ助はジョセフとチェルシーからの言葉に返事することなく、椅子に腰掛けた。
「もうー、“死影”はいつ――」
チェルシーが話し終える前に
「もういる」
いつのまにか最後の椅子に腰をかけている男がいた。
漆黒のローブに身を包んだ魔法使い。
ギルド「ダークファントム」の“破滅”カイであった。
「ちょっ!びっくりするじゃない」
「くくく」
立ち控えているサブ・マスターの面々も少なからず驚いた顔を浮かべている中、カイは静かに笑っていた。
◆
「皆様、お揃いですね。それではこれより、五星会議をはじめます」
イザベラの厳かな開会宣言とともに、今年の五星会議が開幕した。
五星会議にはいくつかの決まりごとがある。
まず、3日間の開催のうち、初日は主に各地の領主や王都の貴族たちから寄せられた要請など、主に“貴族案件”を中心に取り扱う。
中日には、それぞれのギルドからの発議、要請ごとを扱い、最終日には国王からの要請や賞罰に関わることを取り上げて議論をするのが慣例であった。意見が分かれるような内容は5名で議決を取り、多数決で決せられた。
その方法が、一風変わっていた。
まず、円卓のそれぞれの椅子には腕輪が配置されており、マスターは着席と同時にそれを身につける。
その腕輪は、一見なんの変哲もない腕輪だが、魔力の発動を制御する装置がついている、とのことだった。もちろんマスターが本気を出せばどうなるかは分からないが、“宵闇の間”での実力行使は禁止、というのが暗黙の了解である。
そしてこれが、議決をとる際の重要なアイテムでもあった。
円卓には、中央に大きな天球儀が設定してある。賛否を問う際に、議長が発したタイミングで各マスターが魔力を込めると、それに応じて天球儀の星に光が灯るようになっていた。
星は全部で5つ。
「それでは貴族から五星会議に寄せられている議題を発表いたします」
“漆黒の獅子” イザベラは書類をめくりながら言葉を発する。
「まずは、ウィルソン侯爵より、グランドロッドのサブ・マスター レオ・ロバーツ、同じくソフィア・ホワイト、およびジェネラルのアーロン・ライト、ナンシー・ヒルの4名の降格が提案されています。そして、次のギルド大戦の優勝ギルドとの戦闘ギルドをグランドロッドにする旨も併せて寄せられています」
5年に1度のギルド大戦で優勝したギルドは、いずれかの五星ギルドと対決をし、勝利した場合に新たな五星となる。
どの五星ギルドと戦うかは優勝した魔法ギルドに指名権があった。
今回のウィルソン侯爵の提案では、この指名を、グランドロッドに限定するというものだった。
「なによそれ、議論する価値もないわね」
チェルシーが口を開く。
ジョセフは目を瞑り、発言をする様子はない。
「同意見だ。グランドロッドの人事など、五星会議で議論するものでもあるまい」
セシルが小さい声でチェルシーに同意する。
「ほんとそれ。あと、ギルド大戦の指名権については、迷惑をするのはグランドロッドよりも、指名権を奪われる優勝ギルドじゃない」
チェルシーが続けて言う。
「ウィルソン侯爵からの主旨説明では、“五星の威信を貶めたことにたいする罰が必要”とありますわ。どのように返答いたしますか?」
イザベラが続けて議題をあげる。
「やれやれ、痛いところを突かれたのう。汚名返上できる機会を頂戴したい」
ジョセフが発言する。
「ジョセフさん気にしないでいいでしょ。難しく考えすぎよ。そんなことより、レオちゃんやソフィアちゃんでも倒せない犯罪者がいるってことのほうが重大じゃない」
「そんなこと、と割り切れるもんでもなかろう」
「くくく。その盗人には俺も興味がある。それだけの実力があるならば、捕らえ、こちらに引き込んで間諜として送り込んだら面白そうだ」
カイの発言に一同静まり返る。
「あんたは相変わらず物騒なことを言うわね」
チェルシーが呆れながら言う。
カイは邪悪な笑みを浮かべ、ジョセフを挑戦的に見つめた。
「ふむ…捕えることには賛成じゃが、その後のことは賛同できぬな」
「相変わらず腑抜けたことを言う。そんな様子では、サブ・マスター達が敗北を喫するのも必定だな」
カイの一言で、ジョセフの後ろに控えるレオとアーデルが険しい顔つきになる。
会議室に剣呑な空気がひろがった。
「罰はともかく、サブ・マスターの降格によって欠員が出るんでしょ。五星の威信、ていうんならそっちの方が問題じゃない?」
取りなすように、チェルシーが発言した。
「五星の権威回復なら、もっと簡単な方法があるだろう」
一同、セシルに目をむけた。
「どういうことだ?絶対者さんよ」
「死影と鬼組に敗北した元五星のメンバーを補充人員としてグランドロッドに合流させる。そうすれば、大幅な戦力増になるだろう。サブ・マスターに空席ができるとしても、穴を埋めることも簡単なはずだ」
「あんたとんでもないこと言うわね」
チェルシー同様、全員が驚いた表情を浮かべる。
ギルドマスターをはじめとした幹部を複数失ったとはいえ、元五星ギルドには実力者が揃っている。
そのギルドがグランドロッドに統合された場合、ギルド間の戦力バランスは一気に変わってしまうだろう。
「他ギルドの戦力など、“最強の魔法使い”には関係ないと言ったところか。儂らとしてはありがたい話じゃが」
ジョセフが返事をする。
「今のセシル様からの提案、ほかの皆様は如何ですか」
イザベラが他のギルドマスターに意見を求める。
「元五星のあの子達からしたら複雑だろうけど、同意を得てから引き入れるなら賛成よ」
「俺はかまわん」
「くくく。別に雑魚が何匹群れたところで大した変化にならんだろうがな」
「それでは議決を」
イザベラが発すると、天球儀に5つの星が灯った。
五星の権威失墜への対策として、グランドロッドに元五星の魔法使いを引き入れることが決定された。
「承知いたしました。では、次の議題はオーガレギオンの五星の権限剥奪の提案が6件来ています」
「けッ、またかよ」
鬼ノ助がウンザリした様子で返事をする。
「手続き通りに五星になったんだ。文句があるなら、来年の大戦で俺たちを倒せばいい」
鬼ノ助の言う通りであった。
この議題は4年前に“鬼組”が五星となって、議論するのはすでに4度目。
他のマスター達にとってもまたか…といった気分であった。
「もう来年にギルド大戦だし。別に鬼組がなにか問題おこしたわけじゃないから、無視していいんじゃないの」
「儂も個人的には鬼組を好きではないが、チェルシーと同意見じゃ」
「くくく。文句ある奴は実力でどうにかすればいいのさ」
「…右に同じだ」
4人とも鬼組の五星降格に反対の立場であった。
「では、次の議題へと参ります――…」
…
会議は開始から数刻が経過した。“貴族案件”は全て終了。
「――…貴族の皆様からの提案は以上です。今日の議題は終わりとし、明日からは五星ギルドからの提案事項を議論いたしますわ」
イザベラが1日目の会議終了を通告しようとしたその時――
「待ちな」
カイが発言する。
参加者全員の視線がカイへと向いた。
「書面をつくるのもめんどいから、今言うぜ。俺は明日ある提案をする」
「どうぞ」
イザベラが発言を促す。
「くくく。内容はシンプルだ。ドルトとのくだらない戦争に終止符を打つのさ。五星ギルドと王直属4軍の全戦力をもって、ドルトに攻め入るというものだ」
一同驚愕する。
…
「賛成だ」
鬼ノ助が沈黙を破るように発言する。
「正気か貴様ら…」
ジョセフが睨みつける。
「まぁ、明日たっぷり議論しようや。くくく」
静まりかえった会議で、カイの笑い声だけが響いていた。
「提案主旨は承知しました。ただ、書面の提出はお願いいたしますわ」
「けッ、形式ばったことにこだわりやがって、めんでぇな」
明日以降の五星会議で、波乱が起こることは誰の目にも明らかだった。
◆
五星会議が2日目を迎えたその頃。
首都タペルの数キロ東地点の湿原のなかを、ナツキはギーメルとともに歩いていた。
「まったく、魔力の使いすぎでバテたせいで無駄に時間を使ったぞ」
「へへへ。でも俺はずいぶんと強くなったぜ」
「調子にのって使いすぎるなよ。自分の魔力の限界をよく覚えてから使え」
昨日、魔力切れで動けなくなったギーメルのために、タペル到着が遅れてしまった。
人混みに紛れてタペルを出発するには、五星祭の間にタペルにつく必要がある。祭りは明日が最終日だ。
今日中にたどり着き、できるだけ早く出発しないとまずい。長居は無用だ。
ナツキとしては午前中に王都に到着し、午後には出発したいと考えていたが、すでに昼過ぎである。
ナツキは慌てていたのだが、ギーメルはいたってマイペースだ。
到着する前から頭の痛い事態である。
タイミングは最悪だったが、剣と魔術をつかった戦闘方法を覚えたことは有効だった。
この国の魔法使いは弱すぎる。
基礎体力がないのだ。
魔術も使えるようになったギーメルなら、よほど不利な状況下で戦闘にならない限り、負けることはないだろう。
ナツキは5年間旅をしてきたが、下位の魔法使いならば、素手だけで圧倒できる。
それに使える魔法を1つ封じてしまうだけで勝利が確定することが多いのだ。
ふと思い立って、とりあえずギーメルに話をふってみた。
「なァ、ギーメル。お前は魔法使いと戦士どっちが強いと思う?」
「なんだ、いきなり」
「いいから答えろよ」
「んー…」
「状況によるんじゃないか?俺は刀で闘うから、近接戦なら絶対勝つぞ」
その通りだ。
エディンとドルトの戦争の構図は、単純化すれば魔法対武力だ。
では小さい単位でみた場合、魔法使いと戦士が戦闘をしたらどっちが勝つだろう?
答えはギーメルの言った通り。
お互いが装備の整った同士だった場合。
近接戦なら戦士が勝つだろう。魔法使いが詠唱する前に斬られてしまうからだ。
しかし、遠距離戦なら魔法使いが勝つだろう。剣がとどく前に、回避不能な殲滅魔法を放たれてしまったらどうしようもない。
しかし、ある条件を加えると、この力関係は変化する。
俊敏で近接戦が可能な魔法使いならば、斬られることなく魔法を行使できる。
防御魔法を使える戦士なら、遠距離戦でも、敗北確定にはならない。
つまり、魔法使いは筋力をつけ、戦士は魔法を覚えてしまえば、不利な条件を克服できるのだ。
魔力も筋力も個人差はあれ、誰でも持っている。
エディンの魔法使いたちはなんで体力をつける基礎訓練をしないのか。
それに、ドルトの戦士だって、しっかりと学べば魔法を使えるだろう。
こんなこと深く考察しなくったって、気づくことができるはずだ。600年も戦争をしているのだ。どちらかの国が、片方の国の軍事力を取り入れたら、すでに勝利していたであろう。
それなのに、両国とも頑なにスタイルを変えようとしない。
五星ギルドの幹部でさえ、こうした弱点を持っているのだ。
賢者ジョナに修行をつけてもらっていたナツキからすると、エディンとドルトは国力強化を求めているのに、その内実が未熟なことに疑問を持たざるをえない。
「おい、なんだよ。急に黙って」
「悪い悪い、なんか引っかかることがあるんだが、よくわからなくてな」
「よくわからんのはお前だ」
ギーメルに言われてしまった。
俺はお前の行動原理がよくわからんよ。
この小さな疑問は、実は二国間の争いの本質をついているのだが、ナツキにはそれを知るのはもう少し先の話である。
*
すでに太陽は中天に上り、町は活気付く。
その世界から切り離されたように漆黒の闇に包まれた空間。
中心には木製の長机。
両端には椅子が1つずつ。
灯りは蝋燭による薄明かりのみ。
其々の椅子に腰をかける影が2人。
顔は見えない。
「首尾はどうだ」
「滞りなく順調だよ」
「そうか」
声から察せられるに2人とも相当な年齢だ。
「して、そちの国では五星会議で物騒な議題が上がっているとか」
「耳が早いな」
「当然だ。決定次第では我も対応しなくてはならぬゆえ」
「どんな上奏があっても、我が止めてしまえばよい」
「左様か。しかし、五星のうち2つは最近入れ替わっているのだろう」
「それも問題はない。五星のうち3つは手の内だ。どんな決定も通りはしない」
「それもそうであるな」
この2人は一体何者であろうか。
五星の決定を止めることができるものなど、僅かしか存在しない。
「それよりも、“イレギュラー”の位置はつかめたのか?」
「すでに“狂乱”は把握した。しかし、“賢邪”は結界を張っているせいか、手がかりすら掴めぬ」
「ふむ…。“狂乱”は我が国の最強軍団を向けても倒せるか不確かゆえ、できれば後回しにしたいところだがな」
「あやつは両国の軍事力を使わねば倒せまい。先に”賢邪“を始末することには賛成だ。”狂乱“は数年前まで中央平原で暴れていたが、今では動きが少なくなってきた。後回しでもしばらく問題はないであろう」
「盤上を揺るがす駒は排除するに限る。我らも調査する。また情報を掴んだら共有しよう」
2人はしばし会談を続ける。
一体、“イレギュラー”とはなんのことであろうか。
…
「では、そろそろ五星会議がはじまる。失礼する」
「あぁ、我も戻るとしよう」
闇に包まれる異空間の会議室。
1人の影がその場から去った。
残った影の男は蝋燭を消しに向かう。
「ふッ、まさかとは思うが、あやつ失敗せんだろうな」
蝋燭に息を吹きかかける瞬間。
映ったその顔は、ドルト国王 ベルク・ドルトムントであった。




