25 星は集う②〜五星ギルド〜
タペルの魔法ギルド本部が立ち並ぶ中心に、一際巨大な建物がそびえていた。
ギルド「グランドロッド」の本部である。
五星ギルド制度が成立した初期から不動の地位を持つ魔法ギルド。
本部の最上階の階段の先に、全面に木杖の彫刻が刻まれている大扉がある。
この扉を開けることが許されているのはサブ・マスター以上の位を持つ魔法使いのみだった。
マスタールームと呼ばれるギルドマスターの執務室であり、グランドロッドの歴史、研究資料などが保存されている。
部屋には4人の人影があった。
奥に位置する机に腰掛ける人影が1人。
その前に佇む魔法使いが2人、さらに部屋の中心に置いてあるソファーにだらしなく座る者が1人。
「まさか、君たちが失敗するとはな」
奥に座っている白髪、白髭の老魔法使いが一言発した途端、部屋の空気がぴんと張りつめた。
彼こそが部屋の主、ギルドマスター“蜃気楼”ジョセフ・ワトソンである。
「申し訳ございません」
深く首を垂れ、返事をしたのはサブ・マスターのレオ。その横にはソフィアもいた。
ウィルソン侯爵から盗人捕縛の任務を要請され、自分の右腕たるレオを送り出した。任務失敗の報を聞いたときには、久しく感じなかった驚きの感情が湧きあがった。
次いで、サブ・マスターとジェネラルの援軍を送ったにも関わらず、任務遂行断念の報告をうけてさらに瞠目したのだった。
五星会議直前に手痛い任務失敗。
会議ではこの件は間違いなく取り沙汰されるだろう。
問題は、五星ギルドの幹部クラスを打倒しうるほどの実力を持った犯罪者が、エディン領内をうろついていることだ。
その対処に、ジョセフは瞑目したまましばし考えを巡らせていた。
「まったく、レオさんもソフィア姉さんもだらしねぇな」
ソファーで座っていた男が悪態をつく。
「アーデル、言葉を慎め」
ジョセフは聞きとがめて注意した。
罵言を吐いた男はサブ・マスターのアーデル・ワトソン。
ジョセフの孫にして、グランドロッドでもっとも若いサブ・マスターである。
細目にそばかすが特徴的な、風魔法の使い手である。複合魔法を得意とし、風に他属性の魔法を付加して攻撃することを得意とする。
七光りと揶揄されがちだが、実力は確かで、戦闘における対応力が評価され、若くしてサブ・マスターの地位を獲得した。
アーデルにしてみたら、上席の2人が揃って任務失敗をするなど理解できない。同等級の自分まで軽くみられるのでは、と面白くない気分であった。
「じーさん、そういうけどよ。五星会議を前にして大問題だぜ、これは。だから俺を後発隊で送ればよかったんだよ」
「ここではマスターと呼べ」
「ちぇっ」
「任務失敗の報はすでに各ギルドに伝わっている。ソフィアの降格と後任については、五星会議後に議論するとしよう」
レオは悔しさを噛みころすような表情を浮かべて俯いているが、当のソフィアは余裕の笑みをたたえていた。
「で、ソフィア姉さんはジェネラルになるのか?8人の中でぶっちぎりで強いジェネラルになるな」
「いえ、役付きから外してもらうようお願いしますわ」
一同は顔を見合わせて目を見張った。。
「おい、ソフィア…!」
声を荒げるレオを目で制して、ジョセフはソフィアに問いかけた。
「理由を聞いてもいいかね」
「…今回のバルでの一件で、自分の生き方をもう一度模索してみようと考えましたの。ギルドの幹部のままでは、重大任務にしか関わることができず、身動きがとれません。ですから私は今一度、市井におりて市民と関わりたいと考えた次第でございます」
マスタールームに沈黙が広がる中、意見を述べるソフィアだけが落ち着いていた。
「なんだよ、ソフィア姉さん、出ていく時と別人みてぇじゃねーか」
アーデルが呆れ返っている。
ジョセフはソフィアの変化に驚きつつも、真剣な瞳をまっすぐ見つめた。
「その件については留保させてもらう。五星会議後に、ジェネラルを交えた“ロッド会議”で議論するが、それでいいかね」
「えぇ、それで構いませんわ」
サブ・マスターの任を終えるのは、マスターへの昇級、引退、戦死が基本であり、五星ギルドの幹部が降格することなど、数百年の歴史でも数えるほどしかない。ましてや一般メンバーへの降格などは前例がなかった。
そんな提案、おいそれと許可できるはずもない。
「君がそこまで言うとは驚いたぞ」
「姉さん一体どうしちまったんだ」
2人が驚くのも当然であった。
その言葉もどこ吹く風、ソフィアの表情は涼やかであった。
ジョセフはこめかみを抑えつつ、小さなため息をついた。
「ふむ、そろそろ時間だ。レオとアーデルは私とともに“宵闇の間”へ随行するように」
「いってらっしゃいませ」
ソフィアの透きとおる声に送り出され、3人は王宮へと向かった。
◆
魔法ギルド本部が立ち並ぶなか、とくに商人の出入りが激しい建物があった。
1階は魔法アイテムの販売所や鑑定場が設置されている。
地下には魔法アイテムの研究施設。
エディン領で使用される魔法アイテムの多くがこの建物で研究・生産されている。
もともとここは、食材、生活用品の性能向上のために作られた施設であった。
400年前のギルド大戦で、魔法アイテムを駆使した戦闘によって、当時の五星ギルドを撃破するほどの武力を持った魔法使い集団が誕生した。
ここは五星ギルド「ノスタルジア」の本部。
五星の中で“知識の結晶”と呼ばれるギルドである。
五星で唯一、女性がギルドマスターを務めていた。
最上階のマスタールームで、部屋着で寛ぐ女が1人。
「あぁー、1年ってあっという間だね。あの堅苦しい会議が今日からかぁー…」
欠伸をしつつ、呑気に軽口を叩いている。
部屋着のまま机に身を預け、起き上がるのもしんどいといった表情を浮かべていた。
この女性こそ、ギルドマスターの“創生”チェルシーであった。
「チェルシー様、そろそろ準備をされなくては」
その横で1人の女が困った表情で書類整理をしている。
サブ・マスターの1人マリーである。
「わかってるんだけどさー、体がわかってくれんのよー」
「チェルシー様!」
魔法の研究のこと以外、やる気を出さないマスターを叱り付けるサブ・マスター。
庶民出身の魔法使いが多いノスタルジアは、五星ギルドの中でもっとも砕けた雰囲気を持っていた。
「めんどくさいけど、着替えくらいしなきゃね…」
チェルシーは机の上に置いてあったカードを1枚手にとった。
カードをピッと頭上へ投げ捨てる。
カードは回転しながら、チェルシーの頭上へと舞い降りる。
突如、カードは煙とともに消え失せてしまった。
同時にチェルシーの体は紺のローブに包まれていた。
「はい。準備完了」
「ローブを着ただけで終わらせないでください!」
「まったく、煩いわね。わかってますよ」
チェルシーは立ち上がり、黒革製のベルトを腰に巻き付けた。ベルトにはホルダーが複数付いており、それぞれにカードの束がさしてある。
チェルシーはホルダーからカードを2枚取り出し、1枚を頭上へ、1枚を地面に投げる。
再びチェルシーの周りに煙が立ちこめ、気づけば頭には三角帽子、手には杖が握られていた。
「まったく…魔法カードのおかげで準備なんて一瞬で終わるんですから、やる気を出してください」
「だるいのは会議よ。準備じゃないわ」
いよいよ頭を抱えるマリーと連れだって、チェルシーは王宮へと足を運んだ。
◆
王都タペルから20キロほど西には海が広がっていた。
砂浜に穏やかな波の音が響いている。
数日前までこの地には魔物デビルクラーケンが大量発生し、多くの漁師が犠牲となっていた。
デビルクラーケンは一体で大型漁船を沈没させてしまう。その魔物が10体以上現れたのだという。
村人が困り果てていたところに、旅の魔法使いが通りかかった。
砂浜には不自然に積み上がった山がある。
砂山ではない。大量のデビルクラーケンであった。
その魔法使いはたった一瞬で、デビルクラーケンを全て倒してしまったのだ。
男の名は“絶対者”セシル。
五星ギルド「ヘブンズゲート」、通称“使徒”のギルドマスターだ。
遠方への魔物討伐の任務を終え、五星会議に向かうために移動中であった。
セシルは名乗ったわけではないが、目撃した漁民はあっけにとられていた。
セシルはエディンで「絶対者」「最強の魔法使い」と呼ばれている。
たった1人で王直属並の武力を持つと言われていた。
彼はドラゴンゾンビや召喚された上位悪魔を単騎で撃破、侵攻してきたドルトの過激武人集団を1人で退けるなど、数々の逸話が語り広げられていた。
「先を急ぐので失礼する」
ありがたがってセシルを前に拝みはじめた漁民たちに背を向けてセシルは東を向いた。
≪魔力飛行≫
セシルの体はエメラルドカラーの光に包みこまれ、上空へと飛び立っていった。
雲の高さまで昇りきると、一直線に王都へと向かう。
その直線状に存在していた雲が次々と割れていった。
◆
昼にもかかわらず、月のない闇夜のような暗闇に包まれた廊下。
その廊下の奥に、巨大な双角を頭に生やした髑髏が描かれた扉があった。
この部屋は五星ギルド「ダークファントム」、通称“死影”の応接間である。
部屋の椅子にはギルドマスター“破滅”カイが深々と腰をかけていた。
死影は9年前のギルド大戦で、元五星を破り、新たな五星ギルドとなった。
五星ギルドの入れ替わりは200年ぶりであり、エディン全体に衝撃が走った。
ギルドのメンバー全員が闇魔法を駆使し、暗殺を得意とする異端の集団。
エディン内の過激さと強さを備えた魔法使いを加入させて、着々と勢力を伸ばしてきた。
ギルド大戦は王軍によって開催される、トーナメント式の魔術戦だ。
五星以外の魔法ギルドのエントリーを受付、全ギルドのトーナメント戦が行われる。対戦形式は、全メンバー同士の総力戦、5対5の代表戦、マスター同士の一騎打ちなど様々。対戦前日に両ギルドの代表者で協議し、決定される。
死影と戦闘した相手ギルドの代表者たちは全員死亡した。
元五星ギルドはギルドマスター、サブ・マスター全てが戦死。
生き残ったギルドメンバーは怨嗟の声をあげつつも再建を諦め、解散した。
このギルドの等級は他のギルドとは違った形式となっている。
マスターのカイを頂点とし、その下に「十影」と呼ばれる10人の幹部がいる。
お互い本名を名乗らず、コードネームで呼び合う。
十影は「滅」「絶」「破」「冥」「恨」「憎」「罪」「刹」「骸」「髑」の名を冠する魔法使い達。それぞれが自分の冠する字にあたる闇魔法を得意とする。
サブ・マスター、ジェネラルといった等級は存在しない。
カイは椅子に肘をつきながら紅茶を啜り、ある男の到着を待っていた。
キィィ
扉が音を立てて開く。
黒髪に顎髭、顔に一文字の傷。
大小無数の刀を帯びた大男が入ってきた。
誰がどう見ても魔法使いではなく、歴戦の武人といった風体であった。
「よく来たな」
「五星会議前に呼びつけるとはな。用件はなんだ」
「まァ、まずは座れよ」
入ってきた男の名は“地獄鬼“中条鬼ノ助。
五星ギルド「オーガレギオン」、通称“鬼組”のギルドマスターであった。
ギルドマスターが漢民族という異端中の異端ギルド。
ギルドメンバーの多くが大型の武器を扱う。付加魔法で武器に属性を付与し、近接戦闘で闘うスタイルだ。
ギルドマスター1人、サブ・マスター3人、ジェネラルはなし。総勢104人のギルド。幹部以外は般若面をつけた「百鬼夜行」と呼ばれる集団である。
エディン各地で、過激な思想と肉弾戦の強さを誇る人間を組織してつくった武闘派集団であった。
戦闘スタイルが魔法使い離れしていることと、漢民族出身者であるという理由で、「エディンの五星に相応しくない」「敵国のスパイだ」と、年中非難を浴びている。貴族たちからは繰り返し五星降格の要請が出ていた。
4年前のギルド大戦で、当時の五星ギルドを撃破したことで、五星となった。
200年間不動だった五星ギルドが2回連続で入れ替わりになったことで、9年前に続き、大騒ぎとなった。
新聞記事を読んだものの中には「五星の実力水準が下がっているのでは」などと言うものもいた。
しかし、鬼組の戦闘を直接見たものは口をそろえてこう言うのだ、「鬼組に死角なし」と。
大戦では20人対20人の集団戦だった。鬼ノ助は開戦直後に20人のうち16人を1人で倒してしまったのだ。犠牲者は大刀に短剣、投げナイフと様々な得物で仕留められていた。
前五星のギルドマスターは鬼ノ助の斬撃で死亡。残されたサブ・マスター達はギルドを復権させようと躍起になっていた。
直接魔法より間接魔法を主とする戦闘術に、ある魔法使いが鬼ノ助に、なぜ、ドルトではなくエディンにきたのか質問したことがあるらしい。その時の答えは「こっちの方が近かった」と答えたとか。
さて、奇しくも直近のギルド大戦で五星となったその2つのギルドのマスターがここに邂逅していた。交わすのは密談である。
鬼ノ助も、諦めてどっかりと椅子に腰を下ろした。
「会議まであまり時間はないぞ」
「慌てるな。どうせオレたちが着くまで始まらんのだから、ゆっくり行けばいいさ」
「とは言え、あんたに呼びつけられたのは初めてだ。なんの話か早く聞かせてもらいたい」
鬼ノ助が話を始めるよう催促する。
カイはニヤッと笑い、問いかける。
「お前はなんで漢民族を飛び出してきたんだ?」
「………」
ハン、とため息まじりに鬼ノ助がだるそうな顔を浮かべる。
舌打ちをしながら、煙草に火をつけた。
「フゥー…、その質問に答えるのは何度目だろうな。いい加減めんどくせぇ。一言で言えば、ひっそりとビクビクして生涯を終えるのなんて御免だということだ」
「ほう。一族として国を再興したいとかは考えなかったのか」
「あんな臆病者どもと国を作るなんて不可能だな。お前も漢民族の隠れ里の場所をゲロしろとか言うつもりか?」
「そんな話をしたいのではない。オレは漢民族を滅ぼす気などないからな。ただ、お前には興味がある」
「なんだ、薄気味悪い」
カイは鬼ノ助をまっすぐ見つめた。
しばし、会議室を沈黙が支配する。
ガンッと乱暴な音をさせながら、鬼ノ助がテーブルの上に足を乗せた。
「おい、さっさと用件を言え」
「くくく。俺は五星会議である提案をする。お前には事前に言っておこうと思ってな」
「提案だァ?」
「あぁ、国家全体を動かすものさ。その提案をするにあたって、お前の国家観を聞いておきたかったのさ」
「それで俺が漢民族復権を考えてないか確認してきたのか?くだらんな」
もしも、鬼ノ助の心が漢民族復権を狙っていたら、戦闘になる覚悟もしていた。
カイにとっては重要な確認であった。
「そう言うな。ところで、お前はドルトとの戦争についてどう考えている」
「くだらねェことを、よくも600年もやっていると思っているさ。さっさと終わらせりゃいいんだ、こんな戦争」
なかなか本題に入らないことに苛ついた表情を浮かべつつ、だみ声で鬼ノ助が答えた。
「お前ならそう言うと思っていたよ」
「おい、いい加減にしろ」
「悪い悪い、くくく。オレの提案はな――…」
…―――。
「ずいぶんと大それた話だな」
説明を聞いた鬼ノ助がふんぞり返りながらこぼす。
「いい返答を期待するよ」
再び応接間に長い沈黙が訪れる。
…
「…まァ、それについては同意見だ。反対する理由がねェな」
鬼ノ助の答えにカイは不敵に笑う。
「くくく。楽しい会議になりそうだ」
カイの一言を聞いた鬼ノ助が、用は済んだとばかりに立ち上がった。
「話は終わりだろ。俺はいくぜ」
「せっかちな奴だ」
鬼ノ助は扉を開け、出ていった。
カイは紅茶の最後の一口を飲み干し――
「“滅”、いるか」
「はッ。ここに」
床に映る扉の影から生えるように男が出てくる。
「“十影”をいつでも動けるように集めておけ。五星会議後に再び“鬼組”と懇談を開く」
「御意」
カイは漆黒のマントを纏い、王宮へと足をむけた。




