23 逃亡劇の終わり
ナツキを追って、二手に分かれたレオたちは、再びバルの入口に舞い戻ってきていた。
魔法アイテム“念話指輪”を通じて、ソフィアと通信をとりあったのだ。
この指輪は、装備しているもの同士が念じると、遠くにいてもそばにいるかのように会話できるアイテムだ。
ソフィアから通信は、おもにナンシーの封印解除の進捗と、青眼捜索の進展についてだと思っていたら、予想外の内容だった。
「私とナンシーは疫病の治療にあたります。診療所建設などの仕事も、任務が山積しておりますので、青眼追跡を断念することを提案します」
レオは驚いた。
疫病の発生も寝耳に水だったが、ソフィアは独断で任務の続行を断念し、ギルドのメンバーも大勢がそちらに人員を割いているようだ。
同行しているアーロンもこれには激昂していた。
通信ではラチがあかないと判断し、一旦町に引き返してきたのであった。
「くそお…。日和見主義者め…」
アーロンが青筋を浮かべながら、兵舎の扉を乱暴に開ける。
兵舎の応接間で、暖炉の前の椅子に、ソフィアとナンシーは腰掛けて待っていた。
「おかえりなさい」
何気ない挨拶も、いまのアーロンには神経を逆なでする一言でしかないようだ。
ソフィアに、ものすごい剣幕で食ってかかる。
「どういうことじゃ、ソフィア!!説明はしてもらえるんじゃろうな」
本来、上席であるサブ・マスターに対して無礼な発言は許されない。
しかし、ソフィアはそのことを意に介することもなく、静かに返事をした。
「もちろん説明致しますわ。会議室へと向かいましょう」
説明を聞きたいのはレオとて同じ。時間も惜しい。
ピリピリとした空気の漂うなか、一同は部下も連れてぞろぞろと、足早に会議室へ移動した。
レオは、この緊急時にソフィアが微笑んでいることだけが解せなかった。
…
会議室では早速、ソフィアからこの間の報告を受けることにした。
疫病が貧困街にひろがっていたこと。
それを青眼がいち早く原因を見抜き、治療したこと。
ソフィアとナンシーが治療現場で遭遇したこと。
捕獲よりも治療を優先したこと。
一連の説明を聞き終えたレオは疑問に思った点を指摘する。
「遭遇してからまだそれ程経っていない。やつはまだ近くにいるのではないか。追跡断念の理由にはならないだろ」
ソフィアは静かに耳を傾け、ナンシーは俯いている。
「その通りじゃ!なぜ、追跡断念など言うのじゃ。これでは五星ギルドの名折れじゃぞ!」
「口を慎め、アーロン。おそらく他にも考えがあるのだろう」
レオの言葉を聞いたソフィアは、軽く頷き説明をつづけた。
「グランドロッドの権威を落としてしまうのは間違い無いでしょう。その点については私が責任をとります。任務失敗の責任は、私の降格で納得してもらえるよう、ウィルソン侯爵に伝えます」
「ソフィア様ッ…」
ナンシーがなにか言いたげに言葉を遮るが、アーロンが睨みつけたことで、再び俯いた。
「続けてくれ」
レオは促し、ソフィアへと話を戻す。
「追跡を諦める理由はいくつかあります。まず、1番大きな理由は彼が本気を出した場合、私たちでは万に一つも勝算がないということです」
レオ以外のギルドメンバーが目を見開く。
「一度敗れたレオも、捕縛されたアーロンも、封印されたナンシーも、彼がその気だったらすでに生きていないでしょう。私も相対しましたが、はっきり申し上げて、圧倒的な力の差があります。戦う前から敗北を悟りました。誇りとギルドメンバーの命、天秤にかけられるものではありませんわ」
ギルドのメンバーたちにとって、このプライドの高いサブ・マスターの敗北宣言を聞くのは初めてであった。
考えないようにしていたことだが、幹部が3連敗しているというのは紛れもない事実だ。
一同の間に重苦しい沈黙が下りる。悔しさで震えているものもいる。
そんな中、ソフィアが言葉を続けた。
「ギルドの威信という点においては、疫病を放置して、達成できない盗賊追跡を続けるほうが深刻だと判断いたしました。それに私は彼が本当に青眼かどうか、疑問を持ちましたわ」
この一言で会議室が騒然とする。
青眼の実力については皆認めざるをえない。
「青眼の身元の真偽とは……?」
レオはソフィアの真意を探るように問いかけた。
「言葉のとおりですわ。青眼という盗人は確かに存在しています。しかし、それが私たちの追っているあの男がどうか、重大な疑義が生じたのです」
今度は、それまで脇に控えていた、ヘンリーとイーサンが声をあげた 。
「ちょっと待ってください !ヤツは盗んだ時も、再び屋敷に現れた時も水分身を使っていました!同一の魔法だと思います」
「あぁ、それに屋敷から盗まれた鍵を持っていましたよ」
レオ自身も、実際に青眼と対峙した身だが、ソフィアの疑問に共感できる点もあった。
二度の青眼との遭遇で、どちらのときも魔力感知を展開してはいたが、気配があまりにも違っていて、確かに同一人物とは思いがたかった。
「やつが、青眼ではないという根拠はあるのか?」
レオは質問を投げる。
「私は見間違いだと思ったんだが…、あいつの瞳は緋色だったわ…」
俯いていたナンシーが答えた。
ソフィアも、一瞬見えた瞳の色が青ではなかったと言う。
「なるほど。つまり、青眼を捕まえるのが困難な上に、捕まえても別人であるということか。根拠としては薄いが、あり得ないとも言いきれん」
会議室はざわつき、様々な意見が飛び交う。
とくにアーロンは聞き取りにくいほどの怒号をあげていて、手に負えない状態だ。
ソフィアは、両手で皆を制した。
「最後の理由を述べます」
一同は再びソフィアに視線を注ぐ。
「まもなく、五星会議とロッド会議が開かれます。私とレオは程なくしてタペルへと向かわなくてはいけません。ナンシーとアーロンの強さは認めていますが、残りの戦力では、捕まえることは不可能でしょう。会議後に再び追跡しようとしても、今より困難となるのは火を見るより明らか。以上いくつかのべましたが、私の降格をもって、任務失敗とするのを提案したところです」
場が静まり返った。
次いで、ソフィア以外の視線がレオへと集まった。
彼女の決定を覆すとしたら、同格のレオが言うしかない。
レオは悩みつつも結論を言った。
「ソフィアの提案を了承した。本部へ戻ろう。侯爵には私から伝える」
ソフィアとレオ以外、静かに俯いた。怒りと敗北感に包まれている。
アーロンは激しく歯軋りをしていた。
…
レオは会議の終了を宣言し、他のメンバーは会議室を去って、ソフィアとの間に沈黙が満ちる。
先にソフィアが席を立った。
「失礼いたします」
扉へ向かってゆっくりと歩いていく。
「待て」
レオは呼び止めた。
「なんですの?」
「先ほどの説明ですべてに納得したわけではない。“自分では勝てない”ということだけが理由か?」
唯一納得ができないのがこの点であった。
実力で劣っているならば、さらなる増援の検討をする時間があってもよかったのではないか。
ソフィアは微笑みを浮かべながら振り返る。
「あなたは本当に鋭いわね」
「なにを考えているか、まったくわからんぞ」
「ふふふ。私もですわ」
敗北宣言した直後とは思えない笑みを浮かべてきた。
「おい、どういうことだ」
意味がわからない。
「まだ考え中といったところです。少なくとも、彼は私の魔法使いとしての原点を思い出させてくれた…とだけ言っておきましょう」
「そうか…」
彼女は聖魔法使いだ。
悪と判断した相手には、慈悲のかけらもなく徹底的に打ち倒す。
しかし、善と判断した相手にたいしては絶対に戦いを仕掛けることはしない。
今回は青眼(?)にその判断をしたということだろう。
「引き止めてすまなかった」
「ふふ。では、また」
ソフィアが去った後、レオはしばらく会議室に残っている。
(あの笑顔はなんだ…?)
いくら考えても結論に辿り着けるわけもないが、レオは考えた。
◆
「わはははは」
盗賊"黒夢"のアジトで笑い声が響き渡る。
ナツキは盗賊たちと酒を飲みながら語り合っていた。
30人以上の盗賊が、それぞれのテーブルで好き勝手をしている。
一気飲み勝負に腕相撲、お互いの皿に乗っている食事を取り合い、ところによっては殴り合いをしている。
「なんちゅう飲み会じゃ」
ナツキは、基本的に酒は1人でゆっくり飲みたい性質なので、ここまで騒がしい環境で飲むことなど滅多になかった。
「酒盛りなんてこんなもんだろ」
横にいるギーメルが笑いながら語りかけてくる。
俺の正面には黒夢の頭目、ユウヤがいる。
隣には副長のアーリマンと名乗った男が座っていた。
先の戦闘でナツキの炎玉を回避した一人だ。
ユウヤとしか戦いにはならなかったが、こいつも間違いなく強い。
酒を交わしつつ、ギーメルが俺との出会いや、子爵邸からの脱出劇を武勇伝よろしく熱っぽく語っていた。
トンプソン邸からさっさと逃げ出したと思ったのに、いったん宝物庫に行って宝を持ち出した話を聞いたときには、かなり呆れた。
文句を言ったら「盗賊が何も盗らずにのこのこ帰れるわけないだろ」などと逆ギレされる始末。
「お前なかなか見込みのあるやつだなァ。さっきの俺との戦闘も見事だったわ」
ユウヤが会話に参加して、褒めてきた。
「頭が戦闘で倒せなかったのは初めて見たな。あんた、只者じゃないね」
アーリマンも称賛してくれた。
それにしても、ここには変わった名前のやつが多い。
質問をしてみたら、盗賊になったときに、元々の名前を捨てたやつも多いらしい。
ユウヤ・バナについては、珍しい苗字だなと尋ねたらーー
「貴族如きが苗字をもっているのに、俺がないのはおかしいだろ。だから勝手につくったわ。がははは!」
ーーなどと答えてきた。
面白いやつだ。
豪快で適当、細かいところを気にしない性格が、盗賊連中から慕われているようだった。
(盗賊なんてさっさと倒してやろうと思って挑んだが、こいつらなかなか侮れないな)
それどころか、ユウヤに関しては五星ギルドのサブ・マスターにも匹敵する強さだ。
魔力量はレオの方が大きかったが、やたらと実践慣れしている。アーリマンはジェネラルクラスの実力はある感じだった。
「お前、盗人として追われているんだろ?だったら、黒夢に入ったらどうだ」
アーリマンが提案してきた。
思わず、口に含んでいた酒をブーッと吐きだしてしまう。
「おー!いいじゃねぇか!歓迎するぜ」
「いやいや…」
ギーメルも勝手なことを言っている。
"盗人じゃないんだよ、俺は…"と説明するのも億劫だ。
「いいだろう。但し条件がある」
ユウヤが腕を組みながら、踏ん反り返っている。
「いや…まずは人の話を聞けよ…」
なんだかこいつら人の意見を全然聞かない感じがする。盗賊だからそういうものなのかもしれないが。
「ギーメルの手助けをしてやってくれ」
「手助け?」
どういうことだろう。
「うむ。こいつがバルの町に1人で行ったのは訳がある。エディン領北方の郷里に住む家族が、盗賊の一味だと疑いをかけられ、捕まってしまったという噂を聞いたのだ。盗賊全員で向かうわけにもいかぬので、1人で救出に行くというのを許可したのだ。まさか、寄った町で王軍にケンカを売って捕まるとは思わなかったがな」
なんでも、遠距離移動用の物資をバルで買うために立ち寄ったとか。
なんで黒夢のメンバーが1人であんなところにいたのか疑問だったが、やっとわかった。
「それで、なんで俺の手助けがいるんだ?」
「こいつは冷静さに欠けている。1人ではどうせまたどこかで騒ぎを起こすだろう。それなら、共に行動するものがいるだろう。どうしても黒夢に入りたいというお前が同行し、家族救出が達成できたら、仲間にしてやる。わはははは!」
(おい!いつ、誰がどうしても入りたいと言った!まったく勝手なやつらだ)
どうしようか。五星ギルドに追われている身だから、本当ならこのまま中央平原を抜けて、ドルトへ行きたい。
詳しく色々聞いてみたが、ギーメルの家族は普通の家具職人で、悪事とは無縁の生活をしていたらしい。そういう人が牢獄生活するのは気の毒だな。
「いやぁ、ありがたいぜ。あんたなら強いから、俺としても助かるわ」
ギーメルが笑いながら言っている。
「おい、お前、借りを返すとか言ってたくせに、どうなったんだよ」
「ん?お頭との戦闘を止めたときに返したろ」
「はァ!?あれで返したつもりかよ!」
勝手なやつだ。
なにか貰えるとしても盗品だろうからいらないと考えてはいたが、理不尽を絵に描いたような人間だ。
ナツキよりも黒夢のトップのユウヤのほうが強いと考えているようだ。
盗賊団なら当然かもしれない。
(悩ましいところだが、こいつら馬鹿だけど、なんとなく憎めないんだよな。酒をご馳走された礼として、家族救出くらいはやってやるか…)
「黒夢には入らないが、救出はやってもいい」
「わははは!遠慮するな!とりあえず頼んだぞ!わははは!」
「入らないって言っているだろ!」
本当に話を聞かないやつだ。
頭を片手で抱えつつ、ギーメルの方へと目を向ける。
「よろしくな!」
ものすごく良い笑顔を向けてきた。
翌日からギーメルとパーティーを組んで、ゴディス島の北へと向かうこととなった。
ーーなんだか盗賊と縁のある人生になっている気がする。いつからこうなってしまったのだろう。




