22 思わぬ再会
「ありがとうございました。またお越し下さい」
バルの町、セントラル通りに並ぶお菓子屋に明るい店員の声が響く。
“ピコラ”ことジェシカが仕事していた。
時間はお昼を回って、客足が少し落ち着いてきたところだ。
今日も看板商品、ピーナッツ入りのお菓子“ピコラ”作りをしつつ、来客がきたら接客をしていた。
カランコロン
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー、あら、ピヨさん」
「いつものを頼むよ」
久しぶりにピヨさんが来店してきた。
貧困街の疫病治療に卵が必要ということで、数日間忙しくしていたのを知っていた。
薬の原料に卵が必要という情報が流れ、ピヨさんは売物の卵を惜しみなく提供したらしい。
「いつもありがと!おまけしとくねー」
ジェシカはクッキーを袋に詰めていきながら、愛想たっぷりに応対する。
「あの男が治療したらしいな」
「えッ」
驚いた。
ピヨさんから話題を振ってくるなんて。
「あの男?」
「前にこの店に来た時にいた丸眼鏡の男のことだよ」
「ひゃあ!ピヨさん、“覚えるまでもない”んじゃないの!?」
さらに驚いた。
「まったく覚えないわけではない。憶えていたくないことがあるだけだ」
「一体どういうことなの…」
「私は貧困街の出身者なもんでさ」
「えぇッ、そうだったの!?」
驚きがとまらない。
ジェシカの知る限り、ピヨさんと人間関係をまともに作れる人が皆無だったからだ。
(そういう人なんだと割り切って接していたけど、踏み込まれたくななかったのね…)
「それで、疫病を治療した人のことを気にしていたのね」
「そうだ。名はなんというんだ?」
「薬屋のナツキさんっていうらしいよ」
ピヨさんはしばし目を瞑っている。
声は出していないが、口元が”ナツキ“と動いたような気がした。
「……。覚えておこう…」
「ひゃあ!?」
(初めて聞いたぁぁぁぁ!!事件だぁぁぁ!)
新聞には載ることのない、ちょっとした“珍事”が買い物客の間で話題に上り、バルの町を駆け巡っていった。
◆
ジェシカが店で大騒ぎしていたのと同時刻、ナツキは平原を歩いていた。
顔には笑みを浮かべ、鼻歌を歌い、旅をすすめる足は軽やかだった。
どうなることかと思ったが、バルでの滞在の顛末が思いがけず好転して、単純にうれしかったからだ。
グランドロッドの幹部が、まっとうな感覚を持ち合わせてくれていたのは助かった。
五星ギルドの幹部と言えば、権威をかさに威張りちらすか、お堅い連中ばっかりかと思っていた。
むやみな殺生はしないというのがナツキの信条だが、住民の命を軽視する態度をとったら、流石にキレて手加減できなかったかもしれない。
2人とも補助魔法が強力そうだったので、追跡能力は凄まじいだろう。
彼女たちが”デモニオ“の問題が解決するまでバルに留まってくれるなら、相当遠くまで逃げることができる。
疫病解決のためにバルに長居するのは、普通に考えれば逃走者としては悪手だった。
しかし結果だけ見れば、被害拡大も最小限に抑えることができ、これ以上ない幸運だったと言える。
次はどこを目指そうか。
どう考えてもエディン領をうろつくのは良くない。
各地のうまい飯を食べ歩きたいが、手配書が回っているので、窮屈な生活になるだろう。どうせ行先のない旅だ。
(そんなことを気にしないでいいところを目指そうか。とりあえず、ドルト領に向かおうか)
中央平原の東側に大きな町があったはずだ。
ナツキは度々襲ってくる魔物を撃破しつつ、中央平原南端から東方向へ伸びている街道を進んでいた。
…
日は沈み、中央平原を静かな暗闇が包み込む。
火を起こし、昼間倒した魔鳥ロック鳥の肉を串に刺して焼き始めた。
「うん、期待を裏切らない味だ」
誰もいないけど、思わず口をついて出てしまう。
ロック鳥の肉は、くせはあるが、その野性味が串焼きでより引き立つ。
酒の肴には最高だ。これは、酒を飲まないのは罰があたるな。
ナツキは、ピコラにもらった酒をいそいそと鞄から取り出した。
コップは持ち合わせがないので、蓋を開けて瓶のまま飲み始めた。
「くぁぁああ!こりゃ美味い!」
さすがバル名産のワイン。鶏肉との相性も抜群。舌の上で絶妙な調和を奏でていた。
こんなに美味い酒をくれたピコラに感謝しつつ、酒と肴をちびりちびりと楽しんでいた。
「ぎゃあぁぁあ…」
暗闇と静寂の中、遠くから悲鳴が聞こえた。
(なんだ…?こんな夜中の平原でトラブルか?)
ナツキは立ち上がり、悲鳴がした方向へと向かう。
…
暗闇で姿ははっきりしないが、遠くに馬車らしき影と、周りを動き回る複数の人影が見えてきた。
近づくにつれてさらに段々と見えてくる。
(あれは商人の馬車か…周りにいるのは夜盗か。護衛の魔法使いが戦闘しているな)
すでに何人か護衛らしき魔法使いが街道上で身を伏せて倒れていた。
悲鳴はこの魔法使いのものだと考えていいだろう。
( せっかく人が気分よく酒を飲んでいたのに…こいつら…。遭遇した以上、助けないわけにもいくまい…)
護衛兵を一方的に襲撃する10人以上の夜盗集団。
かなり厄介な相手なのは間違いないが、不意打ちで攻撃できるアドバンテージを最大限発揮させてもらう。
≪炎玉≫
暗闇の平原に明るい火の玉が複数誕生し、あたりが明るく照らし出される。
「ぎゃああ!」
夜盗4人ほどに魔法が命中。服が燃えあがっている。
驚いたことに、2人ほど不意打ちの炎玉を回避した。
舐めてかかってはまずそうだ。
「ゴラァ!なにもんだァ!」
攻撃を回避した盗賊の1人が怒声をあげた。
盗賊集団、護衛兵、馬車内で震えている商人たちの視線がナツキに集中する。
ナツキは片手に酒瓶を持ち、ゴクゴクと飲みながら傲然と言い放った。
「文句を言いたいのはこっちだ。お前ら、酒くらい静かに飲ませろ」
「なにもんだ貴様ァ!!」
「旅の酒好きな薬屋さ」
傍目には単なる酔っ払いにしか見えない風体に、盗賊は一瞬怯みを見せたが、すぐ我に返った。
「薬屋ごときが、しゃしゃり出てきたことを後悔させてやるぞぉらァ!」
乱暴な口調のやつだな。盗賊なのに丁寧なほうが妙だろうけど。
「おい、馬車のやつら。なにぼーっとしているんだ。俺がなんとかすっから、さっさとどこかに行け」
ナツキは商人の小隊に目配せをした。
商人と馬車を操る馭者とがハッと顔を見合わせて、直後、礼を言いながら走り去っていった。
「逃すかァ、ぉらァー!」
(おっと、お前たちは行かせないよ)
ゴォッ!
ナツキは魔力を解放した。
その周りだけ、まるで昼間のように明るく照らされている。
盗賊たちが仰天した表情をしている。
「追ったやつから背中を撃つ」
めずらしく凄んでみせた。これで戦意喪失してくれるなら儲け物なのだが。
ほとんどの連中が固まっているが、乱暴な口調な男だけ平然とした表情で前にでてくる。
「上等だァ。やってみろ」
これだけの魔力を見せて怯まないとなると、馬鹿か、相当な手練れだな。
その盗賊は両手を上方に向けて魔法詠唱する。
≪氷波≫
身体の周りに刃状の氷が纏う。
暴風のように氷が周りを駆け巡る。
近接3メートル以内は接近が不可能なほどの密度であった。
(おいおい…みごとな氷波だが、その魔法は近接戦用の戦闘魔法。威力が凄まじいかわりに、発動中は動けないぞ…。なにをやっているんだ…?)
感心していいのか、呆れていいのかわからない心境であった。
しかし――
「おらァ!」
叫び声と共に、氷波を纏ったまま、突進してきた。
凄まじいスピード。
盗賊の周りの植物が、斬り裂かれながら凍っていく。
「まじかよ!」
ナツキは右手方向に跳んで回避した。
「まだまだァー!」
氷波を纏いつづけたまま、身体を反転して再び向かってくる。その姿は氷状の台風のようであった。
(なんという破天荒な戦闘スタイルだ!!)
常識に縛られない、我流で叩き上げた戦闘術だ。
ときには、お行儀のいいエリート魔法使いよりも厄介になる。
ナツキは3回ほど紙一重で回避したものの、相手は諦めることなく攻めつづけてくる。
観察していて分かったのは、直線的な移動しかできないことだ。
流石に氷波を発動させながら、完全に自由に動くことはできないのだろう。それでも厄介なのは間違いないのだが。
「終わりだァ、ぉらァあああ!!」
こちらも理不尽な鬼ごっこは終わりにさせてもらいたい。
≪爆炎≫
氷の台風のど真ん中に、炎の柱が爆音とともに登場する。
火柱と氷の暴風はお互いに相殺しあい、周りに衝撃波を発しながら消えてしまった。
ナツキと盗賊は衝撃でお互い後方に吹き飛ばされる。
「あっぶねぇ…」
「てっめェ!」
再び戦闘態勢をとろうとしているな。
めちゃくちゃな戦い方なのに、スタミナ切れも大分先になりそうだ。
(こいつ、戦い慣れてやがる)
ナツキも戦闘態勢をとろうと構えると、盗賊の後方から叫びながら走ってくる仲間がいた。
「お頭ぁー!まってくれー!」
「なんだごらァ!ちょっと待っとれ!」
「違うんだよ、こいつが俺の言ってたヤツですよ!」
「あァん?」
(なんだ…?盗賊に知り合いなんていないぞ)
「こいつは青眼です。俺を救ってくれたやつです」
「マジかよ、ギーメル」
!!!
(って、ギーメルかよ!?そういやいたわ、盗賊の知り合い。ってことはこいつら「黒夢」か…)
対峙していた盗賊たちは、戦闘態勢を解き、ナツキの体を上から下までまじまじと観察していた。
ギーメルがこちらに駆け寄ってくる。
「ははは。まさかこんなところで会うとはな。邪魔してきた時は殺そうと思ったが、あんただと気づけてよかったよ」
さっきまでの緊張感はどこへやら、くだけた感じのギーメルにこちらも毒気を抜かれてしまった。
「バルから逃れたみたいでよかったわ。しっかし、お前も逃げ延びた直後に悪さしてるとはね」
ギーメルと会話していたら、先ほどまで戦っていた相手も歩みよってきた。
「あんたが青眼か。こいつを助けてくれたことを感謝する。それに免じて仕事を邪魔したことはチャラにしたる」
青眼ではないが、ややこしくなるから言わないでおいた。
「…とりあえず、ありがとうと言っておくか。俺はナツキ。よろしく」
「俺はユウヤ・バナ。黒夢の頭だ」
(めずらしい苗字だな。ってことは元貴族なのか?)
色々と面白そうなやつだ。
「ギーメルを救ってくれた礼と、お前の酒盛りを邪魔してしまった詫びをしたい。アジトで一緒に飲まんか」
(え…めんどくせぇ)
盗賊集団のアジトなんか行ったら、厄介そうだ。
「秘蔵の酒もたんとあるぞ」
(…気ままな旅だし、こいつらは面白そうだ。無料酒も飲めるなら招待に応じるかな)
秘蔵の酒にコロッと釣られるナツキだった。
「そりゃ、嬉しいね。では飲もう飲もう」
ナツキはギーメル、ユウヤとともにアジトへと向かった。




