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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
22/208

21 薬屋の救出劇④

 「やっと終わりましたね。これほど難儀したのははじめてですわ」


 「感謝申し上げます…!」


 ナンシーはソフィアに向かって深く首を垂れた。


 ナンシーにかけられた拘束を解くのにかかった労力と時間は、それはそれは甚大なものだった。


 その間ソフィアは、他の任務は全て投げうって、丸2日をナンシーのそばにつきっきりで過ごしたのだった。



 「後程、あなたの魔法の発動を試してみましょう。問題なければ、私たちもバルを出て、レオたちと合流するのが最優先ね」


 自分の風魔法と補助魔法を使えば、合流はすぐできるだろう。

 動けない間の鬱憤もある。早く動きたくてうずうずしていた。


 しかし、ナンシーはバルを去る上で、1つ心に掛かっていることがあった。


 「ソフィア様、恐れながら申し上げたいことがございます…」

 「なにかしら」

 「この町が壊滅するほどの可能性がある一大事です。トンプソン子爵によれば、伝染病が貧困街に蔓延しているとのことです。子爵はこの事態に何の手立てもとらず、ただ手をこまねいているばかり。私はこの現状を放置したままでいいのか悩んでいます」



 疫病を放置していいものか、町を訪れた日から葛藤していた。

 自分の任務は盗人の捕獲。最優先は青眼だ。


 しかし、この大問題を残したままバルを去ることを、ナンシーは躊躇っていた。


 「初耳ね。最優先は青眼とは言え、疫病の発生が事実なら、看過できるものではありません」

 「ではッ!?」

 「あなたの回復を待つ必要がありますし、レオたちを追いかけるのは明日からにしましょう。後ほど、貧困街へ向かいます」

 「…ありがとうございます!」


 数時間後。

 ナンシーの魔法が無事に使えることを確認し、2人はバル南方へと向かった。




 (急いだが、往復で2日以上つかってしまった…やはり、恐ろしく感染は拡大している)


 ナツキはバルの貧困街に戻ってきていた。

 少し訪問してみたが、住民は家のなかにこもり、病に倒れた家族を看病していて、人っ子ひとり見かけない。路上生活者は路地のそこかしこでうずくまっていた。

 清潔な水も、診療所もない貧困街での疫病だ。被害が拡大しているのは当たり前であった。


 ナツキは馬車を使っても往復4日ほどかかる距離を、洞窟での探索込みで、2日で戻ってきた。驚異的スピードだが、被害の拡大に心を痛めている。


 とりあえず、路上で目につく者たちから手当していくことにした。

 ワクチンを注射器で投与するのが最も効果が早いが、残念なことに医療器具を持っていない。


 薬を魔法≪流気≫(マジックフロー)によって直接患者の体内へと送っていく。

 ナツキと患者の体が白のオーラに包まれていく。


 (これで大丈夫だ…。しかし、まだ40人以上患者がいるな。人手が足りない…)


 いつもの不敵な笑顔はなかった。


 急ぎつつも丁寧に、倒れている一人ひとりを抱き抱え、治療を施していく。


 「もう大丈夫だ。安心して寝てな」

 「ぁ…ありがてぇ…」


 薬は足りる。

 しかし、圧倒的に水が不足している。

 一旦ワクチンをうったあと、商店街に調達に行くか迷いはじめていた。


 (やるべきことが多すぎるが、体は1つだ…水分身をつくって、買い出しに向かわせたいが、そんな水があるなら、一刻もはやく飲ませてやりたい。くそ…悩ましい)


 ナツキは葛藤しつつ治療にあたっていた。



 「貴様、なにをしている」


 後ろから声がした。


 自分が魔法を封印したグランドロッドのジェネラルの赤毛の女が1人。

 もう一人はサブ・マスターの腕章をつけた金髪の女だった。


 (またずいぶんと大物だ…。俺の封印魔法をこれだけの短期間で解除するとは相当な手練れだな)


 治療中に見つかってしまうとは運がない。

 しかし、放って逃げるわけにもいかない。


 「貴様!青眼か!」


 ジェネラルの女が気づいたようだ。


 「もう一度聞きます。あなたは何をしているのかしら」


 サブ・マスターのほうが重ねて問いかけてきた。


 「見てわからないか。患者の治療中だ」


 患者の治療は中断せず、背中越しにナツキは答えた。

 背中はがら空きだか、目を離す間も惜しい。


 (もしも患者に目をくれず、俺を攻撃してきたら、こいつらは本物のカスだ。全力を持って排除してやる。今度は封印などと生易しいことでは済まさん)


 「最近流行りだしたという、伝染病ね」

 「知っていてお上はなにもしていないのか。理解に苦しむな」

 「それをなぜ盗人のあなたが治療をしているのかしら」


 サブ・マスターは怪訝そうな口ぶりだ。


 「愚問だな。苦しむ人がいたら助けることに理由がほしいなら、適当に綺麗な話をしてやろうか?俺は疫病を放置している貴族やあんたらにムカついている。言葉に気をつけることだな」


 「なんだと!」


 ジェネラルが激昂して攻撃しようとしてくる。



 「おい、病人にあたるだろ」


 「くッ!!人質にとる気か」


 「なにを言っているんだ。お前らは見捨てていたんだろ。そんな人たちを人質にとることに意味はない。治療の邪魔をされたら憤怒するのは当たり前だ」


 ジェネラルは顔を真っ赤にさせている。


 「黙れ!見捨てているわけではない。我々は今まさに救済のために動いているのだ。おまえに見下げられるほど落ちぶれてなどいない!」


 「詭弁だ。だとしたら俺なんかにかまけている暇があるのか?人の命より重いものなどない。つまらない任務を優先させている時点で反吐がでる。だいたい、お前ごときでは俺を捕まえることはできない」


 ナツキはその場を動くことなく治療を続けた。



 ソフィアは困惑していた。

 事前に聞いていた邪悪な盗人像と、目の前の男の行動が、あまりにもかけ離れていることに。

 悪は滅ぼすべしと考えてこの地まできた。


 しかし、眼前で疫病患者を抱き上げながら治療する姿と、患者を包み込んでいるオーラがあまりにも美しい。



 ソフィアはあまりの光景に目を奪われていた。


 …


 「――今、攻撃したら、お前らを殺す」


 !?


 患者を抱える青眼が肩越しに睨んできた。

 鋭い眼光に、恐ろしい殺気。

 患者を優しく包み込むオーラとは真逆だった。


 そして気になるのは色眼鏡の奥に見えた瞳の色。


 (目の色が青ではない…?なんて美しい緋色なのだろう…)


 ナンシーも気づいたようだ。手配書との矛盾はどう考えたらいいのだろうか。



 たった今のやりとりも、相手が正しいと認めざるをえない。

 疫病についても、ナンシーから報告を受けて初めて事態を把握したばかりで、ギルドの対応が後手にまわっているのは事実だ。


 盗人の指摘に、ナンシーも葛藤を見透かされて動揺しているようだ。



 「落ち着きなさい、ナンシー。今、ここで攻撃したら、私たちはもう五星ギルドの幹部でいる資格はないわ」


 「ソフィア様…」


 ソフィアは瞼を閉じて考える。


 五星ギルドとして任務失敗など許されない。

 それは自分たちのギルドの威信を落としてしまうだろう。


 一方、疫病を放置するどころか、治療にあたっている人間を攻撃したとなったら、それは国民的な信頼は失墜する。


 さらに自分は聖母神の加護をうけて聖魔法をつかっている。自分の行いを邪だと感じながら戦闘などしたら、もう上位聖魔法は行使できなくなる。


 目の前の男は、私たちを無視し、黙々と治療を続けている。


 (天秤にかけるまでもないわ。結論は明白ね)


 「ナンシー、あなたは兵舎に戻り、魔法ギルドの者たちを組織し、清潔な水と食料を届けさせなさい。職人ギルドに診療所の建設の要請もお願いします」


 「か…畏まりました」


 ナンシーは若干逡巡していたが、すぐ行動に移した。

 身体強化で移動速度を早めて、北側へ走り去っていく。



 「冷静な判断に感謝するよ」


 背を向けたまま男が言ってきた。


 「私もあなたの補助をします」



 青眼がデールを去った時には、誰も予想できなかった事態となった。


 グランドロッドのサブ・マスターと、盗人青眼が協力して、治療にあたる。


 …


 「これで、最後だ」


 男が最後のデモニオ患者に薬を投与した。これで目につく限りの感染者には治療を施した。


 周りでは患者たちに水を飲ませている魔法使いが大勢いる。


 ソフィアは治療を終えた盗人を真っ直ぐ見つめた。


 「で、どうする?引っ捕らえるかい?」


 男は不敵に笑いながら質問してきた。


 「あなたからそれを聞きますか。ここには多くの患者がいますし、まだ疫病が収束したか不確定です。私たちは今後の感染の拡大の可能性に備えて、やるべきことが山積みです。あなたと戦闘するべきではないでしょう」


 「ははは。あなたの賢明な判断、嬉しいね」


 疫病が解決する兆しが見えて喜んでいる姿が、どう見ても悪人ではない。

 怪しいのは間違い無いが、ソフィアは心の中で捕まえる意思が消えうせてしまっていた。

 そして、それが不思議なことに不快ではなかったのだ。


 「まさか、診療所づくりまでやってくれるとは思わなかったよ。俺の役目は終わりだな。今後感染者が出たときに備えて、あまった抗体は置いていく。ワクチンを量産するなら、専門の医者がいるなら訳ないだろ。俺はそろそろ立ち去らせてもらう」


 笑いながら答える男の瞳を見つめる。

 それに気づいたのか、男は中指で丸眼鏡を鼻先から目の高さまで押し上げた。


 「あなたは綺麗な眼をしているのね」


 夕陽のせいで緋色に見えたのだろうかと疑問を持ちつつ、ソフィアは語りかけた。


 「うへぇ、そんな気恥ずかしいこと、盗人に言うもんじゃないぜ」


 頭をボリボリ掻きながら立ち去ろうと歩き出す背に、ソフィアは語りかけずにはいられなかった。


 「あなたとはもう一度会いたいわね」


 「ははは。絶対にやだね」


 男は振り返りもせず、手を振りながら去っていった。

次話、番外編。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この事件がきっかけでソフィアとは何か分かるのだろうか?
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