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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
21/208

20 薬屋の救出劇③

 時は若干遡る。


 ゴディス島南端の一角にある漢民族の集落。

 彼らはエディンかドルトの人間に見つかったとしても、一族が滅ばぬように、100人単位の集落を点在させて生活をしていた。


 英夫の暮らしていた集落があるのは湖の近く、サイエフ-――漢民族は“黒竜の森”と呼んでいた――の森を抜けた先にある場所だ。


 英夫はまだ年若いが、集落でも一、二を争う戦士であった。

 彼は食糧確保のため、日中は獣を狩るために森へと来ていた。

 群れから離れて行動している鷲獅子を見つけたので、不意をついて撃破した。


 (これで今日の分の食料は十分だな)


 自分の体を倍するほどの巨鳥を担ぎながら、集落へと帰った。


 集落に辿り着くと、なんだか様子がおかしい。

 1つの小屋の前に人だかりができている。


 聞くと病で倒れたものがでたらしい。


 この時は、数日臥せって開放に向かうだろうと考えたのだが、甘かった。


 恐ろしいことに、看病にあたったものも同じ症状で倒れてしまったのだ。

 病は次から次へと集落のものへと感染していく。


 原因不明の病に対して、集落では「黒竜の怒りだ」という者がいた。


 英夫は疑問を持ちつつも――


 「ならば退治してやる」


 決意を固め、愛刀を担いだ。


 そして、英夫を止める仲間の手を振り解いて、黒竜の洞窟(サイエフのどうくつ)を目指したのであった。



 ナツキは英夫と口論になった。

 なかなかブラックドラゴンと戦うことを諦めてくれない。

 お互い冷静になろうと呼びかけて、詳しく話を聞いてみたら、ブラックドラゴンの怒りで集落が滅びそうになっているとか。


 現場を見ていないが、どう考えても疫病の類ではないか。漢民族の医療の技術がどこまでかは知らないが、黒竜(ブラックドラゴン)を倒して病が治るなど迷信だ。


 「あのなぁー、単騎で倒すのなんて無理だぞ」


 「しかし、どうしてもやらなくてはいけない」


 全然意見を変えてくれない。辞めろと言い続けるだけでは駄目そうだ。


 「まずは病源がはっきりしてからでもいいだろう。俺は薬屋だ。どんな症状か話してみろって」


 英夫はなんだか葛藤しているようだが、俺に説明してくれる気になってきたようだ。本人も遠く離れた洞窟にいる魔物に責任を押し付けることに疑問を持っていたのだろう。


 ナツキは英夫から詳しく病状を聞き取り始めた。


 「体には紫の斑点ができていた。段々と痩せ細っていくにも関わらず、食欲はなくて、ずっと嘔吐している」


 「え、まじ…?」



 (単なる偶然か…?デモニオじゃないかそれは。だとしたら、この洞窟にきたのは間違いではなかったことになる)



 「集落で、オークを食べる習慣はあるか?」

 「食人鬼(オーク)か?一般的に食べるわけじゃないが、滋養強壮の珍味として知られているな」

 「それだな。とくに紫色の個体のやつが病原になった恐れがある」


 「あぁ、珍しい種類だと話しながら食していた奴がいたな。最初に倒れたものだ。そいつはもう死んでしまったが」


 (間違いない。それなら、俺の目的と同じだ)


 病原となった、ポイズンオークの体から抗体治療薬を作ればいいのだ。

 薬屋として役に立てるかもしれない。

 ナツキは英夫にデモニオのこと、治療方法のことを説明した。



 英夫は半信半疑だった。

 自分たちの間では、呪いととらえられていた奇病が、治療ができるというのだ。断言する男の口調に嘘はなさそうだが。


 「――――…ってことで、この洞窟で、ポイズンオークの体から抗体をつくればいい。集落に鶏はいるか?清潔な水と卵がいる。材料がそろえば、あとは俺がやる。抗体をうったあとに水分を取らせ続けたら、回復に向かうよ」


 「なんと…黒竜を倒さなくても、我々は助かるのか…」


 「あぁ、目的が同じなら、俺にとってもありがたい。パーティーを組んで、ともに二層に行こう」


 「わかった」


 英夫はナツキと即席パーティーを組んだ。

 一族の者以外と協力するなど人生で初めてだ。不安がなかったと言えば嘘になるが、今は仲間たちの命を最優先に考える必要がある。


 2人はゴーレムのいる一層を抜け、第二層へと向かった。


 ……


 第二層に到着すると、オークが大量にたむろしている。

 片手剣を持っているやつや、兜を頭につけているやつまでいる。


 「なぜ、装備が整っているんだ…?」


 「この洞窟で倒れたドルトの戦士の装備だろう。ここで死んだら、装備も体もあいつらの糧になっちまうな」


 言っていることは物騒だが、いまいち緊張感のない男だ。へらへらしながら、ずっと不敵な笑いを浮かべている。


 まァそんなこと気にしていられん、仲間のためだ。さっさと倒さなくては。


 「では、行くぞ!」


 「え!?おい、待てって」


 英夫はナツキが静止しようとする声を背に突進した。


 不意打ちで入口の近くにいたオークの首に剣撃を入れ、撃破する。


 「ブォォォ!」

 「ブウウ」


 襲撃に気づいたオークが合図しあっている。


 「おい、こら。余計な戦闘することないだろ。こっそり抜けようと思っていたのに」


 「こいつらの体から抗体をつくるんだろう?」


 「話をちゃんと聞いていなかったのか?ポイズンオークの体からじゃないと無意味なんだよ。体が濃い紫のやつがいたら、そいつだけ撃破すればよかったんだ」


 たしかに説明していた気がするが、見分け方は初めて聞いた。

 「なるほど、紫のやつじゃないといけないのか」


 今倒したオークは苔むしたようなくすんだ緑色をしている。無意味な戦闘で消耗するのはたしかにまずい、次から気をつけなくては。仲間のオークが五体迫ってくる。


 「仕方がないな…」


 ≪爆炎≫(ファイヤーショック)


 ナツキがそう呟き、走ってきたオーク二体を魔法で撃破した。


 残りの三体は中距離から様子を見ていた。


 「よし、俺がいく。援護してくれ」


 突進しようと身構える。


 「ブォーン」 ≪炎弾≫(ファイヤーミサイル)



 「なに!?」


 オークが魔法を撃ってきた。太い剣の腹で防御する。

 三体が次々に撃ってくる。


 1発1発は小さく弱いが、切れ目なく襲いかかってくる。


 「なぜ、豚が魔法を使える…」

 「オークメイジだったのか…あいつらの変異種だ」

 「どういうことだ」

 「あいつらは特殊スキル『捕食』を持っている個体がいる。外見は普通のオークと見分けはつかない。稀に食した獣や人間の能力を扱えるようになるスキルだ」


 英夫は驚いた。世界には自分の知らないことだらけである。食せば食すほど強くなる魔物の存在は驚異だ。


 「サイエフの森を抜けた炎魔法使いがゴーレムにやられて、その死体を食ったんだろうな。まぁ、扱える魔法自体は弱いから、突破しよう。俺が魔法を捌くから、あとはよろしく」


 ナツキが炎盾(ファイヤーシールド)を纏いながら突進した。


 「よし」


 英夫も後に続く。


 魔法の効果がないことに怯んだオークメイジ二体を倒した。


 残った一体は、トドメを刺した隙をつこうと魔法詠唱をしていたが、ナツキが倒してくれた。


 危なかった。パーティーを組まずに単騎で臨んでいたら、今のオーク達にもやられていたかもしれない。


 (しかし、薬屋を名乗るこいつは一体なにものだ…)


 知識は豊富で、戦闘は文句なしに強い。

 魔法使いにも関わらず、体捌きは戦士といってもおかしくない。


 「お主、一体なにものなんだ」


 「あれ、言わなかったか?薬屋だぞ」


 「いや、そういうことでは…」




 バルの兵舎の診療室でソフィアは額に汗を浮かべていた。


 (これだけの封印魔法を魔法書の助けを使わずに即席でやるなんて…)


 召喚、封印などの魔法陣を用いる魔法は複雑だ。

 そのため、上位の魔法使いであっても、魔法書の力を用いて行うのが一般的だ。


 1つの魔法式であれば、多少難しい程度だ。


 しかし、ナンシーを封じている魔法は――


 対象者の魔力を封印する「魔法封印」、

 対象者が魔法式を組み立てることを封印する「魔法式封印」、

 本人が魔法解除をすることを妨害する「魔法解除妨害」

 他の魔法使いによる魔法解除を妨害する「外界からの解除妨害」、

 封印魔法を対象者の魔力によって維持する「魔力統治」


 ――恐ろしい五重構造になっていた。


 もっとも恐ろしいのが魔力統治だ。一度封印したあと、ナンシーの魔力をつかって魔法を維持するため、どれだけ時間経過しても自動的には解除されない。


 まずは外界からの解除妨害を突破しなくてはいけない。

 ソフィアも補助魔法には相当の自信を持っていたが、1つ解除するにも苦戦していた。


 (でも、解除妨害の2つががなんとかなれば、私とナンシー2人がかりで解除できるわ。焦ることなく、やらなくては)


 第三者による魔法解除を妨害する封印に苦戦するのはやむをえないのだが、すでに1日以上の時間を費やしている。


 ナンシーは悔しそうな顔をしながら、不安そうに見つめてくる。


 時間をかければ解除自体は可能だ。


 ソフィアの不安は別なところにあった。


 (こんな封印魔法を使ってくる相手を捕まえることなど可能なのかしら…)


 すでに同格のレオが瀕死にさせられ、治療を施した。これだけでも大事件なのに、今度は補助魔法に長けた幹部が、返り討ちに会ってその封印魔法解除にあたっている。

 謎の男と面識はないが、矢継早に問題に対処していたソフィアは、否応なしに相手の実力を認めざるをえなかった。


 冷汗が背中をつたう。


 しかし、心の中で相手を上に置いてしまうと、魔法使い同士の戦闘では不利になることを理解していた。必死に思いを押し殺し、黙々と作業を続けるのであった。



 なんだか最近出会うやつらは直情的な人間ばっかりだな。

 ミユも、ギーメルも、そして、この英夫も猪突猛進すぎるだろ。


 俺みたいに少しは考えてから行動してくれよ。


 目的はポイズンオークのみだ。

 無駄な戦闘は可能な限り避けたい。オークやオークメイジはそこまで強くないからまだよい。しかし、さっき英夫が突撃したのがオークロードだったら、かなりの苦戦をすることになっていただろう。


 オークロードはオーク上位種で、武器も魔法の扱いも段違いとなる。

 戦闘すれば勝てるだろうが、こいつの真の恐ろしさは戦闘力よりも統率力だ。


 単騎で遭遇したとしても、時間経過とともに、オークの大群が押し寄せてくる。


 一度戦闘を始めると、オークを全部倒すまで終わらないだろう。

 英夫にはオークの恐ろしさをもっと言っておくべきだった。


 反省して、色々と説明しておいたので、大丈夫だろう。

 今は岩陰に身を隠しながら、二層を移動している。



 さて、どこにいるか…。


 「なんだか、ひどく臭いな」


 英夫の一言とともに、死臭に似た臭いが漂ってくる。


 ベチョッ ベチョ


 なにかが滴り落ちるような音をさせつつ、足音がこちらに向かってくる。


 「見つけた」


 視線の先に、体が紫色に変色し、手に大型メイスを持ったオークがいた。


 ポイズンオークは、オークが変異することで生まれる。サイエフの洞窟にはこの変異種がよく出てくるのだ。


 変異するにはスキル「捕食」を持ったオークが、毒耐性をもった魔物か人間を食して能力を奪う。その後、毒をもったブラックスコーピオンなどの魔物を食うことで、毒性の皮膚に変化すると、ポイズンオークとなる。

 ちなみに毒耐性を獲得しないで、毒持ちの魔物を食して死んでしまうオークもいる。この場合はポイズンオークのなり損ないということだ。


 目的の魔物に遭遇して喜ぶべきところだが、英夫はあまりの臭さに驚いたようだ。



 こいつの皮膚は毒があるから、素手で殴ったり、相手に触れられたりすると、それだけでダメージをうけてしまう。

 最悪、俺らがデモニオをもらってしまう。長期戦はしたくない。


 バルの街と、漢民族の集落を救うためにも、さっさと倒さなくては。


 「よし、行くぞ!」


 英夫が向かっていく。


 バスターソードを横振一線。

 首をはねたかと思ったら、躱された。


 すかさず二撃目を縦振で繰り出す。

 ポイズンオークも避けようとしていたみたいだが、肩に命中した。


 「なんだとッ!?!」


 英夫が驚いている。

 剣は刃先だけ刺さっているが、肉を斬るほどまで至っていない。


 「ヴァァァァ!」


 ポイズンオークが右手に持っていたメイスで反撃してくる。


 バッキン!


 ガードは間に合ったが、バスターソードが折れてしまった。

 ゴーレム戦ですでにヒビを入れられていたのが痛かったな。


 英夫は半分の長さになったバスターソードを持ちながら、一旦下がる。


 「タフさも、攻撃力も、オークの比じゃないぞ。まさか粉砕剣(バスターソード)の一撃ですら皮を傷つける程度とはな…」

 「変異種とは言え、進化した姿と言っても過言じゃないからな」


 とりあえず、折れたままでは戦闘できないだろう。


 ≪氷剣≫(アイスソード)

 ≪氷付加≫(アイスエンチャント)


 氷剣は自分の手に凍った剣を生み出す魔法。

 ナツキはそれを英夫の持つ折れた剣先へ向けた。

 折れたバスターソードの先に青白い光が集まりパキパキと音をさせながら刃となっていく。

 氷付加によって、剣全体を青白い冷気が包みこみんでいた。


 英夫の折れた武器は、下半分が鋼鉄、上半分が氷魔法でできた大剣へと姿を変えた。


 「一応、それに込めた俺の魔力がなくなるまでは、どうにかなるぞ」

 「お主本当にすごいな」


 今度は俺も攻撃しよう。

 抗体を作らないといけないから、燃やすのはまずい。氷魔法で動きを封じつつ倒すのがいい。


 ≪氷玉≫(アイスボール)


 ポイズンオークを氷の玉がつつみこむ。


 「ヴァー!」


 それなりに効いているようだ。


 怯んだところに英夫が一撃を入れる。


 ザシュッ


 左腕を斬り落とした。

 大剣に魔法の補助強化をしているので威力は段違いとなっているな。


 「すごい斬れ味だな」


 英夫自身が1番驚いている。


 片腕を失い、ポイズンオークは狂戦士と化したようだ。

 いきり立って襲ってくる。


 右手に握ったメイスを振り回す。


 ブンッ

 ブオンッ


 ドゴッ


 英夫が避け、メイスがあたった洞窟の壁には穴が空いている。

 あたったらひとたまりもないだろうが、片腕でバランスが悪いので、もはや命中させられないだろう。


 ≪氷弾≫(アイスミサイル)


 10発ほどポイズンオークの体にヒットさせた。


 「ヴァ…ヴァァァ…」


 動きが鈍り、よろめいている。


 「終わりだ!」


 英夫が跳び上がりながら、頭へ一撃入れた。


 喉元まで剣が切り裂き、ポイズンオークを撃破した。


 今回は前衛がいたから、かなり楽に倒すことができた。色々と危なっかしいところもあったが、結果オーライだな。


 「真っ二つにするつもりで振り下ろしたのに…硬いやつだ。単騎だったら黒竜に出会う前に死んでいたかもな…」


 英夫がぶつぶつと一人で反省している。

 まだまだ若いな。今後、無謀なことはしなくなってくれることを祈ろう。


 よし、では急いでやらないとな。


 「作業中に襲撃されないよう、見張りを頼むよ」

 「任せてくれ」


 …

 ……


 2時間ほどかけて抗体のもとを採取し、手持ちの卵を使い、それをワクチンへと精製する。‬

 詳しい手順は割愛するが、ピヨさんのところで買い込んでいた卵がここで役に立った。

 バルと英夫の集落分の量だったので、時間がかかってしまった。


 洞窟の入口に戻り、英夫と別れの挨拶をかわす。


 「本当にドルトの奴らが倒れているな。お主のおかげで、俺と仲間は救われた。一族を代表して礼を言う」

 「困ったときはお互い様さ。もう無茶すんなよ」

 「はは。わかっているさ」


 (本当かよ…。若干、いや、かなり心配だ)


 「あんたと出会えてよかった。なにか困ったときに漢民族を頼ってくれ。この恩は必ず返させてもらう」

 「嬉しいね。さ、俺もあんたも時間がないだろう。また、出会えたらいいな」


 握手を交わして、俺と英夫はそれぞれの目的地へと走った。

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