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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第二部
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番外編 舞子の歩み⑧

 オーガレギオンが五星の椅子を手にしてからの日常は多忙を極めた。


 他ギルドへの仕事の斡旋やエディン国土を魔物から守るための義務が発生した。加えて次々とギルドの門を叩く新規加入者が押し寄せた。魔法が使えない人間への差別意識が強いエディンで、日常的に抑圧されていた力自慢たちが訪れたのだった。


 五星となって一年が経過する頃には、鬼ノ助の頭文字をとり、“鬼組“の通称で呼ばれるようになる。


 肝心の鬼ノ助は「めんどくせェ……」の一言で仕事をしたがらない。

 彼の実務に対する不真面目さに対して、苦言を呈することができるのは舞子だけであった。


 「これも目的達成のためでしょ」


 この一言で鬼ノ助はため息を吐きながら仕事をした。

 舞子と鬼ノ助は五星の特権を生かし、この国の秘事を知るために公文書を調べ続けたが、肝心な情報は何も見つからなかった。


 毎年の五星会議で「オーガレギオンの五星資格剥奪」という提案が出てくる。

 正式な試合を通じて特権を手に入れたので、鬼組をよく思わない他の五星ギルドも、提案を否決していた。


 ついに4年が経過し、もうすぐ次のギルド大戦がやってくる。

 対戦ギルドとして指名されるのはおそらく自分たち。

 舞子はその時のために他ギルドについての情報も集めていた。

 嬉しい誤算としては、鬼ノ助の一本気な性格に惹かれた魔法使いが増えていることだった。一方で、鬼組を失脚させようと暗躍している貴族から援助を受けている魔法ギルドの多さには頭を悩ませた。


 4回目の五星会議が近づいた頃、執務にあたる舞子の元へ珍客が訪れる。


 「失礼する」


 聞き慣れない声色が執務室に響き、舞子はハッとする。

 部屋には誰もいない。気配もない。

 突如地面の影が盛り上がり、眼前に黒フードを被った男が現れた。


 「あなたは……死影の“滅“……」


 舞子は思わぬ強者の出現に身構えた。


 「警戒しないでもらいたい」

 「暗殺を生業にするあなたが現れて、簡単に受け入れるのは無理な話ね」

 「そう言うな。今日はこれを渡しにきただけのこと」


 滅は懐から封書をとり、舞子へと差し出した。


 「これは……?」

 「長の中条殿に届けてもらいたい」

 「内容は?」

 「カイ様からの伝言だ。それ以上は私も知らぬ」


 舞子は封書を手に取り怪訝な表情を浮かべた。


 「なぜ鬼ノ助に直接渡さぬ」

 「暗殺だと警戒され攻撃をうけては、私では及ばぬ。まずは貴方の元へ訪れたまでのこと。非礼は詫びる」


 そう言い残し、滅が再び影へと潜って消えてしまった。

 舞子は死影の謎な行動に対して暫し悩んだものの、鬼ノ助へと届けた。


 鬼ノ助は封書を破き、中の文章をじっくり読んでいた。


 「ふむ……」

 「なんて書いてあったの?」

 「五星会議前に長同士で密談をしたいらしい。場所は死影の本部だとよ」


 舞子は驚愕する。


 「暗殺ギルドの本拠地にあなたを1人で行かせるわけにはいかない」


 舞子は断るように促したが、鬼ノ助はニヤリと笑った。


 「面白そうだ。俺は応じる。お前も他言するなよ」


 舞子は反対意見を述べ続けたが、それは無駄だった。


 五星会議の当日、鬼ノ助は大剣を背負って本部を後にした。

 舞子は万が一、鬼ノ助が死影に暗殺された場合、全勢力をもって戦闘する覚悟で見送った。

 それは杞憂に終わったが、鬼ノ助が持って帰ってきた話は予想を上回るものであった。


 エディン全軍の力でドルトへと攻め入りという動議。

 それは舞子と鬼ノ助が望んでいることであった。

 しかし、五星会議では否決されてしまったという。

 その後の死影との幹部会談を経て、エディンの闇について調べることとした。


 数ヶ月にわたる調査で、エディンとドルトの戦争が見せかけの虚像だと知る。

 同族を苦しめてきた戦争がハリボテだと知った舞子の怒りは凄まじかった。


 鬼組と死影は内乱を決意した。

 舞子は鬼ノ助との誓いで、一生のうちにエディンかドルトを滅ぼすことを決意した。

 初めにドルトを陥落させる予定であったが、順番が変わっただけのこと。


 鬼ノ助はカイを気に入ったらしい。

 しかし、舞子は鬼ノ助を陥れるための策ではないかという不安が拭えずにいた。


 この時の舞子の懸念はまたしても杞憂であった。

 死影は内乱達成のために幹部半数の命を犠牲にしてまで、魔王を召喚する決意を見せた。


 結果、死闘の末にエディン国王を弑虐し、革命を成し遂げた。


 「ついにここまできた……」


 里を飛び出し約20年。

 困難と思えた目標の1つを達成した。

 エディンの内政掌握は簡単ではない。今後予想される反革命を阻止すれば、次はエディンの全勢力を持って、ドルトと戦うことができる。国力低下した状態での勝利は簡単ではない。しかし、どんな結果になろうとも、これまでの二国統治に比べれば、ゴディス島の状態は格段に変化する。


 「お前がいたおかげだ」


 鬼ノ助が微笑みながら述べた。

 彼も同じ気持ちだったことだろう。


 内乱達成直後、舞子は鬼組の被害を整理した。

 バレットとオリヴァーの戦死の報には、思わず涙が溢れる。


 まだ何物でもなかった自分達と、生涯を共に決意してくれた仲間を失ったのだ。

 戦局から判断するに五星“使徒”のサブマスターたちと相打ちにあったと思われた。

 舞子は戦友を手厚く葬るため、そして死因を詳しく知るために死体を王城へと運ばせた。


 2人の死体を見て異変に気づく。

 死因となったと思われる魔法に違和感があった。

 使徒のサブマスターたちは風魔法の使い手だ。

 体に残る傷が裂傷であれば、説明がつく。

 しかし、バレットの体は爆発の中心地にいたかのごとくバラバラ。オリヴァーに関しては植物が巻きついたことによる窒息死であった。


 (これは……一体どう言うこと……)


 その後舞子は戦闘があった居住区の人間を呼び出し、調査をした。

 戦況から予想したものと全く違った出来事が明らかになった。


 バレットとオリヴァーは使徒のサブマスターに対して圧勝した。

 しかし、直後に謎の魔法使いが現れ、2人を一瞬で殺したのだった。爆破物と植物を操る謎の人物。明らかに特殊属性の魔法使い。舞子の知る人物で、それに当てはまる人物など浮かばない。


 舞子は急遽、軍部の書庫へと足を運び、該当する魔法使いについて調べた。


 「これは……」


 舞子は血の気が引いた。

 王直属軍“紅蓮の狼(レッドウルフ)“に所属する4人の魔法使い。

 “四狼“と定義される暗躍部隊の存在を知ったのだ。


 まだエディンの軍団長は全員健在な上に、鬼組のサブマスターを一方的に討ち取る強者が最低4人いる。

 鬼組も死影も、重役がすでに半数以上戦死してしまった。この事実は内政を把握できていない自分達にとって重大な脅威であった。


 舞子は打開策を見出すべく、書庫で文章を読み続けた。当然のことだが、軍団長やその部隊の弱点などが記載された文章など存在しなかった。代わりに舞子は禁呪魔法について記された文章を熱読する。魔法の扱いなど不慣れどころか、ほとんどできないが、戦況をひっくり返せるだけの魔法がないかと必死に探した。


 そして、1つの魔法に着目する。

 敵地に部隊を送るための転移魔法。

 消費魔力が大きすぎて、誰かの命を犠牲にしなければ発動できない禁呪だった。


 「万が一の時は……」


 舞子は自身の右腕、記された魔法式を書き込んだ。

 もしも、この内乱が失敗に終わり、鬼ノ助に危機が訪れた最終手段として。



 舞子たちが決起してから3日が経過し、ついに体制派の反撃がはじまった。


 “最強の魔法使い“セシルによる神聖魔法での攻撃。レリィの洞窟からの大量の魔物の進撃。さらにドルト軍による侵略という情勢。

 舞子は鬼ノ助と共にセシル撃破へと向かった。2人の後には生き残った鬼組の戦闘員数十名。


 舞子は戦闘に向かう鬼ノ助の背を見ながら考える。


 (どんな悲劇が起きても、鬼ノ助さえ生きていれば再起できる)


 戦闘に向かう舞子に対して、エディン国民から向けられる視線には憎悪が混じっていた。

 もしも、自分達の統治が危なくなったら、エディン国民全員が敵となり、襲ってくるかもしれない。

 それを回避するためには、圧倒的な力を示して、セシルたちを撃破する必要があった。

 セシルが完全に能力が行使できる状態であれば、まともに勝負することさえ難しい相手だが、死影の報告によれば魔法と念話が封じられている。

 鬼ノ助が正面から戦闘すれば勝てると踏んだ。


 だが、舞子たちを待っていたのは2つの五星ギルドの精鋭隊の罠だった。


 「百鬼夜行!左右に展開し、敵を撃破せよ」


 舞子の合図で部下たちが二部隊に分かれる。薙刀を振る斬音がそこら中で鳴り響いた。

 舞子は目につく魔法使いを1人、また1人と撃破していく。

 肩越しに鬼ノ助へと目を向けると、グランドロッドのサブマスターたちが襲いかかっていた。

 舞子はその戦闘に割って入る。同格の相手3人だが、セシルを倒せるのは鬼ノ助しかいない。


 「この者たちは私が相手をします。あなた様はセシルを」

 「死ぬなよ」

 「こんな奴ら余裕よ」


 舞子は立ち去る鬼ノ助の足音を聞きながら、槍を構えた。


 「どけェェ!」


 アーデルが風刃(ウィンドカッター)を連発してくるのを槍で捌いていく。

 後方からレオが氷魔法、ケミが炎魔法を放ってきた。


 「はァ!」


 舞子は槍を振り回し、周囲の住居を破壊した。

 飛び散る石材・木材の破片をぶち当て、魔法攻撃を防ぐ。


 ≪暴風(ストリーム)»


 アーデルが舞子の周りに竜巻を作り出した。


 「はははァ!動けまい」


 アーデルがニヤッと笑う。


 「この程度」


 舞子は一言呟き、槍を両手に“気“を纏って回転させた。

 アーデルの作り出した竜巻がそよ風が吹き抜けるように消えさえる。


 「くッ……こいつ……」

 「アーデル、気を抜くな。こいつを格上と思って当たらんと勝てんぞ」

 「悔しいけど、鬼組のサブは伊達じゃないわね…」


 3人が気を引き締めたようだ。


 「私が隙を作る。2人は魔力を貯めておけ」


 レオの合図と共にアーデルとケミが左右に散った。


 ≪氷雹(アイスレイン)»


 拳程の氷の礫が襲いかかる。

 舞子は槍に炎を灯して相殺し続けた。


 一瞬でも隙を見せれば、左右から広範囲魔法が飛んでくることが予想される。


 (ならば、道は1つね)


 舞子はレオに向かって突進した。


 「なッ…」


 意表をつかれたのか、レオが驚愕している。


 広範囲魔法を準備しているのであれば、仲間のいる方向へは撃てない。

 絶対的な死地を回避するには死地に飛び込むしかなかっただけ。


 ≪氷波(アイスウェーブ)»


 レオが近接戦に切り替えてきた。

 舞子は横に跳んで魔法を回避する。


 「チッ……レオさん作戦ミスだぜ」


 アーデルとケミが慌てて間合いを詰めてきた。


 近接戦は舞子も歓迎するところ。

 短時間の攻防で、時間をかければ勝てる戦闘だと舞子は踏んだ。


 舞子の槍術を捌ききれずレオたちは防御一辺倒になっていた。


 ≪氷盾(アイスシールド)»


 レオが氷の盾で防御しようとする。


 「無駄よ」


 舞子は一突きで盾を破壊した。


 「化け物め…」

 「お前たちとは覚悟が違う」


 舞子はレオにとどめを刺すべく槍を喉元に向けた。


 「「ぎゃぁぁあ」」


 周りで戦闘していた鬼組の部下たちの叫び声が聞こえた。しかもほぼ同時に複数。

 原因はすぐに明らかとなる。王都に雪が降ってきたのだ。

 雪がふれた途端、氷魔法が被弾したかのごとく体が凍りついている。しかも鬼組の構成員のみ。


 「紺碧の鷹(ブルーホーク)だァァ!」


 敵も味方も王都上空に視線を向けた。舞子はその存在に驚愕する。

 上空に巨大な魔法陣が展開され、雪を降らせている。

 その横には魔法詠唱をしている氷の翼を広げた紺色のローブに身を包むものが1人。


 王直属軍団長のシグマが内乱鎮圧にやってきたのだ。

 目標達成前の強者の存在を認識し、背中を冷たい汗が流れた。



 ズドォン


 後方から轟音が響き渡る。


 視線を向けると、鬼ノ助が吹き飛ばされていた。

 相手はセシルでもシグマでもない、謎の男。

 纏っている闘気がビリビリと痛く、鬼ノ助を凌ぐほどだった。


 (いけないッ……)


 舞子は鬼ノ助の置かれた戦局を一瞬で読み取った。


 “最強の魔法使い“セシルと正面から対峙しながら、“紺碧の鷹“シグマによる援護攻撃。撃破した敵を“聖女“ソフィアが次々と回復している。それに加えて、謎の強者の参戦。


 まさに絶望的であった。これに勝てる人間など存在するのだろうか。


 現状を理解した舞子は鬼ノ助の元へと体を向けた。


 (一刻も早くッ……)


 舞子が対峙していた魔法使いたちは、背を向けた敵を無事に逃すほど、甘い相手ではなかった。


 ≪風刃(ウィンドカッター)»


 激痛が体を走る。

 舞子の半身から血飛沫が上がり、左腕が宙を舞った。

 耳障りなアーデルの笑い声が響く。


 しかし、舞子は一言も発さず、足を止めなかった。


 鬼ノ助の死よりも恐ろしいものなど、この世にない。痛みを感じている時間すらも惜しい。


 鬼ノ助には数多の魔法使いによる攻撃が集中砲火していた。

 舞子はやっとの思いで間に入り、炎玉を捌いていく。


 「なにをしている!サブ・マスター1人くらいさっさと討ちとれ!」


 その声に鬼ノ助が反応した。


 「舞子か……?」

 「寝ぼけていないで、しっかりしなさい。死ぬなんて許さない」


 隻腕の槍捌きではいつまで持つかわからない。

 鬼ノ助をなんとかこの場から逃さなくてはいけない。

 しかし、鬼ノ助の二言目によって、舞子は勝機がないことを知る。


 「舞子…すまん…」


 物心ついた頃から人生を共にしてきた鬼ノ助が、初めて弱々しい言葉を溢した。


 「ダメ、許さない」


 怒りが込み上げ、即座に否定した。

 どんな時も諦めること、後悔することだけは許せない。

 しかし、この戦局を2人で乗り越えることが不可能なのも事実。


 舞子は右腕に記した転移の魔法式に視線を流す。


 (これしかないわね……)


 舞子は踵を返し、鬼ノ助の目をまっすぐ見つめる。


 「鬼ノ助。私との誓い、生涯忘れるなよ。私は後悔などしない」


 「てめェ…なにを…?」


 舞子は全魔力を右腕に込めた。


 ≪空間転移(トランスファー)»


 鬼ノ助が目を剥いた。


 「お前…まさか…」


 察したようだ。


 「勝手は許さん。ふざけんなッ!」


 詠唱は完了した。

 己の命を使った生涯最後の魔法。

 鬼ノ助の憤怒の叫びを全身に浴び、舞子の心に充満していた怒気が吹き飛んだ。


 逆に充実した生涯を共にした彼に対する感謝の気持ちが溢れてくる。


 「生きて、鬼ノ助」


 もう多くは語れない。

 最も心から伝えたいことを述べた。


 鬼ノ助の体を魔法陣が包み込む。彼の表情には「バカめ」と書いているようであった。


 ザン……


 背中を激痛が走る。

 もはや消えゆく命だが、何者かが斬りつけてきた。


 己の体が急激に重く感じ、膝から崩れていく。


 「手間を増やしよって。バカめ」


 自分への悪態を放ったのが誰かもはやどうでもよかった。

 魔法陣の中で消えゆく鬼ノ助をただひたすら見つめる。


 「……!………ッ!」


 彼の叫びはもはや聞こえない。

 舞子の声ももはや届かないだろう。

 それでもこれだけは言いたかった。


 「鬼ノ助ありがとう」


 最後の思考は感謝であった。

 視界は暗闇に包まれ、意識が途絶えた。


 ーー抑圧された民族に生まれても、運命は自らが切り拓くもの。その一生に誇りはあれど後悔なし。

 最愛の相棒を絶対に死なせないという誓いを誰にも語ることなく、舞子の生涯の幕が閉じた。

舞子の歩みをここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今後は第3部作成を進める予定です。

だいぶ先の投稿になると思いますが、気長にお待ちください。

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