19 薬屋の救出劇②
ナツキはバルの街を出発し、再びサイエフの森へと戻った。
補助魔法に特化したグランドロッドの魔法使いは行動不能にしたし、しばらく追手の心配はいらないだろう。
今は別の意味で急がなくてはならない。
自分が遅くなればなるほど、感染者が拡大していく。初動対応を間違うと、被害は甚大なものになるだろう。
追手はバルに滞在しているだろうが、そんなこと小事だ。
人の命より重いものなどない。
補助魔法を発動し、自分の足を強化する。
これはナンシーの魔法式からヒントを得て、かけたものだ。
魔物と遭遇しても全部無視だ。
獣の足でも追いつけないだろう。
途中で、魔物にも近距離ですれ違った。
「グァ…?」
反応した魔物が音のした方へ首をむけても、すでに誰もいない。効果は抜群のようだ。
(ようし、もうすぐだ)
サイエフの森の奥には、赤茶けた岩壁が広がっていた。
その一部に、まるで人の手が入ったような、10メートルほどの大きさの穴がぽっかりと口をあけており、洞窟の入り口が姿を現している。
(誰か入口付近にいるな)
足を止めて様子をうかがってみると、銀色の鎧を纏い、大剣を背負った兵士が2人いる。
(まずい…ドルトの戦士か…)
ドルトの人間は一目見るとすぐそれとわかる。何しろ鎧がいかつい。
できれば、こんなところでは出会いたくなかったな。
こいつらは融通のきかない連中だ。できれば戦闘は避けたい。
「なんだ、貴様は」
隠れる前に、向こうに見つかってしまった。仕方ない、穏便に切り抜けられないか、試してみよう。
「はじめまして、旅の薬屋でございます」
ナツキは近づきながら、さりげなく丸腰であることをアピールして、とりあえず敵ではないことを印象付けようとした。
「ふん。嘘をつけ。その黒マント、バルの魔法ギルドのものだろう。1人で状況がまずいからと言って騙し、不意を突くつもりか。卑怯なやつめ」
……そうだった。
否定しようにも、奪ったマントを着たままだった。
慌てていたから、こうした事態を考えてなかったな。商人の格好に着替えてから行動するべきだったか。
「我は誇り高きドルト戦士 ローマン」
「我こそはヴェルナーだ。貴様、名を名乗れ」
真っ正直に名乗るところを見ると、ギルドの戦士か。好戦的そうだ。名乗っても信じてもらえるかどうか…。
「俺はナツキ。信じてもらえないかもしれないが、職業が薬屋なのは本当だ。マントは奪ったものだ。戦うつもりはない」
真実に近いことを言って、相手の信頼を引き出せないか賭けてみよう。
「くだらん嘘をまだ言うか。いずれにしても盗人なら、見逃すことはできんぞ」
(そりゃそうか。盗人というのは半分正解だな)
相手はすでに近距離戦になっていることで余裕を持っている。
戦士は遠距離から魔法を撃たれ続けたら、余程の使い手でもない限りひとたまりもない。
しかし、近づきさえすれば、倒せるという自信があるのだろう。
基本的には間違っていないが、ナツキには通じない。
「俺も急いでいるから、戦うなら手加減しないぞ」
話し合いも無駄そうだから、さっさと片付けるか…。
「ふん、初めからそう言えばいいものを!≪闘気解放≫ゆくぞ!」
背負っていた大剣を下ろし、正面に構えて、光るオーラを剣に纏わせた。
ドルトの戦士は、「気」を使って、様々なスキルを使いこなす。
気の源泉は魔力と同じで、人間の体内に宿るエネルギーだ。
エネルギー使用時に魔法式や魔術式を用いると「魔力」と呼び、エネルギーをそのまま身体強化や武器強化に使用すると"気"と呼ぶ。
気の効果は大体が一目瞭然で、これは剣撃の威力強化だろう。
ブンッ
ヴェルナーの斬撃を、身をかがめながらかわす。
剣は俺の後ろにあった樹木を斬り倒してしまった。
(おっと、すげぇ威力だ。あたればやばいな)
「爆斬」
ローマンと名乗った戦士が跳び上がり、空中から大振りで攻撃してきた。
横に飛び退いてかわしたら、剣が刺さった地面から爆発がおこる。
「魔法を使う暇など与えぬぞ」
叫びながら迫ってくる。戦略としては正しいが、遅すぎる。
(おあいにく様、今は身体強化中だ)
「おらッ!」
身体に魔法式をまとって、風を斬り裂く音をさせながら兵士に向かって突進した。
迫ってくる顔面に飛び膝蹴りをお見舞いした。
カウンターでまともに直撃したので、深刻なダメージだろう。ヴェルナーは体を反らせて仰向けに倒れる。
ローマンは、魔法使いと侮っていた男が直接攻撃をしかけてきたことに驚いているようなので、さらにその隙をつく。
≪炎玉≫
胸に命中し、ローマンの体が10メートルほど後方へ吹き飛ばされる。
「ぐはっ…」
鎧から黒煙を上げながら、そのまま倒れた。
戦闘は終わったが、ほっといたら魔物に食われかねないな。
ヴェルナーのほうが早く目覚めるだろう。こいつの横に回復薬を置いておいてやるか。
「まったく、無駄な出費だ。もうちょっと、聞く耳を持ってくれててもいいのにな」
ナツキは愚痴をこぼしながら、洞窟の中へと足を踏み入れた。
◆
バルの街の北東。魔法ギルドの兵舎にレオは到着した。横にはソフィアもいる。
到着に気づいたギルドメンバーが申し訳なさげに、この数日間の顛末を報告してきた。
アーロンがなにも出来ずに逃げられてしまったことと、ナンシーが行動不能にされたことには驚かざるをえなかった。
サブ・マスターの自分でも、この2人との戦闘は苦戦する。
アーロンの攻撃力を、ナンシーの補助魔法でサポートされたら、勝率はぐっと低くなる。いくら相手が強くても、負傷するか、足止めには成功すると考えていた。
しかし、相手のほうが一枚上手らしい。
信じられない気持ちで、兵舎の一角にある診療室へと足を運んだが、横たわるナンシーを見て、事実を受けいれざるをえなかった。
ナンシーはうわごとのように謝罪の言葉を繰り返し述べている。
隣の椅子には、アーロンが肩を落として座っていた。
「理不尽な相手だ」
レオは小さく呟いた。
「ナンシー、容態はどうかしら?」
ソフィアが問いかける。
ナンシーは悔しそうに涙を溜めた瞳でソフィアを見た。
「申し訳ございません。いくらやっても魔法が使えません。魔法牢獄に捕えたのですが、平然と解除され、逃してしまいました…」
「……ナンシーの牢獄も通用せず、か」
レオはさらに目を剥いた。時間をかければソフィアなら解除できるだろう。
しかし、こう易々とやってのけられるのは、グランドロッドではギルドマスターくらいだ。
しかも、補助魔法の達人であるナンシーの魔法を封じてしまうとは、相手は化け物か。
ソフィアも同じく驚いた表情を浮かべていた。
「ナンシーの補助魔法が使えないのは痛手ですわね。これでは追うことも厳しいでしょう。時間はかかるかもしれませんが、魔法解除をやってみます」
是非もない。解除はソフィアに任せて、レオは次の一手をどうするか考えた。
「では、俺とアーロンたちで青眼を追うか?しかし、どこに行ったのか検討もつかんぞ」
言葉を聞いたアーロンがギリッと歯を鳴らす。
「さきほどの報告に、黒夢の盗賊を助けたとあったわね。1人を見つけるのは大変だけど、盗賊集団なら幾分見つけやすいと思います。青眼との繋がりは不明ですが、そっちにギルドメンバーを向けるのがよろしいかと」
ソフィアの言う通り、今は手がかりを掴むところからはじめる必要がある。
「なるほど。では、動けるメンバーを組織して、中央平原に向かう」
レオは体を反転させ、出立のために扉へと向かう。
「私もあなたも急がないといけませんね。あと2週間で五星会議が開催されますから」
「あぁ、分かっている」
五星会議とは、五星ギルドのギルドマスター5人が集まって行う会議である。
サブ・マスターの出席は義務づけられていないが、五星会議の決定をうけて、各ギルドは緊急会議を行うのが慣例である。ソフィアが急がないといけないと言ったのは後者の会議である。
そして、青眼捕獲任務に、サブ・マスターが2人も出向いて成功できなかった場合、五星会議でなにを言われるかわからない。これ以上失態を重ねることはできなかった。
「では何かあったら“念話の指輪”で連絡する。アーロン、行くぞ」
「汚名は返上させてもらう。次は青眼を殺してやるからのう!」
いきり立つアーロンとともに、診療室をあとにした。
◆
「この洞窟は相変わらず暗いな」
ナツキは洞窟の奥へと歩みを進めていた。
久々の洞窟探索だ。人が頻繁に訪れる洞窟や採掘場なら、篝火や炎魔法の応用で明るい。しかし、サイエフの洞窟は半端な実力の者では死んでしまうため、自然のままになっている。
ナツキは落ちていた木材を手にとり、布を巻きつけて油を染み込ませ、松明をつくった。
サイエフの洞窟は地下方向へ入り組んだ作りをしている。
洞窟内には広い空洞のような場所がいくつかあり、細い通路で繋がっている。
疫病“デモニオ”の抗体をつくるには、魔物ポイズンオークを撃破する必要がある。
今、自分がいるのは「一層」と呼ばれる最初の大部屋の手前。
確か、オークが大量発生しているのは、「二層」と呼ばれるさらに奥だったはず。
一層には厄介な魔物がいる。
ゴーレムだ。
岩の体の怪物。小さいものでも2メートル以上あり、大型のものは3メートルサイズ。上位種のギガントゴーレムまで成長すると、5メートルを超える。上位種は冒険者たちから「超兄貴」などとあだ名をつけられていた。
攻撃は単調で直接攻撃のみだが、上位種の「超兄貴」は地属性の魔法を使ってくる。攻撃魔法はともかく、石化されてしまったら厄介だ。一方的に殴られることになる。
こいつらは炎魔法と風魔法がまったく効かない。
サイエフの森の魔物は、そのほとんどが炎魔法が弱点だ。そのため、炎魔法使いを加えたパーティーで森を進むのが基本となる。しかし、調子にのった魔法使いがそのまま洞窟に訪れて、酷い目にあったという話が後を絶たない。
その原因がゴーレムだ。
最初の通路を抜けて一層に到着する。
(げッ早速いらっしゃる…)
「ガァァ」
鉢合わせしたゴーレムが、問答無用で攻撃してきた。こいつらに名乗りを上げて正々堂々なんて概念はない。こっちからお邪魔しにきたのだから、別にいいけどね。
≪氷玉≫
氷魔法をゴーレムの顔面にお見舞いする。
パキパキと音をさせて薄青い光の玉が広がっていく。
一撃では倒せないが、これで動きが鈍くなった。
こいつらはとにかく頑丈だが、動きが速いわけではない。
氷魔法で体を凍らせて、動きをさらに鈍くさせるのがセオリーだ。
氷魔法を使えない場合は、補助魔法の束縛で動きを封じて、岩を削るように攻撃を重ねていくのが基本戦略となる。
このまま倒してもいいのだが、この鈍さなら無視していい。
ナツキは奥に進んだ
「ガァー!」
「待て、とでも言っているのかな?悪いな、あまり時間がないんだ」
一層の入口から、中央方向へ進むと、なにやら光が見える。
松明のようだ。先客だろうか。
近くにつれて姿がはっきりとしてくる。
入口の連中が持っていた大剣をさらに超える大きさの、バスターソードを振り回している男がいる。
ガキンッ ガキン
三体のゴーレムの拳による攻撃を捌いている。
あれだけの大剣を振り回すとは、かなりの実力者だ。
服装はえんじ色の布地の服をきている。鎧ではないのか?ドルトの戦士だとしたら、めずらしい装備だ。
見なかったことにして、横を通り過ぎるか悩んだが、様子を見ることにする。
右手方向から2体、左手方向から1体が攻撃をしかけてくる。盾無し装備で一斉攻撃をうけるのは危険だ。
謎の男は、左手に跳び、バスターソードを中段に構えている。
正面にいるゴーレム一体が拳で殴りかかる。
男はバスターソードを横にむけ、盾を使うように相手の攻撃をうける。
攻撃をうけた勢いで回転しながら後ろへ跳ばされる。いや、わざとそうしたのか。
回転した勢いをつかって、斬撃を繰り出し、後方にいたゴーレムを攻撃した。
(できる…)
一体をついに倒した。相手の攻撃の勢いをつかって技を繰り出すとは。外にいた戦士よりも相当強い。
しかし、トドメの一撃を放った直後に、横にいたゴーレムの攻撃をくらって、とばされている。岩の体を斬ったことで、剣にもヒビがはいってしまった。
形勢が悪そうだ。
「くぅぅッ…こんなところで…」
バスターソードを地面にたてながら、震えつつ立ち上がろうとしている。
そこへ、2体のゴーレムが襲いかかろうとしていた。
(加勢するか…。話の通じるやつであってくれよ…)
≪氷玉≫
ゴーレムの動きを止める。
ゴーレムは凍りつきながら、こちらに顔をむけてきた。
予想しない攻撃に仰天したのだろう。
倒れていた男が、今だと言わんばかりに斬りつけ、二体を撃破した。
俺が凍りつかせたとはいえ、ゴーレムを瞬時に倒すとは、強いなこいつ。
ゴーレムを確実に仕留めたかどうか確認すると、男はこちらに向き直った。
「かたじけない…援護してくれなかったら、危ないところだった」
よかった。丁寧に話しかけてくれた。
漆黒の短髪に、翠の瞳が特徴。
年はナツキより少し上ぐらいに見える。
「無事でよかったよ。ドルトの戦士かな?俺はこんなマントを着ているけど、エディンの魔法使いってわけではないから、警戒しないでほしい」
さっきの反省を生かして、敵ではないことを全力でアピールしておく。
「いや、俺はドルトのものではない」
どちらの国にも属していない人は珍しい。ましてや、こんな洞窟の奥で遭遇するなんて。
「俺はナツキ。薬屋だ。あなたは?」
なんだか、困った顔をしている。
「助けてくれた者に名乗らぬわけにもいかないか…。俺は英夫という」
「漢民族か?」
「そうだ」
漢民族とはゴディス島に隠れ潜んでいる第三勢力。
エディンとドルトに支配されているわけではないが、勢力は小さく、二国に見つからぬよう、ひっそりと隠れ里に暮らしていると聞いていた。俺も出会って会話するのは初めてだ。
「そうだったのかい。教えてくれてありがとう。別に襲ったりしないから、安心してくれ。出会えたことを嬉しく思うよ」
「そう言ってもらえてよかった。さきほど運悪く、ドルトの戦士に見つかり、洞窟に逃げてきたんだ」
そういうことだったのね。ドルトのやつらが洞窟の入口にいたのはそのためか。
この人の強さなら問題にならないのではと疑問に思ったが、元々10人以上の集団だったらしい。
逃げられたあと、洞窟に入るのは嫌だったから2人を残して出てくるのを待っていたというところか。
俺も来るタイミングがもう少し早かったら、大勢に出会っていただろう。
「それなら、外の戦士はすでに行動不能にした。少し時間がたったら回復してしまうだろうから、逃げるならいまのうちだよ」
回復薬を置いてきたのは失敗だったか…?でも、あいつらが死んでも嫌な気分だしな。
「お主やるなぁ。しかし、目指していたのはこの洞窟だ。まだ帰るわけにはいかない」
(ほう…この洞窟に腕試しにでもきたのか?相当なウデだから納得だが、俺としては別の場所でやったらいいと思うんだけどね)
師匠から聞いた話では、漢民族はかつて二国相手に独立戦争をしかけたことがあったらしい。
何度か蜂起したようだが、全て鎮圧され、勢力は次第に萎んでいったとか。
最近では恭順したのか、沈黙を守っていると聞いていたが、元気な青年もいるようだ。
「修行目的なら、ドルトやエディンと出会わない地域のほうがいいだろう」
「いや、修行じゃない。この洞窟の最層にいる、黒竜を倒す。そして、一族を救う」
「えッ…おいおい…黒竜って、ブラックドラゴンのことか。ちょっとまて、確かにあんたは強いが、そりゃ無茶だ」
ゴーレムとの戦闘で剣の達人だとは理解した。しかし、ブラックドラゴンは俺でも単独では倒せん。
相手の回復能力を上回る攻撃をし続けないといけない。上級魔法使い2人、可能なら凄腕の前衛が1人以上はほしいところだ。
仮に手伝ったとしても、返り討ちにあってしまう。
サイエフの洞窟からは宝石や薬の原料が大量に収集できる。しかし、人が拠点をつくって採掘場をつくれない理由が、ブラックドラゴンだった。
体はマンティコアの10倍。口からは広範囲の炎や毒を含んだブレス攻撃を吐いてくる。
魔力感知を広げて、絶対に遭遇しないようにするのが吉だ。
それをこいつは、単騎でそいつと闘おうとしていたのか。
英夫の思いつめた表情を見る限り、なにか事情がありそうだ。
ナツキは英夫を止めようと必死に説得をはじめた。




