18 薬屋の救出劇①
屋敷に来てよかった。
結果的にそうなった。
ギーメルのふざけた行動のせいで寿命が縮む思いだったが、追手の足を長期間止めることができるだろう。ナツキは胸をなでおろした。
あとは屋敷の外にいる連中にみつからないように出るだけだな。
「賊はどこいった!」
「魔力感知を広げろ!」
あらら…戦闘に時間を取られたせいで、すっかり周りは警備兵だらけだ。
水分身をつかった爆発を、ギーメルを逃すことに使ったため、今は包囲網が厳しくなっている。
頭が痛い展開だが、せっかく助けたギーメルが逃げるには好都合だ。
人生なんでも前向きに考えていこう。
幸いなことに今は警備兵と同じマントを着ている。
これなら、屋敷から出るタイミングさえ間違わなければ、目立たずに出られるはずだ。
大きい騒ぎをつくるのは簡単だ。連中が1番探しているものを使えばいい。
水分身でギーメルを作って、俺と反対方向に走らせよう。
≪氷玉≫
まずは氷を生成。
≪炎弾≫
溶かして。
≪水分身≫
荷物なしの、魔力のみで分身体生成を完了させた。
(しかし、手間だ。時間あるときに水分身の魔法式を研究して、楽な方法を研究しよう)
ギーメル姿の分身を屋敷の正門方向へと走らせた。
「ヤツだー!」
「追え!!!」
「まだこんなところにいたか」
叫び声が凄まじい。
今のうちに逃げさせてもらう。
屋敷の裏口方向から、こそこそと出て行く。
ナツキは今後どうするか考えた。
グランロッドの連中が屋敷にいるということは、バルからはできるだけ早く離れた方がいい。
問題はここの酒を飲まずに去ることができるかだ。
(できるわけがない。もう一度商店街へ行こう)
ギーメルのことをバカにできないな…という思いが一瞬よぎったが、考えるのをやめた。
◆
ジェシカはお菓子屋の売り場で、いまいち仕事に集中ができず、何度も外を見ていた。
(救出を頼んでみたものの、やっぱり無茶だったかしら…)
さっき、遠くの方で爆発音が聞こえた気がする。
魔物による襲撃なら、東方向から聞こえるはず。さっきの音は西から聞こえた。
トンプソン子爵邸でなにかあったに違いない。
「はぁぁー…」
大きなため息をつく。
カランコロン
店の扉が空き、括り付けている鐘の音が鳴った。
入ってきたのはナツキだった。
「ひゃあッ!!」
「なんて声あげるんだ。そりゃないだろ」
「無事だったんだねー、よかったぁー」
腕を見込んで、頼んではみたものの、やはり不安だった。
それに、ナツキと別れてしばらく経ってから、五星ギルドの人間が、ナツキの人相書きをばら撒いていった。
五星ギルドに追われている人が、王軍と衝突したら一大事だと思ったのだ。
ナツキのことは、知らんふりを決め込んだ。
だいたい、初めて会った自分の理不尽なお願いを聞いてくれた人を売れるはずない。
しつこく言い寄ってくるダサい王軍の男を退けてくれた礼もある。
「盗賊は無事に逃したぞ。しかし、俺も追われる身になっちまった。あ、元々そうだったんだけどな」
「本当にありがとう。感謝、感激、感動だよ。それに驚いたよ、あんた青眼だったんだね。噂でしか知らないけど、ずいぶん盗んできたんだね」
「違………わない」
「なにその変な間。それにしても本当にすごい人だね」
ナツキは複雑そうな表情を浮かべて苦笑いをしている。
「ところで頼みがあって来たんだ」
ナツキが頭をポリポリかきながら言ってきた。
「なんでも言っておくれよ」
「実はこの街の酒を買いたいんだが、警備が厳しくてあまりウロウロできん。金は出すから、買ってきてくれないか」
「なんだい、そんなことかい、お安い御用だよ。それなら、オススメのがあるよ」
「ほんとか!」
途端にナツキは破顔した。笑うと少し若く見えた。
「私は農家の娘だよ。ここの店に何本か置いていたからすぐ渡せるよ。代金はお礼ってことで、無料でもっていっていいよ」
「マジかよ、やったぜ!」
ひゃっほーと歓喜する声が店に響く。
カランコロン
(ひゃあッ、誰か入ってきた!?)
兵隊だったら不味すぎる。騒ぎすぎたのだろうか。
「ピーナッツクッキーを買いにきた」
「……」
(はぁー…なんだピヨさんかァ…この人、うちの作ったお菓子を気に入ってくれてる常連なのよね)
「毎度ありがとうございます」
クッキーを袋につめて、お代を受け取る。
いつもならすぐ出て行くのだが、ピヨさんはナツキのほうをジーっと見ていた。
ナツキは頬をかきながら、どうしていいか分からんと言った顔をしている。
(あッ!まずい、手配書の顔って思ってるんじゃ!?)
焦るジェシカ。
「あ!!ピヨさん、その人は、あのねッ」
「ふん、覚えるまでもない」
カランコロン
いつものセリフを吐いて、出て行ってしまった。
「ははは」
ナツキが苦笑いしていた。
◆
酒も手に入った。しかも無料。
人助けをしたんだから、これくらいのご褒美があってもいいだろう。
盗賊を逃すのがいいことかは、この際置ておく。
「じゃあな、ジェシカ」
「ピコラって呼んでよ。またね」
「ははは、じゃあなピコラ」
ピコラのお菓子屋をあとにし、見つからないように南東へ向かう。
なぜかこっちの方向だけ警備が手薄だ。
罠にでも誘われているのだろうか。
しかし、魔力感知にも賢眼にも、反応はない。
(警戒しすぎか?)
デイリー通りから南へ300メートルほど移動したところから殺風景な雰囲気へとなっていく。
急にデールの下町のような雰囲気になってきたな。ここだけ、バルにしては活気がない。
さらに南下すると、ボロい木材を並べてつくられた柵があった。
その先には、路上で寝ている人や、よろよろと歩いている貧相な服をきた住民など様々だった。
(そうか、ここから先は貧困街か。しかし、不思議だ。盗賊団や、俺みたいな人間が潜むならうってつけの場所だ。なぜ、警備が薄い…?)
疑問を持ちつつも、警備兵が少ないことは歓迎すべきこと、ナツキは柵を乗り越えて貧困街の中へと進んだ。
活気がないという表現は不十分だ、生気がない。
「あぁあ…」
唸りながら、屋根もない場所で地面に体を伏している住民がいる。
「大丈夫かい?」
商売道具はほとんど持っていないが、ナツキは薬屋だ。
様子を聞いてみることにする。
相手は返事する元気すらない。
身体はガリガリに細くなり、至るところに紫の斑点がある。
食事をしたとは思えない状態なのに、今にも吐きそうにしている。
(これは、"デモニオッ"…!?)
デモニオとは、疫病の一種である。
病気にかかったオークの肉を体内に取り入れることで発病し、菌が空中感染して患者がひろがる。
原因が解明されていなかった時代に、その見た目のおどろおどろしい斑点から、“悪魔の手に触れられたもの”という意味で、デモニオという病名がついた。
環境の衛生改善を行い、清潔な水を取り続けないと、病気は広がり続ける。
(なにをやっているんだ、ここの領主は!)
ほっておいたら街が滅ぶ。
(さては、この地域の警備が薄かったのは、この疫病のせいだな)
怒りが込み上げてくる。
なんとかしたいが、いまの自分には地域に清潔な水をひけるような手立てがない。
方法はあることにはあるが、薬を手に入れた後にもう一度戻ってこなくてはいけない。
一刻も早く逃亡したいところだが、一旦目的地を変更する必要がありそうだ。
愚者が統治すると、助かる命が失われていく。
許せないが、今は貴族に当たり散らす時間も惜しい。
ナツキは持っていた水を倒れている患者の口に含ませた。
「なんとか死なないでくれよ」
相手は返事をするのもしんどそうだ。
(よし、急ごう)
ナツキは、駆け足でサイエフの森の中へと向かった。
ナンシーを封印することはできましたが、「逃亡劇」もまだまだ続いてます。
次話は明日投稿します。




