17 盗賊の無鉄砲③
「今日は見つかりませんでしたね」
ナンシーに部下の1人が話しかけてくる。
「仕方ないわね。まだ初日だし、バルには立ち寄っただけで、すでに去っている可能性もあるわよ。あと数日聞き込みを続け、手がかりがなければ出発しましょ」
今日は青眼の手配書を掲示板に貼りつつ、聞き込みを行った。
まずは情報収集からだ。闇雲に動かず、目撃情報を集めてから判断していく。
青眼が町を去っていたとしても、方角さえわかれば、自分の魔法の力があれば追いつける。
「覚えるまでもない」などと言っていた店主にはイラついたが、とりあえず今日の仕事は終わりだ。
タペルの本部からずっと、風魔法と補助魔法を酷使して移動してきたので流石に疲れた。
ここらで回復しないと、青眼に会った時に魔力切れになりかねない。
ナンシーは今日の活動報告を、一応、トンプソン子爵にもしておこうと思い、屋敷に戻ってきていた。
部下を1人連れ、ほかのメンバーは先に宿屋に向かっている。
「ん?」
眼前を横切った黒マントの2人は外の警備兵だろうか。
「お前たち、なにをしている」
部下が話しかけた。
「い、いや、トンプソン子爵に報告したいことがあり、やってまいりました」
「ちょうど我らも向かっているところだ。話してくれたら、一緒に報告してもよい」
「い…いや…」
(なんだこいつら?)
こっちを見もせずに話している。
「外部の人間に言うようなことじゃありません」
「そうか」
ここの警備の連中によく思われていないのか、態度も悪いし、余所余所しい。
「では失礼します」
逃げるように立ち去って行った。なんだか怪しい。
「なんだアイツら」
部下が眉間にシワをよせて、去って行った方向を見ていた。
「妙だな」
すぐには気づかなかったが、さっきのマントは外の警備兵用のものだ。報告があるならば、子爵に会いにいく前に、内部の警備兵の元にいくところだ。
「怪しいな…。つけるか」
◆
「あっぶねェー!」
よく気づかれなかったもんだ。まさかグランドロッドのやつらが屋敷内にいるとは。
初めて会う奴らだろうが、人相書きで顔を知られているだろう。
これはグズグズしてられんぞ。
「おい!刀がどこにあるかなんて分かるのか?」
「俺の嗅覚を舐めるな。それがなくても、あの刀は気配でわかる」
どういうことだ。特殊能力を備えた武具ってことか。それなら、割りと早く見つかるかもな。
「ここだ!」
一言発したあと、ドアを蹴破って入っていく。
「おい!頼むから静かにやってくれ」
「へへへ、悪いな。でもあったぜ」
(この野郎…久々に怒りそうになったぞ。ん…?なんだか禍々しいオーラを発している刀だな)
濃紫の光が揺ら揺らとしている。
賢眼で見てみると――
紛うことなき、妖刀だった。
どうやら斬った相手の魔力を吸収するシロモノのようだ。
それだけならいいが、この禍々しさは歴代の持ち主のものと見られる負のオーラを溜め込んでいるとみた。十中八九、持ち主に不幸をもたらすたぐいのものだ。
「おいおい!妖刀じゃねェか!こんなもん使っていたのかおまえ」
「だからすぐ見つかったんだからいいだろ」
文句を言ったらこの言い草。呆れるしかない。
「これを使い続けると、お前に不幸が訪れるぞ。大丈夫か?」
「そんな効果があるのか?たしかに偶についてないなと思うことはあるが、実力で乗りきれば問題ないだろ」
とんでもない前向きな思考の持ち主だ。もしや捕まったのはそのせいじゃないのか。
「やはり曲者ね」
後ろから声がする。見つかったか。
さっき出会ったグランドロッドの魔法使いがすぐそこに迫っていた。こんな現場を見られたら、言い逃れできん。
――腕には「ジェネラル」の腕章。
「あなた、青眼ね。まさか町に着いた初日で屋敷に盗みに入るとは驚きよ。大人しく捕まってもらうわ」
盗みに入るつもりなんてなかったんだよ。全部ギーメルのせいだ。
「え…、青眼って、あの?…おまえ盗人だったのか?」
違う。
仲間を見るような目で見るな。
(今はそうだけど、本当は俺じゃないよ。説明めんどいし、するつもりもないけど)
「人を呼べ。ここは私が相手をする」
部下が走っていった。これは時間が経つほどまずくなるぞ。
しかし、グランドロッドなら標的は俺だ。ギーメルを逃すことだけ考えれば、都合がいいかもしれん。
「こいつら狙いは俺だ。お前は窓から逃げろ」
「倒せばいいだろ」
「バカ、囲まれたいのか。さっさと行け」
ギーメルはチッと舌打ちして、窓を破りながら出ていった。
「借りは必ず返す。またな」
ギーメルの声が後ろから聞こえたが、そんなのいいよ。どうせ盗品だろそれ。
(よし、今だ。水分身解除)
ドカーン!!
激しい爆音が鳴り響く。
「何事だ!?」
目の前の女もびっくりしている。
ギーメルは屋敷の裏口方向へ出ていった。
それなら、屋敷の正面方向に人を集めた方がいい。
水分身を解除したら、罠の魔法陣が発動する。周辺の魔法使いは、ギーメルが逃げたと思って、そっちに集中するだろう。
これで逃げられなかったら、妖刀なんて使っているあいつのせいだ。
あとは俺が暴れて、こいつらを引きつけるだけだ。
まったく、刀を取りに来ないで逃げれば、こんな苦労しなくて済んだのにな。
◆
ナンシーは構えながら緊張した。
青眼の仲間が部屋の窓から逃走した。
おそらく、黒夢の盗賊だろう。
(こいつらは繋がっているのか?デールで活動を続けていた青眼が外に仲間がいるなんて…。もし仲間でないのなら、なぜ逃亡中なのに助ける?)
疑問が次から次へと湧いてくるが、深く考察している時間はない。
黒夢の盗賊も放って置けないが、追うわけにはいかない。最優先は青眼だ。
「私から逃げるのは不可能だと思え」
≪風刃≫
風によって作り出した複数の刃を放つ、命中すれば相手を斬り裂く魔法。
青眼が体を逸らしながら避けていく。
補助魔法で身体強化を行いつつ、青眼と思わしき男から視線を外さずに観察する。
「おッ、もしかしてあんた、移動能力に長けている魔法使いか?」
手の内を晒すわけがないだろう。無言を貫く。
ナツキは確実に追手から逃げ切るには、補助魔法使いを倒すことは避けては通れないと考えていた。
2人きりで戦闘になったナンシーは、逆にナツキにとって好都合な状況を作り出してしまっていたのである。
(魔力はそこまで余裕ない。攻撃魔法で隙をつくり、なんとか束縛を決めなくては)
ナンシーは自分の魔力残量が少ないまま戦闘になってしまったことで、焦りを感じていた。
時間を稼げば援軍がくるが、それまでに魔力が切れて逃げられてしまうことを恐れていた。
「魔力がずいぶんと少ないけど、お疲れかな?」
(くッ…見透かされてるわねッ)
ナンシーにとってみれば、青眼を見つけたのは幸運だった。
しかし、長期にわたって補助魔法と風魔法を使い続けてきたことで、魔力切れ寸前に遭遇したのは不幸であった。
青眼は、ここぞとばかりに炎弾を連発してきた。
撃ってきた弾を避け続けるが、最後の1発はかわしきれない…
≪風壁≫
風の壁を作り出し、炎弾を横に逸らして凌ぐ。
「そんな防御魔法あるのに、使うのを渋るなんて辛いね」
不敵に笑いながら語りかけてくる。
(このまま魔力を削られてはまずい…まだ残っているうちに、こいつを足止めしなくては)
ナンシーは両腕に魔力を込める。
草原のような若草色のオーラが激しく輝く。
≪魔法牢獄≫
ナンシーの両手から光線が縦横に走る。
網の目のように、部屋の天井、床、壁を覆っていった。
「こいつァ、すごいね」
呑気な物言いに怒りがこみ上げてくるが、ナンシーは笑いながら返事をする。
「ふふふ。これで終わり…私の勝ちよ」
ナンシーは魔力切れ寸前となり、激しい疲労感に襲われる。
しかし、この魔法が成功した時点で勝利だ。
この魔法は、発動者が許可をするまで消えない。
外から入れないが、中から出ることもできない。
ギルドの仲間が駆けつけたら、拘束してもらう。
危険だった場合、自分ごと、こいつを焼き払ってもいい。
補助魔法を得意とするナンシーの真骨頂。もう脱出は不可能。
「あんたも中にいる時点で負け確定だろ。焦ったらいいことないぜ」
「なんだと…」
確かに、部屋の外からこの魔法を発動させれば、一方的に閉じ込めることができた。しかし、そんなことをしたら、その隙に窓から逃げられてしまっただろう。
私が死んでも、この魔法は1時間は消えない。それだけ時間があれば十分だ。あとは仲間がなんとかしてくれる。
「苦し紛れにしては可愛くないわね」
負けを自覚しているのに、相手は不敵な笑顔が崩れない。
「魔力切れ寸前じゃ、抵抗もできんだろ」
ゆっくり近づいてきて、目の前で右手を広げて向けてくる。
(私を殺したところでお前は終わりよ)
≪魔法封印≫
ナンシーの足元に魔法陣が作り出される。
外輪から上方にむけて光がのび、ナンシーの体の周りを光の壁が覆う。
魔法陣から無数の文字が帯のように流れ、纏わり付いてくる。
(!?)
「なにをする気だ!」
「この強力な牢獄と、風魔法であんたが移動の要だと確信した。追われ続けるのもしんどいから、しばらく魔法を使えなくさせてもらうよ」
「なんだと!?」
「普段はこんなに悠長に魔法式組めないんだけどな。あんたが魔力切れ寸前だったのが功を奏した。今日は不運だと思っていたが、違ったらしい」
身体中に青い魔法文字が書かれていく。
抵抗しようにも、これ以上魔力をつかったら気絶してしまう…。
「完成だ」
魔法陣が消えると同時に、縄で体が締め付けられるような感覚に襲われる。
「ぐッ…」
解除しようにも、魔法が発動しない。本当に封印されてしまったようだ。どっちにしても魔力は残っていなかったが、わずかな魔力すら使えない。
「しかし、ここから出られない限り、私の優位は変わらないわよ…」
結局これ以上の戦闘はできなかったのだ。封印されたのは予想外だったが、根本的には状況は同じ。それであれば構わない。
「それについては心配してもらわないでも結構さ。俺の目の前で魔法式を組み立てたのは失敗だったね。さっさと立ち去らせてもらうさ」
男は網状の光に手を当てる。触れている両手に集まった白いオーラが侵食するように魔法牢獄へと流れていく。気づけば光は縄がほどけるように消えてしまった。
(ばかな!?私の魔法牢獄が!!)
魔法封印による苦痛と、魔力切れによる疲労感で声も出せなかった。ただ、呆然と
眺めていることしかできない。
「じゃあね。遠慮なく行かせてもらうよ」
そう言い残して去っていった。
ナンシーは洪水のように押し寄せる敗北感に包まれ、床に倒れ込んだ。




