16 盗賊の無鉄砲②
バルの街の高台から北西にそびえ立つトンプソン子爵邸。
グランドロッドのナンシーは、アーロンとともに挨拶に赴いていた。
「ほう。あのデールの有名な盗人“青眼”がこの街にね」
口髭を生やし、短躯肥満の男が言う。
この男がスタンリー・トンプソン子爵。
バルの街を統治する貴族であり、いつか都会貴族にのし上がってやろうという野望をもつ男。
黒夢の盗賊を捕まえたのなら、王軍に連行してもらえばいいところを、わざわざ自分の領地で処刑することにこだわった。それも、国王に自分の領地を目にとめてもらいたいという動機からだ。
「幸いにも、今は盗賊を警戒して警備を強めている。人相書きを張り、警備のものが見つけたら捕まえてもらうよう手配しておこう」
トンプソン子爵は、また手柄が増える可能性ににんまり笑いを浮かべている。
「子爵自らの采配に心から感謝いたします。しかし、青眼は我がギルドのサブ・マスターを倒すほどの猛者。見つけたら、まず我らに連絡を入れてくださることを希望します」
ナンシーは、子爵にうんざりする気持ちを抑えつつ進言した。
「ふんッ、五星の名に奢り不意を突かれたのであろう。我が領地の人間に奢りはない。任せておけば大丈夫だ」
アーロンの額に青筋が浮かぶものの、下を向いて沈黙を守っている。
「出過ぎた言葉を謝罪いたします。我われも独自に町を捜査する許可をいただきたいのですが」
「それなら構わん」
「ありがとうございます」
立ち去ろうとするナンシーに向けて、「言い忘れていた」とトンプソン子爵が思い出したように言う。
「南東にある貧困街には行かない方がいいぞ」
「なぜですか?隠れ潜むにはうってつけかと思われますが」
「あそこでは数日前から疫病が流行り出している。隠れ潜んでいるとしたら、病をもらって死ぬだろう」
ナンシーは驚いた。
「それは一大事では?」
「ふん、やつらは虫と同じよ。いつのまにか増えるさ。ほっとけばよい」
(この男、人の上に立つ器ではないわね…。農業の町で疫病が広がったらどんな被害が生まれるかわかってんのかしら)
腹の底から怒りがこみ上げてきたが、騒ぎを起こすのはまずい。思いをぐっと堪え――
「では、貧困街以外を調べます」
一礼してその場をあとにした。
…
屋敷の門を出て数十メートル歩く。
「怒りで殺してしまいそうじゃったぞ」
アーロンが愚痴を溢す。残念ながら、気持ちがまったくわからないわけでもない。
「あの場でよく大人しくしていたわね」
「口を開いたら怒りの言葉を浴びせたくなってしまったじゃろうな。あやつの我がギルドに対する無遠慮な物言いには我慢ならん!」
「それよりも疫病を放置していることが問題よ。困ったことになったわね」
貴族たちにとって貧困者はどうでもいいのかもしれない。
しかし、だからと言って、魔法ギルドも同じ考えを持っているわけではない。
多くの魔法使いはエディンのために力を尽くしたいと考えている。国民が苦しんでいたらなにかしら対応策を考える必要があるのだ。
統治を任されているなら、子爵だってその義務を負っているはずだ。国王から領地を預かる身なのだから、みすみす領内で疫病を流行らせたとわかったら、統治権も剥奪されてしまうだろう。
それが分からないとはどこまで無能なのか。
五星ギルドの自分たちが、疫病を放置していていいものか。
しかし、今の最優先事項は、青眼逮捕であることは間違いない。
ナンシーはどうしていいか分からず、悩むのであった。
◆
トンプソン子爵邸前に、急ごしらえと思しき木製の台が作られていた。
一辺2メートルサイズの正方形で、台の中央には一本の太い丸太が立っている。
周りには黒いマントを羽織った警備兵らしき魔法使いが2人控えていた。
丸太には縄で縛りつけられ、台に座り込んでいる男がひとり。
茜色の頭で目立っている。
頭の中心から一方向に癖っ毛が流れている短髪が特徴的だ。
見張りがあざ笑うかのように言葉を投げかけた。
「無様だな」
「フン、権力の犬の方が無様だね」
男は拘束されているとも思えないふてぶてしさで、間髪入れずに切り返した。
途端に、男の鳩尾を激しい蹴りが襲う。
声も上げずに正面を向いたまま、磔の男は警備兵に殴られ続けた。
「あいつか。直情的なやつだな。いい性格をしているようだ、面構えに表れてるな」
ナツキは建物の屋上に登り、遠目から男を観察していた。
感知されない程度に風魔法を駆使して周囲の会話を拾ってみる。
「はぁはぁ…」
殴った側の護衛兵の息が上がっているが、盗賊は睨みつけたままだ。強気な男だ。
「殺してやりたいが、処刑の日までは待たないとな。このくらいにしてやる」
「………」
もうすぐ処刑されると言うのに、盗賊は眼に光を失っていない。仲間がくると確信しているのだろうか。この状況で絶望しないのは、強情なのか、無鉄砲なのかわからんが、見上げたやつである。
ナツキは賢眼で磔場周辺を観察してみる。
(ふむ。捕らえられているアイツを囲むように小さい魔法陣があるな。どんな効果かは近づかないとわからんが)
今度は魔法感知を広げて様子を周囲の状況を調べてみる。
強い魔力をもった人間が周囲に30人ほどいた。
おそらく、救助にきた仲間がきたら、一斉にかかるつもりなのだろう。これは正面から行くのはうまくない。自分が逃げるならともかく、盗賊が逃れる保証がない。
騒ぎを起こして目的達成ができず、今度はグランドロッドの連中まできたら洒落にならない。
(ん…?誰か磔場に近づいてくるな)
距離にしてあと100メートルほど。2人が並んで向かっているということは、見張りの交代だろうか。
違ったとしても、これはチャンスだ。
ナツキは建物の屋根づたいに移動して接近した。
移動中の黒ローブを着た魔法使いが近づいてくるのを待ち構え、真下にきたところで飛び降りた。
不意打ちで1人を気絶させる。
「仕事熱心なところ悪いね。労いたくてきたよ。少し寝てな」
「なにッ!?」
ボフンッ
もう1人には粉状にした即効性の睡眠薬を顔にかけた。
相手は必死に眠気に耐えようとしていたが、重い瞼を閉じながら倒れ伏した。
「しばらくお寝んねしてな」
ナツキは建物の影に2人を運び込む。
片方の上着とマントを剥ぎ取り、羽織った。
「申し訳ないから、俺の大切な綺麗なローブをプレゼントするよ」
へらへら笑って、これまで着ていたボロいローブをかけておいた。
(等価交換と思うことにしておこう。大切なのは本当だからな)
ナツキは黒マントの格好をして、捕らえられた男のもとへ向かい、何食わぬ顔をして警備兵に声をかけた。
「いよォ、ご苦労さん。交代の時間だ」
「む、もうそんな時間か。もう1人はどうした?それに貴様、見かけん顔だな」
(細かいこと気にすんなよ。まぁ、まったく疑問を持たなかったら、それはそれで心配だが)
とりあえずニヤニヤして誤魔化しておく。
「まァよい。では、合言葉を言え」
(あちゃー、そんなのあるの)
そこまで徹底しているとは脱帽だ。仕方ない…
「貴族制度クソ食らえ、でしたっけ。まったく、誰がこんな合言葉を考えたのか」
もちろん適当に言ってみただけだ。どうせバレるならスカッとすることを言っておこう。
「な!!貴様さては!!!」
ドゴォ
身構えて魔法詠唱をする前に、顎に一撃。
合言葉まで決めているなら、もう少し遠くから聞いたがいいだろう。
「死ねェ」
もう1人が魔法詠唱している。
どうやら炎玉を準備しているな。
ナツキは一直線に向かって距離をつめる。
≪炎玉≫
こんな近距離で撃つのか。
左手を前に突き出し、相手の炎玉を受け止める。
魔力操作と魔法式介入を素早くおこない、爆発する前に消した。
相手が驚愕の表情を浮かべたのは一瞬で、そのまま右手で拳を入れて気絶してもらった。
炎玉や爆炎なんて行使したら爆音が響く。間違いなく取り囲まれてしまうので、相手と自分の魔法を発動させずに倒す必要があった。
「お前は誰だ?黒夢のメンバーではないな」
捕えられている男が話しかけてきた。
「ジェシカに頼まれて助けに来たぞ」
「ジェシカ?」
(なんだよ。お互い名前も名乗っていなかったのか)
「お前が助けた女の子だよ」
「あァ、そういうことか。まさか、通りすがりのやつに助けを寄越してくれるとはな」
ナツキにとってもそれは同意見だった。普通は助けをよこさない。
助ける前に、気になることを聞いておく。
「なんで王軍の兵士を殴ったんだ?」
なんだか言いたくないような顔を浮かべている。
「別になにを言ってもいいぞ。俺は王軍ではないしな」
「俺は軍人や貴族が嫌いだ。そいつらが肩書きを振りかざして女にからむなんてカスだろ」
(やっぱりこいつ、嫌いじゃない)
ナツキはニヤッと笑って、台の上に登る。
「なにをする気だ?」
「縄を解く前に、魔法陣をなんとかしなきゃならんでしょ」
「なんとかならんだろ」
「まァ、見てろって」
賢眼で観察する。
発動式は1つだった。誰かがこの場に居続けないと爆発が起こるトラップだ。
おそらく爆発が起きたら周りにいる30人が包囲網を敷くのだろう。
なにも知らずに縄を切って移動したら、爆発でダメージを受けてしまい、逃げ延びるのは不可能だろう。
しかも、解除したら術者に通知がいく仕組みまである。なかなか有能なやつがいるみたいだ。
これは解除しないで連れ出したほうがよさそうだ。
ナツキは警備兵の飲み水用に用意されてあった水筒を手に取る。
蓋を開けて水を地面に流していく。
≪水分身≫
水はうねりながら人間の形へとかわっていく。
捕まっている男と瓜二つの人相の悪い分身が出来上がった。
「なんだこりゃ!?」
驚いてらっしゃる。水で分身をつくるなんて目の前で見る機会少ないだろうし、無理もない。
縛っていた縄を斬り、水分身を魔法陣内に待機させる。
「よし、もう出ても大丈夫だぞ」
「どういうことだ?」
「この魔法陣内にいる人数が0になると、爆発が起こる罠があったからな。それなら、お前と同じ姿の水分身にしばらく居てもらえばいいさ。縛りつけておけば、簡単にはバレないだろうしな」
「…礼を言う」
男は驚いた顔をしていたが、すぐに我に返ったようだった。
ちゃんと礼を言えるじゃないか。
「よし、さっさと逃げよう」
倒れている見張りに気づかれて、攻撃されても面倒だ。
「俺は子爵邸に行ってくる。じゃあな」
!?
待て待て、それは意味不明だぞ。自殺願望でもあるのか。
「おい、助けられたならさっさと逃げろ」
「ダメだ。愛刀を取り返す」
「まじかよ…」
聞くところによると、逮捕された時に持ち物を全てとられたらしい。
当然、持っている武器もとられてしまった。愛刀と言うだけに気に入っているらしく、絶対に屋敷にいく姿勢を変えない。
しかも、「盗賊がとられたままで、おめおめと帰れるか」とかほざいている。
(あーァ、言っても聞かないなこりゃ。仕方がない…)
「はぁー…俺もついていってやるよ」
「そこまでされる義理はないが、いいのか?」
「おまえなァー、せっかく助けられたんだから、ちゃんと助けられとけ」
気絶させた警備兵のマントを着てもらい、変装して潜入することにした。
「仕方がないが、屋敷に行きますか」
「そう言えば、お前の名は?」
おっと、また忘れていた。
「ナツキだ。おまえは?」
「ギーメルだ」
無鉄砲なやつといると要らぬ苦労をする。
不安を胸に抱えつつも、ナツキは屋敷の中へと向かった。
ブックマークしてくれた方、ありがとうございます。嬉しいです。




