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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
16/208

15 盗賊の無鉄砲①

 デールから中央平原と森を抜けて、南東へ歩くこと数日。


 サイエフの森を抜けた先にある町「バル」。ここは“エディンの穀倉地帯”とも呼ばれる広大な農地があり、領内で消費される麦、その他穀物の多くがこの地で生産されている。

 町の南から西にかけては丘陵地帯が広がっていてぶどう棚やオリーブ園が多く点在していた。なかでも特産物のワインが有名だ。“ロザリオ”と呼ばれる希少な品種のぶどうからつくられる白ワインは、とびきりのおいしさで、嘘か本当か、「よその人間には飲ませられない」と評判で、他の町ではめったに流通しないため、全国の酒好きがわざわざこの町に足を運ぶのだ。


 「食と酒を楽しむならバルへ行け」と旅人の間で噂がひろがるほど、食文化が発展している町だった。



 町の中心には高台がつくられ、街並を観るにはうってつけだ。


 高台から北西方向には貴族の住む屋敷が立ち並んでいる。

 サイエフの森に近い北東方向には、魔物の襲撃に備えて、魔法ギルドの寄り合い所や王軍のガーディアンの詰所が置かれている。


 東側には3つの通りが並行するように続いている。

 北側の通りは「ブルージュ通り」とよばれ、高所得者向けの店が軒を連ねる。バルでつくられた地酒や高級嗜好品を買うことができるので、生活にゆとりのある富裕層や観光客で賑わっている。


 中間の通りは「セントラル通り」とよばれ、主に地元の人間向けに食材や生活用品を売っている商店街


 南側の通りは「デイリー通り」と言う。日によって手に入る商品が変わっていくことで、この名が定着した。屋台や行商によるマルシェによって賑わっている。ナツキも以前訪れたときには、ここで商売をしたことがあった。


 そして、町の南東方向には、柵がたてられ、その先には貧困者たちの住むエリアが広がっていた。




 「やっとついたァ!うまいもんが食いたい」


 ナツキはデイリー通りの東端に入りかかったところに立っていた。


 「いつ来ても賑わっているな」


 機嫌よく、屋台で焼ソーセージを買って、食べ歩く。


 「うめぇ!」


 数日間、保存食で過ごしていたので、これだけでも来て良かったと思える。


 ついつい笑顔が溢れるうまさだ。


 (久々に酒も飲みたい。セントラル通りにも行ってみるかな)



 セントラル通りに面して、看板を立てている店や、ガラスケースに商品を揃えて、通りから直接カウンター越しに買えるようになっている店など様々だ。


 「いい加減名前くらい覚えてくれよー、ピヨさん」


 なんだか妙な会話が耳に入る。

 目を向けると、卵と鶏肉を売っている店主と客が会話していた。


 「ふんッ、覚えるまでもない」


 店主がドヤ顔で言い放っている。


 なんだその言葉。常連さんあっての商売だろう。なんだか面白そうだ。


 「こんにちはー」

 「いらっしゃい。なにをお探しで」

 「卵を2つもらいたいな。ところで店主はー」


 色々質問しようとしたら、さっきの客が話しかけてくる。


 「この人は養鶏場を営んでいるトビーさん。卵を売りに出しているから、みんなからピヨさんと呼ばれてるんだ。でも、めったに人のことを覚えよううとしないんだよー。物覚えの悪いおやじさんだけど、卵の新鮮さは太鼓判を押すよ!」


 もはや店主ではなく、客が店の宣伝をしている。


 変わったおじさんだ。

 細身の体につり目、短髪が特徴で、黙々と商品を準備している。


 いっちょ馴染みの客を目指してみるか。薬屋としては、卵はなにかと治療薬に用いるので、誼を結んでおくのも悪くない。

 軽い気持ちで名乗ろうとする。


 「俺は旅の薬屋ナツ――」

 「覚えるまでもないッ」


 (うおい!)


 言い切らすことすらさせてくれないのか。まァお尋ね者の俺が名乗るのはまずいけどさ。


 さっきの客から、いつか常連認定される日を期待して、周辺の住民は買い物くるのだとか。無礼なおっさんだが、ずいぶん慕われているじゃないか。


 やはり旅は楽しい。こんな変わった出会いがあるのも旅の醍醐味だ。



 バルの町から北に10キロほど離れた地点。

 グランドロッドのナンシーチームは引き続き青眼を追って森を探索していた。

 数刻前に、魔法による戦闘の気配を感じたので、その方面に向かっている。


 (アーロンが闘ったのかしら?彼の魔法は広範囲の攻撃魔法。もしも戦闘をしていたら、もっと大きな音が響いて、森にも被害が出てると思うんだけど)


 しかし、戦闘の気配はすぐに止み、今ではなんの音も聞こえない。


 (魔法使いが魔物を狩っていただけかしらね…)


 いまいち自信が持てないが、闇雲に探すよりも、疑わしいところに向かうのがよいと考えた。



 (ん…なにか見えてきた)


 森の窪地になっている箇所に、身動きをとれずに呻いている人間が数名いた。


 「あいつめェ、許さんぞ!必ずわしの手で殺してくれる」


 アーロンの叫び声が森に響いている。

 どうやら敗北したらしい。

 様子から察するに、束縛魔法の一種か、罠にはまって束縛されたのだろう。

 直接的な戦闘は強いが、トリッキーな相手に弱いという点が如実に出てしまったようだ。



 「なにがあったのさ」


 「ぐッ…ナンシーか。無様なところを見られてしまったのう…」


 歯軋りをさせながら呟くアーロンに向けて、魔法詠唱をする。


 ≪解除≫(リリース)


 ナンシーが補助魔法の使い手でなければ、あと数時間はこの状態だったであろう。

 やはり、二手に別れずに行動するべきだったか。


 ナンシーは自分が戦闘時にいなかったことを後悔した。


 しかも、相手の言動を聞くと、どうやらこの自分が一番警戒されているらしい。

 回復魔法が使える数名に負傷者の手当てを命じた。

 倒されたものが10名もいることに驚いた。

 アーロンが攻撃する間もなく、半数以上が倒されるとは恐ろしい。


 合流することはできたが、みごとに足止めされてしまったな。


 「倒れているものが回復したら、バルに移動しましょ。どうやらターゲットはそちらのようだから」

 「あァ、やつも町の方へ向かった。今度はこうはいかんぞ」



 バルの商店街の端に、旅人むけの宿屋が並んでいる。


 長居する気はないが、手持ちの薬なんかの補充もかねて、1日くらい泊りたいと考えていた。問題はどうやって追手の目をかいくぐるかだ。


 (追手と会いたくはないが、この町の酒を堪能せずに出ていくなど、ありえないだろう)


 実は後者の心の声が大きいナツキだった。


 それにしても気になるのは、警備兵が多いことだ。

 なんだかピリピリとした緊張感が伝わってくる。

 俺の顔を見ても何の警戒もされないようだから、追手がもう来たというわけでもなさそうだ。


 とりあえず出歩くのはやめて、できるだけ早く身を潜めたい。

 あまり金も持っていないので、格安の宿屋を探している。


 歩き回るうちに、妙な噂が度々耳にした。


 「トンプソン子爵が盗賊集団“黒夢”』の一員をつかまえたらしい」

 「高台近くの屋敷前に磔にされていたぞ」

 「ざまぁねぇぜ、盗賊め」


 物騒なことがおきているらしいな。

 “黒夢”と言えば、中央平原を拠点にしている大きな盗賊団の1つだ。

 俺も行商をしているから、商人たちが被害にあった話を何度も聞いてきた。


 それで仲間が助けにくることを考えて、警備が強化されていたのか。


 グランドロッドのやつらがきたら、さらに面倒になりそうだ。


 (こいつは困ったぞ)


 泊まるのをやめてバルをさっさと出るか考えていたら、建物を背にして困った顔をしている女性と、その女性に言い寄っているらしき男の姿があった。



 「もう、やめてよ」

 「いいじゃねぇか、ピコラ。俺は王軍所属だ。俺の女になれば贅沢できるぜ」


 (あちゃー、やだやだ…。最悪な男を見てしまった)


 自分が軍所属ということを振りかざして口説いている。こいつはダサい男の代表者か。

 女の嫌そうな顔を見たら、なにを言おうと望みがないのは一目瞭然だけどな。

 諦める気配もないし、女が気の毒だ。俺が諭してあげよう。


 「やめときなよ。嫌がっているだろ」

 「あァん?なんだおまえ」

 「女の子を口説くなら、軍属なんて言わずに自分の魅力で勝負しなよ」


 「はァ…?黙れ。それ以上なにか言ったら殺すぞ」


 脅してくるとは心が狭いやつ。強い言葉を使えばかっこよく見えると勘違いしているのか。


 「あんたが女性から離れて帰るなら黙りますよ。それ以上迷惑行為を続けたら、軍隊の品位を落とすと思っておいたほうがいい」


 青筋を浮かべて睨みつけてくる。どうやら怒らせたようだ。


 「キサマァ…」


 怒りの表情のまま、右手に炎玉を作り出した。


 (おいおい、ダサい上に考えなしか)


 こんな近距離でそれをぶっ放したら、女まで怪我してしまう。


 (ちょっと痛い目にあってもらうか)



 ≪魔力暴走≫(ランナウェイ)


 ナツキが視線を炎玉にむけると、炎玉の周りを包む炎が大きくなっていく。

 その炎は軍属の男の右手を燃やしはじめる。


 「はッ!?なんだこりゃ!?」


 慌てて炎玉を解き、炎はすぐに消えたが、「ぐぐぐ…」と唸っている。火傷が疼くのだろう。


 「くそ…覚えておけよ」


 覚えるまでもないと言いたかったが、人の決め台詞をとるのはよくないので我慢した。


 やりとりをずっと眺めていた女が、驚いた表情をしている。


 「今のは何が起きたの?」


 「アイツの魔法は大したことなかったが、あんな近距離でぶっ放されたら、被害がでちまう。魔力量だけはやたらと込めてあったから、暴発させたのさ」


 「あなた一体なにものなの…」

 「ナツキと言う。旅の薬屋さ」

 「さっきはありがとう。あたしはジェシカよ」


 年はナツキと同じくらいか。

 石榴色の髪でショートヘア。

 格子柄の服の上に黄色いエプロンをしている。

 おそらくどこかの商店の店員だろう。


 「ピコラって言われてなかった?」


 思わず違和感が口をついて出た。


 「それはあだ名よ。私の家は穀物を育てている農家なの。収穫期以外は商店街のお菓子屋で働いてて、ピーナッツを使ったお菓子、“ピコラ”っていうんだけど、そればかりを作っているせいで、ピコラって呼ばれ出したのさ。マシューなんかにそう呼んでほしくないけどね」


 マシューというのはさっきの軍人の名前らしい。たまにお菓子屋に来ていた客の1人で、何度か会ううちに言い寄られるようになったそうだ。

 最近は強引にいろいろと誘われるらしく、気の毒な状態が続いているらしい。


 (かわいそうに、一度追っ払ったが、この町に長居できないし、これ以上は俺にできることはないだろう)


 マシューの去っていった方向に目を向けていると、ジェシカが肩をトントンと指で叩いてきた。


 「ところであなた、相当強いよね」

 「いや、大したことないさ」

 「嘘よ。他人が詠唱中の魔法に、干渉するなんて普通じゃないわ」


 偉そうに解説しなきゃよかった。マシューは魔法下手で馬鹿だねとでも言っておけばよかったか。


 「今、トンプソン家に盗賊が捕まっているのは知っている?」

 「みたいだな。噂程度には知っているさ」

 「彼を助けてほしいの」

 「はァ!?」

 「声が大きい!」


 (おいおい、なんて事を言い出すんだ。それは予想外だった。せいぜいマシューがもう口説きにこないよう助けてくれとか言われると思った)


 まさか、黒夢の仲間なんてことはないだろうか。

 しかし、話を詳しく聞いたら、そうではないらしい。



 2日前。ジェシカはマシューに絡まれていた。


 「おーい、ピコラー。仕事なんていいから俺と飯に行こうぜ」

 「私の家は、この期間の稼ぎがないとやっていけないの」

 「俺とくれば楽をさせてやるさ」

 「願い下げね。じゃあね」


 立ち去ろうとしたら、腕を掴まれる。


 「いいから来いって」


 いい加減にしろと叫ぼうとしたら――


 ドゴッー!


 「ひゃあ!?」


 突然のことに声をあげてしまった。


 突如、マシューを蹴り飛ばした男がいた。顔面に飛び蹴りをかまして、一撃で昏倒させた。

 その男はマシューのことを睨みつけている。


 ジェシカが礼を言おうか迷ってあたふたしていたら、その男が近くにいた王軍の兵士達に囲まれてしまった。

 そして、その男はそのまま連行されてしまった。


 釈放されたら会いに行こうと考えていた。

 しかし、翌日、新聞に記事がのり、取調べで黒夢の盗賊だとわかった、ということが書いてあった。数日間、磔で晒し者になった後に処刑されるらしい。


 ジェシカは『悪夢』が悪党集団だということは痛いほどわかっていたが、自分のせいで捕まったのではと心を痛め、数日間悩んでいたのであった。



 「なるほどね…」


 たまたま通りかかったのが、今捕まっているヤツか。

 乱暴なヤツだな。マシューにむかついたのは俺と同じかもしれないが、いきなり蹴るとはね。やはり丁寧に話しかける俺は、優しい心の持ち主だな。


 「なんで俺に頼んだんだ?」

 「出会い方が彼と同じだったことと、軍人相手に怯んでなかったからかな」


 なるほどね。たしかに、王軍の人間に喧嘩売るやつはまともじゃないもんな。


 助け出すことくらいなら簡単だが、状況がまずい。追われている身で、モメ事に自分から首を突っ込むなんてな…。


 それにしても盗賊なのに、捕まるとわかっていて跳び蹴りかます危ないヤツか。

んー…嫌いじゃないんだよな。


 怒るポイントが同じ奴ってのは、ほっとけない性分だ。そういや、追われる生活になったのも、そのせいだったな。

 なんだか、最近、盗みを働くやつとの縁がある。


 「とりあえずやってみる。でも、そいつに会ってから判断させてくれ。クズだったら助けないぞ」


 「うん。ありがとう!」


 現金な人だよまったく。

次話は明日投稿します。

厳密に言えば「逃亡劇」も続いているのですが、これから起こる出来事に焦点をあてて楽しみたいと思います。

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