15 盗賊の無鉄砲①
デールから中央平原と森を抜けて、南東へ歩くこと数日。
サイエフの森を抜けた先にある町「バル」。ここは“エディンの穀倉地帯”とも呼ばれる広大な農地があり、領内で消費される麦、その他穀物の多くがこの地で生産されている。
町の南から西にかけては丘陵地帯が広がっていてぶどう棚やオリーブ園が多く点在していた。なかでも特産物のワインが有名だ。“ロザリオ”と呼ばれる希少な品種のぶどうからつくられる白ワインは、とびきりのおいしさで、嘘か本当か、「よその人間には飲ませられない」と評判で、他の町ではめったに流通しないため、全国の酒好きがわざわざこの町に足を運ぶのだ。
「食と酒を楽しむならバルへ行け」と旅人の間で噂がひろがるほど、食文化が発展している町だった。
町の中心には高台がつくられ、街並を観るにはうってつけだ。
高台から北西方向には貴族の住む屋敷が立ち並んでいる。
サイエフの森に近い北東方向には、魔物の襲撃に備えて、魔法ギルドの寄り合い所や王軍のガーディアンの詰所が置かれている。
東側には3つの通りが並行するように続いている。
北側の通りは「ブルージュ通り」とよばれ、高所得者向けの店が軒を連ねる。バルでつくられた地酒や高級嗜好品を買うことができるので、生活にゆとりのある富裕層や観光客で賑わっている。
中間の通りは「セントラル通り」とよばれ、主に地元の人間向けに食材や生活用品を売っている商店街
南側の通りは「デイリー通り」と言う。日によって手に入る商品が変わっていくことで、この名が定着した。屋台や行商によるマルシェによって賑わっている。ナツキも以前訪れたときには、ここで商売をしたことがあった。
そして、町の南東方向には、柵がたてられ、その先には貧困者たちの住むエリアが広がっていた。
◆
「やっとついたァ!うまいもんが食いたい」
ナツキはデイリー通りの東端に入りかかったところに立っていた。
「いつ来ても賑わっているな」
機嫌よく、屋台で焼ソーセージを買って、食べ歩く。
「うめぇ!」
数日間、保存食で過ごしていたので、これだけでも来て良かったと思える。
ついつい笑顔が溢れるうまさだ。
(久々に酒も飲みたい。セントラル通りにも行ってみるかな)
セントラル通りに面して、看板を立てている店や、ガラスケースに商品を揃えて、通りから直接カウンター越しに買えるようになっている店など様々だ。
「いい加減名前くらい覚えてくれよー、ピヨさん」
なんだか妙な会話が耳に入る。
目を向けると、卵と鶏肉を売っている店主と客が会話していた。
「ふんッ、覚えるまでもない」
店主がドヤ顔で言い放っている。
なんだその言葉。常連さんあっての商売だろう。なんだか面白そうだ。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。なにをお探しで」
「卵を2つもらいたいな。ところで店主はー」
色々質問しようとしたら、さっきの客が話しかけてくる。
「この人は養鶏場を営んでいるトビーさん。卵を売りに出しているから、みんなからピヨさんと呼ばれてるんだ。でも、めったに人のことを覚えよううとしないんだよー。物覚えの悪いおやじさんだけど、卵の新鮮さは太鼓判を押すよ!」
もはや店主ではなく、客が店の宣伝をしている。
変わったおじさんだ。
細身の体につり目、短髪が特徴で、黙々と商品を準備している。
いっちょ馴染みの客を目指してみるか。薬屋としては、卵はなにかと治療薬に用いるので、誼を結んでおくのも悪くない。
軽い気持ちで名乗ろうとする。
「俺は旅の薬屋ナツ――」
「覚えるまでもないッ」
(うおい!)
言い切らすことすらさせてくれないのか。まァお尋ね者の俺が名乗るのはまずいけどさ。
さっきの客から、いつか常連認定される日を期待して、周辺の住民は買い物くるのだとか。無礼なおっさんだが、ずいぶん慕われているじゃないか。
やはり旅は楽しい。こんな変わった出会いがあるのも旅の醍醐味だ。
◆
バルの町から北に10キロほど離れた地点。
グランドロッドのナンシーチームは引き続き青眼を追って森を探索していた。
数刻前に、魔法による戦闘の気配を感じたので、その方面に向かっている。
(アーロンが闘ったのかしら?彼の魔法は広範囲の攻撃魔法。もしも戦闘をしていたら、もっと大きな音が響いて、森にも被害が出てると思うんだけど)
しかし、戦闘の気配はすぐに止み、今ではなんの音も聞こえない。
(魔法使いが魔物を狩っていただけかしらね…)
いまいち自信が持てないが、闇雲に探すよりも、疑わしいところに向かうのがよいと考えた。
(ん…なにか見えてきた)
森の窪地になっている箇所に、身動きをとれずに呻いている人間が数名いた。
「あいつめェ、許さんぞ!必ずわしの手で殺してくれる」
アーロンの叫び声が森に響いている。
どうやら敗北したらしい。
様子から察するに、束縛魔法の一種か、罠にはまって束縛されたのだろう。
直接的な戦闘は強いが、トリッキーな相手に弱いという点が如実に出てしまったようだ。
「なにがあったのさ」
「ぐッ…ナンシーか。無様なところを見られてしまったのう…」
歯軋りをさせながら呟くアーロンに向けて、魔法詠唱をする。
≪解除≫
ナンシーが補助魔法の使い手でなければ、あと数時間はこの状態だったであろう。
やはり、二手に別れずに行動するべきだったか。
ナンシーは自分が戦闘時にいなかったことを後悔した。
しかも、相手の言動を聞くと、どうやらこの自分が一番警戒されているらしい。
回復魔法が使える数名に負傷者の手当てを命じた。
倒されたものが10名もいることに驚いた。
アーロンが攻撃する間もなく、半数以上が倒されるとは恐ろしい。
合流することはできたが、みごとに足止めされてしまったな。
「倒れているものが回復したら、バルに移動しましょ。どうやらターゲットはそちらのようだから」
「あァ、やつも町の方へ向かった。今度はこうはいかんぞ」
◆
バルの商店街の端に、旅人むけの宿屋が並んでいる。
長居する気はないが、手持ちの薬なんかの補充もかねて、1日くらい泊りたいと考えていた。問題はどうやって追手の目をかいくぐるかだ。
(追手と会いたくはないが、この町の酒を堪能せずに出ていくなど、ありえないだろう)
実は後者の心の声が大きいナツキだった。
それにしても気になるのは、警備兵が多いことだ。
なんだかピリピリとした緊張感が伝わってくる。
俺の顔を見ても何の警戒もされないようだから、追手がもう来たというわけでもなさそうだ。
とりあえず出歩くのはやめて、できるだけ早く身を潜めたい。
あまり金も持っていないので、格安の宿屋を探している。
歩き回るうちに、妙な噂が度々耳にした。
「トンプソン子爵が盗賊集団“黒夢”』の一員をつかまえたらしい」
「高台近くの屋敷前に磔にされていたぞ」
「ざまぁねぇぜ、盗賊め」
物騒なことがおきているらしいな。
“黒夢”と言えば、中央平原を拠点にしている大きな盗賊団の1つだ。
俺も行商をしているから、商人たちが被害にあった話を何度も聞いてきた。
それで仲間が助けにくることを考えて、警備が強化されていたのか。
グランドロッドのやつらがきたら、さらに面倒になりそうだ。
(こいつは困ったぞ)
泊まるのをやめてバルをさっさと出るか考えていたら、建物を背にして困った顔をしている女性と、その女性に言い寄っているらしき男の姿があった。
「もう、やめてよ」
「いいじゃねぇか、ピコラ。俺は王軍所属だ。俺の女になれば贅沢できるぜ」
(あちゃー、やだやだ…。最悪な男を見てしまった)
自分が軍所属ということを振りかざして口説いている。こいつはダサい男の代表者か。
女の嫌そうな顔を見たら、なにを言おうと望みがないのは一目瞭然だけどな。
諦める気配もないし、女が気の毒だ。俺が諭してあげよう。
「やめときなよ。嫌がっているだろ」
「あァん?なんだおまえ」
「女の子を口説くなら、軍属なんて言わずに自分の魅力で勝負しなよ」
「はァ…?黙れ。それ以上なにか言ったら殺すぞ」
脅してくるとは心が狭いやつ。強い言葉を使えばかっこよく見えると勘違いしているのか。
「あんたが女性から離れて帰るなら黙りますよ。それ以上迷惑行為を続けたら、軍隊の品位を落とすと思っておいたほうがいい」
青筋を浮かべて睨みつけてくる。どうやら怒らせたようだ。
「キサマァ…」
怒りの表情のまま、右手に炎玉を作り出した。
(おいおい、ダサい上に考えなしか)
こんな近距離でそれをぶっ放したら、女まで怪我してしまう。
(ちょっと痛い目にあってもらうか)
≪魔力暴走≫
ナツキが視線を炎玉にむけると、炎玉の周りを包む炎が大きくなっていく。
その炎は軍属の男の右手を燃やしはじめる。
「はッ!?なんだこりゃ!?」
慌てて炎玉を解き、炎はすぐに消えたが、「ぐぐぐ…」と唸っている。火傷が疼くのだろう。
「くそ…覚えておけよ」
覚えるまでもないと言いたかったが、人の決め台詞をとるのはよくないので我慢した。
やりとりをずっと眺めていた女が、驚いた表情をしている。
「今のは何が起きたの?」
「アイツの魔法は大したことなかったが、あんな近距離でぶっ放されたら、被害がでちまう。魔力量だけはやたらと込めてあったから、暴発させたのさ」
「あなた一体なにものなの…」
「ナツキと言う。旅の薬屋さ」
「さっきはありがとう。あたしはジェシカよ」
年はナツキと同じくらいか。
石榴色の髪でショートヘア。
格子柄の服の上に黄色いエプロンをしている。
おそらくどこかの商店の店員だろう。
「ピコラって言われてなかった?」
思わず違和感が口をついて出た。
「それはあだ名よ。私の家は穀物を育てている農家なの。収穫期以外は商店街のお菓子屋で働いてて、ピーナッツを使ったお菓子、“ピコラ”っていうんだけど、そればかりを作っているせいで、ピコラって呼ばれ出したのさ。マシューなんかにそう呼んでほしくないけどね」
マシューというのはさっきの軍人の名前らしい。たまにお菓子屋に来ていた客の1人で、何度か会ううちに言い寄られるようになったそうだ。
最近は強引にいろいろと誘われるらしく、気の毒な状態が続いているらしい。
(かわいそうに、一度追っ払ったが、この町に長居できないし、これ以上は俺にできることはないだろう)
マシューの去っていった方向に目を向けていると、ジェシカが肩をトントンと指で叩いてきた。
「ところであなた、相当強いよね」
「いや、大したことないさ」
「嘘よ。他人が詠唱中の魔法に、干渉するなんて普通じゃないわ」
偉そうに解説しなきゃよかった。マシューは魔法下手で馬鹿だねとでも言っておけばよかったか。
「今、トンプソン家に盗賊が捕まっているのは知っている?」
「みたいだな。噂程度には知っているさ」
「彼を助けてほしいの」
「はァ!?」
「声が大きい!」
(おいおい、なんて事を言い出すんだ。それは予想外だった。せいぜいマシューがもう口説きにこないよう助けてくれとか言われると思った)
まさか、黒夢の仲間なんてことはないだろうか。
しかし、話を詳しく聞いたら、そうではないらしい。
◆
2日前。ジェシカはマシューに絡まれていた。
「おーい、ピコラー。仕事なんていいから俺と飯に行こうぜ」
「私の家は、この期間の稼ぎがないとやっていけないの」
「俺とくれば楽をさせてやるさ」
「願い下げね。じゃあね」
立ち去ろうとしたら、腕を掴まれる。
「いいから来いって」
いい加減にしろと叫ぼうとしたら――
ドゴッー!
「ひゃあ!?」
突然のことに声をあげてしまった。
突如、マシューを蹴り飛ばした男がいた。顔面に飛び蹴りをかまして、一撃で昏倒させた。
その男はマシューのことを睨みつけている。
ジェシカが礼を言おうか迷ってあたふたしていたら、その男が近くにいた王軍の兵士達に囲まれてしまった。
そして、その男はそのまま連行されてしまった。
釈放されたら会いに行こうと考えていた。
しかし、翌日、新聞に記事がのり、取調べで黒夢の盗賊だとわかった、ということが書いてあった。数日間、磔で晒し者になった後に処刑されるらしい。
ジェシカは『悪夢』が悪党集団だということは痛いほどわかっていたが、自分のせいで捕まったのではと心を痛め、数日間悩んでいたのであった。
◆
「なるほどね…」
たまたま通りかかったのが、今捕まっているヤツか。
乱暴なヤツだな。マシューにむかついたのは俺と同じかもしれないが、いきなり蹴るとはね。やはり丁寧に話しかける俺は、優しい心の持ち主だな。
「なんで俺に頼んだんだ?」
「出会い方が彼と同じだったことと、軍人相手に怯んでなかったからかな」
なるほどね。たしかに、王軍の人間に喧嘩売るやつはまともじゃないもんな。
助け出すことくらいなら簡単だが、状況がまずい。追われている身で、モメ事に自分から首を突っ込むなんてな…。
それにしても盗賊なのに、捕まるとわかっていて跳び蹴りかます危ないヤツか。
んー…嫌いじゃないんだよな。
怒るポイントが同じ奴ってのは、ほっとけない性分だ。そういや、追われる生活になったのも、そのせいだったな。
なんだか、最近、盗みを働くやつとの縁がある。
「とりあえずやってみる。でも、そいつに会ってから判断させてくれ。クズだったら助けないぞ」
「うん。ありがとう!」
現金な人だよまったく。
次話は明日投稿します。
厳密に言えば「逃亡劇」も続いているのですが、これから起こる出来事に焦点をあてて楽しみたいと思います。




