14 薬屋の逃亡劇②
中央平原に生い茂る草がそよ風によってゆらゆらと揺られている。
ビュオンッ!
突如、突風によって草は根元からなぎ倒され、木の葉が舞い上がった。
その場を通り抜けたのは、ナンシーの魔法によって身体強化されたグランドロッドの精鋭30名。
馬の全力疾走を倍するほどの速さで中央平原を駆けていく。
その速さとその身体に纏う突風によって、中央平原に生息する魔物達は襲いかかることができない。相手を認識した途端に過ぎ去ってしまう。
一般的に魔法使いの修行に、体力訓練は含まれていない。魔法学校でも、座学が中心となるため脚力に自信がある、という魔法使いはまれである。
その魔法使いを、同時に複数、速さを強化することができる魔法使いは、エディン全体を見回しても、ナンシーぐらいだろう。
それだけ、魔力の強さが桁違いであることがわかる。
アーデル橋を過ぎ、サイエフの森が見えてきた時点で、風景に異変が現れ始めた。
「なんだァ、ありゃ?」
最初に気づいたのは最前列を走るアーロンだ。
焼け焦げた大きな塊に、複数の獣が群がっている。
グランドロッドのメンバーが塊の前で足を止めたことで、群がっていた獣が逃げ去っていった。部下を下がらせ、アーロンとナンシーでその場を検分する。
「あらまッ…焼け焦げてるけど、この羽と尾は…」
「マンティコアじゃのう」
「盗人がここを通ったとしたら、単独で倒したってことね」
「うちのサブ・マスターを倒したのはマグレではないということじゃろう」
「なんてヤツなのさ」
マンティコアを倒したのは別の集団だったというのもゼロではない。
しかし、討伐依頼達成のために魔法ギルドの魔法使いが倒したのであれば、素材回収は必ず行う。尻尾を持っていくだけでも高額で売ることができるのだ。死骸を野晒しにして行くなど、考えられない。
「追手に対しての威嚇ってこと?」
「そこまでは分からんのう…。じゃが、全力でかからないといけないのは間違いないじゃろう」
レオを倒したと聞いた時点で油断ならぬ相手だとは認識していた。
しかし、その実力を再認識するには十分な痕跡だった。
マンティコアは魔法使い5人掛りで倒すのが常識だからだ。
「森に入ったのは間違いないじゃろうな。ここは広いぞ」
「全員で戦闘したいところだけどねェ、見つけるのが困難そうね。私とあなたで2手に分かれましょうか」
「おい。ワシはオマエと違って移動強化できないんじゃぞ」
「大丈夫。私の魔法の効果は、あと数時間はもつわよ。今日中に見つからなければ、一旦バルの町で合流しましょッ」
アーロンとナンシーは部下14名ずつを連れて、森の中へと向かっていった。
◆
(ここは…)
ウィルソン家の一室でレオは目を覚ました。
長時間昏睡していたのか、目を開けても視界がはっきりとしない。
何度も瞬きを繰り返すことで、段々と見えるようになってきた。
(そうか…あいつに敗れたのか…)
五星ギルドの幹部として生きてきたレオにとって、全力を出した戦闘で負けることなどなかった。負けるとしても、元々格上と認めているギルドマスターに訓練所で手合わせをしてもらった時くらいのもだ。
悔しさで下唇を噛み締める。
「目覚めたようね」
澄んだ声の主の方へ視線を送る。
「ソフィアか…。失態を見られてしまったな」
「そうね。あなたを長時間回復し続けなくてはいけない日が来るなんて、予想していなかったわ」
レオにとっても同様だ。今回は侯爵からの依頼だったので、気を抜くつもりはなかったし、敗北することなどありえないと思っていた。
「情勢はどうなっている」
「ナンシーとアーロンが追っているわ。あなたも回復しきったら私と向かいましょう」
「なるほど。攻撃力と補助能力特化の2人が選ばれたのか。しかし、君たちの力を借りても、勝てるかわからんぞ。俺ではあいつの底が見えなかった」
「プライドの高いあなたがそんなこと言うなんて驚きね」
倒したと思った途端、一撃で倒されたのだ。
しかも、自分は相手に一切ダメージを与えることができなかった。認めるなという方が無理な話だ。
もう一度闘っても勝てる自信などない。しかし、それで許されるほど、五星の名は軽くない。
ベッドから起き上がり、邪魔な包帯を取り外す。
「回復はもういい。ナンシー達に続こう」
◆
この森は魔物が多すぎる…。
今は逃亡中なので大迷惑だ。
ナツキは魔物トロールの群れに囲まれてしまった。
ずっと魔力感知で魔物を避けて移動していたのだが、進行方向に複数の群れと大型の魔物がいた。いくら避けても魔物がうようよしている。
トロールの集団がいることはわかっていた。強行突破を狙って突進したが、戦闘になってしまった。
こいつらは炎魔法が弱点なのは有名で、1体倒すくらいなら、駆け出しの魔法使いでも2人いれば勝てる。
やっかいなのは、知能が低過ぎて、どんな状況に置かれても攻撃し続けてくることだ。
一定の知能がある魔物なら、不利となったら逃げることもある。群れのボスが倒されたら大抵の場合は戦闘が終わるのだ。しかし、こいつらはいくら倒しても、叫びながら棍棒を振り回してくる。
≪炎弾≫
ドスンと最後の一体が倒れた。
20体は倒したか。
あと3時間ほど移動したら町がある。
早く休みたいもんだ。
…
……
(む…?)
後方から不穏な気配を感じとる。
ナツキは振り返り、ポリポリと頭を掻く。
(すげェ速さで向かってくる集団がいるな。魔力の大きさから察するに、追手だろう。しまったなー…追いつかれるのはもう少し先だと思っていたが、俺の気配を気取られたか)
悩ましいところである。できれば戦闘はしたくない。もうすぐ町だ。走って逃げて、身を潜めるか。
しかし、ナツキの思惑では追いつかれる前に次の町を出発する予定だった。
町に辿り着く前に追いつかれるのは予想外であった。相手の中に移動に特化した能力者がいるのは明らか。
それならば答えは1つ。撃破して、しばらく動けなくなってもらうのが1番である。
接近に気づけたのは幸いだった。
ナツキは木の葉を手にとり、それを捨てて風向きを確認した。
(向かってきているのは風下か。あの手でいくか…相手には悪いが罠を張らせてもらう)
不敵に笑って、ナツキは煙草に火をつけた。
◆
「気配がしたのはこの辺りじゃ」
「これは…」
「トロール…」
アーロンのチームが、先刻までナツキが戦闘していた場所に辿り着く。
辺り一帯にトロールが倒れていた。
まだ僅かに煙が燻っている。
それほど時間がたっていないのは明らかだった。
「近くにいるぞォ!全員、心してかかることじゃ!」
アーロンの檄にグランドロッドのメンバーの顔つきが引き締まる。
警戒をしながらも、集団は歩みを進めた。
「むッ…?」
500メートルほど進んだところで異変に気づく。
進行方向一面に、霧がかかっているように見える。
しかしこんな昼間に、湿地帯でも雨天でもない森に、霧などおかしい。
「なんじゃ…この臭い…」
葉が燃えるような臭いが漂う。
目を凝らしてみると、霧の奥に切株に座り込んでいる人影が見えた。
近くにつれて姿ははっきりとしてくる。
髪型はボサボサ。髪色は焦げ茶の少し入った黒色。
ボロいローブを纏い、夕焼け色の丸眼鏡。
口元は不敵に笑い、煙草をくゆらせ、片足を組んで座っている。
事前に聞いていた情報と合致していた。
「貴様が青眼か」
プハァと煙を吐きながら座っていた男が答える。
「違うと言えばどこかに消えてくれるかな」
「抜かせ。どっちにしても連行する」
「なんだよ。それじゃ、質問した意味がないじゃないか」
五星ギルドである自分たちを目の前にしているにもかかわらず、飄々とした態度をとっていることが解せない。
盗人なら追手に見つかった時点で慌てるものだ。色眼鏡のせいで瞳が青色かは確認できないが、目の前のこいつは間違いなく青眼だろう。
「まァ、探り合いは無意味でしょう。俺がウィルソン家に盗みに入ったものさ。あんたらはグランドロッドの面々かな?」
「その通りじゃ。自分から名乗り出るとは手間が省けたわい」
「そうかい。で、あんたらは俺をどうするつもりだい」
「知れたこと。大人しくお縄につけぃ!」
アーロンは魔力を解放し、戦闘態勢をとる。
部下たちも呼応するように構えた。
「やめといたらいいのに。聞いときたいことがあるんだ。あんたらすげぇ足が速かったね。誰の魔法か教えてくれないかい?」
「黙れ」
(言うわけないじゃろう。バカかこいつ?)
「もはや語ることはない。やれ」
一言述べて、一斉に攻撃魔法の詠唱をはじめる。
ボカン!
ボカァン!
「ぐあッ」
「うわああああああ」
爆発音とともに、グランドロッドの全員が燃えはじめた。
自分たちで炎を起こしたわけではない。魔法を完成させる前に燃え出したのだ。
「あーらら、やっちまったな」
1人、それを見て笑っているものがいる。
「ぬぅん!」
アーロンは魔力を強く解放し、体を纏っていた炎を吹き飛ばした。
他にも4人のメンバーが炎を解除している。
しかし、10人ほどは倒れてしまった。
「貴様ァ!一体なにをした!!」
◆
時間は少し遡る。
ナツキは普段から煙草を吸っているわけではない。
生活費にそこまで余裕がないので、煙草を買うくらいなら酒を買いたいと考えている。
懐に忍ばせた煙草は、嗜好品ではなく、楽に戦闘に勝利するためのキーアイテムである。
ナツキは煙草に火をつけたあと、体内に取り入れた煙に魔力をこめる。
煙には、攻撃魔法を詠唱したら燃え上がる魔法式を書き込んだ。
それを吐き出して辺りに漂わせておいた。
攻撃魔法として吐き出していたら魔力感知に引っかかるだろう。
罠発動型の煙なら、感知能力に特化した魔法使いがいるか、自分のような眼を持っていない限り見破れない。見破られたら、そいつが補助魔法に特化した魔法使いの可能性がある。
移動速度を強化している補助魔法使いをあぶりだし、撃破することが優先事項だ。
罠が成功しても、看破されても、自分にとって都合の良い展開にしておく。
…
……
(さァて、たどり着いたようだな。率いているのはグランドロッドのジェネラルか。レオより位は下だが、幹部が追ってきたようだ)
とりあえず、補助魔法の使い手は見極めたいところだ。そいつさえ倒しておけば、全員をやっつけなくても逃げられるだろう。
スキル賢眼を発動させながら観察をする。
(ふむ…魔力属性は…。これは驚いた。なんだよ。14人中10人が炎属性か。残りは氷属性だ。どれだけ攻撃に特化したチームなんだよ。この中に優れた補助魔法の使い手はいなさそうだ)
何手かに分かれて探していたのだろう。サイエフの森は広いから、そう考えるのが妥当である。それなら、こいつらは全員無視してもいいところだが…
「聞いときたいことがあるんだ」
……
…
ボカァン
「うわああああああ」
自滅してくれてありがとう。何人、無事だろうか。
まぁ思ったよりは倒せた。しかし、全員攻撃が直接的だなぁ。どんだけ脳筋なんだよ。氷魔法で相殺するか、魔法解除するってスマートな方法をとるかと思っていたのに。
どうやら魔法の扱いは繊細さに欠けるが、魔力量に相当の自信も持っている。
実際に髭の男の魔力量は大したもんだ。
こういった脳筋にはそれなりの対応策がある。魔法の撃ち合いを続けると、1対5だ。時間と体力の無駄はしたくない。
それに攻撃魔法特化チームと、泥仕合を展開したら、別働隊がいつくるとも限らない。
「貴様ァ!一体なにをした!!」
こちらの質問には答えないのに、俺には聞くのかい!
まったく…自分勝手な奴は少しその場で反省していなさい。
森のこの一帯はすでに自分のテリトリーだ。煙が逃げて行かぬよう、わざわざ窪地となっている箇所に誘導した。
魔力を込めた煙はまだ漂っている。これを再利用させてもらう。
ナツキは新たな魔法式を展開し、煙に込めた魔力を活用する。
≪煙束縛≫
グランドロッドのメンバーの体を、煙が大蛇のように巻きついていく。
薄く漂っていた煙は立っている5人の体を目指して集中していった。
うっすらとしていた煙は、真夏の積乱雲のように濃くなる。
「なんじゃァ!これはッ」
アーロン達が驚いている。攻撃魔法で吹き飛ばすのを躊躇っているようだ。
さっき魔法を詠唱したら体が燃えたことで警戒しているのだろう。
5人は真綿を体に巻きつけたような状態となり、身動きがとれなくなった。
「その状態は数時間もしたら終わるから。じゃーねッ」
一言挨拶をして、その場を去った。
攻撃魔法一辺倒のこいつらなら、束縛が消えるまでたっぷりと足止めされてくれるだろう。
後ろから複数の怒りを含んだ咆哮が聞こえるが、気にしないのが1番だ。
「さて、バルの街へと行きますか」
あそこは飯がうまいから楽しみだ。
次話は明日更新します。
新しい出会いがもうすぐ。




