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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
14/208

13 薬屋の逃亡劇〜小休止〜



 「はぁ…はぁ…」


 森の中を一人の少年が疾走していた。

 年の頃は10代前半くらいだろうか。

 ぼさぼさの髪の毛は向かい風にあおられ、必死の形相でなにかから逃げている。


 ブィーン


 後方から、風を斬り裂く独特の羽音が複数。


 魔物キラービーの大群であった。その数は30匹をゆうに超える。



 「だあぁぁぁぁ!ちっくしょおお!」


 完全にしくじった。

 キラービー数体程度なら倒せる自信はあった。


 数刻前、三匹のキラービーと遭遇した。

 その時は魔力を使うのももったいないし、走って逃げればいいと考えた。


 その考えが甘かったと今は後悔しながら走っている。


 キラービーには、羽音で警戒音を発生させ、仲間を呼び寄せる習性があった。

 逃げている内に仲間が森中から集まってきてしまったのだ。いつのまにか凄まじい軍団となっている。

すでに自分が倒せる数ではなかった。


 もう体力ヘトヘト、息は切れ切れだ。


 毒をもらうことを覚悟して、闘うか…いや、ほぼ勝ち目はない。この地獄の鬼ごっこはいつまで続くのだろう――そんな心境で涙目となっていた。



 ≪炎連柱(ファイヤーストライク)


 少年の後方で轟音と共に炎の壁が辺りに広がった。

 緑深き森林は、一瞬で炎の海へと変わる。


 キラービーの大群が黒焦げとなって、死骸が散らばっていた。。


 そのことに安堵したのも束の間。次は焼死してしまうのではという不安が押し寄せてくる。しかし、こんな魔法を使うのは――


 ≪氷暴風(アイスストリーム)


 突如として、燃え盛る火炎全てを包み込む氷の暴風が吹き荒れる。

 巨大な炎と氷は相殺しあった。

 景色は大火事後の焼け野原のようだ。地面は黒く焦げ、所々から軽く煙がたっている。

 もはやキラービーのかけらも残っていなかった。


 振り向くと、長い杖を携えて白髪の女性が立っていた。


 「げッ…」


 その呻きに、少年の焦りがにじみ出ていた。


 白髪の魔法使いはゆっくりと近づいてくる。


 大きなため息を吐きながら言葉を発する。


 「――ナツキ!!」


 「師匠ごめ…」


 すかさず弁解しようとするナツキをさえぎって、間髪入れずに女性は一喝した。


 「肝心なときに魔力消費をケチると窮地に陥る、といつも言っているでしょう!」



 「でもよぉ。魔物がうろうろしている森で体力つけるために走り込めって言った師匠が悪いと思うんだけど…。魔法使いなら座学に集中させてくれよ」


 いっちょ前に理屈をこねるナツキ。しかし師匠にそれが通じるはずもなかった。


 「魔法しか見ない魔法使いは、魔法も見えなくなると教えたでしょう。それに基礎体力の低い魔法使いは、すぐに殺されてしまいますよ」

 「ちぇっ…」

 「さぁ、走り込みの続きをやってね」

 「まじかよ!ババァ…」


 「今、なんて言いましたか?」


 少ししわの刻まれた口元は穏やかな笑みを浮かべているが、目が笑っていない。こうなると後が怖い。


 ナツキは慌てて走りだした。


 (なんだよ。師匠こっそりついてきやがったのか。性格悪いぜ…)


 師匠の名はジョナ。

 腰まで届こうかという長い白髪で、右手には常に魔石の入った木製の長杖を持っている。ナツキは物心ついた頃からジョナに育てられていた。


 “賢者”の称号を持つ魔法使いである。

 賢者とは炎・氷(水)・風・地属性の4魔法と、補助魔法、聖魔法を全て扱える者に贈られる魔法使いの上位称号である。


 年は老女と言っても差しつかえないくらいだろうが、不思議とすごく若々しく見える瞬間がたまにある。が、怖くて年齢を聞いたことは一度もない。


 無表情でも微笑みかけてきているような暖かい眼差しをしているが、修行の時は鬼も逃げ出すような恐ろしい表情にしか見えなかった


 以前は名乗っていた家名があるらしいが、捨てたとか。いまは山奥に小屋を建てて人里離れて隠遁生活を送っている。なんで賢者がこんな生活をしているのかと疑問にも思うが、ジョナはいつも過去のことは話したがらなかった。

 年齢的に親という雰囲気でもない。自分の出生は気になるところだが、なんだか聞き出せないでいた。


 「あなたは才能はあるのに手を抜こうとする悪癖がある。少しは他の2人を見習ってはどうなの」


 しつこいくらいに何度も注意してくる。


 サボっているんじゃない。より効率的な生き方を模索しているのだ。他の弟子は真面目かもしれないが、俺は平和主義者だから楽に生きたいんだ。屁理屈だと叱られるだけなので言わないけど。


 ナツキもたいがい子どもらしくない子どもであった。


 その後、数時間は走り込みをさせられた。


 本当はもう寝てしまいところだが、これから師匠と座学だ。


 文句を言ったら「座学に集中させろと言ったのはあなたでしょ」と不敵に笑いながら返されてしまった。


 (この笑顔苦手なんだよね…)



 中央平原の北に広がるロック山脈。

 宝石が採掘される岩石地帯には多くの冒険家がやってくる。しかし、大型の魔物や龍族が巣をつくっているため、その収集活動は命懸けだ。


 ロック山脈を抜けると、マンチェスの森と呼ばれる森林が広がっており、その森の中心地にある湖の畔に、小屋はたっていた。


 小屋の中ではまさに、ジョナによる魔法の講義が行われていた。長机には3人が腰掛けている。



 座っている3人は皆10歳になったばかりの魔法使い見習いたち。


 ジョナは微笑みながら言葉を向ける。


 「魔法と魔術の違いは?」


 「げッ…」


 嫌な顔をしながら声をあげたのはナツキであった。


 「先週学んだことですよ」


 「魔法は魔法式を使って奇跡を起こして、魔術は自分でなにかするやつだろ…」


 (はぁぁ…)


 ジョナは心のなかで何度目かのため息をついた。

 なんでこの子はこんなに適当なのだろう。3人の中では1番才能があるのに。


 「間違っていないですが、適当すぎますよ」


 一言注意して、正しく説明する。


 “―――魔法とは魔法式に魔力を込めることで外界にはたらきかけ、様々な自然現象を引き起こす。

 対して魔術は自分の魔力を直接別の性質のものへと変化させる。


 炎を生み出すという結果を作り出したい場合、魔法でも魔術でも可能だ。

 過程が異なるため、時と場合に応じて、どっちにも強みと弱みがある。


 例えば魔法式を用いた魔法では、天候が雨だった場合、炎魔法を発動させるのは困難となる。

 発動させることは可能だが、威力は著しく低くなってしまう。一方、氷魔法や水魔法なら威力も効果も増大する。


 一方魔術ならば、外界の影響をほぼ受けずに発動する。自分の魔力を直接使うので、己の持っている魔力量に比例した結果を生み出すことができる。魔法式を用いずに発動するために、瞬時に炎を作り出すことも可能だ。しかし、魔力が少なければ大した結果を生み出すことができない上に、魔力切れとなって戦闘不能となるのが早くなる。


 昔は魔法を中心に使うものを魔法使い、魔術を使うものを魔術師と呼んでいた。

 研究が進む中で2つを組み合わせて用いられることが増えてきたので、今では総じて「魔法使い」と呼ばれている。


 呼び方は統一されたが、人によって魔法と魔術の扱い方に得て・不得手があるので、どちらのやり方が自分に合っているのか理解しておくのが必要―――“


 先週の座学でこのことを学んだのであった。


 一頻り説明を終えると――


 「そうだった。悪い悪い。もうちょっと時間をくれたらちゃんと説明したさ」


 また、適当なことを言っている。


 「では、それ以外の魔法ではどんなものがあったかしら?」


 「…また俺が答えるのかよ」


 ナツキの左右にいる2人は沈黙してナツキを眺めている。


 「これも先週教えたでしょ?」


 「えっと…精霊魔法と神聖魔法…」


 あら、ちゃんと理解していたじゃない。


 「その通り。魔法・魔術との違いも説明してね」


 「申し訳ない。降参だよバ…師匠」


 この子…今なんて言いかけたのかしらね。

 まぁ、大目に見てあげましょう。


 「精霊魔法と神聖魔法は自分の魔力以外を使って奇跡を起こします。精神世界に自分の心をリンクさせ、精霊などの精神体から力を授けてもらうことを言います」


 リンクのさせ方は、祈り・契約・儀式など様々な方法があるが、本質は同じ。

 魔法・魔術に比べて、人外の力を使うために、生み出せる魔法の威力が桁違いになることが強みだ。

 一方で、精神世界に心をリンクさせている間、自分の体は無防備となってしまうことが弱みである。


 なお、傷を回復させる聖魔法は、神聖魔法に区分される。

 聖母神の加護をうけたものが、回復(キュア)復活(リザレクション)といった魔法を使うことができる。

 聖母神への信仰に応じて、上位魔法を扱えるようになっていく。


 精霊魔法・神聖魔法を使うものは、基本的に単独で戦闘を行わない。前衛に時間を稼いでもらい、後方から高威力の魔法を発動させることが基本となる。



 「ここからが今日の本題です。魔力の性質について学んでみましょう」


 ジョナは瞼を閉じ、右手を前方に突き出し、掌を上にむけながら魔力を集中させる。


 握り拳程度の、真珠の輝きをした魔力玉が浮きはじめた。


 「同じように魔力の玉を、魔法式を組まずに出してみて」


 ジョナの呼びかけに応じて、3人の弟子各々が魔力玉を作り出す。


 ジョナから見て左から順に――


 真紅の赤、雪景色のような白、月夜の空のような藍色の玉が並んでいる。



 「なんで人によって色が違うのですか?」


 弟子の1人が質問をする。


 「その色が、其々の魔力の性質を示しているからです」


 色の属性によって得意とする魔法が異なる。

 違う属性の魔法も使うことは可能。しかし、同程度の魔力を込めた魔法を撃ち合った場合、得意属性の魔法が上回る。この得意属性を理解しておくことは上位魔法使いになる上で不可欠だ。


 赤色は炎属性。もっとも攻撃的な属性で、戦闘において重宝される。エディン領では「有能色」などとも呼ばれていた。


 青色は氷属性。色が濃いものは氷魔法、水色に近い薄い色のものは水魔法がより扱いが得意となる。エディンの魔法学校では青系統の色は全て氷魔法だと教えているらしい。

 理由は、水魔法よりも氷魔法のほうが殺傷力が上だからである。そのため水魔法を使う人間は少数しかいない。


 緑色は風属性。他の属性色が混じっている者が多く、複合魔法を得意とする者が多い。


 茶色は地属性。自然界への影響をもっとも与える属性で、大魔法が強力となる。


 黄色は補助属性。拘束魔法による相手への行動制限、補助魔法による身体強化・武器強化などが得意。


 黒色は闇属性。人に呪いを与える魔法を得意とする。魔物はほぼこの色をしている。生まれてからこの色をしている人間はごく稀にしかいない。悪事を重ねて心が汚れていったり、悪魔との契約を交わしたりすると、闇属性に変わっていく。


 白色は無属性。得意魔法はないが、全属性の魔法を難なく使うことができる。


 ジョナが賢者の称号を得るまでは「無能力属性」と揶揄されていた。この属性の魔法使いは万人に1人程度しかいない、もっとも希少な属性である。歴史上大事件に関わる人物は不思議なことに、無属性の者が多かった。


 なお、以上の属性に含まれない「特殊属性」というものがある。


 特殊属性に決まった色はなく、雷魔法や重力魔法などの稀少な魔法を使えることに特化している。特殊属性の魔法使いは基本的に1つの魔法が突出して威力が高くなり、他の属性の魔法を扱うことが苦手となる。もちろん、炎属性の魔法使いが雷魔法を使うことも可能だが、威力は特殊属性の者と比べ物にないほど低くなる。



 ジョナの場合は魔力属性が薄い黄色のかかった白色のため、補助魔法のみ若干強くなるらしい。


 ナツキの色はジョナよりも白かった。完全な無属性である。


 「なんだよー、師匠と同じかよ…どうせなら別の色がよかった」


 不満を口にするナツキを見ながら微笑みかける。


 ナツキは目があった途端に視線をはずした。照れ隠しで言っているのが分かるので、ついつい微笑んでしまう。


 内心を見透かされているナツキは居心地が悪そうな表情をしていた。


 (この子は真面目に学べば私を超える素質があるのに…それもあってつい厳しくしちゃうのよね)


 静かな湖畔に立つこの小屋が、ナツキの過ごした家であり、学校であった。

次回、場面は現代の森へと戻ります。

明日アップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、賢者という師匠がいて教えてもらってたのね。 あと、他に一緒に教えて貰ってた弟子は2人いたけど、出てくるのかな?
[一言] ナツキの幼少期 このタイミングで語られる いいね ナツキのことがさらに理解できるし、ナツキが大好きになっていく。魔法の説明が凄くうまく描写されていて、筆者さんは魔法の国出身で…
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