11 盗人の葛藤⑥
ウィルソン邸の周りを囲む柵の外から、ミユは戦いの様子を凝視していた。
それは驚きの連続だった。
水分身5体を同時に動かすことも、水分身に魔法を使わせることも、分身を使って五星ギルドの魔法使いを倒すことも、自分には無理だからだ。
(まさかあいつは私より上位の水魔法使いだったのか?)
そんな疑問も浮かんだが、水以外の魔法も使っている。
しかし、薬屋が使いこなしている魔法の規模に比べて、感じ取れる魔力量は少ない。
明らかに抑えているとしか思えない。つまり、強さが未知数であった。
普通に考えたら五星ギルドのサブ・マスタークラスの魔法使いが目の前で攻撃をしかけてくるなど、絶望でしかない。ミユだったら分身を犠牲にして逃げる選択肢しかとらないだろう。
とにかくミユの理解を超える規格外の魔法使いだということは間違いない。
◆
戦闘はいよいよレオとナツキの対決だ。
一見するとレオの魔力の方が大きい。体を包むオーラは魔力感知を使っていなくても見えるほど濃くて大きい。
にもかかわらず、ナツキは終始口元に笑みを浮かべている。
なにをやらかすか分からない不気味ささえ漂わせている。
≪氷弾≫
≪氷連弾≫
レオが次々と攻撃をしかけてくる。
ナツキは「あらよッ」と言いながら回避した。
避ける、避ける、避けきれない時は魔法で相殺する。
相殺したと思ったら、今度はナツキ側が氷弾を連続で撃ちはじめた。
その玉は10発、20発…凄まじい数を繰り出した。
対してレオは最初の3発ほどは同じ氷弾で撃ち落としていたが、途中からは氷盾を纏った。
ナツキの弾は盾を貫通できず、白い煙とともに消えてしまった。
お互い魔法は強力だがヒットしない。
実力の底を探るような魔法合戦が続いている。
「うまく避けるな、ではこれはどうだ」
レオの足元に、巨大な魔法陣がうまれた。
≪雹撃≫
レオが魔法を唱えるとナツキの頭上に無数の氷の粒がうみだされる。
小さな粒は次第に塊と呼べるような大きさへ膨張していく。
本来はこの時点で氷の粒を相手の頭上に落とし続ける技なのだが、レオはさらに魔法式を展開して魔力を込める。
氷の塊はつらら状の鋭い形状へと変化した。
大きさも長さも巨大化し、大人の背丈の倍ほどになっている。
命中したら頭蓋骨を貫通してしまうだろう。
「こりゃしんどい」
口調とは裏腹に、その魔法を向けられている当人は笑っている。しんどいのは間違いないが、そんなものでは済まないだろう。
レオが手を振り下ろしたのを合図に、氷がいっせいにナツキへ降り注ぐ。
ドシーン!
巨大なつららが地面に突き刺さった。
一撃目を紙一重で回避した。しかし、どんどん降ってくる。
ドシーン
ドシーン
ドシーン…
◆
薬屋はなんとか全てを回避していた。
「発動させる方も、かわす方も化け物だ…」
ミユは小さく呟いた。
全てのつららが落ちた時に異変に気づく。
周囲はつららで囲まれていて、薬屋は動けない。
いや、一箇所標的のいる方向だけ誘うように空いていた。
そして、一本道となるようつららが地面に連なり刺さっている。
「大技こそ囮に使うものだ」
レオは勝利を確信しているようだ。絶体絶命である。
◆
「いやはや、お見それしたよ。やるねェ」
一方ナツキは置かれた状況に対して呑気としか思えないことを言っている。
レオはばかの相手は疲れるといった表情だ。しかし、手を緩めることはしなさそうだ。
「終わりだ!」
一言発して攻撃を繰り出す。
≪氷連弾≫
ナツキに向かって矢の形状となった氷が無数に真っ直ぐとんでいく。
しかし、それでもナツキの不敵な笑みは消えない。
「俺なら大技はトドメに使うね」
突如、ナツキの体の周りを巨大な魔力のオーラが覆う。
雪景色のような真っ白いオーラ。
魔力の量が多すぎて、ナツキを囲む氷にヒビが入る。
オーラを解放しただけで攻撃になるほどの量と密度。
明かにレオを上回る量であった。
レオもミユも、凍りつきながら様子を見ていたヘンリーとイーサンも驚愕する。
ナツキは右手を体の後ろに回し、右掌を広げて後ろ側に向けている。
身体中の魔力が右手に集中し、オーラが次第に白光から深紅へと変色していく。
血のような真紅の色と、夕焼けのようなオレンジ色が、星の煌きのように輝く。
ナツキは右肩から体を捻るように体を反転させ、右手を前方に突き出した。
≪炎連柱≫
ナツキの右手から巨大な炎が現れる。
その炎は、レオの作り出したつららの高さの倍ほどまでに燃え上り、
レオ自らが作り出した通路を走るように直進する。
炎が燃えながら走り抜ける音が唸るように鳴り響き、レオの氷連弾を消し飛ばす。
威力、速さ、性質、どれをとってもレオの魔法をはるかに凌いでいた。
「くッ…」
レオは手を顔の前でクロスさせて、防御体勢をとった。
炎はそのままレオの全身を包み込み、はるか後方、屋敷の一角まで突き抜けるように進んでいった。
屋敷の庭には、さっきまで真冬の雪国と見紛うほどの氷が降り注いでいた。
しかし、気づけば、その氷はすでに溶けている。
今度は真夏と勘違いしてしまうような煮えたぎるような暑さとなっていた。
◆
「怪物だ…。なぜあんな奴が薬屋なんだ」
ミユの疑問が口をついて出る。
炎が消えると、そこには黒く焦げたレオが立っていた。
防御魔法を展開させていたようだが、致命的なダメージを受けているのは明らかだった。
五星ギルドのサブ・マスターは、白目を剥きながらそのまま地面に倒れ込んだ。
あの男の作り出した炎の熱によって、体を氷で拘束されていた他の部下たちも動けるようになっている。
しかし、もはや物理的にではなく、恐怖から、身も心も凍りついている。すでに闘う意思は折れているようだった。
サブ・マスターが倒されるなど、予想外だったのだろう。しかも一撃で。
なぜ、1人の盗人がこれだけの力を…といった表情で震えている。
ウィルソン侯爵だけが「なにをしている!さっさと捕まえろ」と言っていた。
その声はヘンリーとイーサンの心まで届かない。耳では聞こえているが、頭に入ってこないのだ。
ミユは心底同情した。
(私も敵対する立場だったら、この暑さでも震えるしかできなかっただろうな)
その場にいるもの全ての視線が薬屋に注がれる。
「おいおい。さっさと手当てしないと、そいつ死んでしまうぞ。拘束はもう解けたろ」
「ぇ…」
「ぁ…」
2人の口から絞り出されるようにやっと言葉が出た。
「さァて、この鍵は俺のものだ。俺は町を去るから、今後デールをいくら捜査しても無駄だ。じゃーなー」
あまりにもあっけなく、薬屋は去った。
グランドロッドの2人は足が凍りついたように動かない。
逃げられたことに焦るよりも、見逃してくれたことに安堵した表情を浮かべている。
ウィルソン侯爵の怒り狂う声だけが響き渡っていた。
そんな中、ミユだけが走り去る男を追いかけて、動き出した。
◆
デールの東門から数百メートル南側。
石壁を登ってナツキはデールの町を出た。
デールを統治する貴族の庭で暴れまわったのだ。ガーディアンが警護する東門からは簡単に出ることはできないだろう。それなら、こっそりと出て行くほうが楽だ。
久々に旅人に戻ることにナツキの心が高揚する。
デールの町を東に出ると、“中央平原”と呼ばれるなだらかな平原が広がっている。
ナツキは気ままに、中央平原の南東方向へと歩みを進めた。
(“芸術の中心地”と言うだけあって、綺麗な町だった。しかし、その内実は支配者が民を平気で虐げる、反吐の出るようなところだった)
ナツキはエディン領を旅して回ってきたが、もっとも長期間滞在した町だった。
楽しい思い出や、貴重な出会いもたくさんあったが、そこでの生活を振り返ってみて、なんとも言えぬ怒りがこみ上げてきた。
「待ちなさい」
後方から声がする。
もちろん、あの娘だ。
「おぉー、誰かと思えば元青眼さんじゃないですか」
茶化した口調で返事をしたら、その言い方にイラッとしたのか怒りの表情を浮かべている。
「勝手なことをしたこと、許さないから。それに私はミユという名がある」
嬉しいね。少しは信頼してくれたかな。
「そうかい。名乗ってくれてありがとう。2代目を拝命した直後で悪いが、盗人家業は廃業にさせてもらうがな」
ミユは不満そうに睨みつけてくる。
多分だけど、3日間逃げ回ったこともその怒りに含まれているだろう。
「なぜ私を助けたの」
ナツキは拍子抜けした。
てっきり愚痴を言われるかと思ったけど、そのことか。
理由は簡単だ。あの腐った町で共感できる人間と出会えたことが嬉しかったのだ。
「あんたの行動理由が俺と同じだったからな。やり方は間違っていると思ったが、思想を持って行動する人間には、それだけで敬意を持つさ」
「それだけ…?そんな理由で五星ギルドと敵対し、盗人として追われる道を選ぶなんて、頭がおかしいわよ」
(まァ理解されなくてもいい、俺だって、できれば指名手配犯になんてなりたくなかったわ。多分俺は世間一般の常識から外れた人間なんだろう)
「私に今後どうしろと言うの」
ナツキは眉を上げ、怪訝な表情をつくった。
「そんなの俺が決めることじゃない。好きにしたらいいさ」
「私から盗人家業を奪ったのはあなたよ!」
「別に盗んでばら撒くだけが人を救う道じゃないだろ。あの町にはまだ多くの問題が残ってる。なにができるのか考える時間も大切さ。俺も今、そんな時間を過ごしている」
そう言って、ナツキはその場を立ち去ろうとする。
「待て、あなたの名は?名乗りもせずに消える気か」
(おっと、いかん…また名乗っていなかったか)
てっきり言った気になっていた。
「ナツキ」
歩き出した肩越しに一言。それからはもう振り返らずに、その場から旅の一歩を重ねて行った。
「盗人の葛藤」を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回から旅と逃亡劇のはじまり。




