10 盗人の葛藤⑤
「さぁて、いよいよ今日だな」
青眼と別れてから3日後の朝、ナツキは欠伸と背伸びをしながら呟く。
彼女は必死になってナツキを探していたようだ。
おそらく探知系の能力で鍵の位置を探ろうとしていたと考えられる。探知能力持ちだというのは、下町の裏通りで話しかけてきたことからも明らかだ。
ナツキは自分の魔力で鍵の邪悪な気を封じ込んだ。これで、魔法やスキルによる探知で見つかることはない。
おまけに魔力感知を発動させて、青眼の接近に気づくたびに逃げ回っていたのだ。しかも自分の方が足が速いうえに、彼女は警察に目をつけられぬよう慎重に動いていた。これでは見つけることなどできるはずもない。
(ちょっと気の毒だったかな)
ナツキは相手に選択肢を与えておいたくせに、結局鍵を渡さない展開に仕上げたのだ。条件を示したが、こちらから会いにいくとは約束していない。召喚の鍵を返す気などさらさらない。
こんな危険なものは誰であっても渡せない。
人は弱い。そして虐げられる人間はいつ力を望んでもおかしくないのだ。その思いを悪いと思わないが、上位悪魔が召喚されたら五星ギルド幹部クラスの武力が必要になるだろう。
3日間も時間をつくったのは、自分が待たされた意趣返しだった。
自分でも意地悪だなと思う。思ったところで、この性格を変える気はないのだが。
(さて、約束は守らんとな。あとはあいつの代わりに青眼として名乗りを上げるだけだ)
ナツキは青眼のことが気に入っていたのだ。
出会って会話していた時に、こいつ嫌いじゃないな。牢獄にぶち込まれたり、処刑されるのはさけたい、と思った。
やり方は賛同できないが、彼女の行動と怒りの源泉が自分と同じだったことが嬉しかった。
あいつが今後盗人をやめるかは分からんが、自分のために盗むやつではない。俺の言ったことを理解できないのなら、悲しいことだが、それは仕方のないことだ。
あとは、この町で感じ続けた鬱憤を晴らす気持ちで、貴族にケンカを売って出ていくのもいいだろう。
ナツキはボロのローブを羽織ってウィルソン邸に向かった。
◆
「まだ見つからないのか」
ウィルソン侯爵の声が屋敷に響く。表情こそ冷静なものの、内心は怒りが渦巻いていた。盗られた召喚の鍵は簡単に手に入るものではない。
いつか鍵の力を行使して、さらに貴族の高位へとのし上がろうと考えていた。それなのに鍵を横からかっさらわれてしまった。万が一使用されて上位悪魔に攻められた場合、五星ギルドの精鋭が来ているとはいえ不安だ。
悪魔を退けたとしても、町に甚大な被害が出ることは火を見るより明らかだ。そんなことになったらデールの統治権を剥奪されてしまうかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。
ギリッ
歯軋りをしつつ、青眼の情報が上がってこないことに苛立っていた。
「あれを盗まれてしまったままでは、君たちの評価を下げざるをえないよ」
「面目次第もございません」
◆
レオは頭を下げつつ返事をした。
後ろにはヘンリーとイーサンが控えている。
必死になって調べてはいるが、1週間たった今でも見つけることができずにいる。
広いデールの町で特定の1人を見つけること自体大変なのだ。しかも相手は隠密に関しては上級者だ。青い眼の人間というわずかな手がかりでは見つけられないだろう。
考えたくないことだが、すでに町の外に逃げられているかもしれない。
「総力を尽くすことだ。見つからなかったら、どうなるかわかっているだろうね」
侯爵に高圧的に命じられて、レオも捜索に向かうことになった。
部屋を出て、玄関へ向かって歩く。
………
ロビーに到着した時、不思議な気配が漂っていることに気付いて、足を止める。
玄関扉の前に色眼鏡をした謎の男が立っていた。
背中には大きな樽を背負っている。
「おやおや、これはこれは、偉大なる五星ギルドの方々ではございませんか」
へらへらとした表情で言ってきた。なんだこいつは。
(何者だ?この家に無断で入るなど、牢獄にぶち込んでくれと言っているようなものだぞ)
レオは疑問に思って眺めていたら、後ろからついてきたイーサンが声をあげる。
「あ!あいつはあの夜、俺たちの邪魔をしたやつ!」
なんだと。あの火を起こしたやつか。あとから話を聞いて、青眼の仲間の可能性を考え、町で探させていたが、見つからなかった。
(しかし、なんで自分からやってきた?まぁいい、捕まえて聞けば済む話だ)
「貴様、自分からやってくるとはいい度胸だ。あの夜なにをしていたか尋問する。ついてきてもらおうか」
「そうですねー、あの日は月が綺麗だったから、気晴らしにここの屋敷にちょっくらきましたね。随分儲けさせてもらったので酒を飲んでましたよ」
いい加減な物言いだ。
(なにを言っているんだ…こいつはまさか青眼か?しかし、あの夜とは気配が違うように見えるが)
レオは困惑する。魔力感知を使った状態で青眼を直接見た。そのため目の前の男が同一人物だと確信が持てない。だいたい、長年逃げ続けた泥棒が自分からやってくるなど理解不能すぎた。
考えを巡らせているうちに――
「なにを騒いでいる?」
後ろからウィルソン侯爵も、騒ぎを聞きつけてやってきた。
「これはこれは、偉大なる侯爵様をお目にかかれるとは恐悦至極ですね」
心は毛ほどもこもっていない。
誰が聞いても馬鹿にしているようにしか見えなかった。
しかも――
「私はナツキというものです。青眼と言ったほうがよいでしょうか」
一同驚くしかなかった。偽名かもしれないが、自分から名乗るとは。しかも、長年正体不明だった青眼だとあっさり認めたのだ。
「こいつ!」
イーサンが叫んで今にも飛びかかりそうだ。
目の前のナツキと名乗った男は懐にゴソゴソと手を入れ出した。
「お探しのものはコイツでしょ」
頭上に掲げられた右手には、召喚の鍵が握られていた。
(!!!!)
「ひっ捕らえろ!」
ウィルソン侯爵が大きな叫び声で命じた。
直後、グランドロッドの3人で突進する。
ナツキと名乗った男が、背負っていた桶を地面に置いた。
≪水分身≫
水が樽の中から縦長のスライムのような形状をしながら出てくる。
水はウネウネと5つに分裂していく。
それぞれの水がナツキと同じ姿へと変化した。
(水分身!?やはりこいつが青眼か?)
水魔法を使う人間はめったにいない。
魔法学校では炎・氷・補助魔法、聖魔法、簡易な精霊召喚魔法しか教えていないためだ。それ以外の魔法を会得するには、その系統の魔法が使える師匠に弟子入りするか、魔法ギルドに所属したあとに覚える必要がある。
そんな水魔法を使える人物で、盗まれた鍵を持っているならば、本物の青眼と考えていいだろう。
レオはなにかがひっかかるものを感じつつも――
(気配が違うから戸惑ったが、俺が攻撃した奴もこいつの分身だった可能性があるな)
1つの結論を出して、目の前の男を捕縛することに集中する。
レオの考えが及ばないのは無理のない話なのだが、ナツキは1度ミユの水分身を目の前で見ていた。スキル賢眼によって、魔法式までまじまじと見ている。それを真似て自分で戦闘用の水分身を作り出したのであった。
≪風弾≫
≪氷弾≫≫
ヘンリーとイーサンが同時に魔法を放つ。
青眼と名乗った男は後方に跳びながら回避して屋敷の庭に出て行く。
3人が外に追いかけると、男と5体の分身が戦闘態勢をとっていた。
芸術の中心地デールで、もっとも広大な面積を誇るウィルソン邸内にて――――五星ギルドとナツキの戦闘が勃発した。
◆
一方、本物の青眼ことミユはイラついていた。もちろんあの得体のしれない薬屋のせいである。
(あの男、3日以内に返事をしろと言ったくせに、どこを探してもいないじゃない!)
まさか盗人の自分が、誰かを追いかける側になるとは思いもしなかった。
探索が得意だと自負していたのに、本気を出しても見つける事ができない。
下町は虱潰しに探した。しかし、気配さえ感じ取れない。
警備が厳重だから行きたくなかったが、中央通りから北側の通りであの男を探していた。急がないとあいつが青眼として名乗りをあげてしまう。
すでにこの時点では手遅れだったのだが、ミユは必死に探していた。
ドーン!!
大きな音が響き渡る。
ミユの周りにいた仕事をしている町民も手が止まり、ざわついている。
(何事?ウィルソン邸の方から爆音がした…まさか…)
ウィルソン家の方から住民が走ってくる。
「逃げろー!グランドロッドが戦闘をはじめた!」
(なんですって!?)
この厳重な警備で五星ギルド相手に騒ぎを起こすのは1人しか考えられない。すでに手遅れだったことに愕然としつつも、走る人の流れを逆走して屋敷の方へと向かう。
…
……
やっとの思いで人ごみをかき分け、正門にたどり着いた。
屋敷の広い庭で戦闘が起きている。
戦闘しているのはグランドロッドの3人。1人はあの厄介なサブ・マスターだ。
そして、相手は――
(!?)
驚いた。あの腹立たしい薬屋が6人いたのだ。
(信じられない。なんでアイツが水分身を使えるの)
真実は目の前で魔法を使って見せたからなのだが、1度見せただけで再現されてしまうなど、普通は考えられないものである。
(見つかるかもしれないけど、私は見届けないとね…)
◆
ナツキは笑っていた。
盗人が捕まるかもしれない状況で笑うなど変かもな。しかし、ウィルソン侯爵とグランドロッドの魔法使いが驚いた顔をしていたのが痛快だった。
青眼として認識されることには成功した。あとはここから逃げるだけ。
流石は五星ギルドというだけあって、魔力量は3人とも凄まじい。
「我の名はヘンリー!五星ギルド”グランドロッド”の名に懸けて、貴様を倒す!」
「名乗りを上げるとは律儀だねぇ。偉大なギルドの人と知り合えて嬉しいよ」
「抜かせ!」
ヘンリーは≪風刃≫を繰り出した。
風でつくり出した複数の刃。弧を描きながら一体の水分身をめがけて襲いかかる。
さすがと言ったところか。バラバラにされてしまったら魔法式が崩れて分身は体を維持できなくなるだろうな。
「私の名はイーサン!あの夜の借り、きっちり返させてもらう」
「おう。火消しを頑張ってくれてありがとうな」
額に青筋をうかべている。転ばせたことも含めて怒っているのだろう。
≪氷弾≫
青い氷属性の魔弾を撃ちまくっている。
これはまずい。
水分身に氷が弱点というのは織り込み済みか。炎魔法でも使ってくれたら楽だったのだが。
しかし、この2人は何とかなりそうだ。
魔力は多いが、魔法詠唱の速さは並だ。強いとは言え、ナツキの分身ならぎりぎり回避できる。
一方、サブ・マスターは流石だった。水分身に対して氷魔法を命中させている。すでに分身の1体は凍りつかされて撃破されてしまった。
「あんたは名乗らないの?」
「レオ・ロバーツ。俺から二度も逃げられると思うな」
鋭い眼光で、まるで射殺すかのようにこちらを睨みつけてきた。
分身二体と戦っているのに、まだ余力を残している。俺から不意打ちを喰らわないよう、魔力感知を広げながら戦闘しているな。こいつは闘い慣れている。
(まずは2人を行動不能にしますか)
分身の一体はヘンリーの風魔法による攻撃を潜りぬけ、裏拳を一撃入れる。
怯んだ隙に、回し蹴りをもう1発。
「この野郎!」と叫んでいる。タフさは大したものだ。
ヘンリーが蹴りをくらって体勢を崩しながらも魔法を詠唱する。
≪風刃≫
至近距離で風の刃が飛び交い、分身の体を斬り刻む。
分身はヘンリーの頭上方向に飛ばされながらバラバラとなり、水へと戻っていく。
「やったぞ」
ヘンリーが勝ち誇っている。
気を抜くのは早い。
ナツキはヘンリーの頭上方向に掌を向けた。
≪氷玉≫
掌から拳サイズの青い玉を飛ばす。
それはヘンリーの頭上に飛んだ分身体の飛散した水へと命中する。
命中した周りからキイィィィンと音をたてながら氷の球体がいくつも現れる。
氷の球体の真下にいたヘンリーはまともに水を浴びてしまった。
パキパキと体が凍りついていく。もう動くこともできないようだ。
「ばかなッ…ぐ…くそおぉぉぉ…」
叫ぶヘンリーは口元も凍りだし、段々と喋ることすらできなくなっていく。
氷玉を直接命中させたほうが倒すのは楽だ。しかし、ナツキは相手を殺すつもりはなかった。行動を封じるだけで十分である。そのために水分身を犠牲にしたのだった。
直後、イーサンと分身の決着もついた。
分身が一瞬の隙をついて、直接イーサンに抱きつく。
「やめろ!なにをする!」
今度は分身そのものが氷へと変化していく。
ヘンリー同様、全身が凍りついてしまった。
分身2体をつかって相手を無力化できるなら安い買い物だ。
(さて、あとは1人――)
ドシャァ…
崩れ落ちる音とともに、レオが闘っていた2体の分身を倒していた。
「どういうことだ?あの夜の分身より明らかに強い」
「ははは。今日は気合を入れてきましたから」
レオの疑問に対して適当に答えるナツキ。
一瞬苛立った表情を浮かべたが、すぐ冷静な顔つきに戻った。
「次はおまえだ」
レオがナツキに指を向ける。
(コイツだけは適当にあしらえないな…)




