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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第二部
106/208

104 ある青年の苦悩②

 「なんだテメェ」


 ヴァルツは眼の前のいかにも怪しい風体の男に対し、反感をもって返事をした。


 「そんな構えないでくれ。俺は薬屋だ」


 「薬屋だと。男のくせにか?」


 「男だからって、食べないと生きていけない。物売りをしても不思議じゃないだろ」


 理屈としてはそうかもしれない。


 だが、このドルトでは、男が行商をやっているなんて考えられないことだ。


 成人した男子が軍部か戦士ギルド以外に所属することなど稀だ。


 確かに大きな商いを営んでいる者の中には、男の経営者もいるが、そういった場合、接客をするのはほとんどが女である。探せと言われて見つける方が難しい。



 ――もしかして、よそ者か?


 困惑して立ち尽くしていると、男はつかつかと近寄ってきた。


 「これは刺し傷か。急所は外れているから、応急処置でも大丈夫そうだな」


 「おい、勝手に診察するな」


 「困ったときはお互い様だろ」


 まだ男を信用した訳ではないが、ヴァルツは懐に手を入れた。



 (しまった…財布を家に置いたままだ)


 思わず舌打ちが出て、家の方へと顔を向ける。


 ついさっき出ていけと言われたばかりで、のこのこと帰るわけにもいかない。


 思わず深いため息が出た。


 「金がないなら、無理しないでいい、懐に余裕が出たときに一杯奢ってくれたらいいさ」


 こちらの事情を察したように、薬屋がニッと笑いかけてきた。


 ヴァルツは驚いた。


 (こんな男がいるのか…本当に信用していいのか?)


 行商なんぞをやる男は例外無く“無能力”と差別される。


 このドルトに暮らす者なら、大なり小なり世間体を気にして、卑屈になったり心が荒んだりするものだ。


 しかし、この男には体面を気にするようでも、ましてや弱みに付け込んでやろうというわけでもなく、純粋に治療をすることだけを考えているようだ。


 「人の好意はありがたく貰っておけ」


 「見返りはなんだ?」


 「お前なァ、人を斜めに見るのはやめろ。俺が助けたいだけだ。金の請求なんてしないから安心しろ」


 ヴァルツは小さく頷くと、恐る恐る患部を見せることにした。


 薬屋は鞄の中から薬の入った瓶と包帯を取り出し、治療を開始した。



 「よし、これで完了だ。刃先が筋肉で止まっていたから、内臓は傷めていない。簡単に済んで良かったよ。あんた良い身体してるな」


 ナツキはけらけらと笑いながら、男に治療終了を告げた。


 「……礼を言う」


 男の顔には「半信半疑」と大きく書いてあるかのようだったが、頭を深く下げ、謝意を示してくれた。


 ナツキはこの一言を貰える、この商売が好きだった。


 「ところで、あんた。なんであんな傷を負っていたんだ?」


 この男の顔には、大きな引き攣れた古傷がある。


 爪で引き裂かれたような痕から察するに、魔物による攻撃をうけたのだろう。


 それ以外にも、体の至る所に細かい切傷があった。


 常日頃から戦いに身を投じている人間の体であった。

 かと言って、軍人といった雰囲気ではない。町のチンピラといったほうがしっくりくる。


 「それは――」


 男はごく手短に自分の身の上を明かした。


 名をヴァルツと言い、裏賭場の闘技場選手らしい。

 身体の様子は、それで合点がいった。


 驚いたのは連戦連勝を積み上げ、未だに無敗ということだ。

 体の傷についてはどうも多くを語りたがらないが、裏賭場の厄介ごとに巻き込まれたようだ。


 「ただでさえ、後ろ暗いところの連中の集まる世界だ。苦労は多いんだろうな」


 「あぁ…」


 ヴァルツは下唇を噛み締めている。よほど悔しかったようだ。


 「いよぉ、“傷物”くんじゃないか」


 横から声がした。

 目を向けると、軍服を着た3人の男がニタニタしながら近づいてくる。年はヴァルツと同じ頃だろうか。

 もみあげが濃くガタイのいい男、ひょろっと細長い体に鷲鼻が特徴的な男、そばかすとオールバックの金髪の男だ。



「お前ら…」


 ヴァルツが座りながら目を向ける。


 「そんなボロい装備の男と仲良くするほど落ちぶれたとは、ザマァないな」


 3人でゲラゲラと笑っている。


 (…どうも剣呑な空気だ。少なくとも友人などではなさそうだな)


 「黙れ。さっさと失せろ。この人には恩がある。悪く言うことは許さん」


 ヴァルツがギロリと3人を睨みつける。


 「あ?生意気さは相変わらずだな」

 「軍部での仕打ちが嫌で逃げた奴が偉そうな口をほざくな」


 もみあげ男を筆頭に近寄りながら暴言を吐いてくる。


 ヴァルツはスッと立ち上がり、睨みつけた。


 「ほう、俺たちとやる気か?」


 相手も喧嘩腰だ。


 「待て待て待て!」


 ナツキは慌てて間に入った。


 「退け」


 もみあげ男が睨みつけてきた。


 「いやいや、こいつはさっきまで怪我をしていて、治療したばかりなんだ。今は安静にしなきゃいかん」


 「はっはっは!ヴァルツ、お前、こんな男から治療を受けたのか。ヤミ医者かなにかか?いよいよ落ちたな」


 再び3人でゲラゲラと笑う。


 (なんだコイツら…下劣な奴らだな)


 ナツキは段々と怒りが湧いてくる。


 「お前ら、頼むから俺を怒らせるな」


 ナツキは強い眼差しで相手を見据えた。

 怒りが湧くたびに、胸の奥から何かが覗き込む感覚が襲ってくるのだ。


 「“無能力者”が、軍人にたてつくのか?これ以上邪魔するとタダじゃおかんぞ」

 「ぶちのめされたくなかったら消えろ」


 そばかす男が指をポキポキと鳴らし威圧してくる。


 「あのなぁ、治療した男に絡む奴がいたら止めるのなんて、当たり前だろ」


 気付くとヴァルツが、後ろから肩をつかんできた。


 「お…おい、いいから逃げろ」

 「いいや、逃げない。お前こそどっか行ったがよさそうだぞ。こいつらと喧嘩するなら後日にしとけ」

 「ははは!さすが“傷物”だ!」


 いい加減、こいつらの下品な笑いも聞き飽きてきた。


 「いや、まだお前の名前も聞いていない」


 ヴァルツがモゴモゴと言い返した。


 ――そう言えば名乗っていなかった。久しぶりすぎて忘れていた。


 ナツキが肩越しにヴァルツに目を向けていると、そばかすの男が突進してきた。


 「死ねェ、下郎!」


 ナツキは振り向きざまに裏拳を相手の顔に入れる。


 「グハッ」


 鼻が潰れ、鼻血が飛び出す。

 ナツキは裏拳を叩き込んだ勢いそのままに、回し蹴りも追加でお見舞いしてやった。


 そばかすの男はのけぞって後方へ吹き飛ぶ。


 ナツキはスタッと着地し、あらためてヴァルツへと向き直った。


 「――俺はナツキ。旅の薬屋さ」


 不敵に笑い、名乗った。


 「ナツキ…」


 ヴァルツが小さく復唱した。


 「キッサマァ!」


 仲間を倒されたことで、もみあげ男が激昂して突進してきた。


 スラリと剣を抜く。


 「おいおい、町の中で一般人相手に剣を抜くなよ」

 「命乞いをしても遅いぞ!」

 「死ねェ!」


 剣を振り上げて突進してきた。

 ナツキは左に跳び、一撃目を躱す。

 避けながら体を回転させ、首筋に手刀を当てた。


 「ぐッ…」


 手刀がきれいにきまり、もみあげ男は白目を剥きながら、その場で膝をつき、倒れた。

 残りのひょろい男が剣を横に薙ぎ払ってきた。


 「遅すぎる」


 ナツキは片手で剣を掴んだ。


 「バカな…」


 驚愕した表情を浮かべている。


 「貴様…何者だ!?」

 「さっき名乗ったの聞いていなかったのか?旅の薬屋だ」

 「嘘だ…ただの無能力者にこんな動きができるわけが…」


 エディンにいた頃から、薬屋と言っても信じて貰えなかった。

 商人を差別するこの国では、より一層信じられぬことのようだ。


 「ここにいるんだよな。じゃ、お前も仲良く寝んねしてな」


 ナツキは外から見えぬよう掌の内側に魔力を集中させる。

 身体強化で腕の筋力を強めた。


 バキンと剣がへし折れる。


 「んなッ!?」


 ひょろい男の心は剣とともに折れたようだ。


 「た…たのむ…見逃してくれ」


 情けないことに震えている。


 ナツキはその姿に呆れてしまった。


 「あのなぁ…自分が傷つく覚悟もないくせに剣なんて抜くなよ」


 尻餅をついて、顔を汗でびっしょりと濡らしている。


 ナツキは大きくため息を吐いた。


 「もういいから、倒れているこいつらを連れて行ってくれ」


 ほそ長い体で成人男性2人を苦労しながら肩に乗せ、よろよろと消えていった。

 周りでは住民がざわざわと目を向けてきている。


 「いかんな…」


 目立つのはよくない。

 今は行商人を装いつつ、内偵をしているのだった。


 「おい…お前…」


 ヴァルツが物言いたげに話しかけてくる。


 「話は後だ。一先ず、ここを離れよう」


 ナツキはスタコラとその場から逃げるように走った。


 「おい、待てって」


 ヴァルツが慌てて追いかけてくる。


 「おい、怪我しているんだから走るんじゃない」


 足を止めて注意をした。傷が開いてしまったら治療した甲斐がない。


 「いや…お前に頼みがある」

 「頼み?」


 ナツキは怪訝な顔を向けた。

 質問を返したのに、言いにくいことなのか、躊躇っている。


 「とりあえず、その辺の店に入って話そう」


 どんな話か不明だが、目立ちたくないので、ヴァルツと一緒に近くの酒場へと移動した。




 ヴァルツはナツキという男に興味を持った。

 無償で人を治療した上に、軍属の男を一方的に蹴散らした。

 明らかにドルトでは常識破りな存在である。


 2人で酒場に入り、店の奥のカウンターに腰掛けた。


 ナツキは酒を注文し、品書きを渡してきた。


 「俺は遠慮する」

 「金ないなら気にするなよ。一杯くらいならご馳走するぞ」


 そういう問題ではない。

 ヴァルツは父が酒に溺れている。

 そのせいもあって、自分が酒を煽る気にはなれなかったのだ。


 「いや、水でいい」

 「飲めないのか?悪かったな。店主、水と、何かおすすめの肉料理を2人分くれ」

 「あいよー、イエットなんかおすすめだよ」

 「どんな料理なんだ?」

 「豚の腸詰だ。豚の内臓ときのこに、香草なんかも入れて炭火で炙ってある」

 「そいつは旨そうだ。それじゃ、イエット2つで」


 店主が返事をし、酒と水のグラスが2人の前に出された。

 肉を焼く音が店に響いて、食欲をそそる香りも漂ってきた。


 「酒も、昔は嫌いではなかったんだがな」

 「なんだ。事情でもあるのか?」


 ヴァルツは打ち明けるか迷ったが、父が酒浸りになり、母に暴力を振るっている話しを訥々とした。


 「それは依存症だな…なんでも取りすぎると体に毒だな」

 「あぁ…それで、俺はキレて親父を殴っちまった」

 「うへぇ、それはまた凄い話だな」

 「母が俺ではなく、暴力を振るう父を庇ったことがショックだったよ」


 ヴァルツは怒りを自分の中に流し込むように、水を一気に飲み干した。


 「辛かったな」

 「いや、すべては親の期待を裏切って軍を辞めた俺が悪いんだろう」


 ヴァルツは小さくため息を吐いた。


 「そんなわけないだろ」


 すぐさま否定される。父か母が悪いと言うのだろうか。


 「どう考えても世の中が悪い」


 ヴァルツは目を丸くした。

 予想を超える回答がきたのだ。


 「どういうことだよ」


 「お前の父が暴力を振るうことは許す必要ないが。息子が軍をクビになったんだ。荒れる気持ちもわかる。問題は、一度道を踏み外したら、差別され、生活できなくなるってことだろ」


 酒をぐびっと飲みながら、不思議なことを言う。


 ヴァルツは少しだけ気が楽になった。


 (こんな男がいるとはな)


 今やっと、ボロい装備で、ボサボサ頭のこの男を、心の底から信頼できると感じた。


 「で、話ってなんだよ」


 グラスを片手に本題を促した。


 ――言いにくい。このうえなく頼みづらい。でもこれしか方法がない…


 ヴァルツが言い淀んでいるうちに、ナツキは少しずつ酒を口にしている。


 「…俺の代わりに、裏闘技場で試合にでてくれ」


 ブーッ


 それまでの上機嫌な様子から一転、ナツキが酒を噴き出した。


 「はァ!?」


 素っ頓狂な叫びをあげている。


 「困るよー、お客さん」

 「あッ、すみません」


 叱りつけてきた店主に対し、ボリボリと頭を掻きながら謝っている。


 さて、どう説得したものか。

 ヴァルツの胸中をさまざまな思惑が去来した。

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