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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第二部
105/208

103 ある青年の苦悩①

「もういっそのこと死んだ方が楽かもな」


 青年の口から、ぽつり、と弱音が漏れ出た。

 その言葉は死にたいから言ったのではない。生きるために吐いたのだ。

 つらい現状に対して、愚痴を吐くという抵抗。


 青年の名は、ヴァルツといった。

 ヴァルツは、自分の半生を振り返りながら考えた。


 ヴァルツが生まれたのは武装国家ドルトの王都。

 男尊女卑の風潮が強いせいもあり、男として生を得て、親はとにかく喜んだ。

 裕福とまでは言えないが、収入は比較的安定した平凡で平穏な家庭だった。


 ヴァルツは心身ともに健康に、すくすくと成長した。

 体格は同世代の平均より少し高い程度。

 自分で言うのもなんだが、運動神経は抜群で、ベルクの軍学校の成績は、座学以外は全て上位だった。


 15歳の頃には、士官学校へ進学し、軍属となる。

 この年の首席こそ逃したものの、幹部候補生としての未来は約束されたものだと考えた。

 実際、軍事訓練の成果はいつも上位だった。

 そのことを、親は近所に自慢して触れ回ったし、ヴァルツ自身も誇らしかった。


 しかし、そこに転機が訪れる。


 あるとき、王都の南部にある“カゲェの洞窟”から魔物の大群が襲ってきた。

 ヴァルツは士官候補生として、魔物の掃討作戦に参加することとなる。


 洞窟に向かう道中で、戦果を上げて出世をするのだと息巻いていた。


 残念なことにそれは叶わなかった。

 ヴァルツはその掃討作戦で、大怪我を負ってしまったのである。


 手足を複雑骨折し、全治2カ月の治療が必要であった。

 顔には大きな傷痕を残すこととなった。


 元々、他の士官候補生から妬まれることが多かっただけに、自分が士官候補の争いから離脱することを密かに喜んでいるやつもいただろう。

 怪我から復帰した後の生活は悲惨であった。


 軍に復帰するための訓練を受けることにはなったが、思ったよりも怪我の後遺症が大きかったため、走ることも簡単にはできなかった。

 ドルトは徹底した実力主義である。五体満足とは言えないような者にどういう仕打ちが待っているかは言うまでもない。


 ヴァルツは周りから“無能力者”と言われるようになり、執拗ないじめがはじまった。


 いつしか、顔に負った傷を理由に“傷者(スカー)”ヴァルツと呼ばれるようになる。

 やっとの思いで戻っては見たものの、思わしい成績を上げられるはずもない。


 ヴァルツは士官学校を去った。


 その後の生活はさらに辛酸を嘗めることとなった。


 息子の将来に胸を躍らせていた家族は、その未来が断たれたことに絶望した。

 両親の会話が家から消え、いつも笑顔だった母は、しかめっ面しか見せなくなった。

 父は酒に溺れた。

 どこにそんな金があるのか、家に帰ってくる頃には泥酔が当たり前。近所中に迷惑をかけ、あらゆる酒場で喧嘩騒動を起こし出入り禁止になった。喧嘩の理由はほとんどがヴァルツを揶揄されたことに起因していたので、文句も言えない。


 そうこうしているうちに父は仕事をクビになり、家の収入は途絶え、父も母も荒れた。


 ヴァルツは同時期に、酒場の裏賭場へと足を運ぶようになる。

 カード、サイコロなどのギャンブルに片足を突っ込んだ。


 賭場では“裏武闘”と呼ばれる試合形式のギャンブルがもっとも人気であった。

 小舞台の四方に杭を立て、ローブを張り、そこが即席のコロシアムだ。

 周りには酒を片手にもった観客が沸き立つ。

 金を増やしたい、血を見たい、それぞれの歪んだ思惑が行き交い、悪罵が投げ交わされる。


 この裏武闘にヴァルツは選手として参加することにした。


 士官学校を去った後、ずいぶんと体は動くようになったので、そろそろ体を動かしたいと考えていたところだった。

 仕事もない、軍には戻れない、行き場のない思いだけが膨れあがっていった。

 ファイトマネーが入ってくれば、少しは家庭の助けになるので丁度よかったとも言える。


 ヴァルツは顔の傷を隠すために、マスクを被って試合に出ることになる。


 裏武闘士としての通称は“狂気面(ルナティックマスク)”。


 元々軍部で成績優秀だったヴァルツは勝ち続けた。


 すでに裏武闘に闘士として登録してから2年ほどが経過した。

 “狂気面(ルナティックマスク)”の負ける姿を見たいと、裏社会のチンピラが次から次へと挑戦してきた。


 2年間でこなした試合数は18、勝利数も18。

 無敗だった。

 しかも、判定に持ち込まれることもなく、すべて時間内に相手を倒していた。


 


 ヴァルツは着実に闘士として名を挙げて、裏賭場では「“狂気面(ルナティックマスク)”に賭ければ絶対に儲かる」と言わしめるほどとなった。


 次の19試合目まであと数日。

 

 ヴァルツは裏賭場の経営者から呼び出しをうけた。

 “夕刻に店の裏にきてくれ”とだけ書いた走り書きである。


 ヴァルツは試合に関する打ち合わせでもあるのだろうかと、軽い気持ちで店に向かったが、その考えは甘かったと知ることになった。


 店の裏路地に赴き、店主と会話をする。


 「いよぉ、“狂気面(ルナティックマスク)”よくきてくれた」

 「用件はなんですか」

 「なぁに、難しい話じゃない。次の試合、負けてくれないか?」


 

 まさか八百長を提案されることになろうとは。ヴァルツは驚いた。


 「もちろん、単に負けろというわけじゃねぇ。代わりにファイトマネーは弾むぜ」


 「話になりませんね。自分は精一杯やる」


 ヴァルツはきっぱりと断った。

 裏賭場での仕事とは言え、やりがいも感じ始めていた。

 表舞台から去ったが、活躍できる場を勝ち取ったのだ。

 誰にも文句は言わせない。

 ヴァルツは自分を負かしたいのであれば、然るべき相手を用意すればいいだけだと考えた。


 「やっぱり、そう言うと思ったよ」

 「なんだって?」


 ヴァルツが疑問を口にした途端、店主の口元がニヤリと笑う。


 ザシュッ


 背中から斬音とともに、血飛沫が上がった。

 不意打ちで背中をナイフで刺されてしまった。


 「悪いな。顔以外に傷をつくっちまって。ぎゃーっはっは!」

 「きっさま…」

 「おぉっと、その傷で動くのは不味いぞ。急所を外したとは言え、試合を控えているんだからな」

 「この状態で試合だとッ!?」

 「逃げたければ逃げればいい。お前はマスクを被っているから日常は安泰さ。まァ、リングネームは腰抜けの悪評は立つだろうけどな」


 店主が高笑いをしながら去っていった。

 自分が勝ち続けることで、胴元の収益に影響が出ていた。

 八百長に乗り、子分にならないのであれば、始末すると言うのか。

 

 ヴァルツは奥歯をギリッと鳴らし、よろよろと立ち上がった。

 歩くたびに血がポタポタと垂れていたが、なんとか家にたどり着くことができた。


 帰宅すると、母が心配してかけよってきた。

 なにがあったのか、しつこく聞かれたが、濁した。

 

 母はぶつぶつと小言を言いながらも、手当の準備を用意してくれた。


 早速包帯を巻こうとした途端、家の扉がバンと乱暴に開いた。


 顔を真っ赤にした酒臭い父だった。


 家に入るなり、ヴァルツの体をマジマジと見てくる。


 「なんだコレはッ?」

 

 父はテーブルに乗せた包帯を手にとった。


 「渡してください。それはこの子の手当てをするために出したんです」


 「なんだって!?怪我をしたのか!うちには治療費なんてあると思っているのか!」


 ヴァルツの稼いだ金のほとんどは、父が酒に変えてしまっていた。

 家に金がないのはむしろ父の責任である。

 しかし、ヴァルツか母がなにかを消費するたびに、「うちには金がないんだ」「育ててやったのに」と罵ってくる。


 「あなた…言いたいことはあるでしょうけど、まずはこの子の治療を――」


 バチンッ


 発言途中の母の体が横に飛んだ。

 父が横面を張り飛ばしたのだ。


 「女のくせに意見するな!」


 父は膝をついている母を殴りはじめた。


 平手で左右に叩き、バチン、バチンと音が鳴り響く。

 母は悲鳴をあげつつも、文句言わずに平手をうけていた。


 ヴァルツの中で何かが弾ける。


 ボコッ


 父の体がくの字に曲がった。

 ヴァルツの右拳が腹に入った。


 「ぐふッ…」


 父の口から臭い汁が飛び出す。

 ヴァルツは母を殴った数だけ父に拳を入れた。


 「やめなさい!やめてェ!」


 母が背中から身体を掴み、静止してきた。


 ヴァルツは呆気にとられて父を殴るのをやめる。


 「お父さんを殴るなんてやめて…」

 「でも母さん…」

 

 母が睨んでくる。


 「出て行け!恩知らずが!」


 父親の濁声が家で響いた。


 ヴァルツは手当てもせぬまま、よろよろと家を出ていった。


 数分ほど足を進めただろうか。


 (一体、なにに怒ればいいのだ…?)


 答えの見えない疑問が脳内を循環する。

 

 「死んだ方がマシだ」


 虚しさと、向けようのない怒りに包まれる。


 「クッソがッ!」


 堪らず壁を殴り付けた。

 石壁がビシッと割れる音がする。


 物にあたっても仕方がないが、あたらずにはいられない気分であった。


 「どうした?」


 後方から声がした。


 ヴァルツは振り返る。


 そこには、不思議な見た目の男が立っていた。

 年齢は20歳前後だろうか。

 ぼろい安物にしか見えない革鎧。

 髪の毛はだらしなくボサボサで、左頬には湿布。

 夕陽の色に近い丸い色眼鏡。

 口元はへらへらと笑みを浮かべている。

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