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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第二部
104/208

102 新天地へ

 “ベルク”はゴディス島の最東にある武装国家ドルトの首都である。


 都市の東側は海に面している。

 東側には王城がそびえ立ち、海軍の船が城塞を行き来していた。


 都市内のほとんど全ての建物は赤レンガで造られている。

 夕陽が差し込む時間はベルク全体が紅く染まり、“この美しさに勝る都市なし”と言われるほどだ。


 西側には“銀朱門”と呼ばれる巨大な門が立っていた。

 ここから王城までは真っ直ぐに大通りが続いている。

 その通りを遮る施設はたった一つ。

 “闘技場”である。

 大都市ベルクのなかでも、最も人が集まる場となっている。


 ドルトでは成人男性の徴兵制度があり、肉体の頑強な男ほど褒め称えられる傾向にあった。

 闘技場は男たちが凌ぎを削る場である。

 人間同士の試合はもちろんのこと、魔物との戦闘、処刑など、毎日刺激的な催し物が絶えず開催されている。


 一方で、屈強な男ほど称賛される傾向は、負の側面を作り出した。


 肉体が弱い男は蔑まれ、女は“無能力者”と呼ばれてきた。

 軍事外の事柄――家事、商業、生産部門、その他雑事のほとんどを女が担っている。


 男尊女卑の風潮はドルト全土に遍く広がっているが、首都ではとくにその傾向が強かった。



 「焦っても仕方ないさ」


 ベルクの南地区では、敷布を地面に広げ、薬や雑貨を並べて、やるせない表情で呟く男が1人。

 革鎧に短剣を腰に装備し、穴の開いたマントを羽織っている。


 ナツキであった。


 シグマと別れてから早くも1ヶ月が経過した。


 次の行く先については迷ったが、ドルト領にいる。

 エディンを旅していたときの軽装とは違い、装備が戦士に寄せてあるのは、魔法使いが殆どいない国柄だからだ。

 ローブを装備し、魔法使いだと疑われたら、厄介ごとを引き寄せてしまうであろうことは想像に難くない。

 無用のトラブルを避けるのであれば、戦士の安装備を身に纏うのがよいのだ。


 今ははっきりとした仲間集めという目的がある。

 まだぼんやりとではあるが、ナツキとシグマの体制変革の構想の方向性は、一定の一致を見た。

 少数精鋭による武力蜂起ではなく、民衆を巻き込んだ大規模な戦いをゴディス島で起こすのだ。


 一体どれほど集めればよいのかわからないが、一年という期限を決めた。

 天の星が巡り、また同じ位置に昇るころにはロックベルにいなくてはいけない。


 可能な限り頑張るつもりではあるが、自信はなかった。

 だいたい、ナツキは今まで特定の町に腰を落ち着けて、社会生活を送るというまともな経験がなかった。

 人里離れて生きてきたのだ。師匠の元から自立した後も、勝手気ままに1人で生きてきた。

 どうやったら仲間を増やせるかなんて、模索したことすらはじめてだ。近頃は複数の人間と行動を共にすることが多くなったが、全て勝手についてきたようなものだ。なぜかついてきた連中は、「お前ならやれる」と口をそろえて無責任なことを抜かしていた。


 期待されるのは嬉しいものの、なにをしていいか分からないナツキであった。


 時間が限られているなか、悩んでいても仕方ないので、他の目的を達成しようと動きはじめた。

 やるべきはドルトの政権中枢への潜入と、傭兵集団“紅”の捜索である。

 エディンと比べると、ドルトは機密事項を文書でしっかり残しているらしい。その分、警備は厳重だ。ここから必要な情報を盗み出したい。


 “紅”の捜索については、ナツキとしてはどっちでもよいと考えていた。


 「焦っても仕方ないのは同意ですね。優雅に生きなくては」


 ナツキのぼやきに応えたのは、いつでもどこでも、全身真っ白なタキシードという出で立ちで浮きまくっている男。

 斜め後ろから片手を額に乗せ、変なポーズで返事をしている、“紅”の構成員の一人、ファウストであった。


 こいつがいるのもあって、“紅”の捜索も旅の目的の一つに上っているのだ。


 タキシード姿を変える気はないらしく、悪目立ちしている。

 こいつが探索部隊と言うのだから、苦笑いするしかない。


 口を開けば、“優雅”ということばかり。

 完全夜型の体質のため、昼間の行動の能率は恐ろしいほど低く、言動がうざったいだけの存在と化している。

 ナツキはついつい半眼をむけてしまう。


 「そんな顔なさらずに。今は2人旅なのですから、楽しくいきましょう」


 満面の笑みを浮かべてくるファウスト。


 ――そう、今は頭の痛いことにファウストと2人旅だ。


 ずっと一緒に旅を続けてきたパーティの一人、水魔法使いのミユには別の仕事を任せている。


 魔法国家エディンの王都、タペルの情勢調査である。

 “芸術の町”デールから、貧民が大量に強制動員され、奴隷のように働かされているらしい。いずれ、民衆が決起した際は、タペルは動乱の中心地になるだろう。

 内情を掴みもせずに向かうなど、自殺行為だ。


 そういうことであれば、隠密行動に長けた、信頼のおける人物に調査してもらうのが1番だ。

 勝手に旅についてきたミユが引き受けてくれるか不安だったが、二つ返事で了承してくれた。

 彼女も自分のやるべきことが見えたようで、なんだか顔には活気があった。

 振り向きざまに、ニカッと笑顔を向けながら颯爽と旅立っていった。ナツキはその姿を回想した。


 このひと月ほど、ナツキの体内には、いくつかの変化が生まれていた。


 魔王と精霊を同時に宿す、という前代未聞のできごとが、この体を内側から大きく変えていっているようだ。

 目を瞑っていると、なんだか暗い部屋に1人でいるようなビジョンが浮かんできた。


 その部屋には仰々しい扉が一つある。

 “時の精霊(クロノス)”の名と、“賢者”ジョナの名が連名で刻まれている。

 これは師匠ジョナが最後に発動させた魔法の影響だろう。


 扉の奥からは禍々しい邪悪な魔力が、わずかに漏れ出てくるような感覚があった。


 憤怒の感情をはらんだ強烈な魔力。

 油断すると、力に溺れてしまいそうになるほどだ。

 その魔力に意識を向けると、「怒れ…」「力を欲しろ」と語りかけてくるような感覚にしばしば陥った。


 自分の精神世界が、魔王の意識で支配されてしまうのではないかと不安になる。

 果たしてこの魔力に手を出していいのだろうか、そのとき自分は自分でいられるのか。

 ナツキは、これまでにない葛藤を抱えながら過ごしていた。


 相談しようにも誰に、なにを相談していいのかもわからない。

 堪らず、精神世界の扉に話しかけてみた。


 しかし、時の精霊は沈黙を守ったままだ。

 それは、精霊がナツキを認めていないからなのか、魔王を封じるのに精いっぱいで余力がないからなのか。


 外の世界でも、自分の内の世界でも、なにをしていいか分からず、思考が堂々巡りを繰り返す。


 「はぁー…」


 思わず、本日5回目の大きなため息を吐いた。


 「どうしました、急に。今日はとくに元気がないですね」

 「あ、すまんな。考え事していると憂鬱になるんだよ」

 「まったく分からないことでもありませんね」

 「…分かるのか?」

 「えぇ、この国をとりまく状況を思うと、嫌でもいろいろ考えざるを得ません」


 ナツキの思考とは少し外れていたが、ファウストの言ったことはよく分かった。

 今、店を広げている通りをすたすたと歩いて行くのは、男ばかり。

 その男たちを、商店の店員たちが呼び止めている。

 対する店員は女か子どものみであった。


 ベルクで行商を始めたばかりのころは、ジロジロと睨まれたものだ。

 男が店を広げるのがこの町では珍しいようだ。


 「性別で役割分業を徹底するなど、不合理の極み」

 「だよなぁ、人間のやれる選択肢を狭めるなんて、発展の可能性を潰している」

 「さすがナツキ様。その通りです。女だから、男だから、などと縛られた人生などに、優雅な喜びがありましょうか」

 「うぅむ…優雅さはよく分からんが、男尊女卑ってのは、俺には理解したくない思想だよ」


 ナツキは通りで堂々と店をひろげていた。


 “ベルクの常識”とやらで測ると、俺は余程の無能力者、ということにでもなるのだろう。

 向けられる眼差しはどれも、侮蔑や嘲笑の感情が込められていた。


 「あの人を見下す目は気分良いものではないですね」

 「偏見と無知から生み出される軽蔑なんぞ、いくらでも向けるがいいさ。こっちは生活費を稼がないと生きていけないんだから、仕方ない」


 割り切ってはいるが、気分の良いものではない。


 できれば、もっと気楽に生きたいのも事実。

 最近はもっぱら、昼間にナツキが生活費を稼ぎ、夕方にファウストと打ち合わせをする、夜にはナツキが休み、ファウストが諜報活動に動き出す、という毎日を送っていた。


 そういえば、もうすぐ夕陽が王都を照らす時間である。

 一皮むけば、民衆の差別や偏見が渦巻く都市とは言え、街並みが紅く輝くこの情景だけは何度見ても惚れ惚れする。


 「ん…?」


 ふいに、視界の端に気になるものが映った。


 「どうされましたか」

 「いや、あれ…」


 ナツキの視線の先には、よろよろと歩く男が1人。

 衣服に血がついている。

 おそらく本人のものだろう。


 「クッソがッ!」


 悪態をつきながら、壁をガンと拳で殴っている。

 周りの住民は、気味悪そうに遠巻きに見ていた。


 ――この町でも、面倒ごとに首をつっこむ羽目になりそうだ。


 ナツキは、やれやれと呟きながら、スッと立ち上がって男の方へと足を向けた。

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