101 波乱の旅へ
魔法によって作り出された異空間“盤外の間”に、再び複数の影が集った。
長机の両端に設置された椅子に座る男が2人。
片側の席にだけ佇む男が一人。立っているのは“紅蓮の狼”ブラッド・レイン。
ブラッドは、マンチェスの森で起きた戦闘を詳らかに報告した。
“賢邪”の死亡、魔王召喚、その魔王がナツキという男に封じられたこと、そして、イザベラを自分の力として取り込んだことなど、全ての経過を。
「救いようがないな」
「…なんと言っていいやら」
エディンとドルトの国王は口々に苦言を呈した。
「ははは。流石に今回は俺も肝を冷やした」
ブラッド・レインはすっかりいつもの調子を取り戻し、軽薄にも思えるほどの気楽さで返事をした。
「長年追っていた“賢邪”が始末できたのは朗報ではあるな」
「唯一、光明が見える点はそこのみだな」
「うむ、成果に対し、代償が大きすぎたのではないか」
ベルクとタペルの厳しい視線が、ブラッドへギロリ、と向けられた。
「まさか、弟子がいたとはな。これは新たなイレギュラーになりかねんぞ」
「むしろ、すでに成っていると考えた方がよさそうだ」
「判明しているだけでも2名いるではないか。しかも、1人は王軍団長とは」
「居所が判明しているのならば、すぐに始末するのがよかろう」
ベルクが机に肘を突きながら、提案する。
「まて、ベルク。エディンは混乱の渦中だ。五星体制と“漆黒の獅子”を失った後だ。“紺碧の鷹”まで消すのは容易くはないぞ」
「ふん。貴様らの失策は知ったことではない。自分の尻は自分で拭うのだ」
タペルが片手でこめかみを押さえ、肩越しに睨んできた。
「ブラッド、どうするつもりだ」
「ははは。シグマについては仰るとおりすぐには消せないでしょう。なにせ、あいつは内乱鎮圧のシンボルとなっている。復興が済むまでは、愚民どもを押さえつけなくてはいけないでしょうからね」
「チッ、なんということだ」
「まァ、事が済めば、すぐに殺しますよ」
ブラッドはニヤリと笑う。
ブラッドにとってみれば、シグマとナツキの存在は想定の範囲内だ。
いつか、厄介な存在になる予感もしていた。
むしろシグマについては不明だった素性が判明し、問題が掌握できたことにより対処しやすくなったとまで考えていた。
国王にとってみたら、有力な手駒の1つが、厄介なイレギュラーに転化したと見えるのだろう。
「報告を聞く限りでは、件の2名がイレギュラーになるのは、時間の問題だったともとれるな」
「さすが、ベルク様ですね」
「抜かせ。貴様の怠慢が、事態を深刻化させているぞ。イザベラを殺した件は、誹りを免れんぞ」
ベルクの言葉には怒気がこもっていた。
「まさか、スミス家の血筋がこのような形で途絶えるとはな。あの家は、価値ある研究を続けていただけに、惜しいことをした」
「研究が滞れば、アディスになにを言われるかわかったものではないぞ」
「それについては考えている事がありますよ」
「…申してみよ」
ブラッドの口角が上を向く。
「五星の権限を剥奪して落ちぶれている、ノスタルジアに任せるのです」
ブラッドの提案を受け、タペルは暫し考え込んでいるようだ。
「確かに、エディンではかのギルドがもっとも魔法研究は進んでいるな」
「その通りです」
「しかし、あそこは愚民出身が多いぞ。反逆の意思が育つとも限らん」
「そうなったら、消せばいいだけのこと。その時は俺が責任をとります」
「…その言葉、忘れるなよ」
これで、魔法研究については問題ない。
後ほど、チェルシーを呼び出し、命ずればいいだけだ。
「して、最大の問題についてはどうする。魔王サタンが現世にいるとなれば、全軍を持ってしても対処できるか不明だぞ」
ベルクの言う通りである。
魔界に7柱存在する魔王たちには各々特徴がある。
サタンの特性は“憤怒”。
もっとも戦闘に長けた、魔界でも“最強”と言われる魔王であった。
召喚後、精神体のままであれば問題ない。
魔力が切れたら自動的に消滅する。
しかし、今は受肉を果たしてしまった。
器となっているナツキが滅びぬ限り、いつまでも現世に留まり続ける。
「最大に厄介なのはその点だな。魔王を取り込んだだけならまだしも、件の者は国家に対して明確に、反逆の意思を持っているであろう」
場に沈黙が舞い降りた。
「…“クラッシャー”が現れたと見たほうがよさそうだ」
ベルクは歯噛みした。
「イレギュラーの上位など、定義だけつくっておったが、まさか現れるとはな」
「こうなっては“遊戯”と言っている場合ではない。全力で排除するべきだ」
魔王を身に宿すナツキの対応をめぐり、国王二人が意見を交わし合う。
アプローチに多少の差異はあるが、結論は早急にナツキを排除することであった。
「仰る通りですが、これはチャンスでもあります」
ブラッドは意味深に笑う。
「なんだと?」
「この事態を、我らの“真の目的”達成の可能性を新たに生んだ好機と捉えたらいかがでしょうか」
ブラッドの言葉を受け、二人の国王が顔を見合わせた。
「…なるほど。抱き込むか、従わせる事ができれば、この盤上遊戯も終わりにできるだろうな」
「簡単に言ってくれるな。対抗手段はどうする。ドルトの“核”はすでに手元を離れておるぞ」
「確かに、現状の“核”は漆黒を取り込んだとは言え、どこまで通用するか未知数」
「くくく。2つの作戦を同時に進めていただきたい」
ブラッドはしかめっ面の王たちに提案を述べた。
1つ目の提案は早急にナツキを捕縛することである。
ナツキは魔王を封印したとは言え、それを御し切れていない。
捉えるのであれば、今を置いて他にはない。
「ふむ…。魔王が再召喚される恐れもあるが、そうも言ってられんな」
「後ほど、策を練るとしよう。で、もう1つはなんだ?」
ブラッドはギュッと握りしめた拳を開き、掌を一瞬見つめた。
「くくく。それは、俺の“傲慢”を解き放てばいい」
ブラッドの提案を聞いた二人は目を剥いている。
「正気か貴様。600年の歴史で、何度失敗してきたと思っている」
「脳まで傲慢にやられたか?御しきれるはずもなかろう」
2人の王はどちらも慎重論を唱えた。
ブラッドも当然予想していた反応なだけに、慌てることはない。
「今のままならそうでしょう。せいぜい、半分を放つのが限界です。しかし、それを突破する道筋を、“賢邪”が残しました」
「――“時の精霊”か」
「その通りです」
「次から次に愚かなことを抜かす。時の精霊など、深海で硝子玉を見つけ出すよりも困難だぞ」
「えぇ、存じております。上位精霊を従えられないのならば、別の方法をとればよいだけのこと」
「別の方法とは?」
「すでに、イザベラを取り込んだことで、魂を複数体内に取り込むことが可能となりました。その力が増せば、魔王とて、この身に宿すことができましょう」
ブラッドが邪悪に微笑む。
「…対価はどれだけかかる?」
「まだわかりませんが、手始めに、上級魔法使いを日に3人ずつ喰ってみようかと思います」
ブラッドは体内に悪魔の力を封印している。
その封印式の維持だけで、日毎に一人の魂を献上しなくてはならない。
さらに力を引き出すのであれば、御する力と貢物を増やせばいいだけのこと。
魂の制御は、イザベラを取り込んだことで、簡単に行えるようになった。
「その程度であれば、造作もない」
タペルが許可を出した。
――この一連の決定によって、今後、ナツキに向けて執拗に追手が向けられることとなる。そして、エディンの魔法使いたちがさらに大きな悲劇に見舞われるであろうことは、疑う余地もなかった。
◆
「少しずつ様子が元に戻ってきて、本当に良かった」
マンチェスの森の中心に位置する小屋は、穏やかな空気を取り戻しつつあった。
「…すまなかったな」
ナツキはミユとファウストに頭を下げた。
「気に病まないでください。あなたがいなかったら、我々はブラッドに殺されていたでしょう」
「そうね。まぁ、私に偉そうなことを言った件はチャラにしておいてあげる」
「偉そうなこと?」
「あなたねェ…私が捨てようとした鍵を使ったくせに、まさか私に言ったこと忘れたの?」
「…そうだったな、重ね重ねすまん!」
――思い出した。
ミユからデールで鍵を奪ったときに、自分が持つのが1番安全だと言ったのだった。
まさか、自分が力を望んで鍵の誘惑に負けるとは思わなかった。
人生なにが起きるかわからないものである。
ナツキは自分の未熟さを深く反省した。
「始めていいか?」
シグマが手に持っていた茶をテーブルに置きながら、会議をはじめることを促した。
「話し合いたいことってなによ」
「私も早く聴きたいですね」
ミユとファウストには、相談があるとだけしか言っていない。
「これから我々が国家の在り方を大きく揺るがすことになる、その達成までの戦略だ」
シグマは落ち着き払った様子で、結論から述べた。
昔から、こいつは無駄な議論をしない。
ミユとファウストは目を白黒とさせている。
「国家の在り方って……」
「すなわち、革命だ」
絶句したミユに、シグマは即答した。
「王軍のトップからそんな言葉が出るとはね…」
「さすがに、この私も少し取り乱してしまいましたよ」
ナツキも最初に言われた時は同様だった。
「阻止しようと言うなら、私が相手になる」
「そんなことしないわよ…」
「で、お前たちは、まず、この構想に乗るのか?反るのか?」
小さな小屋の中を沈黙が支配した。
当然のことながら、簡単に決意できる話ではない。
「あなたたちは、放っておいてもやるのよね?」
「当然だ」
「なら、やるわ」
ミユはきっぱりと返事した。
これにはナツキの方が軽く驚いた。
「おい、簡単に決めていいのか?」
「なによ。モゴモゴと悩んでほしいわけ?」
「いいや…そういうわけじゃないが」
「言っておくけど、私は今の身分制度なんて大嫌いだからね。あなたがやるって言うなら、反対する理由はないわ」
ミユは元々、現制度の在り方に反感を持って盗人稼業に足を踏み入れたのだ。
直情的に行動する彼女なら、即断即決も当然のことなのか。
「さすがは、“青眼”だな」
シグマが破顔した。
「…知ってたの?」
「ロックベルで会った時から予感はしていた。ナツキのような者と同行する酔狂な人物だけある」
3人の話を聞いていたファウストは、悩んでいる様子だった。
「お前は無理に乗らなくてもいいぞ」
「いいえ、私としては参加したいのですが」
「“紅”の構成員として参加していいのかってことか?」
「えぇ、私の一存で決めていい次元を超えております故」
それも当然のことだろう。
組織に属して任務を追っている人間が、勝手にことをはじめたら、破門されてもおかしくはない。
「それについては、お前の判断に委ねる。ただ、“紅”がこの動きに反対するとは思えないけどな」
シグマの言う通りである。
そもそも、傭兵集団“紅”は、先の内乱に参戦している。
彼らの消息は不明だが、王政派につくことは絶対にないだろう。
「まァ、お前は今後、クレイに会ったときに相談したらいい。それまでは保留でもいいぞ」
「承知しました。ただ、レジスタンスへの参戦は、クレイ様に進言させていただきます」
保留ではあるが、急な提案に対する返答としては重畳だ。
「目標は決まったな」
「シグマ、お前は革命の戦略をどう考えているんだ?」
提案してきたのはシグマだ。
まずは考えを聞かせてもらう。
「死影と鬼組のやり方ではクーデターどまりで、三日天下が限界だ。別の方法を模索すべきだろう」
「ほう…別の方法とは?」
「ともかく、少数蜂起ではダメだ。民衆の支持を得て、巻き込むような大規模な闘いを起こさねば、勝ち目はない」
ナツキもまったく同じ考えだった。
「恐れながら申し上げますと、市民がいくら決起したところで、ブラッドやセシルには勝てませんよ」
ファウストが怪訝な顔で意見を言う。
「いや、市民が立ち上がったら、革命の性質が別物になる」
「ナツキ…分かるように言いなさいよ…」
「仮に今のまま決起したら、俺たちが殺されたらお終いだろ。だが、市民が総決起するほどの反乱になったら、俺たちを止めただけでは、終わらなくなる。かと言って、市民全てを殺すことなどできない。民なしの統治者などいないからな」
「その通りだ。王政に虐げられているのは大多数だからな。それこそ、吹けば藁火のように消える炎ではなく、王都を覆う燎原の炎をつくらなければならない」
シグマが仰々しい言い方でまとめた。
「でも、市民を巻き込むことなんてできるの?」
「できないとは言いきれん」
「そうだけどさ」
「時間はかかるかもしれないが、俺も光はあると思っている。今は王都にデール下町の人間が奴隷のように働かされている。王政に対する不満は日々、膨れ上がっているはずだ」
「あぁ、エディン各地から貧民が強制動員されている。対して、王軍と五星ギルドの力は弱まっている。600年の歴史の中で、最大のチャンスと思っていいだろう」
「五星が弱っている…ですか?」
「あぁ、まず、五星制度が解体した。今はヘブンズゲートのみが多大な権限を有している」
「「えッ!?」」
一同、驚くしかなかった。
「先日の王軍と五星ギルドの合同会議で決定された」
「そんなことになるとはな」
ナツキはふと、グランドロッドの面々の顔を思い浮かべた。
「グランドロッドはどうなっているんだ?」
「“蜃気楼”ジョセフが戦死した後は、レオ・ロバーツを筆頭に力を蓄えているといったところだな」
「ソフィアはどうしている…?」
シグマとミユが目を丸くした。
「お前が彼女のことを気にするとは意外だな」
「ちょっと、なによその女」
「おいおい、真面目な話だって。アイツなら、協力してくれる気がしたからさ」
「ソフィア・ホワイトについては、身分に頓着せず、負傷した住民の手当をはじめ、献身的に王都復興にあたっていると聞いているが」
「そうだったのか」
今回の革命の鍵を握るのは味方の数だ。
引き入れることのできるものは、片っ端から可能性を考えたい。
ナツキは考えを巡らせていた。
「確かに、“使徒”への権限集中に伴い、不満を持っている上位魔法ギルドは増えているだろう。ここの連中とも、秘密裏に協力を進めたいところだな」
大きな方向性は見えた。
まずは、同じ志を持つもの、仲間を増やす必要がある。
「それで、なにから始めるべきか…」
「私は自軍の兵士たちを信頼のおけるものから組織をはじめる。ロックベルを革命に賛同するものの拠点にすればよかろう」
確かに合理的だ。
集まった仲間たちが集結すべき場所が必要となる。
シグマの役割は確定だ。
「なら、仲間集めは俺の役割か…どちらかというと苦手な部類だが…」
頭をボリボリとかきながら弱音を吐く。
なぜか知らないが、悪党ばかりから好かれる今日この頃。
「あなたなら大丈夫よ」
「えぇ、私もナツキ殿が適任かと」
ミユとファウストが笑顔で太鼓判を押した。
その根拠は一体どこにあるのやら。
ナツキは2人を仲間に引き込んだというよりは、勝手についてきてしまったという感覚だ。
その後、いくつかの役割分担を話し合った。
どの程度の成果が獲得できるか不明なため、一年後に、この会議を再招集することを決定した。それまでは定時連絡をとりあうことも確認した。
場所はロックベルの兵舎。
ナツキはそれまでに一体どれだけの同志を集めることができるだろうか。
…
……
話し合いが終わった後は、ナツキとシグマで、ジョナの遺体を手厚く葬った。
師匠が死んだことを知らないもう1人の弟子が来たときのために、墓は湖の横に目立つように建てた。
「では、私は行く。またな――」
再会の名残を惜しむ間もなく、シグマは氷の翼を生やし、飛び去った。
あいつらしいといえば、あいつらしい。
ナツキはその影が雲に包まれて、消えていくまで見届けた。
「さーて、俺たちも行くか」
ナツキは再び旅の足を踏み出した。
気ままな旅は終わった。
これからは目的のはっきりした、波乱万丈な旅が待っているだろう。
――それもまぁ、悪くない。
第一部 終了となります。
ここまで読んでくださった皆様。
心からお礼を申し上げます。
第二部は一週間ほどで再会予定です。
活動報告やTwitterで、再開見込みや考えていることを書いていきたいと思います。




