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薬屋の気ままな旅  作者: 結城隼人
第一部
102/208

100 決意

ナツキは訪れたシグマに虚ろな目をむけた。

シグマもシグマで、どう言葉にしたらいいのかわからない、という風に立ち尽くしていた。


たまたま里帰りというわけでもないだろう。


「よぉ…」

「……事情は外にいる2人から聞いた」

「そうか…」


小さく返事をした。


シグマはジョナの体の前に進み、手を握りながら瞑目した。

それからさらに、小屋の中には時間が止まっているかのような静寂が訪れた。



長い静寂ののちに、――あるいはほんの少しの時間だった気もするが定かではない――シグマは振り返ってナツキをひた、と見つめた。


「少しの間会わなかっただけで、随分と腑抜けたようだな」


シグマからは、ナツキを叱咤するかのように、射抜くような視線が向けられた。


「うっせぇ…。ところで、なぜ、ここに?」

「師匠に刺客が差し向けられたと聞きつけ、飛んできた」


よく見たら、シグマの身につけている服のそこら中に破れた痕があった。

“飛んできた”とは言葉の通りだろう。

氷の翼を使ったと思われる。

おそらく、さらに強力な風魔法を使い、無理な加速を施したのだと予想される。

自身の体が多少傷つくことなどお構いなしに。


「今、お前と話すつもりはない。師匠の顔を見たいなら、勝手にその辺で過ごしてろ」


ナツキは再び、ジョナの方に向き直り、首を垂れた。


カツカツと、足音が近寄ってくる。


「ふざけるな。しゃんとしろ」


シグマはガッと胸ぐらを掴み上げ、無理やり体を持ち上げてきた。


「離せ」

「いいや、お前が態度を改めるまでやめない」


めんどくさい。こいつは頑固者だ。

一度言ったら取り消さないだろう。


平時であれば、適当な言葉で謝ってお茶を濁す。

しかし、今はそんな気分になれない。


「放っておけ。頼むから、これ以上俺を怒らせるなよ」

「怒っているのは俺だ。師匠を悼む気持ちは、誰よりも共感できる。しかし、そんなことでどうする」


「…目の前で、死んだんだぞ」

「そうか」


ナツキはシグマの襟を掴み返す。


「目の前で師匠が死んだんだ!――俺のせいで!なにが分かる!!」


シグマも間髪入れず、まっすぐナツキの瞳を見ながら声を張り上げた。


「お前には死に目に立ち会えなかった俺の気持ちが分からないか!」


ナツキは目を見開いた。


「師匠がお前を許しても、うじうじしているお前を、俺は許さんぞ。前を向くんだ」


ナツキの中で沸沸と怒りがわいてくる。


「説教くさいこと言うな――」


ボグッ


「がッ」


左頬に衝撃が走った。

ナツキはたまらず床に倒れこむ。


「テメェ…」


遅ればせながら、シグマの拳がとんできたのだと理解した。


左頬が熱くなる。

痛みだけではない。

内側から何かが箱を開けようとしているような感覚。



「なんだ?やり返す根性すら消え失せたか」

「シグマァ…」


ゆっくりと立ち上がり、シグマを睨む。


バキッ


今度はシグマの右頬に一撃お見舞いした。


ドスッ


シグマは、負けじと腹に重い一撃を返してきた。


(1発ずつ入れて終わり、じゃねぇのか…っ)


ナツキは殴られた箇所と同じところを殴り返していく。


ドスッ…ドカッ…


……


小さな小屋の中で、鈍い音の応酬が続いた。


どのくらい殴りあっているだろうか。

顔は腫れ、身体中あざだらけだ。


「くっそがっ!」


顔面を思い切り殴ったら、シグマが後ろに吹き飛んだ。


2人ではぁはぁと肩で息をしている。


「すっきりしたか…?」


手の甲で口の血を拭いながら問いかけてきた。


ナツキは驚いた。

真面目で頭でっかちのこいつが、脳筋的な発散方法でしかけてくることに。


シグマのあまりにも意外な振る舞いに、ナツキは毒気を抜かれた。


「…した。礼を言う」


シグマの眉間に皺がよった。


「改めて言うぞ。前を向くんだ」

「なにをしろってんだよ」


気持ちはすっきりしたが、前を向いてなにをしていいのか分からない。


「師匠の背中を見てきた者ができること。独りではできないことだ」

「はぁ?だからなにを…」


シグマは暫し瞑目し、ゆっくりと瞼を開く。

右手を前に突き出し、グッと握り拳をつくった。


「――革命だ」


よく通る声だった。

まっすぐな視線を送ってくるシグマの瞳の奥に、炎のような輝きが見える。

それが、シグマの覚悟のほどを表していた。


ナツキは驚いた。

まさか、軍属となったシグマからそんな話が飛び出すとは。


「正気か?」

「俺はいつでも真面目だ」

「軍を辞めるのか?」

「いいや」

「…お前、変わったな」

「そうか?」


さきほどのナツキとの拳の応酬といい、らしくない。

何やら心境の変化でもあったのかと思ったら、ナツキの想像を超えることを告げてきた。


「軍属だからこそ、できることもあるだろう」

「流石に驚いたぜ」


最初の驚きをやり過ごすと、なんだか無性にうれしくなってきた。

思わず、口元がニヤける。


「で、その革命に仲間はいるのか?」

「あぁ、とりあえずは2人いる」

「…お前とあの副長か?」

「いいや。俺とお前だ」


シグマがニッと笑う。


「まぁ…別に異論があるわけじゃないから、いいか」


ナツキもつられて、笑った。





ゴディス島の東南端の波打ち際で、座り込む1人の男がいる。

あたりにはザザ…と波の音が響くのみ。


潮風に揺れるボサボサの長髪。

顔には藍色の細い線で書かれた刺青があり、巨大な槍を肩にのせている。



「なんだァ…?突然気配が消えやがった…どうなってやがる」



肩越しに振り返りながら、北西方向に顔をむける。


この男はエディンとドルトの上層部から“狂乱”と呼ばれる存在であった。

ドルトの幹部であったが、自由奔放な道を求めて、国を飛び出した男。



今は、興味ありげに北の空を見ている。


「サタンの野郎、一体なにしにきやがったんだ…」


明日で第一部が終わり、一区切りです。

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