100 決意
ナツキは訪れたシグマに虚ろな目をむけた。
シグマもシグマで、どう言葉にしたらいいのかわからない、という風に立ち尽くしていた。
たまたま里帰りというわけでもないだろう。
「よぉ…」
「……事情は外にいる2人から聞いた」
「そうか…」
小さく返事をした。
シグマはジョナの体の前に進み、手を握りながら瞑目した。
それからさらに、小屋の中には時間が止まっているかのような静寂が訪れた。
…
長い静寂ののちに、――あるいはほんの少しの時間だった気もするが定かではない――シグマは振り返ってナツキをひた、と見つめた。
「少しの間会わなかっただけで、随分と腑抜けたようだな」
シグマからは、ナツキを叱咤するかのように、射抜くような視線が向けられた。
「うっせぇ…。ところで、なぜ、ここに?」
「師匠に刺客が差し向けられたと聞きつけ、飛んできた」
よく見たら、シグマの身につけている服のそこら中に破れた痕があった。
“飛んできた”とは言葉の通りだろう。
氷の翼を使ったと思われる。
おそらく、さらに強力な風魔法を使い、無理な加速を施したのだと予想される。
自身の体が多少傷つくことなどお構いなしに。
「今、お前と話すつもりはない。師匠の顔を見たいなら、勝手にその辺で過ごしてろ」
ナツキは再び、ジョナの方に向き直り、首を垂れた。
カツカツと、足音が近寄ってくる。
「ふざけるな。しゃんとしろ」
シグマはガッと胸ぐらを掴み上げ、無理やり体を持ち上げてきた。
「離せ」
「いいや、お前が態度を改めるまでやめない」
めんどくさい。こいつは頑固者だ。
一度言ったら取り消さないだろう。
平時であれば、適当な言葉で謝ってお茶を濁す。
しかし、今はそんな気分になれない。
「放っておけ。頼むから、これ以上俺を怒らせるなよ」
「怒っているのは俺だ。師匠を悼む気持ちは、誰よりも共感できる。しかし、そんなことでどうする」
「…目の前で、死んだんだぞ」
「そうか」
ナツキはシグマの襟を掴み返す。
「目の前で師匠が死んだんだ!――俺のせいで!なにが分かる!!」
シグマも間髪入れず、まっすぐナツキの瞳を見ながら声を張り上げた。
「お前には死に目に立ち会えなかった俺の気持ちが分からないか!」
ナツキは目を見開いた。
「師匠がお前を許しても、うじうじしているお前を、俺は許さんぞ。前を向くんだ」
ナツキの中で沸沸と怒りがわいてくる。
「説教くさいこと言うな――」
ボグッ
「がッ」
左頬に衝撃が走った。
ナツキはたまらず床に倒れこむ。
「テメェ…」
遅ればせながら、シグマの拳がとんできたのだと理解した。
左頬が熱くなる。
痛みだけではない。
内側から何かが箱を開けようとしているような感覚。
「なんだ?やり返す根性すら消え失せたか」
「シグマァ…」
ゆっくりと立ち上がり、シグマを睨む。
バキッ
今度はシグマの右頬に一撃お見舞いした。
ドスッ
シグマは、負けじと腹に重い一撃を返してきた。
(1発ずつ入れて終わり、じゃねぇのか…っ)
ナツキは殴られた箇所と同じところを殴り返していく。
ドスッ…ドカッ…
…
……
小さな小屋の中で、鈍い音の応酬が続いた。
どのくらい殴りあっているだろうか。
顔は腫れ、身体中あざだらけだ。
「くっそがっ!」
顔面を思い切り殴ったら、シグマが後ろに吹き飛んだ。
2人ではぁはぁと肩で息をしている。
「すっきりしたか…?」
手の甲で口の血を拭いながら問いかけてきた。
ナツキは驚いた。
真面目で頭でっかちのこいつが、脳筋的な発散方法でしかけてくることに。
シグマのあまりにも意外な振る舞いに、ナツキは毒気を抜かれた。
「…した。礼を言う」
シグマの眉間に皺がよった。
「改めて言うぞ。前を向くんだ」
「なにをしろってんだよ」
気持ちはすっきりしたが、前を向いてなにをしていいのか分からない。
「師匠の背中を見てきた者ができること。独りではできないことだ」
「はぁ?だからなにを…」
シグマは暫し瞑目し、ゆっくりと瞼を開く。
右手を前に突き出し、グッと握り拳をつくった。
「――革命だ」
よく通る声だった。
まっすぐな視線を送ってくるシグマの瞳の奥に、炎のような輝きが見える。
それが、シグマの覚悟のほどを表していた。
ナツキは驚いた。
まさか、軍属となったシグマからそんな話が飛び出すとは。
「正気か?」
「俺はいつでも真面目だ」
「軍を辞めるのか?」
「いいや」
「…お前、変わったな」
「そうか?」
さきほどのナツキとの拳の応酬といい、らしくない。
何やら心境の変化でもあったのかと思ったら、ナツキの想像を超えることを告げてきた。
「軍属だからこそ、できることもあるだろう」
「流石に驚いたぜ」
最初の驚きをやり過ごすと、なんだか無性にうれしくなってきた。
思わず、口元がニヤける。
「で、その革命に仲間はいるのか?」
「あぁ、とりあえずは2人いる」
「…お前とあの副長か?」
「いいや。俺とお前だ」
シグマがニッと笑う。
「まぁ…別に異論があるわけじゃないから、いいか」
ナツキもつられて、笑った。
◆
ゴディス島の東南端の波打ち際で、座り込む1人の男がいる。
あたりにはザザ…と波の音が響くのみ。
潮風に揺れるボサボサの長髪。
顔には藍色の細い線で書かれた刺青があり、巨大な槍を肩にのせている。
「なんだァ…?突然気配が消えやがった…どうなってやがる」
肩越しに振り返りながら、北西方向に顔をむける。
この男はエディンとドルトの上層部から“狂乱”と呼ばれる存在であった。
ドルトの幹部であったが、自由奔放な道を求めて、国を飛び出した男。
今は、興味ありげに北の空を見ている。
「サタンの野郎、一体なにしにきやがったんだ…」
明日で第一部が終わり、一区切りです。




