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 黒い表面。馬の尾を織った径の太い縄は、滑りそうな表面に見えるがなかなか緩まない。

 この二時間ほど、スクハは光の全くない部屋でなんとか自由を確保しようと工夫している。黒く滑りそうな表面のロープであれば、緩んでもよさそうに思えた。


「また無駄なことを。」

 赤黒い数珠のような妖光を纏って、足音が近づく。顎を突き上げる黒鎧の腕。スクハを嘲笑う声。たしかに捕まったことはスクハの油断だった。橋頭堡を築いたことで心に緩みがあった。今もスクハは表情を変えない。ユーゴが目の前にいないが如き素振り。その心をユーゴはまた攻める。

「みつかいを殺すことはできないけど。なぜかあんたが人間の肉体を持ち続けている。これは好都合だわ。」

 そう言いながら、ユーゴはスクハに絡む荒縄を引き上げる。スクハは、それが縄の緩みをもたらすと考えて、痛みに耐えた。

「まだ正気なのね?。」

 スクハは表情を変えない。秘めた意図を気取られぬよう、目をつぶっている。

「私が攻めても貴女は平然としているわね。強い意志と忍耐力ね。でも、私の代わりに彼にやらせてみるわ。貴女に裏切られた彼にね。」


 漆黒に響くドアの軋み。赤い光さえも失われた。束の間の喘ぎのような呼吸。スクハは、次にユージウスが来ることを覚悟した。


「久しぶり。ゴルゴタの丘以来になるのかな。」

 ユージウスは、暗闇の向こうから声をかけた。スクハは久し振りに聞く声に、身動ぎをした。スクハを気づかぬうちに、逃走防止用の障壁が設けられていた。

 歪んだ視界の向こうにたしかにユージウスが来ていた。

「貴女はまだ人間のままでいたの?。それに歳を取らないんだな。」

「貴方が私をこの身体に縛り付けているからよ。」

「縛りつけているつもりはないよ。そう言うなら、その枷と縄を解いておくよ。」

 ユージウスはスクハの拘束を解いた。すでに痺れて動けないスクハは、床に投げ出された。ユージウスは枷に隠されていたスクハの姿に驚き、スクハに体を覆う大きい布地を投げ与えた。

「この縄を解いても、私がこの身体から自由になるわけではないのよ。」

 スクハはそう言うと、障壁越しにユージウスを睨んだ。何もない若い肌身と大きな布地。ユージウスは未だ彼女をまともにみることができなかった。

「さて、裏切り者への復讐をさせてもらおうか。」

 彼はそう言うと、障壁の外からスクハを叩こうと考えた。この場には、ユーゴの気配は消えていた。躊躇いがちなユージウスは、それを悟りながら、スクハに向かって立った。口を開こうとするユージウス。しかし、先に口を開いたのはスクハだった。

「何故ローマ軍を逃げ出したの?。貴方は裏切り者なのかしら。」

「裏切り者⁈。貴女こそ、ラビを裏切ったではないか。私はローマの軍規に違反していない。」

「では、何故逃げ出したの?。」

「貴女のローマに、もう公正も慈愛もなくなってしまった。その上、貴女はラビを裏切つた。私が頼りにした公正で麗しいローマの価値観は全て失われた。そちらこそラビを裏切ったではないか。」

「私は裏切っていない。」

「そうかね?。」

「貴方はラビに警告されたはず。」

 大声での言い争い。次第に熱を帯びる詰り合い。その激しさに、スクハの豊かな胸を覆う布地がずれた。彼は激情を止めた。その彼の動きにおもわず伸ばしたスクハの腕。横を向くユージウス。スクハの裸身にユージウスは一瞬彼女を今でも愛していることを悟った。

 ユージウスは、スクハの意図を少しずつ理解し始めていた。

「俺がラビを裏切ったとでも言うのか。」

 スクハは、ユージウスの視線を避けるように背を向け、大布をローブのように纏いなおした。

「そうじゃない。でも、ラビは復活した。生きているわ。」

「何を寝ぼけたことを。」


 その時、外では大きな時の声が響き、気配がなかったはずのユーゴたちが逃げ込んできた。

「ユーゴ、パルティア軍奇襲を受け、総崩れになってます。今のうちにこの本陣から撤退を。」

 呼びかけているのは、以前ユージウスの前で井上美希、青木圭子と呼ばれていた悪鬼魔のミキウス、ケイオスだった。それを聞きながら、ユーゴは何かを探していた。そこへ、ローマ軍精鋭がバリケードを破り始めていた。

「ここに我らのスクハ様がいるぞ。」

 ユーゴはその声を聞くと、探し物をやめ、ミキウス、ケイオス、ユージウスに呼びかけていた。

「外のテレピンの木の影に高速シャリオを二台準備してある。すでにそこにはタマラとゼノンが待っている。もうここはどうでも良い。撤退を。」

 彼らは混乱しながら、スクハを置いて出て行ってしまった。それと同時に雪崩れ込むローマ軍。放り出されていた鍵により、スクハは、解放された。

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