ちょっと遅めのプロローグ
突然ではあるが、なんとなく自分の人生を振り返ってみたことはあるだろうか。薄着では肌寒いと感じる春の朝。春特有の冷たいようで暖かい風によって舞い落ちた一枚の花びらを目にした時にふとそんな言葉が思い浮かんだ。なぜ心の中で思い浮かんだ言葉であるのに人に語り掛けるような表現なのかと自嘲すると同時にまだ他人と関わりたいのかと軽い自己嫌悪に陥る。しかし、久しぶりに音楽を聴かず、桜の景色を眺めながらゆっくり歩いていることだし少しだけ過去に思いを馳せる。
自分の人生にとって大きな分岐点となったのは小学校低学年から中学年である。将来の夢が定まっただとか親が離婚しただとか、ましてや大きな病気にかかったというほど人生において大きな出来事ではないと個人的には思う。簡単に言ってしまえば、いじめである。と言っても今でも使用している筆箱をキャッチボールのボールにされたり、自分が嫌がるあだ名で呼ばれたり、集団で一時的に無視されたりと大人から見れば子供同士のじゃれ合いのようなレベルのものであったし、今振り返ってみればそんな大したことはなかった。事実、先生に相談しても「じゃあ、その子たちと関わらなければいいじゃない」と言われた。しかし、当時の自分はその子たちしか遊ぶ相手がいなかったため関わりたくないと思っても他に友達がいない自分は関わらないという選択肢は取れなかった。「なんで僕だけこんな目に」とこの世で自分が最も不幸だと絶望していた。時には、この世から旅立ってしまおうかとも何度も思った。そのせいなのか、小学校中学年ではよく体を壊すようになり、学校を休みがちになった。
そんな生活も高学年になる際に大きく変わった。それによって自分はいじめから解放されることとなる。しかし、いじめていた子が制裁を受けたというわけではない。いじめていた子たちのグループのリーダー的存在の子が親の転勤が理由で引っ越したからである。グループのリーダーがいなくなったため、残った子たちは他のグループに合併するように自然消滅した。自然消滅した直後それはもう大喜びだった。なにせあの子たちが原因で友達ができなかったのだと思っていたのだから。しかし、それは勘違いであった。元々人見知りだったのが災いしたのか、それともいじめによる弊害なのかはわからないが友達づくりの波に完全に乗り遅れてしまった。何とかしようと思ってもすでにクラス内でグループができており、そこに割り込むほどの勇気はなかった。いつしか自分は一人でもいいやとあきらめ、クラスで孤立した状態を甘んじで受け入れた。むしろ友達付き合いをしなければ自分はいじめも受けないし、面倒くさい話題合わせもしなくて済むと考えるようになり、人よりも時間があるのだからゲームや勉強、読書に一人でできるスポーツと自分の為に費やそうと思った。そうなれば自分の為に時間を費やすため周りと関わらなくなる。すると自然と休み時間や放課後は一人になるように自主的に行動する。そうなると自分と話したこともないくせに周りはあいつとは関わらない方がいいと勝手に思う。関わってこないから更に自分のために時間を費やす、と友達ができない負の連鎖が発生する。そんな状態のまま小学校を卒業した。
中学生になっても、そんな状態のまま日々を過ごしていた。それはそうだろう。環境が変わったように思えるが、大抵の小学生はそのまま近くの中学校に入学するのだから、他の小学校の生徒が混じったところで人間関係は大きくは変わらないだろう。例によって自分も近くの中学校に入学したのだから自分の壊滅的どころか消滅している人間関係も大きく変わるはずがない。しかし、人間関係が変わらなくとも大きな変化が訪れる。思春期である。みんなと違うことに恐怖や焦りを持つ、逆に自分は他の人とは違うと思い込むあの思春期だ。人生の黒歴史が多く生まれる時期といえば分かり易いだろう。好きな子が自分のことを好きだと確信していたら全く違ったり、ノートに自分が考えた痛い設定をまるで革命的なものだと信じていたり、自分をバレバレな嘘で大きく見せたりと千差万別の黒歴史が生まれてきたであろう時期である。自分にもそんなものがあるが公衆の面前でそんなものを思い出したら即通報されてしまうほど悶えてしまうので省略しよう。
そんなこんな、人と関わろうとする気持ちがほぼ0になった自分は高校1年を事務的な会話以外一言も発さずに終え、今高校二年生になろうと登校中である。いつもはこんなことは思わないがこうやって振り返ってみるとやはりもう少しマシな人生を歩みたかったと思える。よく青春ラブコメやスポコンといった学園ものの小説や漫画では高校が舞台ではあることが多い。しかし、そんなことはまるで暗殺者の如く起こる気配がない。こんな人生があと何年続くのかと考えると憂鬱になり、存在するのかわからない神様に願ってしまう。物語のようなとは言わないが、もう少しマシな人生をこれから歩ましてくださいと。そう思った直後、視界をふさぐように強い風が落ちていた桜を舞い上げた。突然ピンク一色になった景色に驚いた自分は思わず後ずさり、何かに足を滑らせ尻もちをついた。その衝撃でカバンの中身をアスファルトの道にぶち撒けてしまった。幸い今日は始業式を行った後は下校するだけであったので筆箱とクリアファイルといったものしか存在しなかった。
「大丈夫ですか?」
ふいにそんな声が聞こえた。その声は緊張していたのか普段はそんな声は出さないであろう少し高い音であったが、琴のようなきれいな声であった。その声が聞こえた方向に顔を向けた。その声の持ち主はまるで桜のような髪の色でそれは腰のあたりまでまっすぐに伸びていた。目はぱっちりとしていて、鼻は海外の人ほどではないが高い印象を受けた。あまりまじまじと顔を見られなかったがこういう人を絶世の美少女というのだろう。
「だ、ダダ、大丈夫です…」
人生で他人に心配されたことが片手の数ほどしかなかった自分は情けない声ではあったが辛うじてそう返すことができた。
「それはよかった!いきなり後ろから大きな音がしたから何事かと思ったよ。でもほんとに大丈夫?かなりの音だったからケガとかしているんじゃ…」
整った眉毛を少し曲げて本当に心配しているように自分へ問いかけてきた。しかし、自分はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「ほ、ほんとに大丈夫ですから。」
慌てた様子でその問いかけに答え、早くこの場所から離れようと試みるも筆箱が自分の少し離れたところにあり、それも叶わない。さらに不幸なのは、なぜかその少女の近くにその筆箱があることだ。“なんで尻もちをついたのに前の方に筆箱が行くんだよ!ファンタジーか!!”と内心文句を言いつつも、かなり慌てている。
「あ!これもしかして君の筆箱?かなり年季がはいってるね」
そう言ってファンタジー現象の中心人物である筆箱君が少女の手によって桜が積もっているアスファルトの上から持ち上げられ、持ち主である自分に渡されようとしている。
「ありがとうございます。」
これだけ聞くと筆箱を拾ったことなのか、筆箱の年季の入り具合に気づいてくれたことに対してお礼を言っているのかわからないなと思いながら、少し小さい声でお礼を言い、筆箱を受け取った。
「ううん。当たり前のことをやっただけだから。って時間!!もう転ばないように気を付けてね!」
そう言って少女は慌てた様子で走っていった。多分、学校に遅れるからだと思う。自分は基本高校の閉門時間の10分前に着くように家を出るが、今日は考え事をしながら歩いていたためいつもより遅めにつくだろう。とそこまで考えて思った。“あんな人うちの高校にいたのか。”そもそも交友関係が皆無の自分が知らないだけの可能性はある。しかし、あれほど目立つ人を高校1年間生活して気づかないだろうか。そう考えてから自分の心拍数が上がっていることに気づく。“これが恋?んなわけないか。”そうあきれた様子で学校へ向かう。
学校に着いたのは閉門時間の5分前であった。まあ特に問題もなくクラス分けの表を見て2-Aの教室に向かう。うちの高校はスライド式のドアを採用している。今日はドアが開いたままの状態だったのでそのまま教室の中に入った。その瞬間、強烈な違和感を覚えた。だが、原因がわからない。それを探るために自分が指定された席に向かいながら教室を見まわした。
窓側の後ろの席では明るい茶髪のちょっとチャラい印象を受ける男子生徒と赤のメッシュが入った男子生徒、金髪のスポーツ刈りの男子生徒の三人が昨日のサッカーの試合について熱く語り合っていた。
教室の中央に付近の席では弱い黄色のボブカットの女子生徒、水色に近い青色の髪で肩まで伸びている女子生徒、薄い灰色のサイドテールの女子生徒、黄緑色のショートボブの女子生徒の四人が一冊のファッション雑誌を見ながら盛り上がっている。
廊下側の一番後ろの席では紫色の髪が目を隠すほどに伸びている女子生徒が文庫本サイズの本を読んでいる。その隣では濃い灰色の髪が片目を隠すように伸びている男子生徒が机に伏せた状態でスマホをいじっている。
他にも生徒がいるが何か変な行動をしている生徒は一人もいない。いたって普通の日常がそこには流れていた。そこで一つ気がついたことがあった。“一年と同じクラスだった人がいない?”うちの高校は一学年平均して生徒40人で構成され、それが6クラス存在している。単純計算すれば6,7人が同じクラスになるはずが誰一人として同じクラスだった人がいないのだ。いくら人間関係が消滅していてもうろ覚えではあるが顔を見れば同じクラスだったかどうかはわかる。ということは、やはりこのクラスには一年の頃のクラスメイトがいないということになる。“確かに違和感を覚える現象ではあるな。”しかし、強烈な違和感がなくなることはなかった。そんな違和感を抱えながら始業式に参加するため、体育館に向かった。体育館に着くと先日行われた入学式を終えた新一年生が壇上の前で待っていた。新二年生はその後ろに着くように整列し始めた。“この違和感はいったいなんなのか…”そう思いながら新三年生が体育館に入場し始めているのを確認した瞬間、まるで雷を受けたかの如く自分の脳みそに衝撃が走った。
“ なんで生徒の髪の色がカラフルなんだ!! ”
うちの高校は髪の色が常識の範囲内であれば染めても特に問題はないが見渡す限り常識的にあり得ない髪色の人が少なくない人数存在している。いつもならすぐに気づけたが、春休み中に溜まっていたアニメを消化していたためカラフルな髪色を見慣れていたことが原因で気づけなかった。そうなると自分の身の周りで何かが起きたと思い始めた。“なんで教師は誰一人としてこんな髪色になっていることを指摘しない。そもそもどうしてこんなに大勢の人が一斉に奇抜な髪色に染める。元々こんな髪色でしたよというこの謎の空気は何だ。”自分は完全にパニック状態に陥っていた。原因を考えるが情報量が圧倒的に足りていないことに加え、パニック状態のまま解決できるはずもなくあっという間に始業式が終わってしまった。教室に帰えってからもその原因を考える。“そういえば登校中に話した女子もピンク色の髪色だったな。ということは、あれもうちの高校の生徒の一人だったのか。だからといって解決の糸口というわけではないが…。”そう考えたところで右隣の席に誰も座っていないことに気づく。高校二年になっていきなり欠席かと思考が脱線したとき、教室のドアを開けて女性教師が入ってきた。暗い緑の髪色をしたポニーテールの先生である。この人も見覚えはない。
「はい。おはようございます!今年2-Aの担任を務めます剛谷美紀といいます。まだ教師としては未熟者ですが、精一杯皆さんを支えていきたいと思いますので何卒よろしくお願いします。」
剛谷先生が自己紹介を終えた瞬間、クラスに大きな笑いが生まれた。生徒が思い思いに「そんなキャラじゃないでしょ、みきちゃん!」「似合ってないぞー!」といった先生を少しいじるような声があがった。
「もう!今年はしっかりとした先生を目指してるんだからすこしは協力してよね!」
どうやらこの先生、威厳のいの字もないほど威厳がないようだがかなり生徒から慕われているようだ。というか、しっかりとした先生を目指しているのに生徒の協力を求めている時点でその目標は達成できそうにないなとあきれてしまった。そんなことを考えていると一人ひとり自己紹介をする流れになっていた。
「あっ!その前に、みんなに紹介しなきゃいけないことがあったんだった!実はこのクラスに転校生が来ています!」
その発言に教室内はさらに騒がしくなる。転校生の性別は何か、かわいいか、かっこいいかといった転校生のことについてや、転校生がいることを忘れちゃダメでしょといった先生をいじる発言も少数ながら存在した。
「はいはい、すいませんでしたー。きりないがないからもう転校生を呼んじゃいます。入ってきてー!」
先生がそう言って少しの間が開いた後に教室のドアが開いた。その瞬間、教室に存在していた騒がしさが消えた。それもそうだろう。転校生と言われた生徒が絶世の美少女なのだから。桜のような髪の色でそれは腰のあたりまでまっすぐに伸びていた。目はぱっちりとしていて、顔立ちはまるでお人形さんの様であった。
“ っ て 今 朝 話 し た 女 の 子 じ ゃ な い か ! !
どこからどう見ても今朝尻もちをついたときに筆箱を拾ってくれたあの女子生徒が転校生として2-Aの教室でまさかの再会をはたしたのだ。その女子は黒板に自分の名前であろう漢字を書いてからみんなの方に振り向いて自己紹介をし始めた。
「はじめまして!今日からこのクラスに転校してきた愛内恵梨香です。趣味はガーデニングです。皆さんと仲良くなれたらうれしいです。これからよろしくお願いします!」
そう言って天野さんははにかみながら軽くお辞儀をした。流石に高校二年生なのかあまり大きな声で騒ぐことはなかったが、男子は明らかに浮足立っていたし、女子も新しい友達ができることをうれしく思っているように見えた。そして、剛谷先生から衝撃の一言が放たれた。
「それじゃあ愛内さんの席はあそこの空いている席になります。えっと、大道寺狂介くんの右隣の席だね。大道寺くん手をあげてくれるかな。」
“ 俺 の 隣 じ ゃ ね ぇ か ! ! ! ”
先生が名簿を見てその席の左隣である自分の名前を呼んだ。平静を装いながら右手を軽くあげる。こんな恋愛ものの冒頭で起こるような展開についていけない。“これで学校の案内まで任せられたらもう完全n…”
「ついでに、学校の案内もお願いできるかな?」
“何でだよ!フラグの回収スピードが速すぎるよ!!まだ建築途中だったぞ!!!”登校中に他人に心配されるという滅多にない出来事に、この学校では起こるはずのない髪の毛一斉染色、今朝に会った女子が転校生で自分の隣、しかもこれから学校の案内もしなければいけない。自分はもう流れに身を任せるしかできないほどに体力を失っていた。
「今朝ぶりだね!まさかまた会えるなんて思わなかったよ。」
そういった少女の顔はまるで再会できてうれしいといわんばかりの明るい表情をしていた。
「そ、そうですね。もしかしたら運命なのかもしれませんね。」
“俺はいったい何を言っているんだろう。“もう完全に力尽きている自分は今いったい何を発言し、どんな表情なのかも想像できない。しかし、一つ言えることがある。
「もう!大げさだけど、そう言われちゃうと意識しちゃうでしょ!」
“ 多分、ここは俺が知っている世界じゃないのかもしれない ”
この拙作を最後までお読みくださいましてありがとうございます。
初めての作品なので拙い感じが浮き彫りになっていたと思います。
自分の中では、もう少し話を進めてもよかった気がするのですが、あまり書きすぎるとこの拙作の題名でもあるプロローグではなくなってしまう気がしたのでこんなところで切り上げました。
一応、この拙作の終わりの部分や物語における学校のイベント、他のヒロインの設定などは考えているのですが、自分の拙い文章力では完璧に書き上げる自信がないので今回は短編という形にすることにしました。
少しでもこのプロローグを楽しんでいただけたら幸いです。
この拙作を読んでくださった皆様に今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます。