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何もしてこなかったから・・・

 ヒロが「小説家だー!」と叫んでから、かれこれ二ヶ月以上が経った。

 最近、あたしの心は、すごく不安定になっていた。

 学校帰りにヒロと美咲ちゃんが、一緒に帰って行くのをよく見かけるようになったから――。

 あたしは、『このまま美咲ちゃんと付き合っちゃうの?』と、気が気じゃなかった。

 それなのに、あたしはヒロからどんどん遠ざかっている。

 ヒロといるのが、怖くて辛かったから――、

【あたしのヒロ】じゃなくなっていくことに、耐え切れなかったから――。

 そして、あたしは気付く。

『あたしのヒロって……あたし、あたし一体なに様なの?』

 

 ――そう、あたしとヒロは、【ただの幼馴染】。

 あたしの決めたことは、ヒロを【守る幼馴染】。

 でも、その決めた事すら出来ていない【情けない幼馴染】。

 ヒロにとって、もしかしたら【不必要な幼馴染】。

 そんなあたしにヒロを束縛する権利なんてあるわけない。

 たまたま近くにいて、たまたま会話をする回数が多かっただけの存在。

 ただそれだけ……。

 それと比べて、美咲ちゃんの、あの必死で直向きな姿はどう?

 あたしはあの姿に、ずっと心を打たれていた。

 そして、あたしは気付いていた。

 ヒロとあたしの関係が変わるのだとすれば、それは、美咲ちゃんの存在だろうと――。


 美咲ちゃんは中学の頃から、いつもヒロのことだけを見ていた。

 まだクラスも違う、名前も知らない頃から、美咲ちゃんが、ヒロのことを目で追いかけているのを知っていた。

 すごく心がざわついた記憶がある。

【ヒロだけを見ている】

 あたしには、それがすごく不安だった。


 学年が上がり、美咲ちゃんは、あたし達と同じクラスになると、ヒロと仲の良さそうなあたしに話しかけてきた。

 美咲ちゃんは、人付合いが苦手なのだろうということは直ぐに分かった。

 震える体と、上擦る声に圧し掛かられながら、ヒロへの一途な想いだけで、あたしに一生懸命に話しかけた。

「ぁ…ぁの…と、友達になってください!」と言って――。

 あたしは、『この子は強い』そう思った。

 そして、『絶対、勝てない――』とも。


 それでも、美咲ちゃんとは仲良しになっていった。

 本当に優しくて気のつく良い子。

 もし、ヒロのことがなければ、親友になっていたと思う……。

 それぐらい好きだったし、尊敬できた。

 高校に入学してからは、学校が別々になったこともあって、美咲ちゃんとは疎遠になっていた。

 正直、ほっとしていた。

 だって、このままじゃ、いつ美咲ちゃんがヒロへ想いを打ち明けるか分からなかったから。

 できれば時が経って、美咲ちゃんの一時の片思いで終わって欲しいと願ったから。

 でも、ヒロに対する美咲ちゃんの一途な想いの秒針は、あたしが気付かない振りを続けている間も、正確にその時を刻み続けていた――。


 そして、他力本願に物事を考えていたあたしの目の前を、努力の末に、隣にいる権利を勝ち取った美咲ちゃんが、ヒロと一緒に歩いている。

「当然の結果……」

 あたしは気付かれないように、曲がり角からこっそりと、その二人の姿を視界に収めて呟く……すると、

『ヤバッ!?』

 ヒロが急に振り返った!

 あたしは直ぐに首を竦〔すく〕めて顔を背けながら隠れる――!

「……」

 何か、二人で話しているようだったけれど、それも直ぐに聞こえなくなった。

「……」

 少しずつ、またこっそりと顔を出していく。

「……」

 その頃には、もう二人の背中は遠く、向こうの方へと小さくなっていった。

「……」 

あたしは呟く。

「……ヒロの馬鹿……」

 でも――

『何もしてこなかったのは、誰?』

 直ぐにブーメランが返ってきた。

「……」

 ヒロの一番近くを取られてしまう……、

 あたし達の時間が軋み始めている……。

 辛くて、苦しい。

 あたしは潤む瞳から涙が零れないように上を向いて何度か瞬きをする。

「…………」  

 それから、逆方向へ歩き出した――。

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