触れ合う想い
あれから数日。
あたしは、食事も満足に喉を通らなくなっていた。
もちろん、まともに寝てもいない……。
それでも、別に構わない。
でも――。
あたしはそんな働かない頭と体で、学校生活を送っていた。
そして今は体育の授業中、短距離走。
タイム計測のため、5レーンまで使って次々とスタートを切る。
そして、あたしの番。
合図と同時に、一気に走り出す!
直ぐに横には誰もいなくなって先頭を直走る!
ゴールはもうすぐ……そう思った、次の瞬間!
「!?」
右足を踏み込んだ時に態勢を崩した!
そのまま地面に転がり込む――!
「痛タタ……」
あっという間に最下位になったけど、最後まで走り切ろうと上体を起こす……すると、目の前には血相を変えたヒロの姿が。
「チー! 大丈夫か!?」
「ヒロ…ぁ、ぅん。大丈夫……っ!?」
右足に激痛が走って立ち上がれない。
それに、見ると左の膝と肘から、擦り剝いて出血もしていた。
「長瀬、大丈夫か?」
先生が様子を診てくれる。
あたしが痛みのあまり顔を顰めると、「先生、オレ保健室連れて行きます!」と、ヒロがあたしの前にしゃがみ込んで、背中を見せておぶさるよう両手を後ろへ回した!
「え!? ちょ、ヒロ!? いいよ!」
恥ずかしいということよりも、ヒロに近づき過ぎることに申し訳ない気持ちで一杯だった。
「いいから乗れ!」
「!?」
ヒロの口調には、有無を言わさない力強さがあった。
『こんなヒロ、見たことない……』
あたしは驚きながらも、ヒロに従った――。
「……」
ヒロが歩き始めると、野次馬の冷やかす声があちこちから沸き起こる。
あたしは「恥ずかしい」と言って、ヒロの左肩に顔を埋める。
だけど本当は、そんなに恥ずかしくなんてなかった。
ただただ、嬉しかった――。
「チー。ちゃんと寝れてるのか? ずっと顔色悪いぞ?」
「ヒロ……もしかして、気にしてくれてた?」
「あたりまえだろ。今日とか体育できるのか、すごく不安だったから……案の定だ」
「ヒロ……」
「うん?」
「ごめ……ううん、 ありがとう」
あたしは、ヒロに巻きつけた腕を体ごとギュッと引き寄せる……
ヒロの温もりが伝わる。
あたしの頬は、嬉しさで熱くなる。
大切な、大切な温もり――。
保険室で処置をしてもらって、先生の診立ては軽い捻挫だそう。
帰りはヒロが付き添ってくれることになって、久しぶりに一緒に下校する。
学校を出てから肩を借りて歩いてみたけど、思ったよりも歩きづらい……。
そんなあたしのぎこちない歩き方を見て、ヒロはスッと、腕を差し出してくれた。
「……」
あたしは、優しさに溢れたその腕を、大切に組ませてもらうことにした――
「ね、ヒロ。こーしてると、ラブラブカップルに見えるかな?」
「どう見たって、お前のその足みたら、〈なんて優しい男子なんだろう〉って、思うに決まってんじゃん」
ヒロはそう言って楽しそうに笑う。
「う″ー(-。-#)」
あたしは抗議の顔を作ってみせる。
「……ていうか、そんな見られ方したら、チーが迷惑だろ?」
ヒロが夕暮れの空に話しかけた。
「……迷惑なんかじゃ、ないよ」
あたしはそういって、ヒロに絡めた指を強くした――。
そのまま少しの間、話すこともなく歩いていると、「チー。オレ、チーを怒らせてしまって、ごめん……」と、ヒロが【あの瞳】で言葉を紡ぐ。
あたしは、胸が苦しくなる。
「ううん。謝らなきゃいけないのは、あたし。ちゃんと向き合おうともしないで、勝手にヒロに怒ってた。そんな権利なんてないのに……」
その言葉に、ヒロは不思議そうにあたしを見る。
「なに言ってんだよ? 権利ならあるぞ」
ヒロの言葉の意味が分からなくて、少しだけ顔を上げて、あたしもヒロを見た。
『ぁ……』
そこには、【あの瞳】とは違う、澄んだ綺麗な瞳が輝いてた――。
「だってお前、チーだろ? それに、オレの小説の、たった1人の読者だろ?(♪)」
そう言って、ヒロは弾ける笑顔をあたしに贈ってくれる――。
「……」
あたしの心が満たせれていく――
あたしは精一杯、気持ちを込めてヒロに伝えたくて、短いけれど、一番ヒロに伝わる言葉を選んだ!
「――うんっ!」
気付けば二人の溝は、あっという間に消えていた――――。




