呉宮覚
放課後。
本日の授業とホールルームを終え、教室から出た学生たちはそれぞれ、所属する部活に打ち込んでいた。
この学校の部活は、特に変わったものもなく、普通の活動を行っている。基本、この学園は名門校ではないため、当然、部活の成績も平凡に収まっている。学校内で問題が起これば困るようなものもなく、これまで通り活動できている。
もっとも、イジメが部活内に浸透していたとしても、例の三人の親が圧力をかけてでもなかったことにするだろう。そう疑われてもおかしくない。
ちなみに、例の三人である天城たちが部活に所属していないことが幸いである。ただ、ゲームセンターで遊び惚けていることが街中に歩く一般人から目に付くことが多いという。
天城たちと同じく部活に所属していない生徒たちはというと、授業が終えるとすぐに校門を抜け、天城たちに絡まれないように帰宅していった。当然、静哉もその一人だった。
「…………」
学校の敷地外に出て、帰宅に入っていた静哉は、寄り道として本屋に足を踏み入れていた。
本屋のあちこちに並ぶ本棚を見つめ、何かを探すかのように歩きながらキョロキョロと目を動かすが、特に目ぼしいものがなく、本屋から立ち去ろうとしていた時、静哉は隣の本棚に自分より先に出ていたはずの天城たちがいたのを視界に捉えた。
すぐに気づき、思わず本棚の後ろに隠れた静哉だが、目線はしっかりと三人を捉えており、視界から外そうとしなかった。ここに来ていたのかと心の中で思っていると、彼は信じられないものを目にする。
「!」
その視線の向こう側で本棚の中に収納されていた一冊のマンガを取り出した海老原は、内包させていたビニールごと直接カバンの中にねじ込んだのである。隣に天城や染崎もいたにもかかわらず、一切悪びれもせずにだ。
静哉が目にしたのは、まちがいなく「万引き」であり、立派な「犯罪」である。疑う余地もなく、天城たちは人としてやってはいけないことをやったということになる。
ところが、三人は特に罪悪感もなく、欲しいものが手に入ったことに嬉々としており、さらには染崎が先程のとは別のマンガをカバンに入れ、チャックを閉めた。
店内に映る監視カメラや店員に悟られないためであり、向こうがチェックしたとしても、何が起きたのか分かりづらい。しかも上手く身体を密着させてガードさせているため、店にいた店員からでも確認することができない。巧妙な手口としか言いようがない。
(アイツら……)
その様子を見ていた静哉は物陰から三人を睨む。喜びを表情に出している三人が平然と万引きをすることに怒りを隠すことが出来ず、劇場とともに湧き上がる激情と共に拳を握り締めていた。
一方で、その三人が悦楽に浸っているが丸わかりである。いかに権力者の子息であるとはいえ、やってはいけないことがあるのではないかと苦悶するところだろう。
「よし、ここを出ようぜ」
「ああ」
「…………」
三人が本屋を出ようとしている所を出くわさせないため、静哉はこの場から離れ、天城たちがいた場所へと裏から回る。一方で三人はそのまま店員を通り過ぎ、自動ドアを通っていった。
先程まで三人がいた本棚に目を向ける静哉。
その目には嫌なものを目にするような嫌悪感を表したものだった。
「天城の野郎、こんなのをずっと続けていたのか……!」
よくみると、本棚にある本が少なくなっており、一部が空白がある場所へと傾いている。バレないように一冊ずつ傾けてはいるも、証拠を隠滅させようとしているのが丸わかりであった。
「…………」
自分も本屋に後にし、ある程度歩いて誰もいない場所に立ちながらスマホを操作する静哉。
その画面にはこれまでの光景が収まっていた。
先程、あの三人が本屋にある未購入の本をカバンに入れようとしている様を、静哉はスマホの機能を利用した動画に収めていたのだ。これを警察に見てもらえば、間違いなく動いてくれるだろう。だが、静哉はなぜかこの動画を提出することに躊躇っていた。
(これを出せば、間違いなくアイツらは退学だろう。だが……いずれは表沙汰にされずに出てくるに違いない……!)
日本の法律には「少年法」というのが存在する。それは、罪を犯した少年少女が罪を償うために社会に復帰させる救出案だ。主に未成年のために施行された法律であり、同様に罪を犯した大人たちと違って、更生すればたった数年で復帰できるという。
ましてや天城たちは静哉と同じ高校生だ。ここで静哉が記録した映像を警察に突き出しても、聞いてくれるに違いない。しかし、警察が十分に動いてくれるかが心配であった。
何しろ、天城たちの父親はどれも社会的地位に属する人間である。それ故に、警察に圧力をかけることなど、造作もない。たとえ、天城たちが警察に取り押さえられたとしても、あちらの方から釈放させることに動くだろう。その場合は一時の時間稼ぎでしかならない。
これらを鑑みても、天城たちを捕らえようともせず、自由にさせることと同じである。
少年法に加えて、社会からの圧力。それに準ずる権力を持たない〝組織〟である警察ではどうすることもできず、被害者からの要望に応えることができない。というより、社会そのものが彼らの味方と言ってもいい。まさに支配階級の裏側、すなわち〝特権〟そのものであった。
難しいことは考えずとも、警察に捕まることはない三人はその〝特権〟に守られながら、のうのうと生活を続けている。ケンカも強いことを踏まえて、彼らに逆らうことが、どれだけの報復に繋がるのか想像がつかない。自分たちができることとしたら、逆らわず、服従し、遂行しろ、この三つの〝命令〟に従うしかないのである。
それらを頭で理解していた静哉は、今も手に持っているスマホの映像を見て、悔しそうに歯噛みするしかなかった。
「クソッ……!」
本屋からしばらく歩き、住宅が密集する地帯まで足を運んだ静哉。
マンションや住宅が立ち並ぶ中、彼はその中の一つである一軒家の前まで歩く。その一軒家の周囲に建てられた塀に「宿木」という名字が刻まれた表札がかけられていることから、そこは静哉が住む家、すなわち彼の実家であることを意味していた。
そのままドアに手を掛ける静哉だが、そのドアが開かない様子から、家に誰もいないことを察した。
あらかじめ持っていた家の鍵を使い、中に入った静哉は玄関の前で靴を脱ぎ、そのままキッチンがある台所まで歩くも、やはり誰もいないことに落胆する。
「…………」
静哉はその場を下がり、一台のテレビが置かれている居間へと足を踏み入れるが、その場はなぜかゴミが散乱していた。しかもここずっと片付けられていないことを表すかのようにほこりなどが目立っていた。
元々、静哉は父親と母親の三人暮らしであったのだが、母親は夜遅くまで仕事しており、家にいないことが多いという。そのため、この家で家事をする人間はいない。
一方、父親はというと、かつては母親と同様に仕事に勤めてはいたのだが、その勤めていた会社が倒産し、その影響でリストラとなってしまったのである。再就職で気持ちを新たに会社で勤めようともしていたのだが、ことごとく職に就くことができず、その精神的なショックにより塞ぎ込んでしまったそうだ。
それでも何とか職に就くことができたのだが、性格が荒んでしまい、家族の大黒柱という面影はほとんど残っていない。その証拠に、数本のビールなどのお酒がカーペットの上に転がっている。
(また飲んでんのかよ、あのクソ親父……!)
ダメ人間まっしぐらに進む父親のだらしなさに、静哉は舌打ちをする。その時、ドアが開く音が玄関から響いてきた。
「!」
玄関から聞こえてきた音に反応した静哉は、その玄関まで戻るとそこに、どこにでもいるような一般人の格好をした彼の父親がいた。口にはタバコを咥えており、左手には大きなバッグがある。その父親も、息子を目にし、言葉をかけようとするが、信じられない言葉が出た。
「帰ってたのか……」
「悪いか」
「フン……」
「…………!」
息子である静哉を見るなり、邪魔そうにそっぽを向く。その振る舞いに静哉は青筋を立てた。そのまま父親は靴を脱ぐとそのまま台所まで行き、キッチンの横にある冷蔵庫に入れていたビールを取り出すと、そのままグビッと口にし、肺の中に溜まっていた空気を吐き出す。帰ってくるなり、いきなり飲み物を口にするあたり、どこにでもいるようなダメ親父そのものだ。
その親父の、いつものと言ってもよいその行いを玄関に留まりながら察すると、そのまま自分の部屋がある二階まで階段を昇っていった。
そして、夜。
静哉の母親があらかじめ作り置きしていた料理で一つのテーブルで向かい合いながら夕食を取る父と子。しかし、両者の間で会話はなく、ただ、目の前にある料理に手を着けるだけである。
「「…………」」
特に話題となっていることも口に出さず、また、雰囲気が明るくなることもなく、時間だけが過ぎると父親が立ち上がった。
「ごちそうさん……」
「…………」
立ち上がった父親は息子に目を合わすことなく、挨拶だけでこの場を立ち去る。手を着けていた料理は残さず食べてくれたのだが、面倒くさいのか皿だけがテーブルの上に残されていた。
続けて静哉も食べ終えると、父親の分まで皿を片付け、台所で洗い出した。これらを何日も続けていたため、自然と体が覚えたのである。洗った皿をふき取り、食器棚に戻すとそのまま自分の部屋に戻っていった。父親が居間のテレビで横になりながら見ている一方で、静哉は勉強を始めるのだった。
見ているだけで憐れみを覚えさせる家庭環境、これが静哉の環境であり、まさに不幸そのものだ。いきなりどん底に落とされる父親、這い上がろうにも高すぎるハードルに阻まれて自暴になり、息子である自分にも目を向けない。
さらには自分も社会に縛られることのない者たちのイジメによって、弱者として覚え込まされている。これ以上のない辛さであり、事実を述べようにも社会はそれを受け付けようともせず、彼から逆に奪い取っていく。なぜ自分たちだけこんな目に遭わされるのかと静哉はずっと自問自答していた。
だが、どんなに考えても、答えが出ず、差し伸べてくれる人間もいない。いるとしたら、彼の母親であるのだが、その母親も含めて、自分たちの環境が最悪のため、周りは受け入れてくれるだろうが、本気で見てくれるのか不安が付きまとっていた。
本気で自分の味方をしてくれる者はいない、自分の力で這い上がるしかないのだと、静哉は中学の頃に自覚した。自分を養ってくれる母親の手助けになろうと、彼は勉強に努めていたのである。
いつしか、その努力が報われるのではないかとそう信じ、静哉は不幸が重なる現状に苦しみながらも生きていた。
しかし、後に彼をさらに不幸に貶める出来事が起こるとは、彼自身も予想できなかった。
翌日の昼休憩。
校内にて購買している昼食や、あらかじめ用意されていた弁当を口にする生徒たちをよそに、教室内で相変わらず落書きが書かれた机と椅子に座る静哉の近くに、一人の男子がやってきた。
「相変わらず頑張るねえ」
「……呉宮」
静哉が声が聞こえてきた方向に目を向けるとそこに、このクラスの人気者である呉宮覚がいた。人気者に相応しいイケメンであり、成績優秀に加えて運動神経抜群と、まさに天才児という風貌だ。その天才児が静哉に声をかけてきたのである。それに応じて、クラスメイトたちもそれに注目する。
「何のようだ」
「いやいや。ホントに凄いよ、キミは。あの三人に真っ向から対立するなんて」
「……他の奴らが腑抜けているから、アイツらをますます付けあがらせるんだろうが。だったら、俺がやるしかないだろ。っていうか、お前でもやれそうな気はするが?」
「そんな無駄なことはしないよ。相手しても疲れるだけだし」
「フン……」
呉宮はそうはいっているが、静哉はいつでもあの三人を制することなど容易いだろうと見抜いていた。そもそも、この二人はこのクラスの中でも上位に入るほどの運動神経を誇っており、天城たちでも寄せ付けることはできないという。
特に呉宮は成績上位に入るだけあって、クラスの皆は彼に慕っている。しかし、それよりも劣る天城たちにとっては面白くはなく、目障りとしか言いようがない。その上、ケンカで下そうとしても逆にあしらわれるだけだと理解しており、みじめな気分を味わっていた。
しかも、成績ならまだしも自分たちより運動神経の高い静哉がいることも目ざとかったのだ。呉宮にはクラスの皆が庇う可能性もあるのだが、静哉にはそれがない。というより、静哉自身が孤独でいることを好いているため、天城たちは彼を、不満を発散させるための標的として捉えたのである。
「でも、あまり反抗ばかりするともっと、痛い目に遭うよ。それこそ、君はこの学校にいられなくなるかもしれない。その時になったら、僕は悲しむからね」
「……ホントにそう思ってるのか?」
「は?」
「単なる独り言だ。邪魔者は退散するだけだ」
「オ、オイ!」
一人勝手に教室を後にする静哉。
誘いを断り、心配を跳ね除けるような彼の振舞いに、クラスメイトは静哉に落胆し、呉宮は少し不満そうな顔を出していた。




