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黒血の大木  作者: 北畑 一矢
2/9

天城厳一

この物語は、主にイジメや格差など、現代の社会問題を基に描いております。

「よくもやってくれたな、テメエ!」

「俺らに逆らうことがどういうことか、わかってんのか!」

「どうせ、お前に居場所なんて、ねえけどな!」

「…………」

 静哉が現れてから静寂が訪れようとしていたこの教室内に入ってきたのは、彼が先程相手していた、あの三人であった。ゴミ箱を自分の席まで持ってきた静哉の元に三人が寄ってくる。

「お前のせいで傷が付いちまったじゃねえか! どう責任を取ってくれるんだ! ええ!?」

「あれは、お前らが勝手に同士討ちした結果だろう。俺はただ、避けただけなんだが」

「ふざけんな! あの場合は殴られるのが正解なんだよ! お前は俺らに従ってればいいんだよ!」

「……話にならんな」

「ッ――! テメエ……!」

 自分達の言い分をヒラリと躱す静哉の言葉に、染谷は静哉からゴミ箱を奪い取り、それに捨てられていたゴミを静哉の頭上から吹っ掛けた。大量のゴミが彼の机のに散らばり、染谷はゴミ箱を教室のどこかに放り投げた。

「「「ハハハ!」」」

「…………」

「いいか! これ全部、テメエがやるんだぞ! お前らも、アイツに手伝おうとするなよ! 分かったな!」

「「「…………」」」

 天城の強い命令口調に、学生たちは言葉が出てこない。何か文句ひとつでも出るはずなのだが、あの三人には逆らうことのできない事情・・があるために、何も手を出そうともせず、ただじっと見つめるだけであった。

「キャハハハッ! ウケるッ~!」

 クラスメイトたちが静哉を見つめる中で他にグループを作っていた女子の一人、日見谷礼が染崎による静哉への仕打ちに対して、大笑いをする。ネイルやアクセサリーなど、一目でギャルと分かる奇抜な見た目と相まって、周囲が静寂なだけに人の不幸を微塵とも感じさせない笑いが教室内によく響いた。

「「アハハハッ!」」

 それに合わせて、彼女と共にいた他の二人の女子こと、北澤里香と遠山麗奈も爆笑しており、一部のクラスメイトたちもいつの間にか笑い続ける彼女たちに向けて不快な視線を向けていた。

 日見谷、北澤、遠山の三人は、いつも一緒のグループで活動していることが多く、天城たちと同様に自由に校内を出回っているという。特に三人とも化粧をしていることが多く、自分を周りに見せつけることもあるという。

 また、天城たち三人と同様に、日見谷たちもどこか人を見下しているような目で静哉たちを見ているようで、他のクラスメイトとも折り合いが悪いらしい。加えて、日見谷たちにはある噂が立っているという。ここにもクラスの問題児が存在していたわけであり、他のクラスメイトたちも少なからず呆れていたのである。

 一方で天城たちは溜まっていた不満をスッキリしたかのように笑いを上げながらこの場を移動し、この教室内にある自分たちの席に座る。一方の静哉の周囲には、ゴミが散乱した机と椅子だけであった。

「…………」

 静哉は何も言おうとせず、頭にかかったゴミを払う。そして、教室の隅に打ち捨てられたごみ箱を取り出し、そのまま染谷が座る席まで歩き始めた。

「オ、オイ……」

「ま、まさか……」

 静哉が行おうとしていることを察知した男子二人が声を上げる中、静哉が染谷の所まで行くと、先にその人影が染崎を覆い尽くす。

「ん?」

 辺りが急に暗くなったことを感じた染谷が明後日の方向に目を向けると、静哉が持ってきたごみ箱を勢いよく頭の上から被せられ、急に視界が変わったことに混乱する。

「オイ! 何だこれ!?」

「…………」

 すると、静哉は無言のまま回し蹴りで染崎の頭をゴミ箱ごと蹴り抜いた。

 ――バァッン!

「グアッ!?」

 染崎は思わぬ不意打ちに絶叫し、重力に任せるように身を机に伏せてしまう。

 視界を塞がれて混乱している間に、後ろから強い衝撃を染崎は間近で受けてしまい、今度は前から来る衝撃――ゴミ箱と机の硬い部分を直接、顔面に叩かれたのである。その影響で彼は机に伏せてしまった。

 先程の仕返しを終え、静哉は「フン……」と生意気な態度を取ると、天城と海老原が自分の椅子から立ち上がり、そのまま静哉に詰め寄る。

「宿木、貴様……!」

「ふざけたことをするから、こうなるんだ。何度言ったら分かる?」

 静哉が振り向いた先に、天城が拳を上げて殴り掛かる。しかし、静哉はその拳を左手で受け止め、そのまま胴体の位置まで力づくで下ろそうとする。

「ガッ、ガアアアッ……!」

「…………」

 天城が静哉に力負けしている姿に、クラスメイトたちは目を奪われた。クラスを蹂躙する絶対的な強者に逆らうその様に驚いたのである。これが静哉が天城たちに抗う理由なのだ、と改めて理解した。

 クラスメイトからは怖いもの知らずとも見られるのだが、実はというと、静哉はスポーツをやっていたわけではないにもかかわらず、身体が頑丈であるために不遜な態度を取る天城たちにも物怖じしないのである。その上、運動神経が高いこともあって、天城たちからのイジメには適度にあしらっているのだ。

 自分の思い通りにならない天城たちには、目の上のタンコブでしかなく、静哉を毎日のごとく自分たちに服従するよう問い詰めていた。

「貴様!」

 天城が手こずっていることをよそに、海老原が静哉に襲い掛かろうとするも、その静哉から睨みを利かせており、それに思わず怯んだために足を止めるしかなかった。

 その一方で机に伏していた染崎は僅かながら腕を動かし始めた。

「ク、クソッ……!」

 ただ、脳に直接音が響いたために思うように身体を動かすことができず、起き上がるのもやっとだ。そのまま椅子から立ち上がると、染崎は頭に被せられたゴミ箱を背中を見せている静哉に向けて放り投げた。

 しかし、一度視線を後ろに移していた静哉が上半身を下ろすと、

「あ」

 そのゴミ箱は天城の顔面に直撃する。

「ガッ!」

 静哉はその隙に、天城たちから離れ、一旦距離を置く。一方で、自分の行為が天城を傷付けたことに恐れを抱いた染崎は、矛先を静哉に向けた。その目付きは、自身をこんな目に遭わせた犯人であることも含めて、怒りに満ちていた。

「宿木、テメエ……!」

「どうせなら、お前にも手伝ってもらいたかったんだが、お前ら三人にやらせてもよかったな。そもそも当事者なんだし……」

「何!?」

「まあ、そんなことはどうでもいい。授業が始まるからさっさと終わらせるぞ」

「ハッ、だから一人でやれ、つってんだろ! 俺は手伝わねえぞ!」

「……根性なしが」

「! 今なんつった!?」

「根性なしと言ったんだ。根性なし」

「二回も言いやがって……うざいんだよ!」

 怒りのままに立ち上がった染崎は、自分の席まで歩く静哉の後ろから殴り掛かろうとする。

 しかし、静哉は躱し、足を突き出して突っかかってくる染崎の足を引っかけた。

「どわっ!?」

 急にバランスを崩したことで染崎は目の前にある机にぶつかってしまい、そのまま机と共に倒れ込む。激しい落下音が教室内に響き、学生たちを戦慄させた。

「いってて……。宿木、テメエ!」

「ふざけたことをするから、無様な姿を晒すんだ。それに、あちらがカンカンだぞ」

「!」

「何してくれてんだ、染崎ィ!!」

「! クッ……!」

 机の上に伏している染崎に、頭に血を昇らせる天城。ゴミ箱を顔面にぶつけられたことで表面に赤みがでできており、感情も怒りを込み上げていることもあって既に爆発しかけていた。既に矛先も、あちらに向けている。

 いつ暴れてもおかしくなく、一連の行為を見ていたクラスメイトたちも慌て始めた。その一方で、静哉が染崎を冷ややかな視線を向けている所に、学生とは異なる人物が教室内に入ってきた。

「オイ、何をしている!」

 静哉を含めた学生たちにとって聞き慣れた声に、皆それが聞こえてきた方向に顔を向けた。このクラスの担任にして、年齢を重ね、小太りとした体形の男こと、飯島次郎の登場である。

「また騒いでいるようだな、お前ら! どうせ騒ぎの原因はお前だろ、天城!」

 教室内で起きている惨状を見て、飯島はこの騒ぎを立てたと思われる人物を言い当てる。しかし、白羽の矢を立てられた天城は目を逸らしつつ、指を静哉に立てて逃れようとする。飯島はそれを見て、静哉に目を移す。

「またお前か、宿木!」

 天城に後ろ指をさされ、飯島に意識を向けられた静哉は呆れたかのようにため息をつき、混沌としたこの状況を説明し出した。

「……いつものように馬鹿三人が金を強請ってきて、さらには染崎がゴミ箱ぶっかけてきたんすけど……。主に奴らがやらかしたことなんで、何か言ってやってください」

「! チッ……!」

「…………」

 静哉の説明を聞いて飯島が舌打ちするのを見て、彼はしっかりと聞き入れてくれたのか少し怪しんだ。状況が状況なだけに、どっちに非があるのか飯島にとっては分かりづらいだろう。

 しかし、静哉のざっくりとした説明を理解した飯島は、常に騒ぎを起こすことに問題がある天城たちへ改めて鋭い目つきで向け、注意を促そうとした。

「オイ! いい加減にしろ、お前ら! こういうのやめろって、何度言ったら分かるんだ。下手すれば学校問題になると――」

「――チクったら、分かってんだろうな。俺ら・・に逆らうことがどういうことか」

「ッ――!」

 ところが、染崎が脅しとも取れる発言に、なぜか口籠ってしまい、無言となってしまう。さらには波紋を呼ぶかのごとく、一部の生徒たちも飯島と同様になぜか口籠る。しかも、心なしか表情も暗い。

「賢い先生なら、分かってくれますよね~」

「…………!」

 飯島の注意を受け付けようとせず、逆に余裕でニヤける染崎の言葉に、飯島は苦い表情を取る。まるで天城たちに人質を取られたかのような雰囲気であり、逆に飯島は天城たちに何も手が出せない状態へと変わっていった。その飯島が考えた末に出た言葉は、

「……宿木、全部お前がやれ」

「!」

「ハハハハハハ、そうだよ。それが〝正しい選択〟なんだよ、先生~」

「…………」

 物語の結末を捻じ曲げるような発言に、飯島は反論せず、ただ黙り続ける。一方で、静哉は呆れた表情で、その一連の流れを見つめていたのだが、いつも見ているような光景をまた目にして、ため息を吐いた。

「いい加減にしてくださいよ、先生。その〝事なかれ主義〟は……」

「うるさい! お前は黙ってゴミ拾いしていろ!」

「ハイハイ……」

「ハイは一回だ!」

「…………」

「どいつもこいつも……」

(それはこっちのセリフだ。簡単に言いくるめられやがって……)

 とりあえずは静哉一人で教室に散らばったゴミを拾うという、あまりにも非道な結果として騒ぎは沈静していった。その騒ぎをじっと見つめていた学生たちも何も言わず、ただ席に着き始める。もちろん、自分たちの周囲に散らばっているゴミにも手を付けずにだ。

 このクラスは、完全に狂っている。

 そう言いたくなるほどに、教室内の空気はヒエラルキーという支配階級が存在する、最悪なものと化していたのだ。静哉や飯島が反発したにもかかわらず、その飯島が逆に庇ったことにより、また日比谷たちがクスクスと笑っていた。まるで正しさこそが悪だと言わんばかりに。

「…………」

 その中で何も言わず、ただゴミを拾い、ゴミ箱に入れる静哉を一心に見つめる一人の女子生徒がいた。

 その女子こと荒谷美琴は、彼に共感するようにとても悲しそうな表情で、ただ彼を視界に捉えるのだった。


 そもそもヒエラルキーは、社会にとってすごく一般的なものであるのだが、このクラスの場合は教師である飯島が静哉たちより上の立場に立っているわけではなく、このクラスの一員である天城、海老原、染崎の三人が上としてクラスを支配していたのである。

 三人はそれぞれこの地に関わる権力を有した者を親に持っており、この学園の教師はおろか、街の人間すら逆らえないという。

 まず天城の父親は黒鉄高校の学園長であり、その七光りもあってか教師たちは真っ先に天城の言いなりとなっている。さらに海老原の父親はこの街の市長という、手も出しようのないところにあり、手を出そうにも真っ先に処断されかねない。そして、染崎の父親は政治家と、かなり質が悪く、社会すら思いのままなのだ。

 この三人が一緒のクラスにいるだけあって、このクラス、いや彼らと同じ学年の生徒たちはもう彼らの奴隷でしかないのである。

 加えて、飯島は三人に逆らえないのか何も言わず、ただ見て見ぬフリという教師としてあるまじき行為を平然と行っている。ただ、三人に従っているという雰囲気ではなく、まるでなかったかのように物事を進める節も見られ、それもあってか生徒からもナメられている。まさに事なかれ主義という奴だ。

 生徒の味方であるはずの教師も動かず、同じクラスにいる学生たちにとっては、あの三人がバイ菌でしかないのは違いないだろう。しかし、彼らに逆らえば、この学校だけでなく、家族をも標的とされ、この街にすらいられないという、地獄を味わうことになる。

 強力な権力に、弱者は一方的に潰される、まさにそんな気分を受けないようにと、生徒たちはあの三人に付き従う他なかった。

 わざわざ複数の学生が集まってグループを形成させているのも、自分の身を守る術として行っているのだが、天城たちは平然と壊し、無理やり従わせている。その中で抗う者もいたのだが、ケンカも強い三人には一方的に殴られ、最後は服従するという末路を迎えたそうだ。

 ちなみに、このクラスだけでなく隣のクラス、そして下級生や上級生も関係なく、暴力といったイジメなどで生徒たちを従わせており、この学園に通う生徒たちにはもはや支配階級による絶対服従を義務とさせていたのだ。それもあって、不登校となる生徒も後を絶たない。

 今にも警察にも取り押さえられそうなのだが、政治家である染崎の父親や市長である海老原の父親が圧力をかけているためか、マスコミも警察も来ることはなく、生徒たちは、逃げ場のない檻と化した学校の中で、ただただ支配という名の平穏とした・・・・・一日を過ごさせていたのだ。

 その中でただ一人、抗う者がいた。それが宿木静哉である。

 支配を受け入れず、ただ群れることを嫌うその少年は、三人にとって思い通りにもならない、一番厄介と言える存在であり、その反抗心は叩かれるたびに鉄のごとく硬いものとなっていた。

 イジメを受けようとも、その強固な意志は人として正しい。しかし、この学校内に蔓延している支配階級ではむしろ邪魔な存在にすぎない。それに目が留まった三人は今、静哉を標的としていたのである。

 だが、静哉が持つその強い意志の裏には、とても悲しい事情を抱えていた。


社会問題を主題にして、描くというのは、一部にとってはトラウマと直面することかもしれません。

他者から見れば、面白いことだとしても、トラウマを抱える者は少し遠慮しがちになるでしょうね。


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