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黒血の大木  作者: 北畑 一矢
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宿木静哉

あまり聞き慣れないタイトルですので、補足しておきます。


※黒血・・・生物の生き血が黒くなったもの


要するに、人の生き血を吸って、成長した黒い大木というイメージです。

 〝欲〟を満たすというのは、どういうことだろうか。

 食事で出された料理を食べて満足することか。

 相手とスポーツなどで戦って勝利することか。

 ドラマを見て、その内容に感動することか。

 お金を出して、欲しいものを買って喜ぶことか。

 いや、それらすべては、人間が生み出す〝欲〟でできている。

 〝欲〟とは人間にとって必要不可欠なものであり、生きるという意味の価値を見出させる目に見えない存在だ。

 その〝欲〟を満たせば、これ以上の幸福を望もうともせず、何も欲しがることはないという。逆にそれを満たせなければ、それを満たそうと何度も繰り返す。

 人間とは〝欲〟に忠実な存在だ。その〝欲〟が湧き上がるたびに、満たそうと行動を起こす。

 モノを作ることも、壊すことも、立派な〝欲〟だ。その〝欲〟を否定することは、その人間そのものを否定することに繋がる・・・かもしれない。なぜなら、欲がなければ、人間は〝生きている〟とは言い難いからだ。

 動物だって、腹が減れば動物の肉を食べることもだろうし、休むために寝ることもある。生物にとっても、ある意味、自然な行動だ。

 だが、動物の肉を食らうと言っても、人間が食べているのはあくまで死んだ・・・動物の肉であり、動物が食べているのは主に、生きた・・・動物の肉である。

 そもそも肉を食らわなければ、生物は生きていくためのエネルギーを得ることはできない。それができなければ、取らねばならないものはただ一つ、自らの肉体だ。自らの肉体を削り取り・・・・、それを食らう、いわゆる〝自食行為〟という奴だ。

 しかし、それはより飢餓を膨らませ、次第には理性を壊してしまう、最後の手段でもあり、その先に訪れるのは、当然、最悪の末路である。

 だが、もう一度理性を取り戻すには、その飢餓を満たす〝何か〟を与えることのみだ。もっとも、その問いに近いのは――他の生物が持つ命。

 命を満たすために、命を奪う。いかにも原始的な答えではあるが、もっとも核心に近い真理・・でもある。何より、生物がこの世に誕生してからずっと繰り返してきた行動であり、生物にとっても、無意識下でそれを選択するのは当たり前だろう。生き残るのは当然、その肉を食らい続けてきた者だけだ。

 人間の歴史でも、数多くの争いの中で命を奪い合い、より多くの命を食らい尽くした者が称えられた。

 強き者が弱い者を食らい、逆に弱き者が強き者を食らう。前者が主に使われる言葉ではあるが、本当に強き者が強いというのは、何が必要なのか。

 それは、強き者が踏みにじった、弱き者を世に晒すことである。単に言えば、生贄だ。

 強者が力を示すにはそれが必要であり、弱き者からすれば、最も残虐的な仕打ちだろう。

 だが、それを必要としない世の中としては、間違っていると答える者も少なくない。それだけ残酷なものを目にしてきたわけでなく、それとは無縁の生き方をしてきたからと言い換えることができる。

 その時点で、ある程度〝欲〟が満たされていると言っても、過言ではない。生贄を求めず、それと代替できるものを使うだけで済むこともあるからだ。

 しかし、それでも満たされず、さらに弱き者から奪う者もいる。それらを鑑みても、人間の、いや生物の本質は変わっておらず、むしろ、より欲深くなったと言えるだろう。

 動物からすれば、自然の摂理だと言ったとしても、人間からすれば、喜ばしいとは言えない。何より、それが正しいのだと、到底思えないと言い張る者も少なからずいるからだ。

 ただ、略奪を繰り返してきた欲深い者が法に守られ、それに反発した者だけが社会に一方的に裁かれる。それは、強き者が弱き者を食らう自然の摂理だと本当に言いきれるのだろうか? 

 自分が他者よりも高い地位に立ち続けることが差別を生み出し、弱き者を作り出す。そして、自ら作り出した・・・・・・・弱き者を食らい、満足する。そして、欲が満たされなければ、またそれを生み出し、繰り返す。まさに欲に溺れた者に訪れる末路――――堕落だ。

 欲が満たされることで、それ以上のことを望まないのは当然だ。ただ、それが続くと、自ら思考することも少なくなり、次第には自ら動くことも止める。いわば、欲の放棄というものだ。

 欲が満たされた、幸福な一日が永遠に続けば、もう考えることすら必要がなくなり、生きるという価値も見出すことができなくなる。そして、現実との境界線が消え、人間は人という価値観を失ってしまい、本能だけで動く獣へと戻るだろう。

 その獣の理性を取り戻せば、やり直すことができるのだが、欲に溺れた、欲を欲と思わないまま飲み込まれた者に耳を傾けさせるのは至難である。

 しかも、それに逆らうということは、自らのすべてを放棄することに繋がり、結局は無駄足というものになってしまう。仮に成功したとしても、逆に捻じ曲げられ、そのすべてをなかったものにされるというのはまさに理不尽としか言いようがない。

 だとしたら、いったい何が正しいのか。それは、欲に溺れず、自我を保ち続ける自分なのか。それとも、人権を踏みにじる理不尽をなぜか許してしまう社会なのか。はたまた、その社会すら思いのままに操り続ける強者なのか……。

 こうして見ても、人間というのがいかに不便な存在であるかがよく分かるだろう。自分の欲に忠実で、自分勝手に事を進めるということは、少し耳障りするかもしれない。

 ただ、一部からは自分らしく生きているということも伺える。どこまで行っても自分は自分というのに行き着くからだ。逆を言えば、自我を放棄するということは、自分という存在をなかったものとして捉えることとなり、誰かの意志に、時代に流されるままに行動を進めるようになってしまう。そこに善悪があろうとも。

 人は、生まれた時から人間の欲の中で生き続ける。その生きる中で、理不尽が自分の前に立ち塞がるのは必ず起こるものであり、そこから抜け出すのは容易ではない。仮に抜け出したとしても、近いうちにまた立ち塞がることもある。いわば堂々巡り、悪く言えば生き地獄だ。

 しかし、生きていく中で命までもが取られるということはあまりない。だが、その苦しみを味わうことは〝生きる〟ということでもある。その苦しみと共存しなければ、人間は初めて生きていることを実感することができないからだ。要するに、〝矛盾〟という奴である。

 その矛盾が飛び交う世界の中で、人間は生き続けることを許されている。それは、人間に課せられた〝試練〟と言うべきなのか――。



 曇天が空を覆い尽くし、地面に向かって降り注ぐ雨が地表を濡らす。地表には温度を確かめるように一人の少年が横たわっていた。

 ただ、その少年はピクリとも動かず、寝ているように見える。だが、その脇にはライトが点いた自動車がなぜか止まっており、一向に動く気配もない。さらには周囲に人だかりができており、哀れとも見える眼でそれらを見つめていた。

 その場所を上から見ると、そこは大勢の人間や複数の自動車が行き交う交差点であり、場所が場所なだけに、今起きていることが非常にまずいことなのがよく分かる。少年が地面に転がっている様子から、その近くにある自動車に撥ねられたのが目に見えた。

 少年は上から降りしきる雨に打たれつつ、ただじっと地面の冷たさに体温を奪われていくが、この場で起きた事態を知り、救急車を引き連れてようやく集まった救急隊員に運ばれる。

 そして、自分を運ぶ人の呼びかけなどが耳に響く中、少年はこれまでのことを走馬燈のごとく、思い返していた。



 宿木やどりき静哉しずや

 日本の首都、東京都に設立された黒鉄高校に通う高校生である彼は、住宅街に位置する一軒家に住むという、いわゆる一般の家庭で育った少年である。

 ただ、家庭は少し一般とは言い難い・・・・・・・・事情を抱えており、親が身を削ってまで働きつつ、そこから出るお金を学費として払いながらも、彼はそこに通っていた。

 彼自身、家が抱えている事情を理解しており、できれば役に立ちたいと思って、バイトを探している。しかし、学業とバイト、二足のわらじを履きながら生活するには、かなり負担が掛かるのは明白。卒業するまでにはいつまで身体が持つのか、予想できないからだ。

 だが、学校に通って勉学に励んでも、お金は来るはずがない。ならば、自分も身を削る勢いでやるしかなく、そうしようと静哉は決心していた――のだが。

 彼は働くことに身をうずめるよりも、心身が削れる思いを、自分が通う学校で受けていた。

 それは強者による弱者への力の行使――いわゆる〝イジメ〟がクラス内で浸透しており、今そのイジメの標的になっているのが静哉である。彼はイジメの主犯である三人の男子に欲を満たすための搾取をされていた。


「グッ……!」

「……相変わらず、しぶてえな」

「オラッ、さっさと有り金、寄こしな!」

「…………」

 男三人による追及に、静哉は背中に校舎の壁に打ち付けられた状態で追い詰められる。さらには三人が三方向から回り込む形で逃げ場を塞いており、ジリジリと距離を詰めていく。自身に迫ってくる三つの影に、静哉はじっとするしかなかった。

 銀色のピアスを耳に付け、こちらを睨む海老原景。

 目つきが悪く、見た目だけでも不良に見える染崎恭一郎。

 そして、他の二人より太った体型であり、二人のリーダー格である天城厳一。

 静哉が着ている服と同様の指定の制服を着ていることから、彼らもこの学校に通う生徒であるということがよく分かる。しかし、彼らの振舞いは、学生としての領分を越えたものであった。

 なぜかというと、天城たちが静哉の財布の中にあるお金を奪うという、いわゆるカツアゲという奴を行っていたのだ。これには誰も見向きもしないのだが、天城たちは暴力で屈服させようとしていた。しかし、静哉は天城たちの言葉に耳に貸そうともせず、反抗するかのように目つきを鋭くさせる。

「聞こえてんのか!?」

「誰が渡すか……!」

「アァッ?」

「何て言った!?」

「金を渡す気なんて、ねえって言ったんだよ!」

「んだとっ!」

 反攻の意志を示す静哉が吼えると、天城たちはそれに触発され、怒りのままに拳を上げる。

「俺たちに逆らえると思ってんのか!」

「……俺は、お前らなんかに屈するわけにはいかねえんだよ!」

 静哉の言葉に触発された三人は彼を袋叩きにしようと突っ込む。その彼も拳を握り、三人にぶつかる勢いで駆け出すのだった。



 黒鉄高校の校舎の一画に存在する教室。

 そこに通う学生たちはそれぞれ複数のグループを作り、談笑をしていた。

 昨日見たテレビの話題や、今人気のアイドルの話など、いかにも学生らしい雑談を繰り広げている。しかし、その中でただ一人だけ椅子に座る生徒も数人おり、両手に持っているスマホで暇つぶしをしているのも見られた。

 その教室を出入りする一枚のドアが開き、そこから一人の学生が教室内に入ってきた。

 その人物に気づいた一人の学生はそれを見ると、目を見開き、続けてその周囲にいる学生たちもそこに目を向ける。その彼らが注目する人物は、自分たちと同じクラスに所属する宿木静哉であった。

「…………」

 教室に入るなり堂々と自分の席に向かう静哉。ただ、左頬に絆創膏が貼られており、他にも赤く腫れた痣のようなものが見られる。時間的にもあの三人とやり合った後にできたというのが正しい。

 その彼を見つめる学生たちも彼に何かあったのか違いないと確信していたのだが、なぜか目を逸らしている。あまり関わりたくないとすごく言いたげな感じだ。その上で、グループを作っていたクラスメイトはそれぞれ小声で話し合う。

「オイオイ、また・・かよ……」

「っていうか、アイツら・・・・の何で言うことを聞かねえんだ……。逆らっても無駄だ、ってのに……」

「むしろひどい目に遭うだけだせ……」

 クラスメイトがコソコソと話し合い、グループ内で会話が広がる。静哉に聞こえないようにしているつもりなのだろうが、彼から背中を向けてはいるものの、静哉には自分のことを言われているのだろうと察知しており、既にバレバレな状態である。しかし、彼は特に何も言おうとせず、淡々と机の上にカバンを置こうとした。

「!」

 だが、彼が使う机には「出ていけ」やら、「死ね」やら、酷い中傷が込められた落書きが書かれており、机の模様が見えない状態となっている。こんな悪戯を行う人物など、この場にいる誰もが分かっていた。

 しかも、油性のマジックで書かれているためか落書きを落とすのも、めんどくさいと思ったのか、静哉は不快感を示した。

「ハァッ……」

 ため息を吐いた後、彼は構わず、机にカバンを置き、その中に入れていた教科書を机の中に仕舞おうとしたのだが、その机の中にゴミ箱のゴミが詰め込まれており、落書きと同様の陰湿な行為が施されていた。

 だが、静哉は特に動じようともせず、机の中にあるゴミをかきだそうとゴミ箱がある場所まで移動し始めた。

「つーか、アイツを褒めたい気分だぜ。あの三人から酷い目を遭わされているってのに、意固地にも反抗するんだからさ……」

「けど、いつまで続くんだろうな……」

「さあ……どっちが折れるまでじゃねえのか?」

 静哉の行動を評価する学生たちのボヤキ。

 彼の陰湿なイジメに対する強固な姿勢に、彼らはわずかながら尊敬の念を抱いた。しかし、静哉が相手している人物が人物だけに、クラスメイトは憐れみの目を一心に向け、次第に静寂に包まれようとしていた。

 その時、

「オォイ!」

「「「!!」」」

 教室内に響く大きな声で一瞬で静哉への注目は別のものに向けられる。


はじめは〝欲〟というのがどういうものなのか描いています。その〝欲〟が人間の、生物特有の原動力とするなら、イジメもまた、その一つかもしれません・・・。

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