青春と終点の先の話
お題:終点、変身、右斜め後ろの席
電車やバスで通学していると、なんとなく個人の席というものが決まってくる。
これはあまり混まない田舎だからというのもあるが、例えば僕が乗る駅から3つ行くところまでは通路を挟んで反対側にはよく知らないおじいさんが座っている。くたびれたビジネスかばんを持っていつも眠りこけているのだが、必ず降りる駅で目覚める。体内時計も長く生きると鍛えられるのかもしれない。
他にも決まっている席はあるが、僕の座っている席は特に固定だ。なぜなら僕の家が終点の二つ前であり、その時点で乗っている人はいないから。
そんなわけでいつも通り下校時間になり、同級生すらもほとんど乗らない田舎行きの線路を運ばれていく。
ところで、降りる駅があまり安定しない人もいる。
その恰好から塾講師だろうと思われる中年の男はいつも汗をひいひい拭きながらあっちで降りたりこっちで降りたり。乗っていないこともある。きっと担当校舎が多岐にわたるとか、複雑な家庭教師日程とかなのだろう。大変なことだ。
そしてもう一人言及するとすれば、それは僕の同級生だ。
先ほど同級生はあまり乗らないと言ったばかりなのだが、実は一人だけいつも乗っているやつがいる。
灘野能々乃。なんのののの。
女、読書が好き、無口、『の』が多い。
文学少女系というのだろうか。偏見も込みで、その割には猫背じゃなかったり髪がボサボサじゃなかったりとそれなりには人目を気にしているような様子である。
彼女はいつも僕の右斜め後ろのシートに座っているが、横に誰かを座らせる気は無いようで、彼女の隣は謎の巨大なスポーツバッグが占領している。本でも入っているのだろうか。わりと力持ちではありそうだ。
そしてのののの……言いづらいな、彼女の降りる駅は安定しない。乗ってすぐ降りることもあれば、僕が降りる二個前まで乗っていることもある。彼女も塾講師のバイトだろうか?にしては田舎方面まで行き過ぎていることがある気もする。
だが、今まで彼女が僕の降りる駅まで乗っていたことは無かった。つまるところ、僕の降りるド田舎の駅(当然無人)では比喩じゃなくひとりぼっちなのである。本当に。その時間が好きだってのは嘘じゃないが、時には友達と一緒の駅まで乗るとか、そういう標準的な青春も送りたかったものである。
……おっと、前置きが長くなってしまった。では端的に現在の状況を説明しよう。
現在、僕の降りる駅に着いた時点でまだ灘野能々乃が電車に乗っている。
これは異常気象だ。この一年、いや一年半か?一度たりともこの駅まで乗っていなかった灘野能々乃がこんなド田舎の駅まで来て、しかもまだ降りるつもりは無いようなのだ。
もしや、寝過ごしてしまっているのか?一応、電車はまだしばらくこの駅に停まっているが……。
それに気づいていながら指摘しなかったことで彼女が不利益を被るのは……まあダメではないかもしれない。だが僕は正直この奇跡的な状況に胸が高鳴り、いわゆる標準的な青春の一歩先、彼女とお近づきになってみたくなった。誰ともろくに会話をしない文学少女とは、たいていの場合ヒロインに抜擢されるような魅力があるものだ。まつ毛長いし。
ぐり、と首を捻り後ろの席を見てみる。さあ、そのレアな寝顔を見せてくれ。紳士的に「灘野さん、もしかして寝過ごしていませんか?いつもはここまで乗ってないですよね。てかLINEやってる?(笑)」と話しかけさせておくれよ。
「何」
起きてた。
がっつり起きてた。
というか思いっきり睨まれている。眼鏡の奥から眼光が突き刺す。
本を構えているくせに、僕が振り返るのを知っていたかのように、視線をあらかじめ置いてあった。
「や、やあ。その、灘野さん寝過ごしてるのかな〜って思って……」
「寝てない。起きている。むしろ寝過ごしていたのはあなたじゃないの。ここ、あなたの降りる駅よ」
「そうだね……灘野さんは降りないの?」
「降りない。あなたが降りる」
なんだろう、ものすごく「鬱陶しい、消えろ、不都合だ」というオーラを感じる。
彼女と会話したことは無かったが、まさかここまで感情を起こせるタイプの人間だったとは。植物と同じくらいの表情豊かさだった彼女が睨んでいることすら、そういえば珍しいことかもしれない。
これは……ここで降りるのは、違う気がする。
青春的に。
「ぼ、僕は丁度この先の駅に用があって……今日はここで降りないんだよ」
「この先の駅はド田舎中のド田舎、あるものと言えば田んぼと畑と山と駅くらいのものよ。何の用があるというの」
「イネ刈りの手伝い……かな?おじいちゃんちの」
「おじいちゃん?あなたの祖父は……」
がたんっと音がして扉が閉まった。電車が出発する。
「……あなたの祖父は、先々月に亡くなったんじゃないの?」
「おじいちゃんちって呼んでいたら、おばあちゃんだけになってもおじいちゃんちって呼んじゃうだろ?アレだよ、アレ……」
「ふうん……」
多少気を使わないといけないような事柄でも平気で突っ込んでくる。なんだ、灘野さんはこんなに毒とかトゲとかある人だったのか。奇麗なバラにはとは使い古された表現だが、彼女はどっちかっていうと刷りたてのA4用紙で指を切る感じだ。分かんないかな、分かんないかも。
ガタンゴトン、と緑の中を突っ切っていくオンボロ電車の中に同級生女子と二人きり。なんとなく青春を感じるでしょう?違うんです、思いっきり切れ味の鋭い敵意を向けられている。
「あなたの祖父母は米農家だったのね」
「そうそう。ちょっとしかないんだけど田んぼと余った土地で畑もやっているらしい」
「らしい?やはりあなたは嘘をついているのかしら」
「疑い深くない!?僕って灘野さんになんか不信感を抱かせることをしましたっけ?」
「あなた、日直の仕事を一回もまともにやっていないでしょう」
「電車の本数が朝は少なくて……」
「嘘ね。それにさっき自分の駅で降りなかった。でっち上げの建前で時間稼ぎまでして」
「な、でっち上げなんかじゃないさ!本当だぜ」
宛先:おばあちゃん
タイトル:稲刈りを手伝いに行く。今から
本文:(空白)
送信
「何よ今の怪しげなスマホ操作は」
「最近ナンプレに凝っててね!」
「あなた数字を読むのも嫌いだって言ってたじゃないの」
「い、いつ聞いたんだそんなこと」
「あなた、私の左斜め前の席でしょう。会話なんて丸聞こえよ」
送信失敗。圏外です。
クソっ。
「最後の警告よ」
「警告!?」
ぎぎぃ、と電車が止まった。この次が終点だ。存在意義の分からないこの駅では電車は数十秒停まるのみだ。
「今降りないとひどいことになる」
「ど、どんな」
「流血は当たり前。ささくれた皮膚を引きちぎるがごとき苦痛が待っている」
「いてえ……でもここで降りてもただ前の駅に歩いて戻るだけなんだよ」
扉が閉まった。
「だから、僕は行く」
「何があなたをそこまで駆り立てるのかしらね……」
「好奇心かな?」
「何の」
「灘野能々乃さんの数ある謎の一つ、いったい降りた先で何をしているのか……」
「やっぱり目的はそれか、ストーカーね」
ふんっ、と息を吐き、さりとてさほど不快というわけでもなさそうに、彼女は言い捨てた。
「まあ、後悔するがいいわ」
終点に着いた。
灘野能々乃は僕が荷物を取るのも待たずにスポーツバッグを持って降りた。慌てて荷物を抱え、追って外に飛び出す。
「灘野さんっ!?」
いない。いったいどこに行ったのか。
小屋のような駅から出て辺りを見渡すと、舗装もされていない田んぼ脇の道路を駆けていく背中が見えた。
必死に追いかけていくと、見えてきたのは……。
おじいちゃんち?
「おお、あんたが今日手伝ってくれるって娘かい。よく来たねえ」
「よろしくお願いします」
「おや、後ろにいるのは涼芽じゃないかい?」
おばあちゃんと灘野さんが話し込んでいる。え、どういうことだ?
「彼も今日手伝いたいって言ってくれたんです」
「おやまぁ!嬉しいねえ、ばあちゃんのことなんか忘れちまったのかと思ってたよ!じいさんが居なくなってから男手が足らなくて!ありがとうねぇ、涼芽ちゃん!じゃあさっそく着替えてコレを運んでくんな!」
息も絶え絶えな僕は、何十kgもありそうな種袋の運搬を断ることはできなかった。
「後悔すると言ったでしょう?」
「き、筋肉が……」
農作業服に変身した彼女は筋力が倍増したかのような働きぶりだった。よくこんな感じで各所のボランティアをしているらしい。
「ま、あなたも結構頑張っていたんじゃないかしら?」
「もうこりごりだけどね……」
「そう?その気があれば今度からは一緒にお手伝いに行こうかと思っていたのに」
「灘野さん……?」
「さん、はいらないわ」
農作業服で泥まみれな灘野能々乃はクスリとほほ笑んだ。
「手伝ってくれるならね」
「それで、灘野は何でボランティア活動していることをバレたくなかったんだよ」
「教える必要が無いから」
「……」
「ヘ、変でしょう?クラスではずっと本を読んでて誰とも話さないような女があちこちに出没しては力仕事を手伝っているだなんて」
「変だな」
「変態に言われたくないわね」
「同意を求めているのかどっちなんだ!?」
「それくらい察しなさい。それが度量ってものよ、春日井くん」




