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★決戦前日 夜 ドルダ川 ヒューパ決戦陣地外
ヒューパ軍ティア女王軍団の定数は3千、姫様子飼いの精鋭が半分の約1500、残りは金で雇われた傭兵達。今までに多くの傭兵達が逃げ去り、残った総兵数は約2千。
傭兵達で残ったのは筋金入りのティア女王のシンパだったが、流石に今の状況は絶望的だ。
ティア女王はなんと陣地を敷いたのがドルダ川と支流が交わった河原。ここに布陣したが、後ろ二面が川で逃げ道がない。
確かに城を築くのには防衛上向いた土地かもしれない。でも今からやるのは野戦だ。しかも相手は10倍以上の全セト教国連合軍2万3千だ。
自分で逃げ道塞ぐその行為は、歴戦の傭兵達には全滅覚悟の自殺願望としかその道のプロの目に映らなかった。
暁の咆哮団団長のグスタフは、陣地から少し外れた暗闇の中に立っていた。
彼の前には、ついさっきまで部下だった男達四人と従軍娼婦の三人がいる。
長く続いた戦乱や凶作で村を追われた男達は、生きるために冒険者か傭兵になる。
力のない女は、襲撃者に捕まって奴隷に売られるか、自分から娼婦になって拾われるかが生きる道だ。ここにいる彼女達も規模の大きい傭兵団の専属娼婦として付いて来ていた。
他所の隊の事情も色々知ってるが、暁の咆哮団の娼婦隊の扱いは、教皇庁からの異端狩りや獣人狩りに遭って普通の村から追われた男達が多いせいかマシなんだろう。長く同じ隊に付き合えば、荒くれ者でも情は移る。自然と女達の扱いも良くなり、彼女達の乗る馬車や着る物にも金をかけてくれ、自分専用の女を作る男も出てくる。
「そうかい行くのか、そう言やお前ら結婚する女がいるって言ってたな。そうなのか」
「…すまない、昨日まで背中を任せていた仲間達を裏切るのは心苦しいが、前の村に残して来たアイツの為に死ぬわけにはいけねえ。こいつらも含めて行かせて欲しい」
脱走しようとしてる内の一人は、暁の咆哮団設立時からのメンバーだ。
ほとんど山賊同然の身分から冒険者チームとして始めた俺たちは、メンバーが入れ替わりながらそれなりに力を付けて百人を超え、冒険者としても傭兵としても稼げる所帯になっていた。
「止めないよ、これは初期メンバーで生き残った俺とお前との約束だ」
「すまん…死ぬなよ」
「ああ、お前もな、これが落ち着いたらまた会おう」
「またな…」
グスタフは後ろを振り返って、陣地へと歩き出す。
行ってしまう男達の事より、明日どうやって生きるかの方が大事だ。
「グスタフ、あんたは行かなくても良いのかい」
!
陣地の入り口まで帰ってきた時突然呼び止められて驚く。
この声は姫様だ。全部見られてたのか。
「へ、へい」
「ふふん、物好きだね、今回は死ぬかもしれないんだよ」
そうだ、姫様の軍は他と全く違うのが、とにかく損出を嫌ってやばいと思ったらビックリするぐらい早く引く、その癖ここだと思ったら恐ろしい程の勢いで敵に襲いかかる。
余所の兵団に比べて、極端に死人が出ないのが特徴だ。
その姫様が、死ぬかもしれないって言ってるからには相当ヤバいんだろう。
女達を逃してやっとけば良かったがもう遅いな。
「良いんですよ、おいらは情は移したく無いんで自分専用の女は作らない主義なんです。
それにね……姫様の言った夢とやらに一口賭けたいんでさ」
「夢? そんな事言ったっけ」
「ええ、『あんたらがよく知らない見た事もない神様に縛り付けられて、理由もなく殺される糞ったれな世界なら、私がキレイにぶっ潰して真っ平らな夢のような世界にしてやる』って言ってましたよ」
「ふんっ」
「私しゃね、幼い頃住んでいた村をセト教教皇派の異端狩りにあいましてね、両親が井戸の中に隠してくれたお陰で助かったんでさ。
まあ、なんていうか、その真っ平らな世界とやらが見てみたいんですよ。変ですかね」
「ふんっ、そう言うのは生き残ってから言うもんだ。明日は早いぞ、さっさと寝ろ」
「へい」
ティアは暗闇の中をみている、陣を敷く洲の周りを囲むように、今日の昼過ぎから集まりだした敵陣が広がり、魔力の光がいくつも瞬き、中には異様な物も混ざっていて、かなりの使い手が彼方さんにいるのがわかって口元がニッと嬉しそうに吊り上がる。
そしてうちの大砲の射程から、旨くギリギリに離れた丘の上に布陣した貴族どもの馬鹿騒ぎが聞こえてくる。
もう勝ったつもりでいるね、跳ねっ返りが抜け駆けをして夜襲してくるかと思ってたんだが……所詮はプライドの騎士様や貴族様か。
うちはと言うと、思っていたより傭兵達の脱走も少なく士気を維持できてて悪くない。
さて、夜露で湿って来た、陣幕に帰ろうか。
ふふん、明日が楽しみだ。




