第5話:この魔法使い
淡々と流れていた時間が、逃げているときと同じ辛く苦しい時間に変わった。
僕の目前にナイフはまだまだ降り注いでいた。
防護壁に弾かれたナイフが僕の指に刺さり、爪を砕いた。
「痛っ」
杖が壊れ放心状態だったときに降り注いだナイフの雨。
痛みが全身に巡り、手は熱く、血が止まることなく溢れ出ている。
落ち着け。防護壁は、まだ大丈夫だ。まだまだナイフを弾いている。
いつの間にか手を狙っていたナイフの雨が僕自身を狙い始めていた。
ナイフが飛んでくる方向を見る。
木の上に居るのだろうか?葉に隠れて姿が見えない。相手は一人らしい。
ナイフが刺さっている角度からもそれが伺えた。
ナイフが刺さる手に目をやる。ひどい状態だ。
手の甲に一本、中指の爪の生え際に一本刺さっていた。
動かすと血が溢れ、痛みが体を巡った。
「癒しの光よ…」
ナイフが刺さった右手に左手をかざす。
傷は無くならないが痛みと出血は軽減できた。
それでも時間が経てば痛みは戻り、出血はひどくなるだろう。
ナイフを抜きたいけれど、相手は出した左手にも容赦しないだろう。
今はとにかく少しでも抵抗しないと。
攻撃魔法は覚えていない訳じゃないんだ!!
「風よ…我の声が届くならその力を示せ」
風の渦が敵を襲う。
足元に発生した風の渦が敵と周りを切り裂いた。
木の枝や葉に傷を付け、強い風を発生させた。
これで倒せるはずはない。
相手は地面に飛び降りた。木の葉の舞い散る中で相手の顔が微かに覗く。
少なからずダメージはあったようだ。
覗く衣服から血らしきものが滲むのが分かる。
はらはらと散る木の葉が終わりを告げると、はっきりと顔が覗ける。
…子供!?
「魔法使いが僕の村に何のようだ」
相手は男の子だった。
それより村って?どういうこと?僕が行きたい街は森の中には無いはず。
それとも気付かない間に、村に入ってしまったのだろうか?
「村って?何のこと?」
冷たい視線を飛ばしながら少年は言った。
「惚けるな魔法使いが!!人の村に無断で入りやがって!!」
キィンと目前で火花が散る。素早い動作で少年はナイフを投げてきた。
「魔法使いは、いつも嘘つきだ!!」
「僕は嘘をついていない」
まだまだ冷たい目で睨んでいる少年。
「仲間はどうした?二人で村に入って来ただろう?」
仲間?誰のことを言っているんだろう?
「僕は一人だよ?」
「嘘を付くな!!」
「嘘じゃない、それが本当なら君はもう死んでる」
それに仲間が居るなら僕はこんなに傷ついていない。
少年は何かを考えていた。悪い子には見えない。
きっと何か理由があるのだろう。話せば分かってくれるはず。
「これが証拠だよ」
身構える少年を前に、防護壁を解いた。
薄い壁が消えていく。
札は音も無く燃え、姿を無くした。
「ナイフ抜いていいかな?」
良いよ、とは言わなかった。小さく頷くだけだった。
刺さったナイフに手をやる。抜いて溢れる血に僕は吐き気がした。
始めての戦いを思いだす。
師匠と一緒に出た戦い。
仲間がたくさん居て、盗賊団を壊滅させる仕事だった。
騎士や弓兵、魔法使いもたくさん居た。
盗賊達は手強かった。
地形を利用し、落石や罠を用意していた。
仲間がたくさん死んだ。
坂になっていた道から血が流れてきた。僕の靴やローブを赤く染めた。
僕は必死で戦った。
師匠は前線に進み、僕は後ろで援護し続けた。
「大丈夫か?」
我に返る。すごい汗だ。
「大丈夫だよ」
さっきまで敵だった少年に心配される。
ナイフを抜いた手は痛々しかった。地面から手を持ち上げたときに、血から粘っこい糸が引くのが見えた。
「癒しの光よ…」
再度回復を試みる。
血の後は残るものの、傷口と痛みは完璧に消えた。
「すごいな、完璧な回復魔法だ」
少年は驚いた顔で言った。
「俺の名前は、ナグサ。あんたの名前は?」
「僕の名前はコーリッシュ」
さっきはごめん。
口には出さないけれど目がそう言っていた。
やっぱり悪い子じゃないみたいだ。
「それより村と魔法使いのことを教えて」
手に持っていたナイフを片付け。
口を開いた。