第4話:この手の痛み
「水の精霊リストよ」
リスト?水の精霊の中でも力が強く、上級者にしか扱えない精霊の力を借りる魔法。
とにかく魔法を防がないと、中級者用呪文書を開く。
その間も師匠は続けた。
「雫の如く、波の如く生きる水の―」
早!!
師匠の詠唱はまるで歌を歌うようにスムーズに、しかも間違うことなくハッキリ唱えていた。
急がないと…。
鞄の中から三枚のお札を取り出し地面に貼付ける。
自分を中心に三角を作り、魔力を注ぐ。すると薄いが防護壁が発生する。
そして、水の魔法に対する保護魔法をかける。そこから魔法を反射させる魔法を唱える。
「この水の音、この水の冷たさ、この水の叫び、水の精霊リストの怒り今此処に解き放つとき」
三十秒ほど唱えていた魔法が一気に解放された。
来る!!
痛いくらいの大きな音が耳を押す。
立てないほどの大きな圧力が空から一筋の水柱として僕に降り注いだ。
耐えられないのはすぐにわかった。
反射したのかもわからないほどの大量の水が視界を遮り、数秒で防護壁にひびが入った。
対策を考えようと魔術書を開いた瞬間―。
僕が意識を取り戻したのは、二時間後のことだった。
師匠の魔法をまともに浴び、鼓膜が破れ、腕の骨が折れ、全身には今も鈍い痛みが残っていた。
僕は改めて魔法の恐ろしさを体験した。
「あった、これだ」
載っていたのは、あの時師匠が使った魔法。
「水の精霊リストの怒り」
この魔法は狙いを定めなくとも一定の範囲内にいる相手全てに水の裁きが下る。
そう載っていた。
「怖いよ」
何この魔法?危なすぎるよ。だから攻撃系は嫌いなんだ。
でも今は文句は言えない。命を狙われているのだから。敵が何人居て、どんな奴らかもわからない。
ここらで一番大きい木に背を預ける。
三枚のお札を取り出す。
あの時と同じ防護壁を作る。
そして今から長い長い詠唱に入る。
敵が来るまでに終わらせないと、防護壁が壊れたらおしまいだ。
深く息を吸い込む。
鳥の鳴き声すら聞こえないほど自分に集中する。
杖を持つ手、自分が唱える言葉、全てに集中する。
こんな名前もわからない森で、見たこともない植物に囲まれて、知らない敵に襲われて、使ったことも無い魔法で生きる。
きっと無理じゃない、僕ならやれる。
「水の精霊リストよ、我の声に耳を、この声が届くなら、我の手に力を、我の祈りに憂いを、その尊い力の断片を我に―
−雫の如く、波の如く生きる水の強さをこれに、この水の音、この水の冷たさ…」
魔力を貯めている杖の様子がおかしい。
杖は薄い光を燈ち、重さを増している。ずしりと重さを感じる一方で、杖の違和感に気付いた。 杖は重さを失ったり、取り戻したりを繰り返した揚げ句、ガタガタと小刻みに震えだした。
魔力が杖に上手く馴染んでいないみたいだ。
「うわっ」
震えが一層強くなり、手で支えるのも難しくなってきた。
杖に抱き着く。
体全体で体重を掛けても、杖は勢いを増すばかりだった。
「うわわっ」
ピキッと音が響いた。
杖にひびが入ったのだ。
やばい。
後は簡単。見たこともない早さで杖は砕けちった。
カラカラの乾いた感触。
杖は地面に散らばった。
キィンッと尖った音が響いた。
目前にはナイフが地面に刺さっていた。
状況が飲み込めない。
ナイフを拾おうとして手を防護壁から出すと、手の甲に冷たい物が突き抜けた。
防護壁に高い音を響かせて何かが当たった。
少し離れたところにナイフが刺さったのが見えた。
手の甲に目を戻すと、それはナイフだった。
「うわあぁあぁぁあ−」
戦場での痛みだった。