第3話:この足は止められない
僕はここで死ぬのだろうか?
止まることなく進み続けた砂の上、足が上がらなくなってきている。
サクサク歩けていたはずなのに…、こんなに汗まみれになるほど歩いたのは久しぶりだ。
引きずるように歩き通し、全身から噴き出した汗は止まらない。
着ていたブレザーを脱ぎ、首もとのボタンも外した。
靴の中に溜まった砂が痛みに変わるほど圧迫している。
でも止まれない。
止まったら二度と歩けない。
それぐらい分かる…、まだ生きているから。
今は歩くことしか出来ないけれど…。
同時刻−
荒々しい風で、木々が揺れるのを感じて僕は目を覚ました。
顔を拭うことも許されない。
足元の杖を拾い耳を澄ませる。
誰かいる。
目を閉じるとハッキリ感じとれる“何か”の存在。
風の中に身を潜め、木々の影から僕を狙っている。
溢れ出る殺意が近くに迫っているのがわかった。
生きないと。
「些細な煙が立ち込める、全て覆い全てを隠す力」
呟くように唱える。
杖から白煙が噴き出す。
これでも特異中級魔術師、どこの誰か知らない奴に殺されるなんてごめんだね。
あっという間に辺りは白い煙に覆われた。
濃い霧が辺りに発生したのと同じこと、視界はぼやけて何も見えない。
ただただ白いだけ。
攻撃系の魔法はあまり覚えていない。
いつもはパーティーを組んで、後ろから回復補助をしたりしていた。
まぁ今はそんなこと言っても仕方ないか。
吐き出した息、杖を強く握る。
生きなきゃ…。
とにかく逃げないと。
真っ白な煙の中、僕は走り出した。
見たこともないような植物の横を走り抜け、長い杖を振り、どこに向かって走っているのかもわからない。
でも僕は走り続けた。
「ふぅ」
どれくらい走っただろうか?
自分が使った魔法の効果が切れ始めているのか?それとも魔法の範囲から抜けようとしているのか?
煙は薄く視界が霞む程度の弱いものになっていた。
まだ森の中には変わりはないが、そろそろ戦う準備をしないと。
体に合わないマントを解き、鞄を取り出す。
中身は道中に買った物ばかりだ。
ナイフ、救急セット、三枚のお札(昔話のアレとは違います)、上級者用魔術書。
その中の師匠に貰った上級者用魔術書を開く。
「確か…、ここらへん」
ペラペラとページをめくり、師匠から教わった攻撃魔法を探す。
「お前は、本当に甘い」
突然頭の上に降り注ぐ言葉。
見上げると師匠は煙草に火を付けようとしていた。
「何が甘いんですか?」
「攻撃をしないことだ」
ボッと指先から出た火が煙草を焦がした。
分かってはいた。
けれど、一度もそれを指摘されたことが無かったから、それでいいもんだと勝手に思い込んでいた。
それに僕は、守りのプロになりたい。皆の後ろで補助に周り、皆が少しでも血を流さないように頑張りたかった。
「僕は守りのプロになりたいんです」
吐いた煙を僕に浴びせる。
ゴホッと咳き込むと、師匠はニヤリと笑った。
「煙草の煙も防げないくせに…無理だな」
カチンとくる言葉。
師匠は挑発がうまい。
「魔法なら防げますよ」
師匠はまたニヤリと笑った。
しまった。師匠が望んだ答えを出したみたいだ。
「じゃあこの魔法防いでみろよ」
そして師匠は詠唱を始めた。