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十一


 結局今日はゴブリンを狩っただけの一日でした。

 トータル十二匹。

 一匹当たり銅貨五十枚、おおよそ五千円というところです。それが十二匹ですので七万円ですね。

 一日で稼いだ分には十分な金額です。

 でも剣など持った普通の冒険者ですと武器を研ぐ必要もありますし、刃が欠けたらメンテ代金もかかりますので一日七万円でも厳しいのですよ。


 でも基本的に魔法を使うボクは、そういったメンテ代は殆どかかりません。せいぜい磨り減った靴くらいですね。

 経済的です。ビバ魔法!


「ナイフ二本もダメになったよー。ううぅぅ~」


 ボクとは逆に嘆いているのはピクミーさん。そりゃ一番堅い頭蓋骨を狙うからですよ。やるなら首か心臓ですよね。


 投げナイフは一番安いので一本銅貨三十枚くらいします。もちろん質の良い高級なものだと、投げナイフでも銀貨十枚とかのもあります。

 あ、銅貨百枚で銀貨一枚、つまり一万円になります。


「えっと、今日稼いだものは半分パーティの資金にしますね」

「パーティの資金って?」

「武器のメンテナンス代や、食費、宿泊費、その他の雑貨類はこの資金から出します。パーティで共有して使うものですから。そして残りの半分を分けて、こちらは個人管理、つまり自由に使って良いお金になります」

「へー」

「ですから、今日は銀貨七枚稼げたので、パーティ資金に銀貨三枚と銅貨五十枚、残りは私とピクミーさんで分けるのです。その投げナイフもパーティ資金から出しますから、明日買いに行きましょう」

「難しいことわかんない。プラムに任せるー」


 何ですか、この宵越しの金は持たないタイプは。

 まあいいです。とりあえず今日の夕飯はどうしましょうかね。


「ピクミーさん、夕飯はどうしますか? どこかおすすめのお店とかあります?」


 ボクは基本的に礼拝堂で食べていたので、外食は殆どしたことがないのです。そんな余裕もなかったですしね。壁の修理代的に。


「じゃあ夕闇の安らぎ亭かな? お酒おいしいところだよ!」

「えっ?! ピクミーさんって未成年じゃ?」

「あたし五十二歳だけど……」

「ええええええ?!」


 五十二歳?! どうみても十歳ちょっとの少女にしか見えません。

 グラスランナーはボクたちエルフ、ダークエルフに比べれば短いけど、確か二百年くらい生きるんでしたっけ。

 ということは、ボクは五十二歳の女性と一緒に寝てドキドキしていたのですか。


「どうしたのプラム? 頭を抱えて?」

「激しく自己嫌悪していただけです。気にしないでください」

「ふーん。変わっているね」

「ま、まあそんなことはさておき、ボクはお酒苦手ですからそんなに飲めませんけど、ご飯はおいしいですか?」

「おつまみはおいしいよ。お酒によく合うし」


 ご飯はまずい、ということですかね。まあこの調子だと他に選択肢はなさそうですし、そこにしますか。

 でもいつあのローブ男が行動するかわかりませんし、一応念を入れておきましょう。


「ではそこにしましょう。でも暫くお酒は控えてくださいね。飲んでも一杯まで」

「なにそれっ! 冒険者といえばお酒! お酒といえば冒険者! 切っても切れない縁だよ!!」

「昨日いたあのローブ男、覚えていますか?」

「うん。あのめちゃくちゃすごい魔法使ってきた奴だよね」

「そうです。あの男が今夜にでも何か起こすかもしれませんし、酔っ払っていては何もできないですよね」

「うっ……で、でも労働の後のお酒は……」

「酔っ払ったままあの魔法を避ける自信ありますか?」

「うー、我慢する……」




「お酒ないとこんなにつまらないなんて」

「はいはい、我慢してください」


 見た目十歳くらいの少女が、空になったお酒のグラスを片手にフォークでおつまみをつついている姿は、日本であれば通報ものですね。


 夕闇の安らぎ亭は場末の酒場風なお店で、店内には丸いテーブルが十脚ほどあり、八割方埋まっていました。またカウンターにも何人か座っていて、結構人気あるお店ですね。 メニューに書かれている値段も高い訳じゃなく、むしろ安い方かと思います。

 肝心の味はまあまあ。

 調味料を節約しているのか、濃い味ではないところがエルフ的には花丸です。

 この味でこの値段なら、確かにお勧めできるお店です。

 ただし肉類が多く、もう少し緑黄色野菜が欲しいところは減点ですが。


「ところでピクミーさんってどこの出身ですか? もぐもぐ」

「あたし? フェイバリオ平原だよ」

「もぐもぐ、ごくん。……えっと確かフェイバリオ平原ってサーチル帝国でしたっけ」

「うん」


 サーチル帝国は広大な領土を持った、大陸一の強国です。でもフィアーノからだと間に二個くらいの国を挟んでいてかなり遠く、馬でも二ヶ月くらいはかかる距離ですね。


「そんな遠くから、なぜこの町に?」

「聖女シルス様を見に来たの。で、町の雰囲気がよかったからそのままここに滞在してるんだよ」

「へ、へー。シルス様を見にきたのですか」

「あの人すっごいね。なんかキラキラしてて」


 シルス様は光の精霊に好かれていますからね。あの人が魔法使うと、本当に手がきらきら光るんですよ。

 でもたまにボクの事をギラギラとした目で、鉄拳を飛ばしてきますけど。


「ちなみにピクミーさんはどのくらい昔からここに住んでいるのですか?」

「……二十年くらい?」

「ながっ!」


 ボクが生まれる前からここに住んでいるのですか。というか、二十年も住んでいれば滞在じゃなくて居住ですよね。


「プラムは?」

「ボクですか? ボクもシルス様の事を聞いてきたのですよ」

「ふーん、でもさ、なんでわざわざダークエルフで? それだとかなり差別激しいよね? エルフになれ……」

「ピクミーさん」


 なるべく低い声で彼女の言葉を遮って、更に目を細めました。ボクの目に気がついたのか、ビクッと身体を震わせるピクミーさん。


「その辺りはまたあとで……ね」

「は、はいっ!」

「さ、早くご飯食べましょ」

「う、ううぅぅ~、プラム怖い」

「おいおい、ダークエルフが誰に断ってここで飯食ってんだよ」


 まさにフォークでサイコロステーキを刺そうとした瞬間、隣で飲んでいた冒険者の一団の一人がボクにちょっかいかけてきました。

 その男は顔を赤くしていて、既に出来上がっている状態です。

 ちらと、そちらを一瞥してからまたサイコロステーキへ視線を戻しました。それに腹が立ったのかボクの方へと顔を近づけてくる酔っ払い。


 うわ、お酒臭い。


「無視するんじゃねぇよ! このガキが!」

「そのガキに向かって良い大人が絡んでくるって自分でみっともないと思わないのですか? しかもお酒臭い口で近寄らないでください」

「な、なんだと!?」


 何やら勝手に逆上しています。

 全く、どうしてこう下らない人が多いのでしょうか? こういった人なんて死んで・・・しまえばすっきりするのに。



 そう思った時、心のどこかでカチっと音が鳴った気がしました。



「ちょっ、プ、プラム! その人レベル七だよ! この町に二人しかいない高レベル冒険者! 謝ったほうがいいよ!」


 何やら慌てた様子のピクミーさん。

 でもいくらレベル七だろうが、こちらが謝る筋合いはありません。別にボクは単に夕飯を食べてただけで悪い事してないですし。

 それをボクがダークエルフだからちょっかいかけてきているんでしょう。



 一体ボクが何をしたというの?

 生まれて捨てられて。シルス様に拾われなかったらあのまま餓死でしたよ。

 エルフ族もシルス様以外の人族も下らない。



「ピクミーさんは黙ってて」

「……どうなっても知らないよ」


 何かに心が侵食されていく感覚がします。

 最初は一滴だった水が、水道の蛇口を捻るようにどんどん流れ、染まり……。



「お前らダークエルフは昔、魔族に付いてたんだろ。俺ら人族の町に来るんじゃねぇよ。お前らは森の奥へ引っ込んでろ!」

「別にボクは魔族についてたことは無いですし、あなたの言う事は親の罪は子に及ぶという奴ですよね。それなら同族同士で戦争してる人族も下らない種族ですね」


 そしてボクの顔が下へ俯き。



「人族くらいですわね、同族で殺しあうなんて」



 あれ? ボクは別にここまで言うつもりはなかったのですけど。

 どんどん口が勝手に言葉を紡いで行きます。

 どうしたんだろう?



「……なんだと?」

「退廃しないよう刺激を与えるため、定期的に魔王を出現させておりましたのに、わざわざ同族同士でいがみ合い、互いに刺激を与え合うなんて考えもしませんでしたわ」


 ……ボクの口調じゃない?

 誰かにしゃべらされている。


「貴様、何を言っている?」

「本当に……人同士でたくさん殺しあうなんて……」


 そして俯いていた顔が、瞳が酔っ払いの冒険者へと移った瞬間。

 瞳の中に何かどろっとした赤い、凝縮された濃い血のようながものが落ちてくる感覚がし、ぞっとするような何か、例えるなら闇の気配がボクの身体から溢れ出しました。



「なんて素敵なこと・・・・・かしら」



 その気配に気圧されたのか酔っ払い冒険者が腰を抜かしたように床へ崩れ落ち、それが一瞬にして酒場全体へと広がりました。



「ひっ?!」

「プ、プラム……?」


 怯えたような声。

 あちこちから聞こえてくる悲鳴と、そして嘔吐する音。

 まさしく阿鼻叫喚となった酒場。


 そんな中、ボクは椅子から立ち上がり、ゆっくりと腰を抜かしている酔っ払い冒険者へと近寄っていきます。


「ねぇあなた、なかなかおいしそうな精神をしておりますわね」


 そしてゆっくりと手を動かし冒険者の頭の上へ、まるで撫でるように優しく、そっと置きました。

 恐怖で動けない酔っ払い冒険者。

 口をぱくぱくさせるだけの壊れたおもちゃのよう。


 そんな彼にわたくし・・・・は、にこやかに満面の笑みを浮かべて差し上げました。




「少し……食べてもいいかしら? くすくす」





侵食率5%



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