十
ボクとピクミーさんが一緒にギルドへ行くと、既にギルドマスターは出勤していて、職員の人を集めて朝礼をやっていました。
といっても受付の人はちゃんと居るので、朝礼の間業務停止とはならない模様です。
……何だか会社ですね。
もちろん会話内容はギルド員のみが聞こえる特殊な魔法でも使っているのか、はたまたあの辺りだけ結界か何かが張られているのかは不明ですけど、ボクたちの居る場所までは聞こえてきません。
「少し待ちましょう」
「……(コクコク)」
ボクがピクミーさんに問いかけると、何故か顔を青くして壊れたロボットのように首を上下に動かしました。
……あー、少し怖がらせすぎたみたいですね。誰ですかね、グラスランナーは恐怖心が欠如していると言ったのは?
まあ特に問題はないですし、逆に静かですから言う事ありません。待合室で座って待っていましょう。
目を塞いでしばし瞑想する雰囲気を味わっていると、なにやらあちこちから視線を感じました。ダークエルフとグラスランナー、二大巨頭と言われるくらい嫌われ種族ですから仕方ありません。
そして何人かがボクたちの方へ近づいてくる気配があったものの、周りの人に止められた模様です。
どうやら、つい昨日ボクが何とかいう人を叩きのめした事を知っている人がいたっぽいですね。
そして十分くらい経過したでしょうか、ふと目の前に何者かが立っている気配を感じました。
って、目の前?!
慌てて塞いでいた目を開くと、そこにはギルドマスターが腰に手を当ててボクとピクミーさんを見下ろしていました。
さ、さすがギルドマスター、引退したとはいえ元レベル九です。こんな間近に来るまでボクが気づかないなんて。
「なんだお前さんら、いつの間に知り合った?」
内心の驚きを隠していると、軽い口調でギルドマスターが話しかけてきました。
「実は昨日偶然会いまして。昨夜は一緒の宿に泊まったのですよ」
「ふーん、互いに自己紹介は終わったという事か。なら話しは早いな。お前さんら二人で暫くパーティを組んでもらう。また、適宜俺の方から優先度の高い依頼は投げるつもりだ」
「分かりました。今日の所は軽い討伐系の依頼でも受けておきます」
「そうだな、どれだけ連携した動きが取れるか確認も必要だしな。まあ一週間くらいのんびり討伐系でもやっておいてくれ」
のんびり討伐系って……。のんびりできるような討伐依頼ってあるのでしょうか。
まーギルドマスター直々ですから、近場で出来る討伐依頼を一日置きくらいでこなしていきましょう。
「ところで……ピクミーがやけに静かだが、悪いもんでも食ったか?」
「きっと緊張しているのですよ」
「こいつが緊張? …………プラム、何やった?」
「さあ……。静かで良いと思いますが」
じっとボクの目を見てくるギルドマスター。十秒ほどそうしていたでしょうか、不意に視線を外され、そして足を二階に登る階段の方へと向けました。
「ふん、まあいい。最近ゴブリン共がうるさいんで、そいつら倒しておいてくれ」
「分かりました。ところでギルドマスター」
「なんだ?」
「少し重要なお話がありますので、ボクも二階へご一緒させて頂いてもいいですか?」
足を止めた彼に向かって、にっこりと笑いかけました。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
《遍く大気を支配する風の精霊よ、我は願う、風の流れで我等の敵を戒めよ、風縛》
「はっ!」
ボクが風でゴブリン一体の動きを阻害させると、そこへピクミーさんの投げナイフが額に突き刺さりました。
あっけなく大地に倒れるゴブリン。
「ピクミーさん、なかなかやりますね」
「えっ? そ、そうかな? プラムが足止めしてくれてたから。止まってる敵なんて目を瞑ってても当てられるよ!」
そう言いつつ、ピクミーさんは刺さったナイフを抜いた後、葉で血を綺麗に拭き取りました。
ここは隣町へ続く街道沿いから、少しだけ離れた林の中です。
商隊たちが最近よくゴブリンたちに襲われているらしく、ギルドの依頼も半分くらいがゴブリン討伐になっていました。
ゴブリン一匹なら低レベルの冒険者でも対処できますが、数が集まるとそれは脅威です。
つい先日ゴブリン五十体の群れをボク一人で殲滅させましたけど、あれは夜で且つ奇襲だったから出来た事であり、昼間ならまず勝ち目はないでしょう。
それにしても……。
嬉々としながらゴブリンの耳を削いでいるピクミーさんを見て、そして彼女の後ろ、林の奥へと視線を移します。
昼間でも薄暗いものの、目を少し大きく開くと暗視能力が働き、視界がクリアになっていきました。
一見、何の変哲もない林ですが、精霊と馴染み深いダークエルフのボクには、精霊力が妙に乱れているのを感じ取っています。
ゴブリンの大量発生、それに昨夜の怪しいローブと獣人、ですか。
何か良くないことでも起きる前兆でしょうか?
そして先ほどギルドマスターと話した内容を思い出しました。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
「ほぅ、怪しいローブ姿の男と狼の獣人が真夜中に山肌で密会ね」
「はい、しかもボクの事を登録したての冒険者と知っていましたし、アゼンダムに感づかれるとやっかい、とも言っていました」
「……つまりギルドの関係者と言いたい訳だ」
「しかも揉み消すのも限界がある、とも言ってましたので、それなりの地位に居る人じゃないでしょうか。更に相当レベルの高い魔法も行使していました」
「獄炎破壊と濁流の魔法ね、最低レベル七ってところか。しかしそんな高レベルの奴なんぞうちには居ないぞ」
「わざと隠しているのかも知れません」
「ふむ、分かった。情報提供感謝する。それと今週くらいはなるべく近隣で済ませて野宿は避けるようにな」
「はい、分かっています」
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
大体このような感じでした。
あのローブ男には、既にボクの顔は割れています。そして今朝ギルドマスターと話しをした事もきっと知っているでしょう。
となると、あのローブ男は早ければ今夜、遅くても数日後には何らか動くはず。
ギルドマスターはそれを見越してボクを手元に置いておきたいが為に、野宿禁止と言ったのです。
戦力として当てにされているんですね。
まあ何が起ころうと、たとえ魔物が千匹くらい町に押し寄せてきたとしても、シルス様が居る限りシルス無双になるはずです。
魔族ですらシルス様は殴って黙らせますからね。
所詮ボクは昨日登録したばかりのぺーぺーですから、そんな町レベルの事を考えなくてもいいのですよ。
「プラムー! 次行こうよ! 次!」
ゴブリンを耳を腰のポーチに入れて、ぶんぶん手を振りながらピクミーさんが声を張り上げました。
今朝方はボクを怯えていたくせに、もう復活してますよこのグラスランナーは。本当にグラスランナーって恐怖や緊張といった感情が薄いのですね。
「はい、分かりました。それよりそんな大声出すと敵が寄ってきますよ」
「大丈夫! そのほうが探さなくても良いから楽じゃない」
「大量にこられると面倒なんですよ。各個撃破が基本ですよ?」
「いいからいいから、さくさくいこー! それでいっぱい依頼料貰って今夜はパーティしましょ!」
ボクの手を握って街道へと引っ張るピクミーさんに、思わず苦笑いをしてしまいました。この能天気さを見習いたいところですね。
「慌てなくても、十分稼いでいますよ」
「もっともっと稼ごうよ! ほら、はやくー」
「行きますから、引っ張らないでください」
町レベルの事なんて考えなくても良いのですけど……何となく嫌な予感がするのですよね。
先ほどよりも精霊力が乱れているのを感じ取りながら、ついそんな事を考えてしまいました。