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僕は夢の為にベストを尽くす  作者: kazu
想い馳せる時……
1/5

一、

大韓民国での陸軍軍事訓練が行われていた。

海の傍にある小高い丘の上。東京ドームが六つ程入りそうな広い空地の中で、それは行われていた。デコボコした地上を、数台の戦車が走っている。その周りには大勢の軍人達が、隊長の指示に従って行動していた。

そんな訓練が行われている場所。その隅の方にある崖の横では、

「みんなッ! よーく聞くんだ」

 ヘルメットを被った軍服の男が、長い鞭の様な物を振り翳しながら叫んでいる。どうも軍曹らしい。その前には、数十名の軍人が整列をして立っていた。

「今日は、機関銃での発砲訓練を行う。とりあえず、先に空砲を使っての訓練だが、後に実弾を使う。従って、今から説明をするがしっかりと聞いておく様に」

「イエッサーッ!」

 軍曹の言葉に、前で立っている軍人達は一斉に答えた。

 すると軍曹の横に、機関銃を持った軍人が出て来た。その軍人は、機関銃の使い方から握り方、普段の構えから使用する時の構えまで、一通り説明を始めたのである。

「普段は、左手を銃身の下に添える様に握る事。銃口は斜め下に向け、右手の指は引き金に当ててはならない。人差し指は延ばしておけ」

 沢山の軍人の前を左右に歩き廻りながら、銃使用の基本を教える教官の軍人。その説明は、的確で解り易かった。そんな中、

「お…… おれッ、機関銃を見るのが初めてなんだよ。兵役に来るのを楽しみにしていたからな。しかし、恰好いいな」

「おいッ、静かにしないと、叱られるぞ」

 整列している軍人の後ろの方に並んでいる二人が、小さな声で話をしていた。

「すげえよな。空砲でも、身体にビンビン響くんだろうな」

「ソヌッ、静かに……」

 一人の男がそう言った時、

「そこの二人ッ! 何をブツブツ言っている。前に出て来いッ!」

 軍曹が、話をしている二人を見つけてそう叫んでいた。

「そら見ろッ! 言わんこっちゃないんだよ」

 小声でそう言った男だった。すると、

「何をやっているんだッ! 早く来ないかッ!」

 と軍曹が再び叫び声を上げると、二人は下を向いたまま駆け足で前に出て来た。それを見た軍曹は、

「お前達。今の説明をしっかりと聞いていたんだろうな。そこで実践して見せろ」

 手に持っていた鞭を、胸の前で見せびらかす様に振りながらそう言うと、二人の軍人は顔を見合わせて立ったまま動かなかった。

「おい、どうしたんだ。説明した筈だろう」

 そう言いながら、二人の顔を覗き込む軍曹。その横では、説明をしていた軍人が二人をじっと睨んでいた。そして、いきなり軍曹が叫んだ。

「初めに言っただろうッ! しっかりと説明を聞けと。

この言葉は、お前達の事を考えての事なのだぞ。怪我をしては元も子もないからな。毎年居るんだよ、こういう奴等が…… そして、挙句の果てには、銃弾を食らって訓練を途中で止めなきゃならない。お前たち二人も、そうなってもいいのかッ!」

 二人の耳元で、大声を出して叫ぶ軍曹だった。その力の入った言葉の度に、二人は首を竦めるのだった。その時、説明をしていた軍人が二人に言った。

「お前達は、俺の説明を聞かないで何を話していたんだ」

 少しニヤケ顔になった軍人の言葉に、黙って顔を見合す二人だった。すると、よこから軍曹が他の軍人の方を見ながら叫んだ。

「今、ここで訓練が中断しているのはお前達のせいだ。はっきりと言わないと、このまま時間が過ぎていくだけだぞ」

 その言葉に、困った顔を見せる軍人達だったのである。だが、一番困っていたのは二人だったのだろう、蒼白の表情で両目を力強く瞑って下を向いていた。

 そして、

「早く言わんかッ!」

 軍曹が大声で怒鳴った時、一人の軍人が呟いた。

「お…… おれッ、機関銃を見るの初めてなんだ。空砲でも身体にビンビンくるんだろうな」

 それを聞いた軍曹が、再び叫んだ。

「声が小さいッ! みんなに聞こえる様に言わないかッ!」

 その声に、呟いた男が首を竦めて驚いていた。だが、一番驚いていたのは、その軍人の横に居たソヌの方だったのだ。そして小さな声で、

「それは俺が……」

 そう言った。すると、軍人はソヌの方を見て首を小さく横に振りながら、

「おれッ! 機関銃を見るのが初めてなんだッ! 空砲でも身体にビンビン響くんだろうなッ!」

 と叫んだ。すると、軍曹がソヌの方に向かって言った。

「お前は、何を話していたんだ」

 その言葉に、間髪入れずに軍人が叫んだ。

「そいつは、何も言ってません。私が話をしているのを止めていました。そいつは悪くありません」

 そう言って真っ直ぐに立つ軍人だったのである。すると、

「そうか。それならば、お前は元の場所に戻れ」

 軍曹は、ソヌに向かってそう言った。しかし、ソヌはそこを動かなかった。いや、動けなかったと言った方がいいだろう。すると、

「今言った事が聞こえなかったのかッ!」

 そう怒鳴る軍曹の言葉に、

「イエッサーッ!」

 と応えて、仕方なく駆け足で走り出すソヌだった。その後に、

「お前の名前は…… ここで名前を言え」

 立っている軍人にそう言った軍曹だった。そして、男は応えた。

「ハッ! ジニョンッ! チョン・ジニョンといいます」

「ジニョンか。お前、いい度胸しているな」

 軍曹は、ジニョンの周りをゆっくりとうろつきながらそう言った。

それを聞いてジニョンは黙ったままだったが、次の軍曹の発した言葉に、驚きの表情を見せるのだった。

「お前ッ! 向うに行って、さっき言っていた言葉を大きな声で叫んでいろッ! それも、今日一日中だ」

 それを聞いたジニョンは、

「イ…… イエッサーッ!」

 そう叫ぶと、駆け足で言われた通りに走って行き、

「おれッ! 機関銃を見るの初めてなんだ。空砲でも、身体にビンビン響くんだろうなッ!」

 と、何度も叫んでいた。それを見たソヌは、

「ごめん…… ジニョン」

 と呟くしか出来なかった。

 そして、訓練が終わっても、ジニョンは一人残ったまま叫んでいたのである。



 その日の夜の合同浴槽では……

「ジ…… ジニョン。今日はすまなかった」

 広い浴槽に浸かっていたジニョンの横に、ソヌがそう言いながらやって来た。その時、ジニョンは顔の上にタオルを乗せたまま黙っていた。すると、

「俺の事を、庇ってくれてありがとう」

 ソヌがそう言うと、

「もういいよ。明日も訓練だ。俺は先に上がるからな」

 掠れた声でそう言いながら、浴槽から出て行くジニョンだった。

それを追い駆けるソヌ。二人は、そのまま宿舎の部屋に入って行った。

「……」

 ソヌは、ジニョンの方をじっと見たまま黙っていた。そんなソヌの目の前では、無言のまま寝床で就寝の支度をするジニョンだった。

 暫く沈黙の時が流れたが、いきなりソヌが話し始めた。

「おれは、この兵役に来るのを楽しみにしていたんだ。まあ、軍隊に入りたかったわけじゃなく、国が求める愛国心ってやつ。それを自分に確かめたかったって事かな」

 すると、

「なんだそれ……」

 そう言って、ジニョンはソヌの方に振り向いた。

それを見たソヌは、

「いや、誤解して貰っては困るんだけど、その…… 興味本位じゃないって事だよ。この国が定める法律で、兵役制度があるわけじゃん。それって大切な事なんだって、ここに来て改めて解った気がするんだ」

 と、得意気な顔で話していた。すると、ジニョンは再び寝る支度を始めると、

「確かに、この国は兵役制度が必要かもしれない。だけど、それは自己満足の様な気もするんだよな」

 そう言いながら、再びソヌの方を見て窓際の方に歩いて行った。

そして椅子に座ると、窓の外の夜空を仰ぎながら語り始めた。

「僕は、9年前に日本に行った事がある。そこで見た物は、確固たる平和と安全だったよ。住んでいる人達は、本当に善い人達ばかりで、そこに住んでいる親戚も、日本に住んでいて良かったって言っていた。確かに、国の差別が無いとは言えない。だけど、それを思わせない生活が出来ていたんだ。その時から、この国のこの制度を見直すべきではないかと考えていたんだ」

 すると、ソヌが顔色を変えて反論してきた。

「確かに、日本の治安は良いかもしれない。だけど、歴史的に視ると、とても善い国とは思えない」

 ソヌがそう言うのも無理はないのだ。戦前の日本国のアジア侵略は、決して認められる事ではないのだ。そして、それを揉み消してきた教育にも問題がある。日本の在日朝鮮人に対する差別には、眼を覆う様な出来事もあったのは事実である。

 しかし現在の日本では、そういった考え方を見直す運動もなされて来ているのも事実なのである。

ジニョンは、それを言いたかったのだ。

「この国では、北と南の問題がある。その為に自己防衛の意味を含んでの兵役と考えられる。それ以外では、教育的な物かもしてないが、他国ではそれが無い国があるって事は、こういった兵役での訓練をしなくても、愛国心を別の教育方針で教える事が出来るんじゃないかな」

 ジニョンが真剣な眼差しでそう言うと、ソヌは言葉を発する事が出来なかった。そして笑みを浮かべたジニョンは、尚も話を続けたのである。

「僕は、この兵役が終えたら歌手になろうと思うんだ。いや、必ずなって、そして…… 日本に行こうと決めている。今や、沢山のグループが日本で活躍している。僕もその中に入って頑張ろうと思っているんだ」

 すると、

「おれも同じだよ」

 と、強い口調でソヌが言った。その言葉に、

「同じ志を持っていたんだな。一緒に頑張れるといいなあ」

 と言いながら、自分の目の前にソヌを呼び寄せるジニョンだった。

「僕には、もう一つ叶えたい事があるんだ」

 ジニョンがそう言った時、

「叶えたい事?」

 そう呟きながら、ジニョンの前に座るソヌ。そのソヌを見つめながら、ジニョンは誇らしげに語っていた。

「逢いたい人が居るんだよ。それも…… 日本の女の子なんだよ」




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