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父さん母さん

作者: 渋川貴昭

父淳一郎から年を重ねるごとに父への想いが離れて行ってしまう娘花との父から娘に送られるメッセージとはそして父からのメッセージを受けた娘花の気持ちは・・・・

父さん母さん


 一月元日早朝、父さんは何時もの様に洗濯機を回す、これは毎日の父さんの日課でした。

「はぁ~暖かくて穏やかな朝だな~元旦早々今年はいい年になりそうな朝だ!」

「父さん何独り言言ってるの?まさか新年早々ボケちゃったんじゃないでしょうね」

「母さんこそ、新年早々キツイ事言うね~」

「だってベランダからブツブツ独り言が聞こえるから・・・」

「いやぁ~それはどうもすみませんでした」

「そんな事より、お雑煮が出来ましたよ。子供たち待ってますから、早く皆に新年の挨拶を済ましちゃって下さいよ。お雑煮食べられないじゃないですか!」

「ハイハイ判りましたよ。挨拶すりゃいいんでしょ!」という具合で平成二十二年度の元旦を迎えた早乙女家であった。

早乙女家は父、早乙女淳一郎と母、早乙女桐子、長女は高校一年生の花、次女の胡桃は小学校の六年生、長男龍之介は小学校の三年生そして三女桜の六人家族である。

「おまたせ~」

「ちょっと~父さん遅い、早くしてよ!お腹すいてんだからさ~それにお雑煮が冷めちゃう」

「まぁまぁ~そう急かすなよ花~、お前は本当に最近母さんに似て来たな~まるで母さんが家に二人いるみたいだよ」

「も~イイから早くしてよ!今年は父さん長々と演説しないでよ。十秒で終わらせて!・・・」

「と、言う手荒いご紹介を頂きまして私、早乙女淳一郎は今年も一年皆さまのご健康と・・・ちょっと~何食べてんだよ~お前達まだ終わって無いぞ~」

「父さん、花があれ程言ったでしょう。長い挨拶は無しって、聞いてたんですか」

「そんな事言ったって母さん、元旦くらいちゃんとしないと・・・・」淳一郎は何かと家族の前で演説めいた挨拶をしたがるのが悪い癖で、特に高校一年の長女の花には、既に敬遠されてしまう有り様だった。

そんなお正月も終わり、子供達は学校が始まりまた何時もと変わらぬ慌ただしい日々が始まったのであった。

「行ってきま~す」「おね~ちゃん、胡桃も行くから待って!」「早くしてよ!遅れちゃうから」「こらこら花、そう急かさなくても、まだ時間あるだろう~」

「父さんは黙ってて!胡桃行くよ!時間無いんだから」

「花~、龍之介も行く、待って~」

「も~ぉアンタ達、遅いんだよ、何時も」

と何時もこんな感じで二人の弟と妹は花に、ヒッ付き虫の様に、付き纏うのであった。

仲が良いと言おうか、何と言うか。

淳一郎は親として仲の良い子供達を見て、少し微笑ましく思えるのであった。

一番下の桜は、まだ保育園に通って居る事も有って花とは一緒に出かける事が出来なかったので、代わりに淳一郎が保育園まで送っていた。

だが、それも後、残す処三カ月足らずの事であったのだ。実は春から桜も小学一年生で近所のお友達と一緒に登校するからである。

その事を桜本人も凄く楽しみにしているのであった。

それと同時に淳一郎もやっと保育園の送り迎いから解放されるとホッとして居るのであった。早乙女家は妻の桐子は出版社でライターを遣っている関係上仕事は朝早くから夜も帰る時間は遅く、とても子供の送り迎いなど出来る状態になかった。

そのせいも有って夫の淳一郎が送り迎いをしているのである。

淳一郎はと言うと、どうにか家族を養っていける程度には売れている作家であった。

だから何時も家に居る為、殆ど炊事洗濯とその他の家族の世話は淳一郎がやっているのであった。

それを知らない御近所の奥様方は「あそこの御主人仕事もしないで何遣ってるのかしら、子供が四人もいるのにね~」「本当よね~子供達が可哀そう~」と淳一郎への近所の評判は余り良い物では無かった。

しかし淳一郎は弁解をする事も無く、全く気にする事無く生活を続けていた。

その噂を知っている桐子は淳一郎に対し自分の仕事の時間が不規則なばっかりに嫌ァな思いをさせて申し訳ないと何時も負い目を感じながら居た。


     2

ある日桐子が夜8時を回った頃帰って来た。

すると花が桐子に駆け寄り話しかけた。

 「ねぇ~母さん、明日さぁ、学校で懇談会があるんだって、母さん来れない」

「悪い、明日は母さん行けないわ~父さんにお願いしてくれない」桐子は判ってはいるがまた淳一郎に頼んでしまう。それを聞いた淳一郎は快く返事を返した。「いいよ、父さんが行こう。で一体何の話なんだ」それを聞いた花は嫌な顔をしてこう答えた。

「え~父さんが来るんなら良いよ、誰も来なくて!先生には忙しくて来れませんって言っとくから」「なんで父さんじゃダメなんだよ。お前の父親だぞ」「そ~よ花、父さんに行って貰いなさい」「だって~ぇやっぱりいいよ~」花は自分の父親が作家であると言う事を友達たちには話しては居なかった。何故なら花は作家と言う職業を続ける父親をまともな職に着く事の出来ない、どうしようもない、だらしない人間だと近所の人達が想う様に、自分の父親に対し偏見を持っていた。

そのせいも有って淳一郎が学校へ来る事を拒絶したのであった。

そして淳一郎が学校へ来る事で、近所での噂が友達の間で広がって、それが万が一にも学校中に知れ渡る様な事になれば自分が学校中のいい笑い物になる事を恐れていた。

懇談会当日、淳一郎は花の通う高校へ向かった。学校に入ると懇談会会場への案内が出ていた。それに沿って淳一郎は進んで行き1階校舎奥にある視聴覚教室へと入った。

懇談会に来ている親達は奥様方が殆どで男親は淳一郎だけの様に見えた。

淳一郎は遠慮がちに隅の方の席に座っていると其処へ近所の花の同級生の佐藤さんの奥さんが声を掛けて来た。

「早乙女さんの御主人じゃないですか~奥さんお仕事お忙しくて大変ですね~」と大きな声で嫌味ぽっく声を掛けて来た。

淳一郎は軽く頭を下げると愛想笑いを浮かべ前を向いた。

するとその話を聞いた周りに居た奥様方が、何やら淳一郎をジロジロ見ながらヒソヒソと話しをしだした。

勿論、淳一郎は我関せずで気にする事無く前を向いていた。

懇談会が終わり淳一郎は視聴覚教室を後にした。懇談会の内容は特にどうのこうの言う事では無く高校生活についての親の有り方を長々と聞かされただけだった。淳一郎は態々こんな話の為に嫌な思いをして来るんじゃなかったと思いながら廊下を歩き始めるのであった。勿論、そんな中、他の奥様方も淳一郎と一緒に廊下を出口に向かい歩いていた。

そこへ後方から

「徳田淳一郎さんじゃぁないですか?」

と淳一郎に声を掛ける男性の声が廊下中に鳴り響いた。淳一郎の耳には後ろから投げかけられる声が耳に入っていたが、無視して廊下を歩き、心持歩幅を速めた。

「ちょっと待って下さい。徳田さんでしょう~逃げないでくださいよ~私、岩倉出版の東山といいます。貴方の大ファンなんです。「恋人」読みました、良かった、とても良かった。あれを読んだ時からこんな素晴らしい小説を書ける人ってどんな人なんだろう~一度でイイから有って見たかったんです。でもまさか娘の学校の同級生の親御さんだとは・・・」と言いながら淳一郎の前に立ち大きな声であれこれと話しだした。

淳一郎は自分の前に立ちはだかる東山に対して、一瞬頬が怒りに似た感情で強張り掛けるが何とか堪えて

「プライベートの時にペンネームで声を掛けるのを辞めてもらえませんか!

しかも今日は私事ではなく、娘の用事で来ている訳ですから、貴方も同じでしょう。それともそんな事も区別が付かないのですか貴方は?」と淳一郎は苛立ちを隠せない感じで言い放った。すると声を掛けた東山は「どうもすみません!娘の懇談会に来てみたら徳田先生の姿が見えたものですからついお声を掛けてしまって・・・」淳一郎はその時思った。「また大勢の前で徳田先生って呼んだなコイツ、何度言っても判らない奴って居るもんだな~」と呆れ顔になるのであった。

そして、その話は周りに居た、奥様方の耳に入っていた。「え、早乙女さんがあの徳田淳一郎なの~嘘でしょう。もしホントなら凄いわよ~人は見かけに寄らないとはこの事ね、サイン貰わなきゃ~」と言った具合に今迄の奥様方の態度が一瞬にして180度変わってしまった。淳一郎はこの状況を見て、全く都合の良い人達だなと思うと同時に今後の私生活に悪い影響を与えなければいいがと思っていた。

次の日、淳一郎は何時もの様に近くのスーパーに今晩の晩御飯の材料を買いに出かけた。

すると今まで話した事の無い人から挨拶されたり、「徳田淳一郎だ~」と握手やサインを求められたりと買い物をしに来たのに、まともに買い物が出来ない状態で、嫌な予感が的中した。しょうがなしに一度家に帰り態々車で隣町のスーパーまで買い物に出かけなければいけなかった。それだけじゃ無かった。子供達が帰って来るや否や「父さん、今日、花のクラスで父さんの事が凄い噂になってて、早乙女サイン貰って来てくれよ~って皆に言われて、うるさくてしょうがなかったんだけど!勿論、全部断ったけど、ケチだのお高く止まっちゃてだの、お願い断ったからって、散々な言われようだったんだからね~」

「すまないね~実は昨日花の懇談会へ行った時、丁度出版関係者の人間が来ていて大きな声でペンネームで呼びかけるもんだから周りに居た奥様連中に聞こえちゃってさぁ・・・」

「そういう事か~、あ~でも明日も煩いだろうな~めんどくさい!」「すまないが、少しの間がまんしてくれ。その中、収まると思うから」そんな淳一郎の想いとは裏腹に、その勢いは増すばかりで、直ぐに直ぐ収まる気配は無かった。

花以外の妹や弟達には年代的に徳田淳一郎にそれほど興味を示さなかった事も有り、大きな影響は無かったが問題は花の方に起きた。

夕暮れ時に花が疲れた顔をして家に帰って来た。「ただいま~」

「お帰り花、どうしたんだ?疲れた顔して~何かあったのか」「何か有ったのかじゃないわよ・・・」「そんな怒って言わなくったてイイじゃないか」

「あのさぁ~父さんのせいで私、明日から学校へ行けないわよ!」

「俺のせいって・・・あの事か~」「あの事か~ってのんきに言わないでよ。授業中だろうが休み時間だろうが、ねぇねぇ~徳田淳一郎の事、聞かせて貰えないかな~私ファンなんだけど、ねぇねぇ~どんな人?食べ物は何が好きなの~年幾つなの?男前?お金持ち~会ってみたい~、アホかちゅうの!しかも何度も何度も代わる代わる、私は徳田淳一郎のマネージャーじゃ無いツーの!ふざけんな!もうやだ!父さん責任とってよ」

「責任って言われてもな~如何すりゃいいんだよ」と言うとお互いに顔を見合わせたが話しはその後続かなかった。

その後一カ月が過ぎる頃には騒ぎが収まると言うよりも花が慣れると言う感じで、どうにか収まって行った。     

    3

ある日の学校の帰り道、花は親友の友香と二人で並んで喋りながら歩いていると、其処からか見張られている様な視線を感じた。

するとそこへ「ねぇねぇ、其処の可愛いお嬢さん達、お茶でもしない、それともカラオケでも行っちゃう?」と馴れ馴れしく声を掛けて来る、一見チンピラ風の如何にもカル男と言わんばかりの奴である。花と友香は無視して立ち去ろうとするが、しつこくその男は言い寄って来る。ウンザリした花は「辞めてもらえませんか?人を呼びますよ!」

と強気で睨みつけるように言った。

すると男は「そうカリカリすんなよ~ちょっと位いいだろう~付き合えよ」と諦めず再び言い寄ってくる。花は「ホントウザい!いい加減にして!消えてくれる!」とかなり怒りを込めて声を荒げて言った。すると周りの通行人達にも聞こえたのか、足を止めて成り行きを見守る様な形でじっと花達を見ていた。男は流石に気が引けたのか「何御高く止まってるんだよ、ふざけんなよ~」と言うとその場をそそくさと立ち去った。それを見た友香が「あれ松岡っていうチンピラよ、結構危ないらしいよ」

「危ないって?気にいった子が居るとストーカーの様に付け回すらしいよ、夜道で待ち伏せされて攫われそうになった子も居るみたいだよ」「そうなんだ~かなりヤバいね、それに気持ち悪いね~」「花も気を付けた方が良いよ」「ありがとう、気を付けるよ」とその日は何事も無く家へと帰った。それから数日後、その日は学校帰りに友香に頼まれて、買い物に付き合い帰りが遅くなり、時間は7時を回り辺りは日が落ちて暗くなっていた。

急いで帰り道を歩いている途中、公園の横を通りかかった時、正面からこちらに向かって歩いて来る人影が見えた。街灯の下に差し掛かった時相手の顔が見えった。それは松岡だった。花は気が付かない振りをして通り過ぎようとした。

すると「オイオイお嬢さんじゃないか~久しぶり、こんな処で会うなんて、何か俺達赤い糸で結ばれているんじゃないの」

と偶然なのか、待ち伏せして居たのか判らないが、小馬鹿にした様な言い草で声をかけて来た。花は一瞬思った。何でこんな時にこんな奴と会うのだろうと「何か用ですか?おかしな事したら大声出しますよ!」「相変わらず気が強いな~出してみろよ!へぇへぇへぇ~」と言うと、股間に手を突っ込み自分で陰部を触りながら、花の方へと、どんどんと近づいて来る。花は危険を感じ、振り帰り元来た方へ逃げようと一歩足を踏み出した瞬間、花の右腕松岡が掴み引っ張った。すると松岡は花の右腕を花の背中に当ててニタニタ笑いながら「逃がさないぞ、これで終わりだ。観念しろ・・・」

と松岡はいうと左腕でズボンの左側のポケットからナイフを取り出し力強く花の顔に押し当てた。その瞬間、恐怖で花の背筋は凍りついた。

少し間を置き「オイ、お前早乙女花って言うんだってな~徳田淳一郎の娘なんだってぇ~聞いたよ。悪いが俺と少しばかり付き合ってくれや~徳田淳一郎の娘と出来るなんてチョットした自慢話にもなるしな~」と言うと花の背中を押しながら反対車線に止めてあった車の方へ連れて行こうとした。花は怖くて抵抗が出来ずにいたが、車に向かって歩いて行く途中松岡が縁石に足を引っ掛けてバランスを崩した、花はその瞬間掴まれていた手が離れ拘束されて居た体が自由になり、松岡の後ろに回り込むように逃げようとした。

その時花の体と松岡の肩がぶつかり松岡は180度回転しながら後ろ向きにそのまま倒れていった。そして松岡はもろに後頭部を打って、何も言わず白目をむいた状態で意識を失くした様に見えた。恐怖の余り体はガタガタと震えていたが、取り合えず花は思いっきり走って逃げた。気が付いた時には家の前に立って居た。玄関を開けて中に入ると、淳一郎が台所で洗い物をしながら

「母さんかい、花の奴がまだ帰って来ないんだよ~一体何時だと思ってるんだろーか!一回母さんからもきつく言って遣ってくれよ」

「ただいま、ゴメン遅くなって・・・」とその声を聞いた淳一郎は振り向くと花の顔を見るなり「こんな時間ま・・・」淳一郎は花の顔を見た瞬間、只ならぬ顔をしているのが直ぐに判り言葉を止めて「どうしたんだ、何か有ったのか・・・」と聞き直した。しばらく間が空いてから花が話し始めた。

「公園の近くで襲われそうになった」と小さな声で呟いた「なに、それで大丈夫だったのか?お前!」花は小さく頷いた。そしてゆっくりと俯き加減で話し始めた。

「公園で松岡って言うチンピラに声を掛けられナイフを突き付けられて連れて行かれそうになって・・・え、ええと・・・」花は話して行く中にその時の恐怖が蘇り、余りの恐怖から体の震えが激しくなりまともに話す事が出来なくなった。それを見た淳一郎は花の背中を優しく叩きながら、

「もういいよ、もういいから」と話す事を止めさせた。そうこうして居ると桐子が帰って来て花の異変に気付き淳一郎に小声で話しかけた。「何が有ったの?」淳一郎は静かに首を横に振り桐子に目で語った。

桐子は花の方を抱きかかえると花の部屋へと連れて行った。その日は桐子が花に付き添い朝まで傍に居た。

一夜明けた次の日、花は学校を休んだ。

熱い紅茶を入れて花の部屋へと桐子は運んび優しく声を掛ける「花、少しは落ち着いた?もし少しでも話しが出来るなら、母さんに昨日の事、聞かせてくれないかな」というと花は紅茶を啜るのを辞め、俯き加減にゆっくりと話し始めた。「昨日学校の帰りに友香の買い物に付き合って帰りが遅くなったから急いで家に向かって帰っている途中公園の横を通りかかった時、松岡っていうチンピラに絡まれてナイフを顔に突き付けられて、連れて行かれそうになって逃げようとした時、肩と肩が当たって松岡がバランスを崩して後ろ向きに倒れて意識を失くしちゃって、もしかしたら死んじゃったのかもしれない・・・」桐子は話を聞くと愕然とした。まさか自分の娘にこんな事件が起ろうとは夢にも思ってみなかった事から、今後どう対応したらイイのか迷った。

そこへピンポ~ンとインタホーンが鳴るのが聞こえた。

淳一郎が外を確認せずに玄関の扉を開けた。すると其処には二人の男が立って居た。

一人は二十代半ばの男と、もう一人は四十代後半の目の据わった五分刈りの強面な感じの男であった。淳一郎は昨日の事もあってか、男たち二人を睨みつける様に言った。

「どちらさんですか?」

すると年配の方の男が警察手帳を右手に翳し「警察の者ですが、こちらに早乙女花さんという女の子は居られますか?」と刑事が聞いて来た。淳一郎は少し戸惑いながら頷いた。

「実は昨日の夜、松岡と言うチンピラが公園の横の歩道で倒れてまして。

そこを通りかかった通行人から警察に通報が入りましてねぇ、私達が向かったのですが現場には松岡が意識を失くして倒れてました。只、その横に松岡の指紋の付いたナイフと花さんの生徒手帳が落ちて降りまして、事件と何らかの関わりが有るのではと思いましてね~少しお話をお聞かせ願えればと・・・」

玄関先のやり取りを聞いた桐子が二階から下の様子を伺う様に降りて来て、二人の刑事に頭を下げて挨拶をした。そして桐子は花から聞いた話をそのまま二人の刑事に話して聞かせた。「そうだったんですか、実は松岡と言う男、前科が有りましてねぇ~今現在も私達の追っている事件に深く関係をしていて、行くへを追って居た処だったんです。

まぁこれ以上の詳しい事はお話できないんですが・・・」その話を聞いて桐子は刑事に質問をする。「その松岡と言う人、生きているんですか?」刑事は桐子の顔を上目使いで見ながら「はい、生きてます!ただし今現在意識を失くしておりますが・・・」

「意識を・・・」「はい、恐らく先程の奥さんからの話を聞く処では、松岡と花さんがもみ合いになって倒れた時に頭を強く打ったんでしょうね~恐らくそれが原因じゃないかといずれ目撃者も出て来る事でしょう」

「それで花はどうなるんでしょうか?」刑事は手を振りながら答える「いやぁ、大丈夫です。花さんは被害者ですから特に如何と言う事は有りません。ただ後程で構いませんが、お話を直接ご本人からも聞かせて貰う事になります」と刑事は毅然とした態度で桐子に話した。

数日後、刑事が夕方家を訪ねて来て、花に松岡との一件の話しを聞きに来た。花は桐子に話した事と同じ話しを刑事に話した。

そして花は刑事に尋ねた。「あの~あの松岡って人、直ぐに出て来るんですか・・・」と松岡の今後を聞く花には間違いなく恐怖が伺えた。それを見た刑事は「大丈夫です。心配しなくてイイですよ。そう簡単には外には出しませんから。

おそらく懲役十年以上は実刑をくらうと思います。詳しく説明は出来ませんがそれに値する罪を犯しておりますから」と話し花を少しでも安心させようと気を使った。淳一郎にも桐子にもその思いは伝わった。勿論、花にも思いは伝わって居たが、心の中の恐怖は消えなかった。その証拠に朝起きて学校の準備を済ませていざ玄関へ向かい、玄関を開けた時に決まって起きた。無意識の中に花の体は恐怖の余り震えだし、家の外へ出られない状況になってしまう、それを見た淳一郎は何も言わず花の肩を抱き、家の中へと連れて入った。勿論、その日は学校を休ませ、淳一郎は花の 傍にずっといた。

しかし淳一郎は考えていた。こんな事で学校を休ませてばかり居ても、この問題は一生解決できない。

花の心の恐怖を取り除いて遣る事は出来ない、花自身が恐怖に立ち向かっていく勇気を持たなければこの問題は解決しないと思い。

心を鬼にして学校へ行かせる事を決めた。

そして自分の出来る限りの事を花の為に遣ろうと決めるのであった。そして次の日、何時もの様に花は準備を済ませて玄関のドアを開けた。その時、淳一郎は花と一緒に玄関を出るのであった。

そして花に対し「父さん今日から花の送り迎いをする事にしたよ。保育園の頃の様に話でもしながら学校へ行こうよ」花は淳一郎の予期せぬ行動に少し戸惑うが、恐怖の余り一人で家の外へ出る事が出来ずに居る自分を助けようとしてくれている淳一郎の行為を受け入れた。

それからというもの来る日も、来る日も一緒に学校へと通った。

雨が降ろうが雪が降ろうが、真夏の暑い日差しが照りつけようが、花の学校のある日は全て一緒に通うのであった。雨の降る日には傘を差して、じっと花が学校から出て来るのを待って居てくれた。それは学校中の噂になって居たが、花にとっては心地の良い噂は何一つ無かった。それは誰一人として淳一郎が送り迎いをする、その理由を知る人は居なかったからである。しかしその理由を他人に話せる筈もなく、ただただ沈黙を貫き通した。

そんな中、淳一郎の送り迎いが二年余り続いた三年生の二学期の、寒く冷たい雨が降りしきる日の事、何時もの様に淳一郎は傘を差して正門の前で花が出て来るのを待っていた。

何時もの様に花は父さんありがとうと言うと二人並んで家路へと向かうのだが、今日に限って淳一郎の様子がおかしいのに気付く、そして淳一郎に父さんと声を掛けるが返事が返ってこない、そればかりか淳一郎は歩き出そうとはせず、立ち尽したままだった。

「あれ、おかしいな~俺、如何したんだろう体が動かない。目の前がどんどん暗くなって行く、それに体の力が抜けていく、みんな如何したんだそんな悲しい顔をして、俺なら此処に居るよ・・・・」

何気なく花は淳一郎の顔を見た時、血の気が引いた。顔色は青白く、途切れ途切れに息を吐きながら今にも倒れそうだった。花は淳一郎の肩を抱きかかえる様にして額に手を当てると驚くほど熱く、慌てて持っていた携帯電話を取り出して救急車を呼んだ。

    4

淳一郎は夢の中で子供だった時の事を思い出していた。

「おとうさん、僕もう泣かないよ。おとうさんみたいに強くなるんだ。だからずっと傍で見て居てね・・・」と父親の背中に話し掛けながら父親の後を付いて行く自分の姿であった。

急いで花は桐子に連絡を入れた。出来る限り早く仕事を切り上げ病院へ駆けつけると言う事だった。診断の結果は直ぐに出た。

担当医の先生の部屋へと呼ばれ、花は独りで話を聞いた。「おとうさんは・・・」

淳一郎は風邪を拗らせただけだった。しかし41度の熱で魘されていた。先生の話では、肉体的な疲労と精神的な疲労が重なり、体の抵抗力が低下して居た処にこの寒さが追い打ちを掛けたのだろう。まぁ二三日大人しくしてれば良くなるでしょう」との事だった。

しかし花は責任を感じていた。

此処何年かの間、両親にはかなり気を使わせていた事、特に父さんには高校の送り迎いまでさせて、自分の事ばかりで周りへの気遣いなど思い付きもしなかった自分を情けなく思った。そして淳一郎の寝顔を見ながら止め処なく湧き出て来る涙を堪えながら「父さんごめんなさい・・・そしてありがとう・・・」と眠っている淳一郎に擦れ声で礼を言った。すると淳一郎がうわ言の様に小さな声で何かを言っていた。「ハ・ナ・・・が・ん・ば・れ・・・」それを聞いた花は今迄堪えていた物を堪え切れなくなり号泣するのであった。「父さん、ごめん心配掛けて・・・もう大丈夫だから」

その時の花の心の中には恐怖と言う言葉よりも、人に対する思いやりと何よりも勇気と言う言葉が満ち溢れていた。それと同時に、これからはどんな苦難が行く手を阻もうとも勇気を出して立向かって行こうと決めるのであった。其処へ桐子が駆けつけた「花、父さん大丈夫?父さん・・・」というと花は桐子に病状を説明した。すると少し桐子は安堵の表情を浮かべて、ベッドの横に置いてあった丸椅子に座り、淳一郎に話しかけた。「相変わらずね~淳一郎、結婚する前、私が肺炎に掛かって入院した時も、私の身内が近くに居ないからって付き添ってくれて、あの時も毎日仕事で大変だったのに、無理して三日三晩寝ずに看病してくれて、私は治ったけど貴方が倒れちゃって・・・でも淳一郎のそんな処に魅かれて貴方と結婚したんだよね~私・・・」と独り言のように話した。

花はその話を聞いて、淳一郎の人への愛情の深さを初めて知った。そして花にとって淳一郎はとても大切な胸を張って自慢の出来る父親になった。

翌日には熱も下がり、眼のさめた淳一郎は「嫌ァ~参ったな~気が付いたらベッドの上だもんな~」「淳一郎、もう何時までも若くないんだから無茶しないでよ!」「すまん桐子!反省するよ」

と笑いの絶えない何時もの早乙女家に戻っていた。

それとその後の花は自分一人で学校へと通い始めた。

その姿は一点の曇りも感じさせない、一回り大人に成長した花の姿だった。

             完




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