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帰り道

作者: タカシ


九月も半分ほど過ぎ、日の落ちる時間が目に見えて早くなってきたある日の夕方。

 

町と町の境目にある坂道を、二人の高校生が自転車を押して登っていた。


「あーあ。どうしてうちの学校はああも校則が厳しいんだろうねー」


一人は高校の制服に身を包んだ少女。一歩一歩進むたび、頭の上のほうで結ばれた癖のある髪がひょこひょこと稲穂のように揺れる。


「知らねーよそんな事。文句があるなら昔の人に言えよ」


もう一人は、同じく高校の制服を着た少年。柔道部もかくやという体格に、丸坊主の頭。制服も着崩すことなく、ボタンもしっかりと留めている。


「アンタはいーよね。年中ハゲだから校則違反なんて気にしなくてもいいし」


「ハゲてねーし」


不貞腐れたように愚痴をこぼす少女に、半眼で睨みながら反論する少年。彼にとって、ハゲとは深い意味を持つようだ。


「そういえば、アンタ本屋で何買ったの?」


急な話題転換について行けず、言われたことを理解するのに数瞬を要した少年。されどもそんな事はおくびにも出さ無いのはプライドの高さか。それともただのええかっこしいか。


「この前貸した漫画覚えてるか? あれの最新刊。昨日発売日だったんだよな」


「マジで!? 貸して貸して! 今すぐ!!」


「まずは俺が呼んでからだろ。買った奴より先に読もうとすんな」


「ちぇー。ケチー」


そんなやり取りをしながら歩く二人は、後方から聞こえてきたエンジン音に気が付くと、すぐさま自転車ごと道の端へと退避した。


狭くて急な坂道を句も無く登っていく青い車。その車体は、所々夕日に照らされ紫色になっていた。


「そっちこそなんでこんな時間まで本屋に居たんだ? 俺が鍵係りになった意味無いじゃんか」


お返しとばかりに少年も愚痴をこぼす。


今更だが、この二人は同じ部活に所属している。鍵係りとは、その名の通り部室の鍵を管理する係りだ。その仕事は主に、部活が終わって部員が全員部室を出た後に鍵を閉めることである。


もともと女子率の高い部活で、遅くまで女の子を残しておくのは危ないからと、半強制的に少年が任命されたのだ。


少年が鍵を閉め学校を出た後近所の本屋へ立ち寄ると、いま目の前にいる少女が立ち読みをしていた。声をかけようか迷っているうちに、彼に気付いた彼女のほうから一緒に帰ろうと――命令口調で――告げられたのだ。


「それは、あー、ほら、あれですよあれ」


「あれって何だよ」


「お、乙女の秘密……的な?」


明後日の方向を向いてそう告げた彼女。


乾いた笑いが坂道に木霊する。


何となくその視線を追ってみると、一羽のカラスが居心地悪そうに一声鳴いた。


「ま、そういうことにしときましょうか」


「そ、そうするがいい」


少年が目線を戻すと、少女が偉そうにふんぞり返っていた。


「……小さいのに無理すんなよ」


「小さくないよ! セーラー服は着痩せするの!」


噛み合っているようでそうでない会話。少年がそれを理解するより早く、少女は話題を掏りかえる。


「そ、そんな事より、うちの学校はどうしてあんなに校則が厳しいんだろうね~」


赤くなった顔を気取られぬよう正面を向いて放った言葉は、冒頭での台詞に告示していた。


「なら、仮に校則が緩かったとして、お前はどうしたいんだ?」


「え!?」


まさか質問で返されるとは思ってもいなかった少女。ついつい本音を口にしてしまう。


「と、とりあえずストパーかける……かなー」


こぼれた前髪を指で弄りながらそう言葉にする。癖っ毛は少女の最大のコンプレックスであった。


しかしながら少年はそう思っていなかったようで、


「……俺はそれ、けっこう好きだけどな」


と呟いた。


「えっ?」


「あ、いや、そ、その髪型、猫の尻尾みたいで可愛いなー……なんて……思ったり……思わなかったり…………」


しどろもどろな説明も、最後には聞き取れないくらいに小さな声だったが、それでも肝心な部分はしっかりと少女の耳に届いていた。


「アタシは猫かい!」


「はあ!? 誰もそんなこと言ってねーよ!」


「そ~だよね~、アンタ猫ちゃん大好きだもんね~」


「おい待てって! だからさっきのは……」


弁明なんか聞きたくないと、坂道を一気に駆け上がる。


それを追う少年は、彼女の揺れる一房の髪を見ながら、やっぱり猫の尻尾みたいだと再確認する。


坂道を駆け上がる二人。


――目線は前に。


――心も前に。


――足はしっかりと地面を踏みしめる。


「うわっ」


「眩しっ」


ほぼ同時に上りきった二人を待っていたのは、強烈な光だった。


全ての物を朱色に染め上げるそれは、二人の世界をも一つの色に染め上げた。


それに気が付いた二人は、同時に安堵の息を漏らす。



これで顔を見られても大丈夫だな……と。



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