第六話 嬉々怪々
『身体はじけて 心露わになって uh-宇宙に瞬く 彩りの星
見つめて 生命のアツくたぎる 情熱を
まだこんなものじゃない 魅せてあげる my loud a round stage』
疾走感溢れるナンバーに合わせて、色を次々に変えるスポットライトが、歌姫を照らす。
達彦先輩のベースと麻衣のドラムがうねりを生み、そこに重なる俺のギターが、楽曲に厚みを加える。
ドとソ、ミとシという具合に、1度と5度の組み合わせの和音、パワーコードをアップテンポに乗せてリズミカルに弾く。
押弦する指の力を抜いて、ミュートしながらピッキングする事で出る、音程のない音でリズム感を作り出すカッティング奏法を駆使して、更なる疾走感を生み出す。
そこに華を添えるアイのコーラスと、キーボードの伴奏。加えて、アイの右手が心地良いメロディーラインを奏でる。
5つのパートが絡み合い、ひとつの歌を紡いでいく。
『重力から解き放たれて光の粒になる私は いま宇宙を駈ける shooting star』
マイクスタンドにすがりつく未來ちゃんの、妖しくも色めかしいソプラノトーンが、聴衆の脳を侵食していく。
初めこそおとなしかった聴衆も、いつしか腕を突き上げ、未來ちゃんの歌声に合わせて身体を揺らしていた。
『ほら見つめて 生命の煌めき どう? 脳天直撃 私のライブアライブ
頭ン中の 君の常識 打ち破る temptation
まだこんなものじゃない 魅せてあげる my loud a round stage』
会場を包む歓声。その殆どは我らが歌姫に向けられたものだ。
それだけ彼女のパフォーマンスには華があった。
それは俺たちメンバーから観ても魅力的なものだった。
マイクスタンドを斜めに倒してロック持ちしていたかと思えば、マイクを抜き取りステージを所狭しと駆け巡った。
最前列の聴衆が狂おしいように未來ちゃんに向かって手を伸ばす。
それに応えるようにディーヴァも手を伸ばし、歩きながらタッチしていく。
男たちは彼女のコケティッシュな物腰に脳髄を溶かされ、女たちは同性のカリスマシンボルに羨望の眼差しを送った。
……凄い。これまで俺がこなしてきたライブの中で、これほど盛り上がる事はなかった。
はっきり言って、素人のバンドパフォーマンスにおいては、ヴォーカルの存在は薄いものだと思っていた。
そりゃあそうだ。唄う側にテレがあったり、バックバンドの音量調節など考えなしのパフォーマンスは自慰行為にすぎないのだから。
未來ちゃんはまさに水を得た魚のように、ステージを華麗に舞う。
そんな歌姫が、俺のギターソロをアピールしようと背中を合わせてきた。
またもや嬉しいハプニング。未來ちゃんのエアギターと背中合わせ。
最高だ。今まで未來ちゃんとエアギターセッションした事のある男がいただろうか? きっと居ないに違いない。
つまりこの喜びを知っているのは、俺だけだ。
これはもはや公然猥褻に他ならない。
ステージ上で衆目を一身に集めての未來ちゃんとのカラミ合い。
僅か8小節の絶頂感に俺は身を焦がした。
ありがとう未來ちゃん。何故だかそんな気持ちが、俺の心の器を満たした。
こうしてスカイハイのファーストライブは、盛況の内に幕を下ろしたのだった。
◆◇
「お疲れさまでしたー!」
座敷の宴会場で、ジョッキやグラスを掲げライブの成功を祝う――打ち上げ。
遅めの時間帯ではあったが、土曜の繁華街はまだまだ賑わいをみせている。
「純クン、今日はノリノリだったじゃない」
「うん、盛り上がりが凄くてホント楽しかったもん」
密かに狙っていた未來ちゃんの隣の席。
少しばかりの運も手伝って、俺は無事に二つしかないプレミアムシートの内のひとつを確保できた。
今日は何から何までツいている、そんな気がした。
Tシャツと黒のタイトスカートに戻ったところで、未來ちゃんの可愛さが損なわれることは微塵もない。
お姉さん座りで俺に寄り添うような姿勢の未來ちゃん。
彼女の解いたゆるふわパーマネントからは、やはり良い匂いがした。
談笑の内に時折、胡座をかいた俺の膝に未來ちゃんの手が置かれる。
その度に俺の意識はそこに集中し、自分の手を重ねたい衝動を人知れず、必死に抑えた。
俺のこの、未來ちゃんに対する気持ちは、いつか彼女に伝える事ができるのだろうか。
意識が敏感になり過ぎて、彼女の何気ない仕種に俺は一々キョドってしまう。
例えばシーザーサラダを食む未來ちゃんが、そのぽってりくちびるに残った白濁のドレッシングを、舌で舐め取る時。
はたまた、俺の注文した柚子蜜酎ハイを、あっけらかんとした顔で間接キッスした時。
更には、酔いが廻って俺の肩っていうか腕っていうか? とにかく。
俺に寄りかかって、柔らかい感触を惜しげもなく俺の上腕に押し付けてきた時。
思わず手を握りたくなってしまう。肩を抱き寄せたくなってしまう。
だけどそれらの煩悩は、全て理性でもって封印する。
俺は未來ちゃんの気持ちを知らないから。
未來ちゃんは俺の事、どう思っているんだろう。
これだけ仲良くしてるんだ。嫌いじゃないよな。
……じゃあ好き? いや、それはまた別の話だろう。
怖いけど、確かめたい。知りたいけど、知りたくない。全く、おかしな感情だ。
俺自身、酔いも随分廻ったようだ。良いじゃないか、今日のところは。
未來ちゃんの側に今日一番長く居たのは、間違いなく俺だ。殆ど独占状態だったと言ってもいい。
それは未來ちゃんにとっても同じことで、きっと彼女の中でも俺の存在は大きくなった筈だ。
知り合って2カ月半。
それは、俺の一目惚れという緩くチャラい気持ちを、本当の意味での『好き』へと昇格させるに、充分な時間だった。
未來ちゃんとの夢のような時間は、90分飲み放題の終了という居酒屋の勝手な都合で、あっさりと終焉を迎えた。
まだ帰りたくないとばかりに、みんなが外でがやがやと話し込む。
俺も店内では座席の関係で話せなかったヒロや麻衣、アイといった同いと、今日を締めくくる会話を交わしていた。
「じゃあ俺、今日は友達ん家に泊まる約束してるから」
名残惜しいとは思ったが、いつまでも此処に居ても仕方がない。
そう言ってサークルの仲間と別れることにした。
その時チラッと流し見た未來ちゃんは、三回生同士仲良さげに談笑していた。
「次の練習は来週の火曜日だからな」
それがこの日、俺が最後に皆と交わした言葉となった。
◆◇
「なあ純。お前ってさ、やっぱ好きなの? 未來ちゃんのコト」
「えっ、う、うん」
なんだよ藪から棒に。
明けて火曜日の夕方。
その日の練習を終えた俺とヒロは、部室でマッタリと過ごしていた。
そこに突然ヒロから妙な質問が飛んできたのだ。
互いの恋模様は分かり合っている。別に隠す事など何もない。
だから俺は、素直に未來ちゃんのコトが好きだと言った。
しかしそれを確認したヒロの口から出た言葉は、全く予想だにしないものだった。
「未來ちゃんはやめとけ」
「なんで?」
俺は内心でイラつきを覚えた。俺の恋路にヒロの許可など必要ない。
一体何を言い出すんだ、突然。
あの日打ち上げがあっただろ、その後の事だと、ヒロが神妙な面持ちで前置きした。
俺が帰った後、大方の人間が帰宅の途についたらしいのだが、そんな中、先輩たちの間で仲の良い者同士が集まって、二次会でカラオケに行ったというのだ。
そこにヒロも誘われたという。
なにせヒロは、我が軽音部の期待の星。先輩方の覚えも良くその分、こういった不意のお誘いもわりに有った。
その事については、俺も別に何も思わなかった。
だがその後に続く言葉には、反応できないという反応を示す事になる。
「そのグループの中に居たんだ、未來ちゃんも」
俺は思わず息を呑んだ。この語り草で、良い話のワケがない。
聞く覚悟も整わぬ俺に、ヒロは残虐極まりない鋭爪のような言葉で、俺の胸をかきむしった。
「俺、見ちまったんだ。
カラオケ屋の階段で……未來ちゃんとアキラ先輩がキスしてるトコ」