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第五話 ファッシネイト未來ちゃん

 突然だが、俺は未來ちゃんの事が好きだ、うん。


 一目惚れだったのだから、見た目がドンピシャなのは言うまでもないが、そんな俺の個人的好みを差し引いたとしてもだ。

 今俺の目の前にいる彼女は、名匠の手による唯一無二の日本刀のような、危険な美しさを放っていた。


 コルセット風のフェイクTシャツに、膨らみのあるミニパニエスカートは黒を基調とした色合い。

 そこに髑髏チョーカーとチェーンベルト、アームカバーを組み合わせることで、よりロカビリーな仕上がりをみせている。

 そして足下も黒のオーバーニーにローカットの厚底ブーツという、まさに非の打ち所のないロック&ロリータテイストなステージ衣装だった。


 化粧にも力が入っている。


 特に印象的なのは、やはりバッサバサのまつげとその大きな瞳だろう。

 クレオパトラのようなダーク系の化粧は、彼女の魅力をより引き立たせ、見る者を魅了してやまない。

 もし未來ちゃんに魔力が有ったなら、邪視(イーヴィルアイ)に心惑わされる者は後を絶たないに違いない。

 それに今日は、とても……うん。なんだかおっぱいが大きく見える。

 きっと寄せて上げての勝負下着なんだろう。

 メリハリの効いたボディラインにパニエスカートの効果か、ウエストがキュッと締まって見える。

 これで矢尻のような尻尾と蝙蝠の羽根でも装着すれば、まさに小悪魔。

 淫魔サキュバスとなって世の男共を従え、世界を征服する事すら不可能ではないかもしれない。

 例えがエラく飛躍してしまったが、とにかくそれ程の魅力を秘めているのだ、未來ちゃんは。


 しかし、これだけ様々な讃辞を並べ立てたところで、結局。

 俺の貧相な脳みそが彼女の出で立ちを総括すれば、それはたったの四文字に集約される――すなわち。


 かわいい。

 どこからどう見てもかわいい。


 更衣室から出てきた未來ちゃんと、ばったり鉢合わせた瞬間、俺の全身は硬直し目を逸らす事さえできないでいた。


「どうしたの、純クン?

 そんなに舐め回すように見られると、さすがに恥ずかしいじゃない」


 う……舐め回すだなんてそんな。俺は別にそんなつもりじゃ……

「ご、ごめん」

 何故だか分からないが、思わず謝ってしまった。

 これではそんな目で見ていましたと白状したようなものじゃないか。

 ヤバいヤバい、顔がアツい。また赤くなってる気がする。

 そんな俺を見て、クスクスと笑う未來ちゃんがまたかわいい。


「純クン、カチコチじゃない。

 そんな事でスカイハイのリードギターが務まるのかしら?」


 小首を傾げて、そのぽってり肉厚でジューシー……かどうかは知らないが、とにかく、ピンクというよりはシルバーに近い、ラメ入りのルージュをひいた未來ちゃんの唇から、挑発的な言葉が投げかけられた。

 ゆるふわパーマをトップ下で束ねた、栗色のポニーテールが揺れる。

 とても印象的だった。


「だ、大丈夫だよ」

 精一杯平静を装いながら、ぎこちない返事をする。


 そんな俺をジィーッと見つめる未來ちゃんは、さも訝しげに「ふぅーん」と唇をすぼめた。


 な、何か問題でもあるのかな?

 ちょっと、なんで近付いてくるの? 見つめすぎだし。

 吸い込まれそうなその瞳は、高名な占い師の水晶珠みたいだ。

 まるで心の衣を剥ぎ取られ、心底まで見透かされているような感覚。



「な、なに」

 と口を開いた瞬間、未來ちゃんに手を掴まれていた。

 えっ? なにコレ? 

 頭に疑問符の花が咲く俺の事など気に留めることもなく、未來ちゃんは一言「来て」と、そう言った。


 なんだこれは? 手、手を繋いでるだと?

 俺の童貞辞書(ディクショナリー)によると、【とっさに手を繋ぐ】は、ええと……ナニナニ? 恋仲とのデートにおける、嬉しいハプニング、か。

 ふむ。恋仲か。デートか……ん?


 俺の手をひく未來ちゃんを後ろからガン見する。

 ええ、うなじもセクシーです。

 彼女のポニーテールが俺を催眠術にかけるつもりなのか、歩く度に左右に揺れる。

 シャボンの香りが、また俺の嗅覚に訴えかけ、一層カンチガイを助長させていく。


 ああ、未來ちゃんの手の温もり。

 もう我慢できない。

 未來ちゃんが、先のステージ袖に降りる階段へと俺を(いざな)う。


 ……未來ちゃん。未來ちゃん!


 とっさに、掴まれた手で逆に彼女の手を握り返し、ぐいと引き寄せた。

 そしてもう片方の手を未來ちゃんの腰に回す。まるでフィギュアスケートのペアダンスのように、流れるような仕草で。


「な、なに、純クン」


 目を見開く未來ちゃんの瞳は、暗がりの階段(ステップ)でも誘導灯のように煌めいて、俺の心を捉えて離さない。


「未來ちゃん、俺……未來ちゃんのコト」

 突然訪れた千載一遇の告白チャンス。

 恋のお相手は今、俺の腕の中だ。

 驚きを隠そうともしない未來ちゃんは、しかし小さく俺の名を呼んだ。

 そしてゆっくりと目を閉じていく。

 彼女のぽってり唇が、アヒル口のように弛んだ。


 イケる。


 男、松浦純平は今。大人の階段を昇ります。

 高鳴る鼓動を全身で感じながら、未來ちゃんの唇に、そっと俺の唇を重ねていく。

 魂の口づけ。英語で言うとソウルフルキス、と言うのかは知らない。

 俺の思いの丈が、彼女のアヒル口から今、侵入する――


 未來ちゃん……俺。

 未來ちゃんのコトが、世界で一番。


 好……


「純クン、聞いてるの?」


 は?


「もう、重症ね」


 どうやら、妄想だったようだ。

 未來ちゃんが思っているのとは意味が違うかもしれないが、確かに重症だ。

 内心で大いに反省しながら、未來ちゃんの、ほら見て、という言葉に素直に従う。


 俺たちは会場の階上にあたるステップの陰から、客席を見下ろした。


「ね、もうこんなに人が集まってるよ」

 未來ちゃんにそう言われずとも、俺の目はもう現実を確認し、言葉を失っていた。


「みんな私たちのステージを楽しみにして来てくれてるんだよ。

 いい? 私たちはエンターテイナーとして舞台に上がるの。

 それがどういう事か分かる?

 ……それは観客を楽しませるコト。

 だから私はカラダを張ってこんな格好もするし、キミだってギターで聴衆(オーディエンス)を魅了しなきゃいけないの」


 意外や意外。実は未來ちゃんが、こんなにもライブに対して真剣だったなんて。

 それに比べて俺は……自分の事ばかり考えていた。

 これじゃまさに独りよがりだ。観客がいる事を決して忘れちゃいけないんだ。

 まいったなあ。まだ一度もステージに立っていない未來ちゃんに諭されるなんて。


 俺は訪れた聴衆の顔を、一人一人確認するように客席を眺めた。

 それから真摯な気持ちで、未來ちゃんの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 未來ちゃん、俺、頑張るよ。そう言おうとした時だった。


「それにね。

 このワタシがステージに立つからには、みんなに気持ち良くなってもらわなくっちゃ、プライドが赦さないんだもの」



 テヘ、とでも言うように舌を出し、目を細める未來ちゃんに、俺はまたしてもときめく。

 と同時に繋いだままの手の温もりを思い出し、恥ずかしくなった。

 未來ちゃんの手はあったかくて、ぷよぷよしてて、とても気持ち良い。

 俺の好きな気持ちが、手と手を通して伝わればいいのにな。

 そんな事を思いながら、俺は未來ちゃんの手の温もりにしばし酔いしれるのだった。




◆◇




 すぐ下はライブ会場だというのに、控え室はものすごく静かだった。

 それだけ防音効果が高いという事だ。

 今ステージ上には誰も居なく、自分たち専用の効果音(SE)が流れている。

 いよいよ俺たち【スカイハイ】の出番が回ってきたのだ。


 未來ちゃんの言葉が、俺を含めたメンバーの耳に届けられる。


「みんな、準備はいい?」

「う~、不安でしょうがないよ」


 麻衣だけはこの期に及んで後ろ向きな発言を繰り返す。

 それをヒロがコーチ的な立場から、宥めるように声をかけた。


即興的演奏(オカズ)は減らしてもいいから、リズムだけは見失うな。

 達彦先輩のベースに合わせるんだぞ」

「……うん。やるしかないわよね」


 そう言った麻衣も、ようやく“らしい”顔つきになった。

 足並みが揃った所で円陣を組む。未來ちゃんが代表して、その鼻にかかったソプラノの声音で気合いを入れる。


「さあ、ライブパーティーのはじまりよ。思い切り会場を湧かせるわよ」


 未來ちゃん、俺、アイ、達彦先輩、麻衣。輪になって肩を組んだ。

 不可抗力の嬉しいハプニング。未來ちゃんと肩を組むなんて。

 童貞(チェリー)の俺にとって、未來ちゃんは想像以上に華奢な体つきをしていた。

 余った腕の先が、力を抜くと彼女のバストに触れてしまいそうで。

 つまらないセクハラをしでかさないように意識すると、妙に手首に力が入った。


 そんな俺の心意気をへし折るように、ゆるふわパーマをトップ下で束ねたポニーテールの先端が、俺の前腕から上腕を誘うように撫でてくる。

 飾り気のない、しかし艶やかな毛並みの黒猫が、頬をすり寄せてくるような感触に、俺は人知れず動揺する。


 だが今は個人的な感情を露わにするような時じゃない。

 未來ちゃんがやる気に満ちた目で、言葉を締めくくり、俺たちはそれに掛け声を合わせた。


「スカイハイ、がんばって、いきまっ、しょい!」

「しょい!」


 気合い充分に階段(ステップ)を降り、舞台袖に移動する。

 未來ちゃんを除くメンバーが、各自の楽器や必要な機材を手に取り、ステージへと躍り出ていく。


 俺はJEM7V―WHを取っ手の部分、モンキーグリップに指を通して右手で持ち、左手には音響機材(エフェクター)であるオーバードライブとシールドケーブルを持って、巨大スピーカーの陰からステージへと足を踏み入れた。


 我らスカイハイは出演バンド総勢十二組の内八番目に位置し、前七組のパフォーマンスのおかげで、会場はムンムンとした熱気に包まれている。

 それなのに俺は、ステージに足を踏み入れた瞬間、ヒヤリとした冷気に背筋を震わせた。


 ライブを何度かこなし、だいぶ慣れてきたとはいえ、やはり見られる事に対する緊張感からは逃れられない。


 スモークの焚かれた小規模のライブハウス。客の入りはなかなかの盛況ぶりである。

 ステージに向けられた照明は全て落とされ、代わりに照射されるブラックライトに、ホールのそこかしこが青白い光を湛えて幻想的に輝いている。

 そんな中に浮かび上がる緑色の誘導灯と、ホールの最後部に位置するバーカウンターのダウンスポットは、とても印象的だった。


 段取りを終えた者から定位置に立ち、静止する。一番手間取ったのはやはり麻衣だった。

 丸椅子の高さ調節にはじまり、スネアドラムを固定し、ハイハットの高さと開きの調節。

 麻衣は背が低いので、シンバルが遠い。

 手元に少し引き寄せ、混み入った分、ラウドシンバルを身体に引き寄せる。

 その様子を俺たちは静かに見守りながら待つ。

 やがてしっくりくる位置に調節できたのか、バスドラムを何度か軽く踏み鳴らした後ドラムスティックを握り直し、誰にともなく、うんうんと二度頷いた。


 それが合図であったかのように、SEももう終わるというタイミングで、舞台袖からスカイハイにおける大輪の花が静かに歩み現れた。


 この時の俺は、未來ちゃんのスター性を目の当たりにし、改めて彼女の凄さを思い知る事になる。


 ブラックライトに照らされ、シルバーのルージュと大きな双眸が妖しく輝く。

 コルセットを模したフェイクTシャツの波状の縦線や、チェーンベルトなども青白く浮かび上がり、未來ちゃんの妖艶さを何倍にも膨れ上がらせた。


 ……ゴクリ。

 どうして男ってこういう光の加減に敏感なんだろう。

 未來ちゃんは……俺の事どう思ってるのかな。ふとそんな事を考えてしまった。

 だが未來ちゃんがマイクスタンドの前に立つと同時に、そんな邪念は消え去った。

 今は……楽しむ時。スカイハイの――俺と未來ちゃんのステージングを観客に披露する時だ。


 SEが終わり、マイクスタンドを両手で握りしめる未來ちゃん――そして。


『Are you ready? shake your shake your head.

shake your shake your hip.

shake your shake your body with beat!』


 一曲目、Welcome to my loud a round stage、スタート。

「がんばっていきまっしょい」、何か相応しいかけ声があったら教えてください。なんかむず痒い……

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