エピローグ
走り去る背中を見つめる。それは自らが開けたドアの向こうに、吸い込まれるように消えていった。
スローモーションのように扉が閉まった。
軽い歪みとコーラスのかかったギターのバッキングが、ホールの隅々に染み渡るように拡がっていく。
瞳を閉じて、マイクスタンドの支柱を握りしめ、角度を直す。瞼の裏には、まだ彼の背中が写っていた。
……行っちゃった。
……これでいい。
これが、最高のカタチ。そして、ワタシはワタシの役をこなすだけ。
偶像。それがワタシの役。
『神様に 感謝した 邂逅は もう遠い過去
気付いたら いつの間にか キミがいた この胸の中』
心地よいリズムに合わせ左右に腰を振る。コンビネーションドレスの裾が、歌劇団のラインダンスのようにさんざめいた。
目の前では、ワタシに魅入られた者たちが頭を振り、手を叩き腕を突き上げている。これだけの聴衆を前にしても、脳裏に浮かぶのは唯一人への感傷だった。
……本当に、純粋でまっすぐな子だった。ふふ、ワタシには熱くて眩しすぎるくらい。
触れたらきっと、ヤケドしちゃっただろうな。
『夢を見ていた 幸せになれると信じていた
だけどなんでかな 伸ばしたこの手が空をきった』
歌詞に倣って右手を虚空に遊ばせながら思う。
最後のコトバは結構グッときちゃったわ。
……貴女のコトが好きでした、だなんて。本当に面白い子。
『Oh,Let it be. 生きてきた これでも|本気《
マジ》だった
Oh,More than words 最後は ココからi飛ばした』
第三の目の開眼に懸けるように、額に当てた指を宙に投げ離した。テレパシーでも飛ばすように。
自業自得とはいえ、寂しいわね。でも、言えないんだもの。
——だって、ねえ? こんなヨゴレた私が、あんな純粋な子とつり合うワケがないじゃない。その事がきっと、彼を悩ませる。だから私からは何も言えなかったの。
それでも。それでももしキミが、こんな私を好きだと言ってくれるなら、素直になろうと思った。だから、コレが私の精いっぱい。
……今日は結構勇気出したんだけどな。やっぱ遅過ぎた、かな。泣かなかっただけ上等、だよね。
キミの告白のあとに言ったコトバ、結局届かなかったな。
ま、仕方ないか。
——あーあ。
『好きで 好きで だけど キミの空は 今は遠くて』
——ほら。今なら、言えるのに。
『せめて キミの 愛が 残るオトをなぞってたい』
——こんなに、言えるのに。
『どうせ叶わぬ想いならば』
純クン。ワタシ、あなたのコトが——
『死ぬほど愛して消えたかった』
……*****。




