第二十五話 対峙
ズボンのポケットに入れていた携帯が、着信を知らせた。
今週末に本番を控えた2月14日。それはスカイハイの練習中の事だった。
練習がひと息つくまで放っておいたその着信を確認する。相手は吉田カエラだった。
俺は休憩を申し出て、外に出た。
カエラちゃんから電話だなんて、告白されてから初めての事だった。実はまだ返事をしていない。なんと失礼な奴だろうか、俺は。
一体何の用だろう。やっぱバレンタインチョコかな? いやもしかして、貴方には幻滅しました、みたいな電話かもしれない。もしそうだったら、自業自得とはいえ辛い。軽い緊張の中、カエラちゃんにリダイヤルする。2回のコールが終わる頃、相手に繋がった。
「も、もしもし。久しぶりだね」
ぎこちなさ過ぎの声が自分としても情けなかった。しかし、向こうからの返事がない。
「もしもし、カエラちゃん?」
「……建物から出てきて」
一瞬戸惑った。しかしすぐに理解する。もしかして外にいるのか、と。それからまた戸惑う。なんでこんな所に、と。
通話の途切れた携帯を片手に、ボックステナントを出ると、予想通りそこにはカエラちゃんがいた。
俺は目を見開いた。
落ち葉色のセミロングはキューティクルの輝きを湛えたストレート。どうやらまたストパーをあてたらしい。
それから白のファーコートに、紅と濃紺のパッチワーク風ミニスカート。それに合わせたタータンチェックのマフラーと、黒のロングブーツ。
最も目を奪われたのは、メイクだ。未來ちゃんに勝るとも劣らない、バッサバサのまつ毛。どう見てもおめかししている。今日のカエラちゃんは、多分勝負に来ている。それだけは俺にも分かった。
「ど、どうしたの。なんか用?」
なんともご挨拶な台詞だ。そうじゃないだろ、と自分で自分を叱責するその表情は、カエラちゃんにはどう映っただろうか。
う……スゴく視線が鋭い。怒っているのか? まあ、普通か。でもこんな時なんて言えばいいんだ。 困惑する俺に対し、おもむろに口を開くカエラちゃん。
「あの子……あのボーカルの子を呼んできて」
俺は、耳慣れない言語で外国人に道を聞かれたような顔をしていたに違いない。カエラちゃんが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
勿論言葉の意味は分かっているのだが、どうしてそんな事を言ったのかが分からない。
「純平くん」
「は、はい」
下を向き、スッと歩み寄るカエラちゃんが、俺のパーソナルスペースを侵食する。そして、俺を睨めつけて語気を強めた。
「呼 ん で き て」
俺は気圧され、退散するように棟内に入った。何なんだあれは。カエラちゃん怖え。俺なんか悪い事したっけ? ああ、してるな。告白の返事まだしてない。でもなんで? なんで未來ちゃんに用があるんだ。
様々な憶測は所詮憶測でしかなく、それに深く考える程の時間もなかった。俺はサッサと部室に戻り、未來ちゃんに声を掛ける。
「未來ちゃん、ちょっといい?」
「なに?」
「ちょっと来てもらっていいかな?」
「え、なに、どこに?」
辺りを見回すと全員が俺を見ている。当たり前だ。これは恥ずかしい。なんで俺がこんな目に。カエラちゃん、これは酷いよ。
しかし泣き言を言っても始まらない。マイクの前から動かない未來ちゃんにもう一度呼びかける。わりと必死に。
「いいから、ちょっと来てよ。頼むから」
首を傾げながらも、ようやく動いてくれた未來ちゃん。部室の外に出て、ドアを閉めてから状況を説明する。
「実は会ってほしい女の子がいるんだ」
気が進まない事が言葉の端に出ていたのだろう。未來ちゃんは訝ったような声を出した。
「誰? 彼女?」
「ち、違うよ」
表現を間違えたかなと思ったが、もう遅い。手早く呼び出した理由を伝える。
「なんか話がしたいらしいから、ちょっとだけ付き合ってよ」
そう言いながら振り返ると、未來ちゃんは白い歯を見せる程ニヤニヤしていた。
ナニか誤解を生んでいる気がするが、今更仕方ない。なるようになるしかないと覚悟を決め、カエラちゃんの下へと未來ちゃんを導く。
建物の角を曲がると、駐輪スペースにて待つカエラちゃんの凛とした姿が見えた。風になびく髪やマフラーがやけにカッコ良い。まるで果たし状を送りつけた求道者のようだ。
そこに対戦相手となる未來ちゃんが対峙する。
こ、これは……この邂逅は何かマズい気がする。実は出会ってはイケナイ者同士だったのでは……。
もの凄い気迫を込めた視線を飛ばすカエラちゃん。それを軽くいなす未來ちゃん。お、俺ここに居ていいのかな。
「吉田カエラと言います。初めまして、えっと……」
「——香坂未來よ。ふーん、とってもカワイイわね。純クンの彼女さん?」
ち、違、
「違います!」
カエラちゃんに先を越されてしまった。気まずい。気まず過ぎる。今朝は起きるのが遅かったので見ていないが、今日の占いカウントダウンは絶対最下位だったに違いない。
「で? 純クンの彼女でもない吉田サンが、ワタシに一体何の用かしら」
そう言って仁王立ちで腕組みをする未來ちゃん。明らかな挑発だ。俺としてはマジで勘弁してほしい。
「私、純平くんに告白しました」
な、なんて事を言うんだカエラちゃん! 見ろ、未來ちゃんだって困惑してるじゃないか。
「そうなんだ?……で、彼女じゃないってコトは、フラれたってコトかしら?」
「まだ返事をもらっていません」
カエラちゃんのジト目が痛い。
「ふふ、純クン優柔不断そうだもんね」
針のむしろとはまさにこの事だ。
「香坂さんのせいです! 貴女がいるから、純平くんは決められないんです」
カエラちゃんはきゅっと握りこぶしを作って、鬱積した想いを俺にではなく、対局相手の未來ちゃんにぶつけた。
俺は心の中で謝罪した。ごめん、2人とも。
「どういうコトかしら」
腕組み仁王立ちのまま、口の端に不敵な笑みを浮かべる未來ちゃん。余裕綽々ともとれるその態度に、カエラちゃんはわなわなと身を震わせていた。
っていうか、カエラちゃん? それ以上は俺のプライバシーというものが——
「純平くんは貴女の事が好きなんです」
カエラちゃんの暴露口撃に、俺は身悶えた。
お、終わった……俺の7カ月の恋がいきなり終わってしまった。決着はラストライブでつける筈だったのに。
「そうなの? 純クン」
俺を流し見る未來ちゃんは、どうやらこの状況を愉しんでいるようだ。俺はこの意地悪な質問に対しては、下を向き、口をもごもごさせるしかなかった。
「どうせなら純クンの口から聞きたかったなあ」
俺だって自分で伝えたかったよ! だけどカエラちゃんにここまでさせたのは、あくまで俺の不徳の招いた結果。文句は言えない。
カエラちゃんは、決意に燃ゆるような目ヂカラでもって、真っ直ぐに未來ちゃんを見据えた。
「香坂さん、貴女の気持ちを聞かせてください。2人が両思いだと言うのなら、私は潔く身を引きます」
俺の身体を緊張が一気に駆け巡った。いきなり矢面に立たされても、俺にはなんの準備も出来ていないのだ。
傍から見れば、なんと羨ましいオトコだろうか、俺は。しかし内情は、恥ずかしさと緊張と、期待と恐怖。これらが入り混じって、胸が張り裂けそうになっていた。
しかも俺に発言権はなく、なすがままに立ち尽くすしかなかったのだ。
一時の静寂。風が流れる。2人の戦乙女を交互に見やった。
白のコートに阻まれて分かり辛いが、巨乳のカエラちゃん。ぽってりくちびるの未來ちゃん。
チャームポイントに差異はあれど、見た目はどちらも好みだ。系統は似ているのだから当然か。しかし性格は全然違うように思う。
カエラちゃんの一途で恋に一生懸命なカンジは、王道の如く女の子していて、もの凄く愛らしい。
なんの約束もしていなかったクリスマスイブの夜に、ワンホールのケーキで俺を喜ばせてくれた事は、今でも鮮明に覚えている。
こんなサプライズを躊躇いもなく実行できる彼女に、オトコたるもの、好意を抱かない筈がない。
対して未來ちゃんは、オトコの欲望の殆どを叶えるだけの資質を有している。それは綺麗な顔や妖艶な声音、エッチに対する耐性とか、そんなものでは断じてない。
未來ちゃんの抱くその資質とは、【秘密】という名の神秘性。
オトコはみんな、知りたがり。しかも知るのが目的ではない。知ったその先に一体何があるのか知りたいという欲を持つ。
未來ちゃんは、そのオトコの欲をどうしようもなく掻き立てる、秘密を持っているように感じるのだ。
まさにA secret makes a woman woman.「秘密を抱いて女はオンナになる」だ。
未來ちゃんの気持ちを知りたいのは俺も同じだ。2人に挟まれる形で佇む俺。ごくり。生唾を飲み込む。遂に未來ちゃんが答えをはじき出す。
「さて、どうかしらね……うふふ、今週末のライブを見にくれば答えが分かるわ」
「逃げるんですか」
「ホント、一途で可愛いわね。吉田サン?」
「誤魔化さないでください!」
未來ちゃんが間をとるように、大きく長い息を吐いた。
「今ここで答えたら、ライブに支障が出る。純クン、メンタル弱そうだもの。
それでも今答えなきゃダメかしら」
静かなる口撃の応酬。何か俺も流れ弾に当たったような気がするが、気迫に満ちたカエラちゃんの瞳が伏したのをきっかけに、緊張は和らいだ。
分かりましたと返すカエラちゃんに、チケットはもう持ってる? と尋ねる未來ちゃん。俺はまだ渡していなかったので、当然ノーと答えるカエラちゃん。
「純クン、部室から取って来て」
未來ちゃんの台詞でこの場は治まった。生返事をして、俺は小走りに建物の角を曲がった。
わっ!?
そこにはスカイハイのメンバーとヒロが居た。くそっ、全部見られていたのか。
プー、クスクスと嘲る覗き魔たちの横をすり抜け、チケットを取りに戻った。帰りもまた笑われたのは言うまでもない。
「は、はいコレ」
カエラちゃんにチケットを差し出すと、彼女は俺に一瞥をくれながら勢い良くひったくった。怖い。
「純平くん」
「は、はい」 背筋が伸びた。
「ライブ、観に行くから。覚悟しておいて」
か、覚悟って……死ぬ覚悟ですか? などとは口が裂けても言える雰囲気じゃない。
「香坂さん。ライブ、頑張ってください。
それから、答えを待ってます」
それを聞いた未來ちゃんは口元を弛め、相好を崩した。
「ありがとう。そのエール、素直に受け取っておくわ。
……じゃあ当日、観に来てね」
2人のバトルはこうして幕を閉じた。
その後の練習時間が、俺をからかう時間に費やされたのは、言うまでもない。だけど、これで良かった。全てがラストライブで決するのだから。
分かりやすい。俺の答えを2人に伝える事で、俺の恋物語はエンディングを迎える。その日まで、練習あるのみ。




