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第二十四話 未來予想図

 覚悟は決めてきたつもりだったが、やはり実際に事に直面すると二の足を踏む。部室(ボックス)のドアが、まるで魔窟の入口のように思えた。


 なーんて。


 張り詰めた空気になるのかと思いきや、皆あっさりしていた。未來ちゃんは元より、ドラムの麻衣も、キーボードのアイも、ベースの達彦先輩も。みんな待っていてくれたのだ。


「みんな、迷惑をかけてごめん」

「いーわよ別に。リズム隊の方は練習進んでるから」


 麻衣だ。相変わらず明け透けな物言いをする。


「純平くん、元気そうで良かったあ」


 アイが目を細めた。

 うっ……そう言えば俺、アイとキスしたんだよな。なんだかスゴく恥ずかしい。照れ隠しも兼ねた返事をする。


「ごめん。これから頑張るよ」

「純クン、さっきから謝ってばかりじゃない。もういいから。ホントに悪いと思ってるなら、演奏(プレイ)でみせてよね」


 未來ちゃんだ。分かってる。迷惑かけた分は役割をしっかりこなしてみせる。そう肝に銘じる。


 部室奥のソファには、そんな俺たちのやりとりを見ている者が居た。ヒロだ。彼は軽く手をあげて挨拶してきた。同じように返す。

 あの時の衝撃が蘇る。未來ちゃんと寝た事を匂わせる発言。しかしそれを今蒸し返すワケにはいかない。

 ……切り替え、切り替え。自分に言い聞かせながら進言する。


「みんな、ありがとう。俺、休んでる間に曲を作ってきたんだ。聴いてくれるかな」






 作曲は何曲かしているが、作詞もしたのはこれが初めてだった。いつもは未來ちゃんが歌詞をつけていたから。


「……なんか鬼気迫るものを感じるわね」

 と麻衣。他のメンバーも概ね同じような感想を持ったようだ。そんな中、未來ちゃんが思いもしなかった事を口にした。


「うん、イイじゃない。新しく一歩を踏み出すイメージが、スカイハイのラストライブにぴったりだね」


 ——すぐには声を出せなかった。他のメンバーも同様らしかった。それでも最初に口を開いたのはやはり麻衣だった。


「ラストライブって、どういうことよ?」


 みんなの視線が部室の真ん中に佇む未來ちゃんに集まる。彼女はスタンドマイクに手を重ねたまま、ゆっくりと話し始めた。


「ワタシ、もうすぐ4回生でしょ。教員免許取るのに忙しくなるじゃない」

「それが理由なの?」

 食い気味に麻衣が尋ねる。

「ふふ、勿論それだけが理由じゃないわ。

 ……ワタシ、3月から養成所に通おうと思ってるの」

「養成所……って、なんの?」


 麻衣の質問責めに間を取る未來ちゃん。伏し目がちだったけど、口元は明らかに笑っていた。


「ワタシ、声優になる」


 はぁ? と、その場にいた全員が思い思いの驚きの声をあげた。次いで、口々に質問を投げかける。アニメの声をやるのかとか、なんか出演したい番組があるのか、とか。

 一通りのヤジを聞き流した後、未來ちゃんはいつものソプラノボイスで経緯を語ってくれた。


「純クンには少し話したけれどワタシ、なんか生きててもずっと虚しかったのね。

 なんでワタシは生きてるんだろう、とかいつも考えてた。

 このまま卒業して先生になったところで、この空虚な心が果たして埋まるのかって」


 いつになく真剣な表情だった。そんな未來ちゃんの話を、みんな黙って聞いていた。


「そんなワタシが、スカイハイのボーカルとしてステージで歌っている時だけは、自分を好きでいられた。

 だからずっと続けていたいけど、みんなの人生を巻き込む事はできない。

 それで考えたの。1人でも出来る自己表現の方法はないのかって」


「それで、声優?」

 そう尋ねた俺に続けて、麻衣が言葉を重ねた。

「突拍子もない話だけど、それなら歌手を目指す方がいいんじゃないの?」

「言ったでしょ、スカイハイのボーカルとしてって。

 それに、声優だったら色んな人物になって色んな人生を送れる。それってスゴく魅力的じゃない。ワタシにピッタリだと思うわ。

 最近じゃ声優が歌うっていうのもアリだから、いつかまた人前で歌う事もあるかもしれないし、ね」


 そこまで未來ちゃんの話を聞いて、反論する者は誰もいなかった。


「だから次がスカイハイのラストライブ。ワタシたちの集大成を見せたいの」


 なんだか胸に、アツいものがこみ上げてきた。他のメンバーもきっと同じ気持ちのはず。

 スカイハイのラストライブ。その意味を噛みしめる。大好きな未來ちゃんの為に俺が出来る事と言えば。


「分かったよ、じゃあ最高の舞台にしなきゃね」


 それが俺の決意。この新曲を作った時から決めていた、俺の気持ちとも合致する。これを演奏()って、最後に俺の想いをぶつける。

 シナリオは出来た。あとは至上のゴールに向かって突き進むだけ。


「純クン、ありがと。みんなも、それで良い?」


 反対する者など、いはしなかった。元々、未來ちゃんの為に結成したバンドだったのだから。

 それに対してありがとうと言う未來ちゃんのカオはとても清々しく、輝きに満ちていた。


 未來ちゃんを中心に繰り広げられた紆余曲折。羨望、嫉妬、裏切り、憎悪。様々な想いが、ひとつの答えを導くラストライブ。


 全てを乗り越えて俺は想いを伝えると、密かに心に誓った。

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