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第十五話 充実クリスマス!?

 12月25日、午前2時半。俺は吉田カエラの家に招かれた。彼女も大学に通う一人暮らしの学生だ。俺たちとは違う学校だけど。


「お邪魔しまーす」

 深夜なので控えめな声量で上がりこむ。左右にキッチンと水場のドアを見ながら奥へと進むと、そこは8畳程のリビングだった。

 勧められるままに、俺は四角いテーブルの一辺に腰を下ろす。その間にカエラちゃんは、脱いだダッフルコートをハンガーラックに架けた。彼女はマフラーのように柔らかそうな、ピンク色の毛糸のセーターを召していた。そこで俺は驚愕の事実を知る事になる。


 巨乳ちゃんだ!


 前にバイト仲間で集まった親睦会ではそこまで巨乳のイメージはなかった。今思い返すと体の線が出にくい、ゆったりとした自然なひだの出来るドレープ服だったからだ。それでも、露出している二の腕の感じからぽっちゃりさんなのかと思っていたのだが、これは予想外だった。

 サークル一の巨乳ちゃんのアイに勝るとも劣らない。いや、好みで言えば完全にカエラちゃんに軍配が上がる。ちなみに未來ちゃんは多分普通くらいだ。普通っていうのがどういうのか分からないけど、まあ巨乳という単語には相応しくない。

 自己分析に依ると、俺はおっぱい星人の筈だ。だからアイやカエラちゃんのような巨乳は大好きだ。童貞だけどな!

 だけど今現在、俺の心の中に居座っているのは未來ちゃん。その事からも、未來ちゃんがどれだけ魅力的なのかが分かる。それほど未來ちゃんの総合力は図抜けているのだ。


 ……未來ちゃん。今日は一体、どこで誰と過ごしているんだろう。アキラ先輩か? それとも俺の知らないヤツか?……やば、努めて考えないようにしてたのに。

 気持ちが沈む。まるで底なし沼に飲み込まれていくような感覚。もがけばもがくほど深みにハマっていく。折れた枯れ枝に掴まる。当然意味はない。一緒に沈みゆく道理。


 未來ちゃん、未來ちゃん! 俺のこの気持ちが届いて、目覚めてほしい。気付いてほしい。本当にキミを愛しているのは誰なのか。


「ねえ純平くん、どっちなの?」


 カエラちゃんに尋ねられていた。そんな事聞かれるまでもない。カエラちゃん、君には悪いけど俺は——


「コーヒーと紅茶、どっちなの?」


 ……はい? もしかして俺、また暴走してたのか。

 カエラちゃんは気遣ってくれたのだ。道中開ける事のなかった缶コーヒーはすっかり冷めてしまっていたから。ごめん、カエラちゃん。失礼だよね、女の子の前で他の女の子の事を考えるなんて。俺は大いに反省しながら、コーヒーを所望した。


「砂糖とミルクは?」

 その問いに俺は、カエラちゃんに合わせると答える。

「ええっ、じゃあブラックでもいいの?」

 予想通りの返答。これから甘いケーキをいただくのだ。コーヒーは口直し程度に苦味があるのがちょうど良い。実はコレ、未來ちゃんの受け売りだったりする。


 以前学祭ライブの練習の後に、ヒロと麻衣を含めた4人で喫茶店に行った事があった。いつもミルクティやカフェオレを飲んでいる筈の未來ちゃんが、その時ばかりはブラックだったのが不思議で、どうしてなのか尋ねたのが事の顛末だ。


 カエラちゃんがキッチンに立っている間する事もない俺は、キョロキョロと部屋を見渡していた。

 暖色系のカーテンや掛け布団が女の子らしい、ローズアロマの香り漂う部屋は綺麗に片付けられている。小さなテレビ、小さなコンポ。20代前半の女子向けのファッション誌が数冊、収納に利用している大きめのカラーボックスに立てられているのが分かった。だが他の部分は布を張って目隠ししている為、どんなものが置いてあるのか分からない。

 手持ち無沙汰の俺は、何となく束になったファッション誌の内の一冊を適当に抜きとった……つもりだったのだけど。


 ドサドサ。


 雑誌の束を落としてしまった。ついでにその隣にあったのであろう、学校のテキスト群までも。

 あっちゃー、やっちまったなあ。そう思いながら、すぐにそれらを拾い上げボックスの中に戻していく。


「ん?」


 落ちた本類の中に、奇妙な物を見つけた。読みかけの漫画のように、うつ伏せに開いた状態のシルバーのハードカバー。スケジュール帳か?


「ダメ〜ッ!」


 物音に気付いて覗き見たのだろう。散乱した物に手を伸ばす俺を見て、悲鳴にも似た叫び声をあげるカエラちゃん。ひったくるようにスケジュール帳と思しき物を拾い上げ、豊満な胸の前でそれを抱え込んだ。

 こんなに焦っているカエラちゃんは見たことがなかった。それ程に大事なものだったのだろうか。悪いなと思いつつも悪戯心が働いて、それこそイタズラな質問をしてしまう俺。


「どしたの、なんか見られちゃマズイコトでも書いてあるの?」


 女の子特有のハの字座りで俯き、黙りこくるカエラちゃん。セミロングの木の葉色が彼女の顔を覆い隠して、どんな表情をしているのか全く分からない。

 ちょっとやりすぎたかな?

 沈黙に罪の意識を感じ始める頃。半ば突っ伏した格好の彼女は、床に敷いたピンク色のカーペットに向かってポツリと呟いた。


「……純平くんには、見られたくないの」


 言葉がノイズのように、俺の身体を駆け巡った。

 俺にだけ(・・)? どういう事?


「ご、ごめん」


 不格好な切り返し。経験を積んでいたなら、もっと軽いノリでこの場をしのげただろうか。そんな事を考えながらも、俺の中でひとつの憶測が確信に変わりつつあった。

 スケジュール帳に何が書いてあるかは知らないけれど、カエラちゃんはやっぱり俺のコトを——


「これは私が片付けるから、純平くんはケーキを持って来てよ。冷蔵庫に入ってるから」


 う、うん。と生返事もそこそこに、俺は動いた。気を紛らわせる為に。だが冷蔵庫を開けて、ビックリしたのは演技でも何でもなく、本心だった。


「ちょっ、ワンホール? しかもまだ開けてないじゃん」


 耳を塞いでいない限り、カエラちゃんに聞こえていないはずはないのだが、返事はない。どうしていいのか分からず、俺は箱に入ったままのケーキをリビングに運び、そのままテーブルの上に置いた。

 散らばっていた雑誌やテキストをテキパキと元通りに片付け、俺と入れ替わりでまたキッチンに立つカエラちゃんの声が聞こえてくる。


「箱から出してローソクを立ててくれない?」


 言われるままに従う俺。箱から出した4号サイズのデコレーションケーキ。サンタクロースの砂糖菓子が可愛らしい。プレートにはパティシエによるものか、達筆な【Happy X'mas】の文字。あまりにも縁遠かったので忘れかけていたが、そういえば今日はクリスマスだった。


 お、おお……クリスマスに女の子と2人でケーキだとお? なんたる充実感。ローソクを立てる手つきも軽やかに、鼻唄でも歌ってしまいそうな気分だ。そこへマグカップを両手に持ったカエラちゃんが登場し、香り立つ温かそうなコーヒーを並べる。


「火、点けてくれる?」


 いいよ、とチャッカマンを受け取り、5本のローソクに順次火を点けていく。最後のローソクに点火すると同時に、部屋の明かりが消えた。カエラちゃんだ。


 揺らめく炎。その向こうにカエラちゃんのはにかんだような優しい顔。炎の揺らぎが作り出す油絵のように重厚な濃淡が、彼女の表情をより一層印象深いものに仕立て上げる。気付けば俺も微笑を浮かべていた。


 俺たち2人の間を静かに時間が流れていく。


「純平くん、吹き消して」


 カエラちゃんからのオファーを受け、呼吸を整える俺。ローソクの火を吹き消す時、妙に意気込んでしまうのはなんでだろう。


「んじゃいくよ」


 ふーっと一息。理由などないが、なんか楽しい。


 一回で火を吹き消してやると、カエラちゃんは「わーっ、メリークリスマース」と控え目な声で歓声をあげながら手を打った。その後すぐに訪れる暗闇から、ちょっと待ってね明かり点けるから、という声。

 明かりが点くと、カエラちゃんは熱しておいた包丁を手に取り、ケーキを切り分け始める。


「ごめんね、ケーキナイフ持ってなくて」

 とはカエラちゃんの言。確かにムードはぶち壊しな気がしないでもないけど、学生の1人暮らしなんだから無いのが普通だよ、とフォローしておく。別に気にしないし。

 丸いデコレーションケーキに3回包丁(ナイフ)を入れ、器用に6等分したカエラちゃん。4号を8等分にすると小さすぎると考えたのだろう。それを取り分け、2人で仲良く突つく。

 ……これが女の子と食べるクリスマスケーキの味か。美味い。素直な感想を口にすると、カエラちゃんがフォークの先を口に含んだまま目を細めた。そのスマイルは本当に可愛くて、この時内心、胸を高鳴らせていた事を俺は否定しない。カエラちゃんのコトが好きなんじゃないか、そう錯覚してしまいそうだった。


 だけど彼女は、その後ケーキに手をつけなかった。それどころか、心ここにあらずといった感じだった。当然会話が弾む事もなく。もう俺にはほぼ分かっていた。カエラちゃんの気持ちが。だけど悲しいかな、経験のなさ故か「どうかしたの?」だなんて白々しくも聞いてしまう。

 それを聞いたカエラちゃんは、フォークを置いた。テーブルの向こうでモジモジしているのがこちらにまで伝わってくる。すくめるようにした肩は強張り、きっと両手はグッと握り締めているだろう事は想像に難くない。そしてついに、意を決したような力強い二重まぶたのまなこで、俺という存在を射抜き、彼女の本心がその薄いくちびるから放たれた。


「わっ私っ、純平くんのコトが、好きです!」


 それは突然だった。少し前に心構えはしていたけれど、面と向かってされる愛の告白はスゴく……俺の心と身体に衝撃を与えた。


「……はあっ……言っちゃったぁ……」


 本懐を遂げたカエラちゃんは、また俯いてそう呟いた。

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