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第十三話 仮初めの平穏

「今日の純クンはなかなか積極的だったじゃない」

「そ、そう?」

「いつもはあまり定位置から動かないじゃない。でも今日は前に出たりアドリブ入れたりしてさ、楽しそうだったわよ」


 未來ちゃんには全てを見透かされているようで、少々気恥ずかしい。

 23日、夜。打ち上げの会場での事だ。残念ながら今回は、未來ちゃんの隣を占有する事が出来なかった。彼女がテーブルの一番奥に座ったものだからプレミアムシートはひとつしかなく、今回それをゲットした幸運の人は、ヒロだった。

 俺はテーブルを挟んで未來ちゃんの向かいに座った。隣りは麻衣。店に入ったなりの適当な席順とは言え、今回ばかりは良い配置とは言えないだろう。


 ……だって。ヒロは麻衣に対して失恋していて、しかもその事を知っているのは俺だけだ(アイは別卓についている)。ヒロを気遣うなら、敢えていつも通りに振る舞うのが吉なのだろうが、意識してしまうとこれがなかなか難しいわけで。


 最初の話題は当然と言えば当然、ライブの反省会から始まり、今日のデキや会場の盛り上がりについてアルコールを片手に語り合った。恥ずかしながら、俺の今日のはっちゃけぶりの話もそのひとつだ。

 しかしそれも、酔いの回ってくる頃になると、時節的な話題へと変わっていった。


「クリスマスはどこかに出掛けるの?」


 きっかけは未來ちゃんのこの言葉だった。そんな事聞かれても、童貞彼女ナシの俺がわざわざクリスマスにどこかに出かけるなんて、あるわけない。

「いやー、バイト入ってるよ」

 とまあ、そんな答えになってしまう。

「あら、なんかさみしーわね。今日ライブに誘ってた子はどうなの? ちゃんと来られたの?」

「ウチらの番が回ってくる少し前に着いてたって言ってたよ」






 スカイハイのライブが終わってから、俺はすぐにカエラちゃんの姿を捜してホールに降りた。彼女の居場所は把握していたから、すぐに見つける事ができた。

 後ろからポンと背中を叩くと、ハッと彼女はこちらを振り向いた。こんな所で誰かに声をかけられるとは思ってもいなかったのか、目を大きく見開いていたのがとても印象的だった。


「今日はありがとう! 迷わなかった?」

 響き渡る轟音に負けないように、声を張ったのだが、カエラちゃんは目をぱちぱちさせながら、頭にクエスチョンマークが浮かんでいるような表情を見せた。

 俺はグッと近寄って、彼女の耳元で同じ言葉を繰り返す。すると今度はテンションの上がったような調子で、スカイハイのライブに間に合った事を教えてくれた。

 人混みの中、互いに耳元で声を張り合う。未來ちゃんや麻衣、アイたちとは至極当然のようにしてきた事が、この時カエラちゃんに対しては凄く新鮮に思えたっけ。


 そういえば身なりもいつもとは違う印象を受けた。主にバイトでしか会わないから、カエラちゃんはいつもパンツルックというイメージがついている。

 スカート姿はこれで2度目だった。襟元と袖口に白いファーのあしらわれたベージュのコートに、黒のティアドロップミニスカート、そして白のロングブーツ。

 ロングTシャツにデニムのストレッチパンツといった、バイトで見かける格好からは想像もつかなかったカエラちゃんの可憐さ。今思い出しても可愛かった。

 普段と違う彼女を見る事ができたという、あのギャップに男は弱い。しかも童貞ともなれば、あらぬカンチガイに心惑わされるという事にもなりかねない。

 とは言え、俺の愛する人は未來ちゃん。いくらカエラちゃんが愛想の良い可憐な女の子だとしても、この思いが覆る事はない。


 内耳をとろけさせる甘いソプラノボイスで純クンと呼ばれる度に、俺の全身全霊が喜びに満ちあふれる。栗色のゆるふわパーマネントから漂うシャボンの香りが、鼻腔をくすぐり脳を侵食する。

 そして都会の路地裏を根城にする、アメリカンショートヘアのような妖しく魅惑的な瞳。その双眸(そうぼう)で見つめられたなら、俺はどんな無理難題を押し付けられ様とも断る事はないだろう。

 香坂未來。彼女は本当に、俺にとっての女神であり、悪魔だ。まるで口の中で踊るスウィートキャンディのように、俺の魂を弄ぶ。

 しかしそこに悦びを感じてしまっているのだから、俺という人間は全く救い様の無い愚か者だ。


「麻衣ちゃんはどうするの?」

 ……っと、何時の間にか話題は麻衣の方へと移っていたようだ。未來ちゃんの何気ない一言に、少し気後れしながらも答える麻衣。出来たばかりの彼氏と映画を観た後、予約したイタリアンレストランでディナーを楽しむ予定らしい。


「夜もずっと一緒にいるの?」

 未來ちゃんは少しストレートすぎる。それに、その質問をヒロの前でするのは正直惨すぎる。と言っても、ヒロが麻衣に心を寄せていた事を知っているのは俺だけなのだから、彼女を責めるわけにもいかない。


 えっ……そんなのわかんないよ、とカマトトぶる麻衣に対し未來ちゃんは言う。

「またまた〜、出来たてホヤホヤのカップルが、クリスマスにご飯食べてさよならなんてあるわけないでしょ」


 うーむ、やっぱり普通はそうなんだろうか……まあ確かに、俺だったら間違いなく【朝まで寝かせないぜコース】を選ぶだろうなあ……童貞だけどな!


「そう思うよね、ヒロくん」

 おいおい未來ちゃん、それは、それだけはやめてあげて。俺はそう叫んだ。心の中で。

「あったりまえじゃん。麻衣だって、勝負下着で行くんだろ?」

「もう、ヒロくんまでなんてコト言うのよ」


 危惧する俺の眼前で、上手く会話のキャッチボールをしてみせる3人。すげえ。特にヒロ。俺の取り越し苦労だったかな?

 実はもう既に吹っ切ってるとか? いやそれは幾らなんでも早過ぎるよな。やっぱ強がり、だろうな。

 ヒロ、俺はお前を応援するぞ、友達として。童貞仲間として。総人口の半分は女なんだ。諦めて次の恋を探せばいいじゃない……と、これは他人事じゃない。状況の芳しくない自分にとっても同じ事なのだが、そう簡単に吹っ切れないのが俺という人間なのだ。


 意外にも明るく振る舞うヒロに少々違和感を覚えつつも、目の前の酒やツマミがまた美味しい。ほろ酔いというには深酒してしまった気はするが、アルコールの力も借りて、俺も勢いで皆の話に付き合った。童貞だってことは勿論内緒で。

 その後二次会の話が持ち上がったものの、やはりクリスマスイヴ前日という事もあってか集まりは悪く、結局居酒屋での打ち上げのあとは、それぞれ帰宅するということになったのだった。

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