1・た~まや~!
「た~まや~!」
赤々と燃え上がる領主館を小高い丘の上から見下ろし、カガリは高らかに叫んだ。十六歳の年齢より幼く見られることが多い童顔は、今日ばかりは満面の笑みに彩られている。
「カガリ様、『たまや』とはなんでしょうか?」
影のように控えていた従者、リズレインが首を傾げた。
腰まで伸びたまっすぐな金髪は貴婦人たちが羨むほどつややかで、春の青空を切り取ったような瞳は最高級のサファイアが屑石に見えるほど澄んだ魅惑のきらめきを秘めている。
吟遊詩人顔負けの美声。うっかり人間の世界にさまよい出た妖精かエルフだと言われても納得できる高貴な美貌は、こちらでは珍しい黒髪黒目以外平凡そのもののカガリとは大違いだ。
カガリとリズレインが並んでいたら、百人中百人が従者はカガリの方だと思うだろう。どうしてこんな極上の男がクズ揃いの領主館で奉公していたのか、カガリもいまだに不思議だが。
「たまや……玉屋は江戸時代、じゃなくてずっと昔、このサザランド王国ではないどこかの国にあった花火屋の名前だよ。その店の花火があまりに綺麗だから花火が上がると屋号を叫ぶようになった」
「そうだったのですね。さすがカガリ様、勉強家でいらっしゃる」
燃えているのは花火ではなく領主一族が住まう館、カガリも生まれてから十六年間暮らした自宅であり、物理的に炎上させたのもカガリなのだが、悲しみはかけらもない。むしろすっきり爽快、空でも飛べそうな気分だ。
「王国暦794年をもって領主ベルゼウフ家は領民の反乱により滅亡。『ベルゼウフ家の長男』も存在しなくなった」
ふふ、ふふふ、とカガリはこらえきれない笑いの衝動で肩を小刻みに揺らす。
「つまり俺は魔女の呪いを回避したんだ。そうだよな、リズ?」
「はい、カガリ様。おめでとうございます」
物心ついてからずっと見守ってきてくれた身内同然の従者に微笑まれると、歓喜がじわじわと湧いてくる。
もう魔女も呪いも、クソッタレな家族も恐れなくていい。カガリは自由になったのだ。
「やったぞー!」
カガリは両手を突き上げ、腹の底から快哉を叫んだ。
カガリはサザランド王国東部の小さな領地を治める領主、ベルゼウフ子爵の長男として生まれた。
ただし嫡男ではない。ベルゼウフ子爵デズモンドがメイドに手をつけ、産ませた子どもである。デズモンドの妻サンドラはカガリが生まれた二年後に男の子を産んだ。子爵家の跡継ぎはこの異母弟アーサーということになる。
継承権は嫡子だけに与えられるとはいえ、正妻の子より先に生まれてしまったのだ。メイドの母親共々叩き出されてもおかしくなかったのだが、カガリは領主館の離れの一室に住まわされ、乳母や最低限の使用人も与えられた。
サンドラが特別に慈悲深い貴婦人だったから……ではない。
ベルゼウフ家には五百年以上前から語り継がれる不吉な予言があったのだ。
『王国暦794年、魔女がベルゼウフ家の長男を呪いに来るであろう』
魔女。
冥界の女王の末娘が人界に降り、何人もの人間の男との間に子をもうけた。生まれたのは全て娘。その娘たちがまた男と子をなし、娘が生まれ、やがて魔女と呼ばれる者たちになった。
悪魔と契約し、その膨大な魔力を体内に宿して自在に使いこなす魔の申し子。人間はみな多かれ少なかれ魔力を持って生まれるが、どんなに優れた魔術師でも魔女には敵わない。
大陸に数十人ほどしかいないという彼女たちは、基本的に魔女の里に引きこもり、人界にはめったに現れない。例外は跡継ぎとなる娘の父親候補を見繕う時と、人間と契約を交わした時くらい。皆ぞっとするほどの美貌と、血のように紅い瞳の主だという。
気まぐれな魔女は金銭ではなく、依頼の内容――興味が持てるかどうかで契約を交わす。魔女が面白いと思うことはたいてい人間にとってはろくでもないことなので、魔女が人々の前に姿を現せば、人界には争乱の嵐が吹き荒れる。
生きた災厄のような存在と、小領主にすぎないベルゼウフ家がなぜ関わりを持ち、あまつさえ呪われるに至ったのか。
肝腎なところは何一つわからない。確かなのは王国暦794年にベルゼウフ家の長男を魔女が呪いに来ること、それだけだ。
デズモンドがサンドラと結婚したのは王国暦776年。それからすぐカガリの母であるメイドに手をつけ、カガリを産ませた。その後サンドラがアーサーを産んだ。跡取りはアーサーだが、生まれ順で言えばカガリが長男、アーサーが次男だ。
(……おい、ふざけんなよ。俺は嫡男を守るための生け贄ってか?)
ベルゼウフ家の当主として、デズモンドは当然呪いの予言を知っていたはずだ。そして、悩んだはずだ。年代的に、呪われるべき『ベルゼウフ家の長男』は確実に自分の子として生まれるのだから。
だからデズモンドは身寄りのないメイドに手をつけ、カガリを産ませたのだ。メイドの子だろうと長男は長男。その子が王国暦794年まで生き延びれば、正妻との間に生まれた正統な跡継ぎは呪われずに済むのだから。
自分の立場を正確に理解したのは、母が風邪をこじらせて死んだ後。カガリは六歳だった。
医者を呼べばおそらく助かっただろう。だがサンドラはどんなにカガリが『医者を呼んでください!』と懇願しても聞いてくれなかった。サンドラにしてみれば、呪いを受けるカガリさえ生きていればいいのだ。夫の子を産んだ卑しいメイドなど、死んでくれた方がせいせいする。
『ごめんね、カガリ。こんな家に産んでしまって……』
母がそう言い残して息を引き取った瞬間、カガリの頭にいきなり後ろから殴られたような激痛が走った。
(まさか、脳梗塞か!?)
いや、何だ脳梗塞って。そんな言葉知らない。何だこれは……どんどん湧き出てくるこの記憶は、何なんだ。
自分で自分に突っ込んでいるうちにカガリは意識を失った。そして次に目覚めた時、カガリとして生まれる前の記憶――日本と呼ばれる国で生きていた男の記憶を取り戻していたのだ。
ぱっと思いついて書いたお話です。
最後まで書き終えてありますので、完結は保証します。




